【23】夢の二重奏と、恋を認めた悪魔の父。〜ただし、天使がワルツのレッスンを、勝手に開始しています〜
完璧に整えられた豪華なステージが静まり返り、
次の瞬間、ルチアーノのピアノと、ロクシーのハープが重なり合う。
曲目は、
ドビュッシーの『夢』。
ルチアーノの父親は、
バルコニー席から演奏を聞きつつも――
向かいのバルコニーに招待した"サラ"が、
気になってならなかった。
"サラ"は、
古式ゆかしい望遠鏡レンズを使って、
ステージを楽しげに見ては、
チラリと、父親の方を向く。
それは、
気のせいだと分かっている。
場内の照明は最小限に落とされ、
ステージのみが輝いているのだから。
だが、"サラ"の動き――
望遠鏡から手を離すと、
自分を見ていると、思ってしまう。
それを、
心臓が正確に告げてくる。
そうして、
"サラ"から漂った薔薇の香水と、
紫の瞳、
あの甘ったるい声すら、蘇る。
この感情を、
認めるわけにはいかない。
だが――
ルチアーノの父親は、
否応なく、認めざるを得なかった。
なぜなら――
息子の演奏が、
早く終わって欲しいと思っている自分に、
気が付いて。
そして、
父親側のバルコニーの一つ上には、
アンジュとルシアンもいた。
ルシアンは、
マナーどおり、アンジュと並んでソファに座っていた。
アンジュは、
美しい笑みを浮かべ、
ルチアーノとロクシーの演奏に、
耳を傾けている。
すると、
アンジュの細く白い指が、
ハープを弾くように動き出した。
ルシアンは、
一瞬で悟る。
それは、
壇上でロクシーが弾いている、
ハープのパートだ。
その美しい指の動きに、
見惚れている自分に気づき、
ルシアンは、
アンジュから1センチ離れた。
すると突然、
アンジュがルシアンの腕を、
パッと引いた。
飛び上がりそうになるのを、
必死に堪えるルシアン。
アンジュが、
扇で口元を隠し、囁く。
「ルシアンよ!
あの時を、思い出すな!」
それだけ言うと、
アンジュは再び、
ルチアーノとロクシーの演奏に、
集中する。
ルシアンは、
"あの時"が、"どの時"なのかを、
思考している――つもりだったが。
記憶を探す沈黙の中で、
顔色だけが、雄弁だった。
マグマのような赤が、広がる。
ルシアンは表情を動かさず、心の奥で神に感謝する。
会場の暗がりが、すべてを隠してくれることに――
万雷の拍手のもと、
ルチアーノとロクシーの演奏が終わった。
そして、
壇上の進行者が、
30分の休憩を挟み、
舞踏会の再開を告げる。
アンジュとルシアンが、
バルコニーから出ると、
ルチアーノの父親が、
お供の者を連れて、待ち構えていた。
ルシアンが、
さっと、アンジュを守る、
ベストなポジションを取り、言った。
「何か?」
父親は、
なんとも言えない顔をしていた。
困ったような、
恥ずかしいような――
それでいて、嬉しそうな。
そして、
握り拳を両手で作り、
叫ぶように言った。
「ルシアン殿、アンジュ殿……
わしの非礼を詫びる!
だから、話を聞いてくれんか!?」
アンジュが、
即答する。
「おう!何だ?」
アンジュの柔らかい笑顔に、
父親が、ホッとした顔になる。
「あ、あの……
ケーキワゴンに、倒れて来た令嬢……
サラ殿と、控室で……話をしたかね……?」
おずおずと言う父親に、
アンジュが、キッパリ答える。
「いかにも!
サラは、知り合いだ!」
「本当かね!?」
父親の顔が、
パッと、明るくなる。
「じ、実は……」
そこまで言うと、
父親は、意を決したように、
一気に言った。
「わしは、サラ殿と、
ダンスを踊る約束をしたのだ!
だが、わしは年だし、
ダンスも得意とは言えぬ。
そこを上手く、
サラ殿に伝えてはくれまいか!?」
アンジュは、
にっこり笑う。
「よかろう!
お前は、確かに千歳は越えているしな!
"サラ"は、確かに年下!
その不安は、理解できる!
ルシアンよ!」
「はい」
ルシアンが、
さっと跪く。
「ルチアーノの父親に、
ダンスを教えてやれ!
この休憩時間中に!」
ルシアンが、
胸に手を当て、
誓うように答える。
「……御意……!」
途端に、
父親は、目を丸くする。
「……えっ……!?えぇ……!?
いや……伝えてくれるだけで……」
だが、
その言葉は、
最後まで言えずに終わった。
ルシアンの、
真剣な眼に、射抜かれて。
「アンジュさまのご命令です。
行きましょう」
その揺るぎない決意に満ちた声は、
父親に、選択肢はないと告げていた。
そして、
ルシアンに引きずられるように、
父親は、アンジュの前から去っていった。
ロクシーの豪華すぎる控え室では――
大型テレビから、
妥協を許さないルシアンの声と動きが、
途切れることなく映し出されている。
「背筋を伸ばして、胸を張る!」
「それは"伸ばしている"とは言えない!」
「胸をお忘れですか!?」
「足は滑らせるように!」
「違う!あくまでも優しく滑らかに!」
「体幹を安定させて!」
「ホールドの位置が10.5センチ低い!」
「力任せはワルツではありません!」
「だから、背筋!足の筋肉も意識して!」
テレビを見据えたまま、
アンジュは、
フレッシュ苺ジュースを一口飲み、
「よろしい!」と、何度か頷いている。
ロクシーは、
映像から目を離し、
隣のイレイナへと、視線を送る。
「イレイナ。
ルチアーノの親父、マジだよ、マジ!
本当に踊るの?」
イレイナ――"サラ"――が、
素っ気なく答える。
「私が踊るわけないでしょ」
そして、
どこからともなく、
水晶玉を取り出す。
「アンジュがワルツを踊る、
美しい瞬間を、
1秒残らず完璧に記録するんだから……!」
イレイナの瞳が、
"ドル"の形を帯び、
鋭く水晶玉を見つめる。
ロクシーが、
「だよね〜!」と頷くと、
ルチアーノが、焦った声を出した。
「でっ……でも……!
"サラ"と踊れなくなったら……
お父様が荒れるのでは!?
あんなに努力しているのに……!」
すると、
ロクシーが、ニヤリと笑った。
それを合図に、
ルチアーノの背中を、
悪寒が駆け抜ける。
「大丈夫。
あんたの親父の夢は壊さない。
その辺は、イレイナがちゃんとやってくれる。
それに、この、あんたの父親の努力で――」
ロクシーの言葉に、
ルチアーノが、乾いた声を出す。
「ど、努力で……?」
「そうよ。
自分が努力したぶん、
あんたと私のワルツの欠点よりも、
プラス面を見る!」
「……なんと!」
今度は、
感嘆の声を漏らすルチアーノへ、
ロクシーが、一歩踏み出す。
「それだけじゃないよ?
偉い人って、怒られなくなるでしょ?
そうなるとね、
逆に怒られたくなるのよ。
孤独な立場にいるからこそ、
対等に接してくる相手がいると……
安心感や充実感を、得られるわけ!」
そして、また一歩。
ルチアーノは、
瞬きも忘れたまま、
ロクシーを見つめて固まっている。
「だから、
こんなに厳しくレッスンしてくれるルシアンに、
感謝こそすれ、もう敵対心はない!
ダンスレッスンのきっかけを、
作ってくれたアンジュちゃんにもね……!」
次の瞬間、
ルチアーノは、
深紅のハンカチを取り出し、
そっと目頭に当てた。
「さすが……ズッ友ルシアン!
そして、
ルシアンの初恋相手のアンジュちゃん……!
俺様のリリカルな感性……
震えておりますッ!」
ロクシーは、
白ワインをグラスに注ぎながら、
感情を挟まずに答える。
「震えようが逆立ちしようが、
何してもいいけど。
あんた、
自分のお見合いを断ることを、
忘れてない?」
ルチアーノが、
ガバッと顔を上げる。
「では……
修整された脚本が……!?」
白ワインを飲み干した直後、
ロクシーの手は、
もう紙の束に伸びていた。
「今の流れで作り直したわ。
記憶して」
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