表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【大賞作品長編化】執着系義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく〜未亡人の私、愛されすぎて逃げられません〜  作者: 草加奈呼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/20

10・律の部屋

 昨夜は律のことで不安になりながら布団に潜ったけれど、気づいたら朝だった。

 カーテンの隙間から陽の光が差し込む、いつもの朝。

 習慣とは恐ろしいもので、目覚ましが鳴る前に目を開けた。

 昨夜のことが夢だったらいいのに……そう思っていると、背中側にもぞりと何かが動く気配を感じた。


(え……?)


 不思議に思って振り向くと──律が、私の布団の中ですやすやと寝息を立てている。


「きゃああああああ!」


 悲鳴を上げると、律はのそのそと上体を起こした。

 寝ぼけ眼のまま、目を細めて小さく笑う。

 

「姉さん、おはよぉ……」


 まるで何事もなかったかのような、いつもの調子の声。


「もうっ、律! 私の部屋に入るの禁止!!」


 慌てて枕を投げると、律は顔でそれを受け止めて苦笑いする。

 昨夜のあれはなんだったんだろう?

 律はいつもと変わらない、穏やかで整った顔だった。



「またですか、ほんと仲がよろしいですね」


 内村さんが、朝食を並べながら朗らかに笑う。


「笑いごとじゃないですよ……」


 大きくため息をつきながら、席に着いた。

 いつもと同じ、パン、ウインナー、サラダにコーヒーの朝食だ。

 

「ごめんって。だから、覚えてないんだって」


 律が口を尖らせながら、サラダをつついている。

 寝ぼけて私の部屋に入ってきた──そう言い張るけれど、本当に?

 自分の部屋には入るなって言ったくせに。

 

『俺の部屋には入らないでね』

 

 実家に戻ってきた時に、そう言った律の言葉を思い出す。

 ──律の部屋に、何かある。

 そう思った私は、律が仕事に出かけたのを確認してから彼の部屋に向かった。


 入らないでというわりには、意外にも鍵はかかっておらず、すんなりと侵入できた。

 電気をつけると、異様な気配を感じた。

 いや、部屋はいたって普通だ。布団の乱れたベッドに、閉めっぱなしのカーテン。私に「入らないで」と言ったくらいだ。多分、内村さんが掃除に入ったりもしていないのだろう。少し、埃っぽい。

 中でも一番目についたのは、デスクの上にある三台の液晶モニター。配信をやるからって、三台も必要なのだろうか? こればかりは私が詳しくないだけなのかもしれない。そのそばに、マイクとヘッドホンがある。

 スタイリッシュな棚が横にあって、本や雑誌がぎっしりと並べられている。

 壁には大きなコルクボード。思い出の写真でも飾られているのかと思ったが──。


「……え?」


 写真を見て、顔をしかめた。だってそれは、家族写真でもなんでもない。

 数人の男の写真が貼られ、顔に×印が書かれていた。どれも見覚えのある顔ばかりだ。

 

「これ……中学の同級生の……。こっちは、高校の時の……!」

 

 震える手で、写真をなぞる。

 

「この人は、大学の時……この人も……っ」

 

 恐ろしくなってきた。


「……っ」


 最後に見た写真は、なぜかダーツの矢が刺さっていた。


「これ……保科さん……!?」


 思考を巡らせる。

 考えたくはないけれど、この写真にはすべて共通点がある……。

 私に、告白してきた人や好意を向けてきた人だ。


「なん、で……?」


 頭がくらりとして、壁に手をつく。

 律が部屋に入らないでと言ったのは、配信の機材があるから、触れられたくないからだって言っていた。──だけど、本当はそうじゃなくて、これを隠そうとしていた……?

 でも、それにしては部屋の壁に、こんな堂々と貼り出しているなんて。


(もしかして、他にもなにか隠してる……?)


 一旦冷静になり、次はデスクの引き出しをひとつずつ開けていく。

 筆記用具やアクセサリーケース……中段には書類の束。

 そして、一番下の引き出しの奥にあったのは数冊のファイルだった。

 

「これは……?」

 

 開いてみると、写真が整理されていた。どうやらアルバムのようだ。

 今度こそ、家族写真のようなものかと思い、微笑ましい気持ちでページをめくった。

 しかし、めくるごとに違和感が膨れ上がっていく。


「まさか……」

 

 ページをめくっても。めくっても。

 全部、私。

 別のアルバムを開く。


「これも!」


 最後の一冊も開く。


「──これも!?」

  

 中学の制服姿の私から始まり、高校、大学の頃まで。

 振り返った横顔。駅のホームで電車を待っているところ。

 そのほとんどは、カメラの方を向いていない。

 

「なに、これ……」


 そういえば、律は中学の時に写真部に入って、カメラを買ってもらっていた。

 私も家でよく撮ってもらっていたが、こんな、外で撮ってもらったものは知らない。

 これではまるで──隠し撮りだ。

 ショックのあまり手が震えて、アルバムが滑り落ちる。

  

 これ以上見てはいけないと思った時、不意にバランスを崩してしまい、手がデスクの上のマウスに触れた。

 ──カチ。

 小さな音とともに、スリープ状態だったモニターが一斉に明るくなる。

 三面に広がる映像を見て、私は思わず悲鳴を漏らしそうになった。


「──っ!」


 ベッド。机。窓際。

 見慣れた部屋が、いろいろな角度から映し出されている。

 

「……これ……私の部屋……!?」

 

 頭が真っ白になった。立っているのもやっとで、足元から血の気が引いていくのが自分でもわかる。胸がぎゅっとつかまれたように苦しくて、空気がうまく肺に入らない。

 

(息が……)

 

 吸うたびに呼吸が浅く速くなっていく。視界がじわりと滲み、遠くで誰かがざわざわと話しているような耳鳴りがする。

 必死に口元を手で覆い、逃げる息を押しとどめようとするけれど、全然追いつかない。

 

 ──いったい、いつから?

 ずっと見られていた……律に……?


 目の前の三つの画面がぐにゃりと歪んで見えた。涙か、目眩なのか区別がつかない。

 膝が笑い、倒れそうになったその時──。

 

「──あーあ。見つかっちゃった」

 

 背後から聞き慣れた声がして、私は凍りついた。

 振り返ると、律がドアのところに立っていた。笑顔を浮かべ、悪びれる様子など一切ない。


「り、律……どうして……」


 仕事に出かけたと思っていたのに、戻ってくるなんて。

 

「だから、入らないでって言ったのに」


 律は、ゆっくりと部屋に入ってきて、扉を閉めた。

 

「なんで、こんなこと……」

「なんでって……決まってるじゃない」


 いつものように、穏やかな微笑みを見せる。

 けれど、それが異様に気味悪く感じた。


「姉さんが、好きだから」

 

 さらりと口にされた言葉に、心臓がどくんと音を立てる。

 律は、床に落ちたアルバムを拾う。

 それを開くと、恍惚とした表情で見つめている。

 

「俺はね、姉さんのいろんな顔を見たいんだ。横からも、斜め後ろからも。笑ってる顔も、泣いてる顔も、困った顔も……ぜんぶ」


 言いながら、指先で私の写った写真をなぞっていく。

 全身の毛穴が開いていくような、ぞわぞわとした悪寒が私を襲い、思わず後ずさった。


 律は唇を噛み締め、私にもわかるほど、アルバムを強く握る。

 

「……せっかく邪魔者は排除してきたのに」

 

 耳を疑う言葉だった。

 排除って──


「まさか……彰人さんは、本当に……律が?」

 

 自分の声が震えているのがわかった。

 律は、急にきょとんとした顔をして、首をかしげる。

 

「兄さん? なんで?」

「だって! 彰人さんの日記に……《律には気をつけろ》って!」

 

 必死で言い募る私を、律は目を細めて見つめた。


「ああ、あれ」

 

 律は特に驚いた様子も見せず、にっこりと笑った。


「見つけてくれたんだ。そっかぁ……だから姉さん、最近態度がおかしかったんだ」

「え……?」

 

 理解が追いつかない。

 なぜ、律がそんなふうに……?


 軽井沢さんの言葉を思い出す。

 もし、この日記に書き込める人物がいたとしたら、それは──お父様か、律。


「ど、どういうこと……律、知ってたの?」

 

 問いかける私に、律はアルバムを閉じて当然のように答えた。

 

「だってあれは、俺が書いたんだもの」

 

 ──その真実に、頭の中で何かがひび割れる音がした。

 崩れそうに、脆く、あとひとつ何か知ってしまえば闇へ落ちていきそうな。

 そんな感覚に、陥った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ