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【大賞作品長編化】執着系義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく〜未亡人の私、愛されすぎて逃げられません〜  作者: 草加奈呼


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4/5

4・協力者

 待ち合わせの場所である懐石料理屋に入ると、出汁の香りがふわりと漂ってきた。

 こういう店に来るのは、どれくらいぶりだろう。私には少し場違いに思えるけれど、今夜の相手は、そういう場所が似合う人だった。


 奥の半個室に案内されると、御影先生はもう席についていた。

 仕立てのいいスーツに身を包み、背筋を伸ばして座っている。

 こちらの姿を確認すると、先生はわずかに口元を緩めた。


「やあ、菜月くん。忙しいところ、悪いね」

「いえ……こちらこそ、お誘いいただいて恐縮です」


 先生の向かいに、緊張しながら腰を下ろす。

 彰人さんと一緒に何度か同席したことはあるが、こうして一対一で向き合うのは初めてだった。


 御影昌志(みかげまさし)先生──。

 御影法律事務所の所長であり、宝堂グループとは長い付き合いのある敏腕弁護士だ。

 その一方で、所内では派閥争いが絶えず、御影先生はいわゆる『御影派』の筆頭。

 顧問弁護士である軽井沢先生とは、仕事上こそ連携しているものの、考え方や人脈はまるで正反対だと聞いている。

 

 彰人さんも私も、どちらかといえば軽井沢先生寄りだった。

 だから今日のこの食事の誘いには、少しだけ戸惑いがあった。でも、葬儀のときにも色々と気遣ってくださった方だ。そう簡単には断れない。


 料理が置かれ軽く乾杯した後、御影先生が切り出した。


「最近の宝堂グループは、どうだね」


 私は、手にした箸を持ったまま一瞬動けなくなった。


「……あまり詳しいことは……。私は、内部までは関与しておりませんので」


 言葉を濁すと、先生は笑みを崩さずに盃を口に運んだ。


「彰人くんが亡くなってから、大変だろう。彼は跡継ぎだったし、かなり重要なポジションにいたから」


 心配するような口ぶり。でも、それをそのまま善意として受け取れない自分がいた。


(もしかして、探られてる……?)

 

 葬儀のときも、確かに気を遣ってくれた。けれど、今日のこの雰囲気は少し違う。

 彰人さんがいなくなった今、御影先生は私を引き込もう(・・・・・)としているのかもしれない。

 そんな気配を、私はかすかに感じ取っていた。

 断りきれないお酒を、誤魔化すように舐める。

 逆に御影先生を利用して、彰人さんの日記や律のことを相談するのはどうだろうか?

 けれど、御影先生は律と面識がない。葬儀の時に顔を合わせたことがある程度だ。

 できれば、昔から彰人さんや律のことをよく知っていて、気兼ねなく相談できる相手がいい。

 でも、そんな相手なんて……。


 そう思っていた矢先、御影先生がスマートフォンをちらりと見て、思い出したように言った。


「そうそう。軽井沢くんが明日、日本に帰ってくるそうだよ」

「軽井沢先生が?」


 そうか、海外の案件をやっと終えたんだ。

 長らく日本を離れていた軽井沢さんが戻ってくる。それだけで、心の中に張りつめていた糸がふっとほどけるような気がした。


「残念だな。軽井沢くんがいない間に、少しでも君の気を引こうとしていたんだが」


 本気とも冗談とも取れない言いぶりに、私は苦笑を持って返した。

 御影先生は、スマートフォンの画面を数回タップしたかと思うと、「チッ」と小さく舌打ちする。


「……保科くんは空いてないか。菜月くん、すまないが、明日彼を空港まで迎えに行ってくれないか」

「私が、ですか?」

「不本意だが、君しかスケジュールが空いてなくてな。頼んだよ」

「は、はい……」


 そうだ、軽井沢さんなら……。

 お父様の友人であるあの人なら、律のことも、彰人さんのことも、宝堂家の内情もすべて知っている。

 なにより、嘘をつく人じゃない。


(明日……相談してみよう)

 

 御影先生の言葉を上の空で聞き流しながら、懐石料理に箸を伸ばす。

 美味しいはずなのに、緊張と明日のことで味はあまりわからなかった。

 でも、軽井沢さんならきっと、私の疑念を笑ったりしない。

 一人では抱えきれなかった問題に、ようやく一筋の光が差し込んだ気がした。


 

 *



 成田空港、国際線到着口。午後三時。


 人混みの向こうから姿を現した軽井沢さんは、数年の海外勤務を経ても、まったく変わらない穏やかな表情だった。スーツケースを引いて、こちらへ向かってくる。


「やあ、菜月ちゃん。わざわざありがとう。道、混まなかったかい?」

「いえ、大丈夫です。先生こそ、お疲れでは?」


 そう言うと、軽井沢さんは首を傾げて「うーーん」と唸った。


「やっぱり慣れないなぁ。菜月ちゃんの〝先生〟呼び」

「何言ってるんですか。私が御影事務所に入ってから、何年経ったと思ってるんですか?」

 

 軽井沢(かるいざわ)俊之(としゆき)──宝堂家の顧問弁護士。

 養父・龍樹の旧友であり、国際法務の世界では名を馳せる存在だ。


 軽井沢さんは、私と彰人さんの結婚式にも出席してもらっている。そのあと、海外にある宝堂グループの問題解決のために単身で出張していた。約三年間、彼は向こうの弁護士たちと共に問題解決にあたり、今ようやく帰って来れたのだ。

 私にとっては父のような人だけど、どこかいつも「他人」でいてくれる距離感が、ありがたかった。しかし、当の本人は口を開けば──。


「前みたいに、〝おじさま〟って呼んでくれていいのに〜」


 口を尖らせて、拗ねたフリをする。こういうところは、相変わらずだった。


「呼びません。先生方は、すべて平等に接します」

「はいはい。菜月ちゃんは真面目だなぁ」


 こんなやりとりも久しぶりで、微笑ましくなった。


 

 車を出して高速に乗ると、走行音が静かに流れる。

 しばらく走った頃、軽井沢さんが運転する私をチラリと見て言った。


「菜月ちゃん……大丈夫かい?」


 心配する風、という感じでもなく、ただ沈黙に耐えきれなくなったように。

 軽井沢さんの口ぶりは、優しい感じがした。

 

 もう、その言葉を周りから何度言われただろうか。

 彰人さんのことに関しては、くよくよしていられない。

 正直言えば、もう放っておいてほしい。

 けれど、彼に切り出すいいきっかけになった。

 

「軽井沢先生……実は、少し相談があるんです」


 高速を降りて信号待ちで車が止まる。私はカバンの中から、一冊の冊子を取り出した。

 彰人さんの日記だ。信号が青になりかけて、無言で軽井沢さんの前に差し出す。


「……これは?」

「彰人さんの日記です」


 軽井沢さんは眉をわずかに寄せた。


「日記……?」

「まだ、私しか見ていません。警察にも、律にも……父にも、話していないんです」


 しばらくの沈黙のあと、軽井沢さんは日記を開く。

 そして、数ページほど読んだところで、小さく息を呑んだのがわかった。

 日記を持つ手が、わずかに震えている。

 

「これは……」

「な、何か感じますか?」


 軽井沢さんの鋭い視点から、何か見つかるかもしれない。

 期待と不安が入り混じる。

 

「うん……彰人くんが、いかに菜月ちゃんを愛しているかわかったよ。ごちそうさま」


 そう言いながら、日記をパタンと閉じた。

 

「そ、そこじゃありませんっ!」

「いてっ!」


 運転中なので前を見ながら、軽井沢さんの膝をぺちんと叩く。

 ああ、もう……。

 軽井沢さんは凄腕の弁護士なのに、時々こうやってふざけてくるから困る。


「私が気になっているのは、最後のページなんです……」

「……亡くなった日の前日に、普通に書いているね」

「その、先です」

「先……?」

 

 軽井沢さんは、少し首を傾げながら、再びページをめくる。

 そこには、あの時と変わらず、あの文字が書かれていた。

 

《律には気をつけろ》


 一瞬、彼の息を呑んだような気配を感じ、前方に気をつけながら、ちらりと横目で見る。

 顎に手を当てて考えてはいるが、さすがは軽井沢さんというか。

 私と違って冷静に見える。

 

「う、ん……なるほど」

「先生は、どう思いますか?」

「普通に考えれば、言葉通りの意味だと思うけど」

「なんというか……内容ではなくて……」

()()()()()()()()()()()()()()()?」

「そう! それです! しかもわざわざ別のページに!」


 軽井沢さんは思索の迷路に入り込んでいるのか、膝の上で持つ日記の角を指先で叩いていた。

 

「菜月ちゃん、時間はあるのかい?」

「はい、今日は直帰してもいいって」

「じゃあ、どこかで食事でもして話そうか。内容が内容だから、個室があるところがいいな〜」


 軽井沢さんは、普段のように軽いノリでそう言って、スマートフォンでお店を検索し始めた。


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