【24】恋は誰にも止められないと知った夜。〜父は懺悔し、魔女は夢を守り、天使は祈る〜
そうして、場内のざわめきが静まり返り、
舞踏会があらためて再開された。
地獄の王ルチアーノと、
その婚約者ロクシーのお披露目という、
特別な瞬間のために。
会場に流れ出したのは、
ヨハン・シュトラウス2世の『美しく青きドナウ』。
優雅な旋律が、
広いホール全体を包み込んでいく。
自然と視線は、
ワルツの中央で踊るルチアーノとロクシーへと集まった。
――誰もが、その二人こそが唯一の主役だと、信じて疑わなかった。
だが、その視線は、
やがて静かな間を挟んで、
ゆっくりと脇へと流れていく。
そこには――
もう一組の主役のように、
ルチアーノの父親と"サラ"の姿があった。
「ウィルティモ伯爵の何百年ぶりかのワルツ」という歴史的な瞬間に、
場内は、ルチアーノの婚約者のお披露目という枠を超えた、
熱気と興奮に包まれていた。
あちこちから、
押し殺した歓声や感嘆の息が漏れ、
ざわめきと高鳴る鼓動が混じり合い、
会場全体の空気までもが、熱を帯びていく。
人々の視線は一斉に、
ホールの中心へと集まり、
その中心で繰り広げられる奇跡のような光景を、
見逃すまいと、
誰ひとり目を離そうとしなかった。
そしてアンジュはルシアンを連れて、
そのすべてを最もよく見渡せるテーブルへと腰を下ろしていた。
そして――
ロクシーの控室では、
イレイナが水晶玉に手を翳していた。
ルチアーノの父親は、
ルシアンの容赦ない猛特訓の後遺症も、
初体験のスポーツ飲料の衝撃も、
今は完全に消え、
喜びのままにステップを踏んでいた。
優雅に舞う"サラ"の動きと、
見上げてくる紫の瞳が重なる。
金の髪は光を受けて淡く揺れ、
薔薇の香りがそっと漂い、
父親の意識を包み込んでいた。
視界の端で揺れる、
ルチアーノとロクシーの姿が、
自然と目に入る。
寄り添うように踊るその表情は、
揃って幸福に満ちていた。
「サラ殿……」
父親の控えめな呼びかけに、
"サラ"の笑顔が、そっと重なる。
「なんでしょう?」
「わしは……
間違っていたのかもしれん……」
"サラ"のイブニングドレスの、
ひるがえった銀色が、
視界を柔らかく横切っていく。
「わしは……
ルチアーノにお見合いをしろと、押し付けておったのだ……。
だが……」
その時――
ロクシーがステップを間違えたのか、
グラリと倒れそうになった。
父親がハッとした瞬間、
ルチアーノが、さっとロクシーを支え直し、
まるで何事も無かったかの様に、
二人はダンスを続ける。
そして、二人は笑顔を交わす。
父親は、ホッと息を吐くと、言った。
「やはり……
お見合いを押し付けるなど、間違っていた。
ルチアーノに恋人が出来たと聞かされた時に、
祝福だけしてやれば良かったのだ……。
親友やその婚約者までも侮辱して……。
だが、わしは初めて知った。
千年以上も生きてきて――
本当の恋は、誰にも止められぬ」
すると、"サラ"は、
ふふっとやさしく笑った。
「伯爵……。
私、そのお話を聞いて、感動しております。
恋は誰にも止められない……
素敵なお言葉ですわ」
「……サラ殿!」
"サラ"が軽やかに回転し、
父親が自然に受け止める。
「わしが……
そなたに初めての恋をして……。
愚かだと嗤われようとも、
構わぬと申し出たら?」
曲が終わりに近づく。
"サラ"は、父親に向かって、
紫色の瞳を潤ませる。
「光栄ですわ……。
では回顧録につけ足して下さいませ。
『サラに二度目に会った時、雪が振っていた』と。
私たちは、その時に"永遠の恋人"になれるでしょう」
「……サラ殿!
必ずや……!」
そして『美しく青きドナウ』が終わり――
二人はお辞儀をする。
人の流れを縫うように、
"サラ"は軽やかに進んでいく。
父親は、その背中が人波に溶けるまで、
ただ、見送っていた。
一方――
まるで時間の流れだけが、
そこだけ緩やかになったかのように。
アンジュとルシアンは、静かに並んで座っていた。
アンジュは、
何ひとつ曇りのない、
輝くような美しい笑顔を浮かべていた。
「ルチアーノがロクシーのドレスを踏んでしまったが、
ルチアーノのフォローも、
二人のダンスも素晴らしかったな!」
その無邪気な声に、
ルシアンは静かに「ええ」と頷く。
アンジュは気づいていないようだが、
父親からの角度では、
ルチアーノがロクシーのドレスを“わざと”踏む様子など、
決して見えるはずがなかった。
ルシアンは、
恩寵によって確かめていた。
父親は、まじないを一つも使ってはいない。
父親の目には、ただ――
躓いたロクシーを、
ルチアーノが優しく支えた光景として、映っていただろう。
そして――
“サラ”がイレイナの化身であることにも、気づいていない。
イレイナは、父親の夢を壊さなかった。
その代わりに父親は、
この気候の良いモナコで、
雪が降る日にだけ現れる“サラ”を、
生涯夢見て生きていくことになる――
まさに、“永遠の恋人”として。
ルシアンは、
そっとアンジュの手へと視線を落とした。
右手の中指。
そこには、
自分が贈った、安物の銀のホースシューリングがある。
アンジュがその指輪を、
「野に咲く花、風雪に耐える枯れ木」と称してくれた、
あの瞬間――
大天使としてあってはならぬ感情が、胸に溢れ、
思わず顔が熱くなった。
それは、確かな喜びだった。
そして、左手の薬指。
そこには、
60億円もするブルーダイヤモンドの婚約指輪が輝いている。
婚約指輪は、
心が籠っていればそれでいい。
本来、こんな高価なものなど必要ない。
だが――
この指輪は、自分が嵌めたもの。
たとえ、代役としてであっても。
アンジュの左手の薬指に、
指輪を嵌めた者は、過去にも現在にも、
自分しか存在しない。
――外してほしくない――
そう願った刹那、
胸の奥に罪の意識が広がり、
ルシアンは静かに、
贖罪の祈りを心の中で唱えた。
その瞬間だった。
「ルーシアン♪」
「アンジュちゃん!」
ご機嫌なルチアーノの声と、
弾んだロクシーの声が、同時に響く。
アンジュが、ぱっと立ち上がり、
満面の笑みを浮かべる。
「二人とも、素晴らしいダンスだったぞ!」
「……何だ?」
無表情で返すルシアンに、
ルチアーノが、えへんと胸を張った。
「ズッ友と、アンジュちゃん……!
二人のお陰で、
お父様からお褒めの言葉を貰った上に、
お見合いもしなくて良いって言われたんだよーーー!!」
アンジュが、にっこりと微笑む。
「良かったな、ルチアーノ!」
ロクシーも、ぐふふと笑って続けた。
「それとさあ〜!
二人にお詫びと、
ダンスレッスンのお礼をしたいって伝言よ!
ルチアーノに連絡させるって!
あー、これで仕事は全部終了〜!」
その言葉を聞きながら、
ルシアンは、ゆっくりと席を立った。
まるで、何かを決意したかのように。
「……イレイナ本人は、どこにいる?」
「イレイナなら私の控室!
アンジュちゃんがワルツを踊る瞬間を、
1秒残らず完璧に記録するって張り切ってる!」
ルシアンは、音もなく歩き出す。
アンジュが、小首を傾げた。
「ルシアンよ。
どうした?」
その青い瞳には、
疑念も不安もなく、
ただ素直な疑問だけが浮かんでいる。
ルシアンは立ち止まり、
アンジュに向かって丁寧に一礼した。
「イレイナと話すことがございます。
少しの間、失礼いたします」
アンジュは、いつものように、にっこりと笑った。
「うむ!
では私は、ここでロクシーとルチアーノと一緒に待とう!」
その声は、
信頼に満ちた鈴の音のように澄み切っていて――
ルシアンの胸を、静かに、しかし深く抉った。
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