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【大賞作品長編化】執着系義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく〜未亡人の私、愛されすぎて逃げられません〜  作者: 草加奈呼


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6/20

6・ダブルデート

 最近の律が、ちょっとおかしい。


「はい、姉さん。あーーん」


 にこにこと屈託のない笑顔を浮かべた律が、私の部屋のベッド脇に腰を下ろし、お粥のスプーンを差し出してくる。その光景を私は瞬き一つで受け止めきれず、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

 

「あ、あーーん……?」

 

 思わずそのまま口を開けると、律はうれしそうにスプーンを滑り込ませる。

 パクッと一口食べると、律の笑顔がぱっとさらに輝いた。

 

「姉さん、おいしい?」

「そ、そうね。おいしいわよ」


 なにこれ。なにが起きているの?


 確かに今日は、ちょっと体調がよくなかった。

 仕事から帰ってきたあと、季節の変わり目のせいか頭痛がして、夕飯まで横になっていようとベッドに潜り込んだ。うとうとして時間が経ってしまったらしく、気がついたら律が部屋に来ていて、お粥まで作ってきてくれていたのだ。

 

 そして、気づけばこの状況である。理解が追いつかない。

 

 律は、私が実家に戻ってきたことがよほど嬉しいみたいだ。

 それに、彰人さんがいなくなって律も寂しいのかもしれない。

 そう思うと、素直な好意を無下にすることができなかった。

 

 けれど、やっぱりおかしい気がする。

 ここ最近、明らかに私のスケジュールを把握しすぎていて、仕事終わりの帰宅時間にはLINEが飛んでくるし、休日に予定を入れてると「どこ行くの? 誰と?」って聞いてくるし。


 過保護なんてレベルじゃない気がする。

 どうにかして、姉離れしてもらわないと……!


 *

 

「このままじゃ、律がダメになる……」


 宝堂ビルの休憩スペースで真子さんと向かい合ってランチを食べていたとき。

 気がついたら、心の声がそのまま口から漏れていた。

 

「えっ、リッくんがどうかしたの!?」

 

 私の目の前で、スマホを食い入るように見ていた真子さんが急に顔を上げた。


「いえ……なんでもないです」

「……そう?」


 真子さんは、特に気にする風でもなく、視線をスマホの画面に戻す。

 そこには、律の配信チャンネルが映っていた。「【手料理】誰かのために作ってみた」というショート動画のタイトルが見える。


「やっぱりリッくんって、なんでもできちゃう天才肌って感じがするわよね〜」


 真子さんは、スマホの画面を撫でながらうっとりしている。

 ああ、この料理……たしか昨日、律が私に食べさせてくれたやつだ……。真子さん、ファンの皆さん、ごめんなさい……。心の中で嘆き、懺悔する。


 そのとき、私の中でなにかが閃いた。

 

「真子さん、ちょっと質問なんですけど」

「うん、なに?」


 軽くおにぎりを口に運びながら、真子さんが首を傾げる。

 

「真子さんって、律とデートできたら……なんて思ったりします?」

「えっ、ええぇぇっ!?」


 真子さんが派手にガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。

 その反応の速さと音の大きさに、周囲の職員までチラリとこちらを見る。

 

「いやっ、ちょ、っと待って! そりゃ、うれしいけど、デートって! 二人きりで!? 正気を保てる自信がないわ!」


 そう叫びながらも、真子さんは慌ててポーチから手鏡を取り出し、前髪を整え始める。

 自信がないと言いつつ、身だしなみのチェックは忘れないようだ。

 

(真子さん、律のこと、結構本気で好きなのかも……?)


 真子さんと律をくっつければ、姉離れできるんじゃない?

 二人きりが難しいなら、私が同席すればいい。デートというより、最初はグループで遊びに行く感じにすれば……。

 

(うん、いけるかもしれない)

 

 私は、心の中でぐっと拳を握った。


 

 *

 

 

「えっ、デート!?」

 

 仕事終わり、事務所で保科さんを呼び止めた私は、そんな反応をされてたじろいだ。

 保科さんは目を瞬かせたあと、信じられないといったように眉を上げ、こちらをまじまじと見つめてくる。

 

「……そ、それって、二人っきり、ですか……?」

 

 その言葉に、胸がチクリと痛む。

 保科さんは多分、私のことを──。二人で食事に行った日のことを思い出す。

 けれど、律のためにここで引き下がるわけにはいかない。私は意を決して口を開いた。

 

「えぇと、実は──」

 

 言いづらいけれど、なんとか笑顔を作って事情を説明した。

 今日の目的は、真子さんと律をくっつけること。二人っきりにさせていい雰囲気にしたい……と。

 

「……なるほど」

 

 保科さんは一瞬目を伏せ、顎に手を当てて黙り込んだ。

 すると、小声でぶつぶつと何か言い始めた。

 

「これは厳密に言えばデートではないかもしれない。しかし、三浦さんと律くんが二人きりになれば、必然とこちらも二人きりになるというわけで……」

「……ん? 何か言いましたか?」

「いいえ。いいですよ、協力しましょう」

「本当ですか、良かったです!」


 申し訳ない気持ちもあったが、意外にも保科さんが乗り気なようで安心した。


 


 

「姉さんとデート!?」


 家に帰り律を誘うと、目をまん丸にして叫んだ。

 次の瞬間、顔がぱあっと明るくなる。

 な、なんでそんなに嬉しそうなの?

 

「ち、違うって!」


 慌てて手を振る。


「ほら、同じ事務所の先輩が、律の大ファンで──」


 言い終える前に、律はどんどん妄想を膨らませているらしく、顔が緩みっぱなしだ。


「って、聞いてる!?」


 私のツッコミも虚しく、律の耳には「姉さん」「デート」の単語だけがこだましているらしい。

 浮かれた様子が全身から漏れていて、こっちが恥ずかしくなるくらいだ。

 

(……ほんとにわかってるのかな。今回の主役は真子さんと律なんだけど……)

 

 先が思いやられる気しかしなかった。

 

 

 *

 

 


 ──そして当日。

 待ち合わせの遊園地前に着いた瞬間、サングラスをしていてもわかるくらいのレベルで律の表情がみるみるうちに曇った。

 

「……なにこれ?」

 

 目の前に並ぶ保科さんと真子さんの姿を見た途端、律の眉間にくっきりと皺が寄る。


(えっ……そんなにイヤそうにする!?)


 私は思わず引きつった笑いを浮かべながら、慌てて弁解する。


「だ、だから、言ったじゃない……今日は、ダブルデートだって……」

「ふぅん?」


 律は短く鼻を鳴らした。

 不機嫌さが隠しきれていない、というか、ダダ漏れである。

 私の脳裏に「大丈夫かな、今日……」という不安がよぎった、そのとき──。

 

「あ、あ、あの! リッくん! は、は、は、はじめて……まともにお話しするかもで、菜月さんと……同僚の……」

 

 真子さんが勇気を振り絞って律に声をかけた。

 普段のカッチリとしたスーツ姿に見慣れているからか、おしゃれした姿が新鮮に見えた。

 緊張で体もガチガチに固まり、噛み倒している。

 

「ああ……たしか、真子さん、だったよね?」

 

 律がふっと笑顔を浮かべた。

 ──え、さっきまでの不機嫌どこいったの!?

 そのあまりの切り替えの速さに、私は内心ツッコミを入れる。

 

「きゃああああああ! な、な、名前! 名前ぇぇぇ!!」


 真子さんがその場で崩れ落ちそうになり、私の腕をがっしりと掴む。

 顔を真っ赤にして、瞳は潤んでいる。

 推しに名前を呼ばれるというファン冥利に尽きる瞬間が来たらしい。

 

「お、落ち着いて、真子さん!」

「や、やばいよ菜月ちゃん。わたし、心臓持たない……!」

「なに言ってるんですか、頑張ってください!」

 

 私は小声で真子さんを励ます。

 ──そう、ここで真子さんに頑張ってもらわないと、この作戦は意味がない。

 律を〝姉離れ〟させるための大事な第一歩なんだから!

 

(お願いします真子さん、今日はあなたがヒロインなんだから……!)

 

 心の中で両手を合わせ、私は必死にエールを送った。



 

 その後のデートは、ある意味で驚くほどスムーズに進んだ。

 真子さんと律は、予想以上に馬が合ったらしく、あっという間に二人の世界を作っていた。

 ジェットコースターに並んで肩を寄せ合い、メリーゴーラウンドでも隣り合って一緒に馬に乗り、まるで昔からの友達みたいに楽しそうだ。

 一方、その間の私と保科さんはというと──完全に置いてけぼりである。

 でも、うまくいきそうで良かった。


 最後に観覧車に乗ると、必然的に私と保科さん二人きりになってしまった。

 気まずい気持ちのまま、ゴンドラがゆっくりと上がっていく。

 夕暮れが綺麗で、かつて彰人さんと来た日のことを、思い出していた。

 あの時は、彰人さんが隣にいて……手をつないで、それから……。


 彰人さんが隣にいるようで振り返ると、いつの間にか保科さんが私の隣に座っていて、反射的にのけぞった。


「ねえ、菜月さん。観覧車、二人っきりってロマンチックですよね」

「そ、そうですね……」


(なぜ、隣に……!?)

 

 いや、律と真子さん、二人の様子を見るならこちら側の席の方がいいのはわかっているけれど。一ミリでも距離を保とうと、端に寄る。幸いにも、保科さんが距離を詰めてくることはなかった。


 誤魔化すように、再び夕暮れの景色を眺めていると、保科さんの手がほんの少しだけ近づく。

 

「菜月さん、遊園地を出た後、食事でも──」

「あーっ! 真子さんたち、手つないでません!? ほら見て見て、今! 今!!」

「……え? あ、うん……」


 実際はつないでなかった。ただ、保科さんと一緒にいるのが気まずくて、大げさに言ってしまっただけだ。

 

「菜月さん、あの、この後──」

「あっ、もうライトアップの時間なんですね! 電気つきましたよ! 綺麗ですね!」

「は、はい、そうですね……」

 

 保科さんのさりげないアプローチを、なんとかかわし切った。

 

 観覧車から戻ってきた真子さんは、頬を赤らめながら幸せそうに笑っていた。

 律はというと──真子さんの前ではいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべているくせに、私がふと目を向けると、ときどき不機嫌そうに視線をそらしていた。


 こうして一日が終わり──私たちは遊園地の前で解散した。

 

 *

 


 帰り道、律はずっと不機嫌だった。

 口をきいても、返事はぶっきらぼうで。歩くスピードも早くて、私が少し小走りしないと追いつけない。

 急に立ち止まって、律が低い声で言った。

 

「こういうの、やめてほしいんだけど」


 振り返りもせず、明らかに嫌そうな声。

 

「……で、でも、律だって真子さんと楽しそうだったじゃない? 意外とお似合い──なんて」

 

 軽口で場をなごませようとしたつもりだった。

 だけど、律は振り返って、冷めたように言い放った。

 

「なに言ってるの? あんなの、ファンサに決まってるじゃないか」

「ファンサ……」


 その言葉に、サッと心に影が落ちる。

 あのとびきりの笑顔も、全部サービスだったなんて。真子さん、本気で嬉しそうだったのに……。

 

(うう、真子さん、ごめんなさい……! 完全に私のせいで変な期待させちゃったかも……!)

 

 しゅんと肩を落とす私を見て、律は少しだけ黙った。夜風に髪が揺れる。

 やがて、頭をかきながら口を開いた。

 

「……わかったよ。少し、姉離れするから。──もう、二度としないで」

 

 その声が、いつもより少し落ち着いて聞こえて、私はほっと胸を撫でおろす。

 

(よかった……ちゃんと伝わったみたい……!)

 

 安心した、その矢先だった。

 

「でも、罰として今日は一緒に寝てもらうからね」

「………………え?」

 

 一瞬にして、言葉を失った。


「それくらい、いいでしょ? 姉弟なんだし」

 

 にこっと笑う律は、いつもの甘えん坊モードに戻っていた。


(……全っ然わかってなーーーーい!!!)


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