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【大賞作品長編化】執着系義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく〜未亡人の私、愛されすぎて逃げられません〜  作者: 草加奈呼


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13/20

13・映っていたものは……

 管理室は、思っていたよりも照明の白い光がまぶしかった。

 壁際に古いモニターがたくさん並んでいて、各階の防犯カメラの映像が時々切り替わって映る。そのうちの一つに、御影法律事務所のあるフロアの廊下が映っていた。画面の奥には、非常階段へ続く金属扉が小さく見える。普段なら誰も気に留めないはずの、ありふれた扉だ。

 養父に書いてもらった許可証を見せると、管理人の男性は、渋々といった感じで当時の映像を探してくれた。

 

「ギリギリだったね。警察も問題ないって判断してたから、そろそろデータを消すところだったんだよ」


 防犯カメラの映像データは、このビルでは三ヶ月から半年ほどで処分してしまうらしい。もしほんの数日遅かったら、何もわからないままだったかもしれない。

 管理人さんは手慣れた様子でマウスとキーボードを操作する。


「えっと……たしか九月だったね」

 

 彰人さんが亡くなった日を思い出し、喉が詰まる感じだった。

 病院で彰人さんの顔にかけられた白い布を、私はどうしても取ることができなかった。


『転落による外傷性ショック』

 

 死体検案書に印字された文字を見た瞬間、呼吸が止まった。受け止めることができなくて、葬儀の時もまともに顔を見ることができなかったことを、今になってひどく後悔している。


 だから今日、ここで見なければならない。

 あの日、何が起きたのかを。

 

「ああ、これかな……?」


 管理人さんがマウスをクリックすると、防犯カメラの、今のアングルと変わらない廊下が映し出される。

 そこへ、見慣れた後ろ姿が現れた。

 彰人さんだ。

 スマホを耳に当てながら、少し急足で廊下の奥へと歩いていく。

 忙しい日も、疲れている日も、ずっと見てきた後ろ姿。

 愛する人の懐かしい姿に、じわりと目頭が熱くなった。

 

 奥の非常口の扉を押し開け、外へ出ていく。

 音声はない。

 画像も荒くて、顔の表情まではわからない。

 私は画面に目を凝らした。特に変わった動きはしていない。

 しばらく見ていたが、その後非常口の扉が開くことはなかった。

 

「……おかしな点は、特になさそう、だね……」


 隣で映像を見つめていた律が、悔しそうに言った。

 

「彰人さんが扉に入る前はどうですか?」

「前?」


 管理人さんが訝しげに顔をしかめる。

 

「念のため、確認しておきたいんです」

「姉さん……」


 律が、真剣な顔をこちらに向ける。私の言いたいことがわかったようだ。

 もし事故ではなく事件だったなら、彰人さんが非常口から出る前か、あるいは出た後。

 どちらかに誰かが出入りする可能性がある。それを確認したかった。

 管理人さんは、無言でデータを巻き戻す。

 彰人さんが非常口から出る時間より、十分ほど前から再生する。

 廊下を行き交う人々。コピーを抱えた事務員。書類を手に早足で歩く誰か。

 どれも普通の動きに見えた。


「もっと前から……とか?」


 律がポツリと呟く。

 たしかに、死亡推定時刻は三時間くらいの幅があった。

 その空白に、何かがあったのか。

 管理人さんに操作方法を教えてもらい、自分たちで調べることにした。


 早送りで流れる、何気ない廊下。

 人の姿が途切れ、また現れ、ただ時間だけが過ぎていく。


 ──けれど、何も見つからなかった。

 こめかみがじんと痛む。私は指先で軽く押さえて、小さく息を吐いた。


「姉さん、ちょっと休憩しよ」


 律が、私の顔色を見て声をかけてくれる。


「……そうね」


 再生を一旦止め、管理室の近くの自販機で律が飲み物を買ってきてくれた。

 少しだけ目を閉じて休憩すると、再び、彰人さんが非常口へ向かう映像をループ再生する。

 ペットボトルの蓋を開けている間も、水を飲んでいる間も。

 何度も、何度も、同じ後ろ姿が映し出される。

 小さく揺れる肩。歩幅のクセ。耳に当てられたスマホ。


 もう何度見返しただろうかという時、律が画面へ顔を近づけた。


「……姉さん」


 律は、映像を数秒巻き戻して止める。


「兄さんのスマホって、こんな色だったっけ……?」


 律が指さしたのは、彰人さんが持っているスマホだった。

 黒っぽい色の、シンプルなスマホ。

 彰人さんのスマホは……シルバーのはず。

 

「これ……仕事用のスマホだわ……」


 そう言葉にした瞬間、嫌な予感がして、背筋がぞくりと粟立った。


「そのスマホはどうしたの?」

「……遺留品の中にはなかった。もしかしたら、事務所名義だから、事務所に直接戻されたのかもしれない」

「確認しに行こう!」


 私たちは席を立つ。

 対応してくれた管理人さんや他の方々にお礼を言って管理室を出ると、外の空気がどっと肺に流れ込んだ。


 


 御影法律事務所は、今日も変わらず慌ただしい空気に満ちていた。弁護士の先生方は皆、裁判や面談で席を外しているのだろう。キーボードと電話のベルの音が、事務所の忙しなさをさらに際立たせていた。

 事情を総務の事務員に伝えると、彼女は資料を確認してから、申し訳なさそうに首を振った。

 

「仕事用スマホなら、警察の方に渡されました。どうすればいいか御影先生に確認したところ……『もう使わないから、解約して構わない』と言われたので、解約しましたが……」

「そんな……」

 

 あのスマホが解決の糸口になったかもしれないのに。


(もう、手詰まりなの……?)

 

 肩を落とした時、養父との話を終えたらしい軽井沢さんが戻ってきた。

 

「菜月ちゃん、律くん。何か進展はあったかい?」

「先生!」

 

 私と律は、管理室で気づいたことを早口で話した。軽井沢さんは黙って聞き、腕を組んだまま小さくうなずく。

 

「菜月ちゃん、諦めるのはまだ早いよ」


 まだ全然大丈夫、といった風に、軽井沢さんは明るい表情を見せた。

 

「解約前の通信記録は、まだ通信会社に残っていると思う。警察に照会する手続きは必要だけど……できるよ」


 その言葉に、光が見えた気がした。

 軽井沢さんは、素早くスマホを取り出して操作する。


「……もしもし、出口? ああ、俺だ。ちょっと急ぎで頼みたいことがある。──いや、事件性がないと判断された件なんだけど、ちょっと状況が変わった。再確認したいんだ。任意照会でいい。俺が責任を持つ」


 横でそのやりとりを聞きながら、はやる鼓動を抑える。


「うん……ああ、遺族から委任は取ってある。書面はあとで署へ持っていくから。とりあえず照会書、今日中に回せないか?」


 しばらくの沈黙。難航しているようだ。

 

「いや、そこをなんとか。……それはわかってるけど。──ああ。じゃあ、後で。……助かるよ」


 通話が切れた。

 

「……先生、もしかして」

「知り合いが刑事課にいてね。仕事は早い男なんだ」




 

 通信会社の担当窓口に到着した頃には、もう日が暮れる前だった。

 警察官である出口さんが同行してくれたおかげで、その場で照会データを見せてもらえることになった。本来なら、数日かかるものらしい。

 担当の職員が、照会記録の用紙をカウンターに置く。

 

「解約済みの端末ですので、端末本体にはもうデータは残っていません。こちらで確認できるのは、回線の利用記録だけになります」

 

 印刷されているのは、発信・着信時間、通話相手の番号、通話時間だ。


「……顧客の番号かしら」


 私が言うと、律が身を乗り出す。

 

「契約者名は?」

 

 担当者は、少し眉を寄せてもう一枚の用紙に手を添える。

 

「こちらです」

 

 手元を見ると、聞いたこともない企業名。

 しかし、軽井沢さんがスマホで素早く検索したかと思うと、息を吐いた。

 

「貸し住所だ。実体のない法人。詐欺グループや……最悪、誰かが仕組んだ可能性がある」

「……っ」

 

 背中の中心が、氷で撫でられたように冷えた。

 担当者は、淡々と続ける。

 

「個人名は、こちらでは把握できません。事件性があると警察が判断した場合、照会により開示される可能性はありますが……時間はどうしても、かかります」

 

 また時間。

 時間なんて、もう十分すぎるほど経ったのに。

 軽井沢さんが出口さんに視線を向けると、彼はやれやれといった感じで片手を上げる。

 

「悪いが、これ以上は俺も暇じゃないんでね。正規の手続きを踏んでほしい。それに、架空の企業名をでっち上げるくらいだ。個人名だって本当に通話相手のものかどうか……」

 

 私は息を整え、紙面に戻る。

 

「……通話内容は、わからないんですよね」

「はい。ただ……」

 

 担当者が紙面を指先でなぞる。


「通話終了直後に、データ送信が発生しています。小さくありません」

 

 表示された数値は「送信5.8MB(メガバイト)」。

 それを見た律が、目を瞬く。

 

「これ、もしかして……」

「録音アプリ、かもしれないな」

 

 後ろで出口さんが言った。


「録音アプリ?」


 振り返って訊ねると、出口さんが説明してくれた。

 

「通話を自動で録音して、クラウドに送るタイプのものがある。端末は初期化済みでも、データは向こうに残っている可能性があるな」

「でも、それを聞くには……」

「警察の手続きがいる。しかも、時間がかかる」


 出口さんは肩をすくめて、私たちの期待を制するように首を横に振った。

 

「それに、ああいうアプリって暗号化されてることもあるから、それだと解読に時間を取られるよ。最悪、解読できないってことも」


 続けて律が補足してくれた。解読できないのなら、申請する意味もなくなってしまう。

 焦りが、じわじわと広がっていく。

 ここまで来たのに、また立ち止まってしまうのか。

 

「じゃあ、どうすれば」

「いちばんいいのは、兄さんがなんのアプリを使っていたか、わかることかな」


 同じアプリをこちらで用意して、彰人さんのアカウントでログインできれば、録音データへ直接アクセスできる。申請や解読を待つよりも、はるかに現実的だ。

 あの日、彰人さんは確かに仕事用スマホで誰かと話していた。

 そのデータが、残っているかもしれない……。

 

「少し……考えます……」


 もう終業前だ、これ以上居座れば迷惑になってしまう。

 私たちは、担当職員にお礼を言ってその場を後にした。


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