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【完結】大天使、悪魔のお見合いを阻止せよ!?〜地獄の王がお見合いを断ろうとしたら、大天使に婚約者が爆誕!〜  作者: 久茉莉himari


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24/25

【24】恋は誰にも止められないと知った夜。〜父は懺悔し、魔女は夢を守り、天使は祈る〜

そうして、場内のざわめきが静まり返り、

舞踏会があらためて再開された。


地獄の王ルチアーノと、

その婚約者ロクシーのお披露目という、

特別な瞬間のために。


会場に流れ出したのは、

ヨハン・シュトラウス2世の『美しく青きドナウ』。


優雅な旋律が、

広いホール全体を包み込んでいく。


自然と視線は、

ワルツの中央で踊るルチアーノとロクシーへと集まった。


――誰もが、その二人こそが唯一の主役だと、信じて疑わなかった。


だが、その視線は、

やがて静かな間を挟んで、

ゆっくりと脇へと流れていく。


そこには――

もう一組の主役のように、

ルチアーノの父親と"サラ"の姿があった。


「ウィルティモ伯爵の何百年ぶりかのワルツ」という歴史的な瞬間に、

場内は、ルチアーノの婚約者のお披露目という枠を超えた、

熱気と興奮に包まれていた。


あちこちから、

押し殺した歓声や感嘆の息が漏れ、

ざわめきと高鳴る鼓動が混じり合い、

会場全体の空気までもが、熱を帯びていく。


人々の視線は一斉に、

ホールの中心へと集まり、

その中心で繰り広げられる奇跡のような光景を、

見逃すまいと、

誰ひとり目を離そうとしなかった。


そしてアンジュはルシアンを連れて、

そのすべてを最もよく見渡せるテーブルへと腰を下ろしていた。


そして――

ロクシーの控室では、

イレイナが水晶玉に手を翳していた。



 


ルチアーノの父親は、

ルシアンの容赦ない猛特訓の後遺症も、

初体験のスポーツ飲料の衝撃も、

今は完全に消え、

喜びのままにステップを踏んでいた。


優雅に舞う"サラ"の動きと、

見上げてくる紫の瞳が重なる。

金の髪は光を受けて淡く揺れ、

薔薇の香りがそっと漂い、

父親の意識を包み込んでいた。


視界の端で揺れる、

ルチアーノとロクシーの姿が、

自然と目に入る。


寄り添うように踊るその表情は、

揃って幸福に満ちていた。


「サラ殿……」


父親の控えめな呼びかけに、

"サラ"の笑顔が、そっと重なる。


「なんでしょう?」


「わしは……

間違っていたのかもしれん……」


"サラ"のイブニングドレスの、

ひるがえった銀色が、

視界を柔らかく横切っていく。


「わしは……

ルチアーノにお見合いをしろと、押し付けておったのだ……。

だが……」


その時――

ロクシーがステップを間違えたのか、

グラリと倒れそうになった。


父親がハッとした瞬間、

ルチアーノが、さっとロクシーを支え直し、

まるで何事も無かったかの様に、

二人はダンスを続ける。


そして、二人は笑顔を交わす。


父親は、ホッと息を吐くと、言った。


「やはり……

お見合いを押し付けるなど、間違っていた。

ルチアーノに恋人が出来たと聞かされた時に、

祝福だけしてやれば良かったのだ……。

親友やその婚約者までも侮辱して……。

だが、わしは初めて知った。

千年以上も生きてきて――

本当の恋は、誰にも止められぬ」


すると、"サラ"は、

ふふっとやさしく笑った。


「伯爵……。

私、そのお話を聞いて、感動しております。

恋は誰にも止められない……

素敵なお言葉ですわ」


「……サラ殿!」


"サラ"が軽やかに回転し、

父親が自然に受け止める。


「わしが……

そなたに初めての恋をして……。

愚かだと嗤われようとも、

構わぬと申し出たら?」


曲が終わりに近づく。


"サラ"は、父親に向かって、

紫色の瞳を潤ませる。


「光栄ですわ……。

では回顧録につけ足して下さいませ。

『サラに二度目に会った時、雪が振っていた』と。

私たちは、その時に"永遠の恋人"になれるでしょう」


「……サラ殿!

必ずや……!」


そして『美しく青きドナウ』が終わり――

二人はお辞儀をする。


人の流れを縫うように、

"サラ"は軽やかに進んでいく。


父親は、その背中が人波に溶けるまで、

ただ、見送っていた。



 


一方――

まるで時間の流れだけが、

そこだけ緩やかになったかのように。

アンジュとルシアンは、静かに並んで座っていた。


アンジュは、

何ひとつ曇りのない、

輝くような美しい笑顔を浮かべていた。


「ルチアーノがロクシーのドレスを踏んでしまったが、

ルチアーノのフォローも、

二人のダンスも素晴らしかったな!」


その無邪気な声に、

ルシアンは静かに「ええ」と頷く。


アンジュは気づいていないようだが、

父親からの角度では、

ルチアーノがロクシーのドレスを“わざと”踏む様子など、

決して見えるはずがなかった。


ルシアンは、

恩寵によって確かめていた。

父親は、まじないを一つも使ってはいない。


父親の目には、ただ――

躓いたロクシーを、

ルチアーノが優しく支えた光景として、映っていただろう。


そして――

“サラ”がイレイナの化身であることにも、気づいていない。


イレイナは、父親の夢を壊さなかった。


その代わりに父親は、

この気候の良いモナコで、

雪が降る日にだけ現れる“サラ”を、

生涯夢見て生きていくことになる――


まさに、“永遠の恋人”として。


ルシアンは、

そっとアンジュの手へと視線を落とした。


右手の中指。

そこには、

自分が贈った、安物の銀のホースシューリングがある。


アンジュがその指輪を、

「野に咲く花、風雪に耐える枯れ木」と称してくれた、

あの瞬間――


大天使としてあってはならぬ感情が、胸に溢れ、

思わず顔が熱くなった。


それは、確かな喜びだった。


そして、左手の薬指。

そこには、

60億円もするブルーダイヤモンドの婚約指輪が輝いている。


婚約指輪は、

心が籠っていればそれでいい。

本来、こんな高価なものなど必要ない。


だが――

この指輪は、自分が嵌めたもの。

たとえ、代役としてであっても。


アンジュの左手の薬指に、

指輪を嵌めた者は、過去にも現在にも、

自分しか存在しない。


――外してほしくない――


そう願った刹那、

胸の奥に罪の意識が広がり、

ルシアンは静かに、

贖罪の祈りを心の中で唱えた。


その瞬間だった。


「ルーシアン♪」

「アンジュちゃん!」


ご機嫌なルチアーノの声と、

弾んだロクシーの声が、同時に響く。


アンジュが、ぱっと立ち上がり、

満面の笑みを浮かべる。


「二人とも、素晴らしいダンスだったぞ!」


「……何だ?」


無表情で返すルシアンに、

ルチアーノが、えへんと胸を張った。


「ズッ友と、アンジュちゃん……!

二人のお陰で、

お父様からお褒めの言葉を貰った上に、

お見合いもしなくて良いって言われたんだよーーー!!」


アンジュが、にっこりと微笑む。


「良かったな、ルチアーノ!」


ロクシーも、ぐふふと笑って続けた。


「それとさあ〜!

二人にお詫びと、

ダンスレッスンのお礼をしたいって伝言よ!

ルチアーノに連絡させるって!

あー、これで仕事は全部終了〜!」


その言葉を聞きながら、

ルシアンは、ゆっくりと席を立った。


まるで、何かを決意したかのように。


「……イレイナ本人は、どこにいる?」


「イレイナなら私の控室!

アンジュちゃんがワルツを踊る瞬間を、

1秒残らず完璧に記録するって張り切ってる!」


ルシアンは、音もなく歩き出す。


アンジュが、小首を傾げた。


「ルシアンよ。

どうした?」


その青い瞳には、

疑念も不安もなく、

ただ素直な疑問だけが浮かんでいる。


ルシアンは立ち止まり、

アンジュに向かって丁寧に一礼した。


「イレイナと話すことがございます。

少しの間、失礼いたします」


アンジュは、いつものように、にっこりと笑った。


「うむ!

では私は、ここでロクシーとルチアーノと一緒に待とう!」


その声は、

信頼に満ちた鈴の音のように澄み切っていて――

ルシアンの胸を、静かに、しかし深く抉った。

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