【25】光に還った天使のワルツ。〜"永遠の恋人"は、終わりと始まりを告げる〜
ルシアンが、
ロクシーの控室の扉をノックしようとすると、
扉が一人でに、ふわりと開いた。
イレイナが、
真正面の一人掛けのソファに座っている。
「どうぞ。
あんたも飲む?」
イレイナのサイドテーブルには、
ルチアーノの父親が、
ホテルのペントハウスへ不意打ちでやって来た時に、
持って来たシャンパンが置かれていた。
「グー・ド・ディアンモンズ/
テイスト・オブ・ダイヤモンズ』
その価格、
2億2千万円から2億9千万円。
封は開けられ、
イレイナは、シャンパンフルートを傾ける。
「必要ない」
ルシアンは、
何の感情もない声で答える。
「そう?」
それだけ言うと、
イレイナの口元が上がる。
「話がしたいだけだ」
「へぇ……
大天使と地球最強魔女が話をする?」
イレイナが、
シャンパンのボトルを、さらりと撫でる。
「どんな話かしら?」
イレイナの瞳が、
金色に燃え上がる。
ルシアンは、
眉一つ動かさず、
普段と変わらぬ無表情で、淡々と話し出す。
「ルチアーノの父親の件だ。
確かに、父親の"夢"は守られた。
だが、モナコの気候は温暖。
雪が降る確率は低い。
あの"令嬢"を恋い焦がれる日々だけが、
これから待ち受けるだけではないのか?
それは――
ひどく、残酷だ」
イレイナが、
再びシャンパンを口にする。
そして、
慈愛に満ちた声で言った。
「あのね。
あの"サラ"は人間。
ルチアーノの父親は?
元・地獄の王。
"サラ"に恋に落ちた瞬間に、
父親は悟ったわ。
自分は、まだまだ生き続ける。
でも――
"サラ"は?
そう、自分より先に死ぬ。
だから――
あの"サラ"の『雪が降ったら参ります』はね、
父親にとっては、夢の完成形。
初めて知った恋に、
自分よりも先に消えてしまう、宿命の恋人を、
"待つ"という至福の時間が加わるの。
素敵でしょ?」
ルシアンの眉が、
ほんの少し寄る。
「では、"永遠の恋人"とは?」
イレイナが、
ホホホと笑う。
「……やっと、本題に入ったわね」
その瞬間、
シャンパンのボトルが、砂粒へと変わる。
ルチアーノの父親でさえ、
気づかれぬ恩寵が、
放たれた結果だった。
イレイナは、
優雅にテーブルへ向くと、
掌を口元に翳し、
フッと、小さく息を吐いた。
すると、
砂粒は、一つ残らず消滅した。
そして、
ただ、一言告げる。
「アンジュと、ワルツを踊れば分かる」
ルシアンの眼が、
大天使としての鋭さを帯びる。
「それは……
アンジュさまのダンス姿を、
記録したいだけでは?」
イレイナが、
視線をルシアンに戻す。
「ええ、それもあるわ。
でもね……」
ルシアンの鋭い視線を、ものともせず、
真っすぐに視線を返す、イレイナの瞳は――
やさしかった。
「あんたの答えも、見つかるわ。
ルチアーノの父親のようにね」
ルシアンが、
アンジュ、ルチアーノ、ロクシーの待つテーブルへ、
戻ってくると、
その姿に気づいたアンジュは、
一拍置いてから、にっこりと微笑んだ。
「ルシアンよ。
イレイナとの話は、終わったのか?」
「はい」
静かに答えるルシアンの声に、
場の空気が、わずかに落ち着く。
すると、
待っていましたとばかりに、
ルチアーノが、組み立てられた機器を取り出した。
「ルシアン! 遅いー!!
見ろよ!
NASA監修の録画機器だ!
これで、お前とアンジュちゃんのダンスを、
撮るからな……!」
アンジュは、
楽しげに目を輝かせ、
ルチアーノは、興奮を隠さず、
ロクシーだけが、深いため息をつく。
その次の瞬間――
スパーンッ!
「暑苦しいのよ、おじさん!
そういうのは、こっそり撮るものなの!
なんで、ネタバレするかな〜」
乾いた音とともに、
ルチアーノの頭が、はたかれる。
ロクシーの片方の手には、
『ザ・マッカラン 1926』のロックグラス。
氷を揺らしながら、
彼女は、ルシアンへと視線を向け、ニヤリと笑った。
「次の曲がラストだよ?
アンジュちゃんと、踊れば?」
ルシアンは、
静かに頷いた。
それと同時に、
アンジュが、すっと立ち上がる。
眩しいほどの笑顔に見つめられ、
ルシアンは、
一歩だけ前に出た。
「Darf ich bitten?」
――私と踊っていただけますか?――
それは、
正式な男性からの、正統なダンスの誘いだった。
その瞬間――
ルチアーノとロクシーの動きが、ぴたりと止まる。
時間が、凍りついたかのように。
――ルシアンが、一人の男になってる……!――
アンジュは、
変わらぬ笑顔のまま、
静かに頷いた。
ルシアンが、その手を取り、
二人はホールへと歩き出す。
やがて、
最初の一歩が踏み出される。
二人のウィンナ・ワルツが、
静かに、そして鮮やかに始まった。
曲は、
ヨハン・シュトラウス2世の『天体の音楽』。
旋律に導かれるように、
二人の身体が、重なり合う。
まるで、動く絵画。
一組、また一組と踊り手が離れ、
気づけば、
フロアには、二人だけが残されていた。
世界から、切り離されたかのような空間。
アンジュの、
羽根が生えたかのように軽やかなステップ。
ルシアンは、迷いなく導き、
力強く、時に柔らかく、正確に応じる。
すべてが噛み合い、
動きは、芸術の域へと昇華していく。
ルシアンは、
自分を見上げる、アンジュのブルーの瞳を見つめながら、
それが、天界の何よりも美しいと、
初めて心から認めた。
そして――
『天体の音楽』から、
ハープの音が響いた刹那。
アンジュが、消えた。
自分の腕の中にいるのは、
アンジュの“化身”。
現実が砕けるような感覚とともに、
ルシアンの視界が、白く染まる。
次の瞬間――
彼自身もまた、
強く引き戻されるようにして、
天界へと戻されていた。
その直後――
ルシアンは、
無数の光の粒子が、静かに煌めく、
神の玉座の御前に跪いていた。
澄み切った空気は、
音すら許さぬほどに張り詰め、
そこに満ちる神聖さが、
彼の存在そのものを包み込む。
「ルシアンよ……よくやった」
玉座から降り注ぐその言葉は、
祝福のように、そして労いのように、
胸の奥へと、ゆっくり染み込んでいった。
やがて、
いつものように報告書を記し、
静かな足取りで、ガブリエルの執務室へと向かう。
――天界の中心。
深い静寂に包まれたその場所で、
変わらず聖務に勤しむ、ガブリエルの姿があった。
「うーん! 絶好調!
流石は私、大天使ガブリエル♪
地上勤務も、完璧〜♪」
高らかな声と、軽やかな調子は、
この場所の厳粛ささえ、和らげてしまうほどだった。
ルシアンの姿を認めても、
その明るさは変わらない。
「報告書か? うむ! ご苦労!」
屈託のない笑顔。
それはまさしく、
大天使の双璧をなす、ガブリエルそのものだった。
ルシアンの視線は、
無意識のうちに、彼女の左手へと向かう。
そこに、
ブルーダイヤモンドはない。
アンジュの“化身”が、
すでにルチアーノのもとへ返されたことを、
彼は知っていた。
次に、
その視線は、ゆっくりと右手の中指へと移る。
そこにあったのは――
くすんだ銀色のホースシューリング。
ただの、安物の指輪。
それが、視界に入った瞬間、
鋭い痛みとなって、
ルシアンの胸を貫いた。
まるで、
触れてはならない記憶を、
無理やり抉り出されたかのように。
「……失礼します」
かすれた声で、そう告げると、
ルシアンは、報告書を、
机の上にそっと、静かに置いた。
余計な音ひとつ、立てぬように。
そして、
わずかに背筋を伸ばす。
迷いを振り払うように、
視線を前へと向けて。
次なる使命の地へ――
彼は、光の中へと身を投じた。
その背中には、
誰にも見せぬ祈りと、
静かな決意だけを宿して。
ルシアンは、
カムチャッカ火山帯の、果てしない白銀の大地で、
静かに聖なる祈りを捧げ終えたあとも、
しばらく、その場に立ち尽くしていた。
吹きつける、氷のような風。
頬を刺す、冷気。
音という音が、凍りついたかのような沈黙。
そのすべてが、
彼の孤独を、際立たせていた。
祈りの余韻が、胸の奥に残る中、
意識は、ゆっくりと過去へと引き戻されていく。
――舞踏会での、ラストダンス。
アンジュと踊った、あのウィンナ・ワルツ。
大天使ではなく、
一人の男性として差し出した手。
そして――
アンジュが消えた、あの一瞬。
それは、喪失であると同時に、
“永遠の恋人”を見つけた瞬間でもあった。
荒れ狂う強風の中、
イレイナのダンス練習場で、重ねた音色。
アンジュのハープと、
ルシアンのピアノ。
ジョン・トーマスの『舞踏会の思い出』が、
まるで幻のように、
どこからともなく聞こえてくる。
現実か、記憶か、
それとも願いか――
判別もつかないまま、
旋律だけが、胸に染み渡る。
凍てつく大地に立つ、彼の内側で、
ひとつの言葉が、
深く、深く刻み込まれていった。
鼓動とともに、
魂そのものに刻まれるように。
――恋は誰にも止められない――
その言葉は、
痛みでもあり、救いでもあり、
そして、彼自身の運命でもあった。
やがて、
風の音だけが、再び世界を満たす。
終わりと始まりが、重なるような静寂の中で、
ルシアンは、そっと目を閉じる。
その胸に、
愛と祈りと決意を抱いたまま――
〜fin〜
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
この物語はここで完結です。
どなたかの琴線に触れることが出来たら、幸いです。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございましたm(_ _)m
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