【22】舞踏会で最初に壊れたは、お父様でした。〜王は跪き、軍師はロマンティックを武器にする〜
一方、舞踏会の会場の一角。
ルチアーノの父親と、"サラ"のいる豪華なテーブルでは――
父親は、冷や汗か脂汗かもわからない汗を額に浮かべ、
何とか話題を捻り出していた。
"サラ"は、まだ二十歳とは思えない完璧なマナーで、
時折、菓子を口にし、白ワインを飲む。
そうして、
父親の話に、絶えず微笑みを浮かべ、頷く。
ただ、それだけ。
それだけなのに、
父親は、"サラ"から目が離せなかった。
"サラ"が、ゆっくりと瞬きをする。
それが、まるでスローモーションのように見え、
父親は、"サラ"の紫色の瞳に吸い寄せられる。
"サラ"が、
自分の話にクスリと笑ってくれる。
もう、それだけで、
胸の高鳴りを抑えられない。
父親は、赤くなったり青くなったりしながら、
必死に威厳を保つのが、精一杯だった。
――わしは一体、どうしてしまったのだ……!?
息子の婚約者より、若い女性に……?
まさか……!
いや……
そんなはずは、断じてないわ……!
そう、自分に言い聞かせていると、
"サラ"が舞踏会の会場を見て、
つまらなそうに、小さく息を吐いた。
それは、
他人から見れば、ほんの一呼吸。
だが、父親は、
"つまらない"と確信した。
素早く、口を開く。
「サラ殿……何か?」
"サラ"が、
ゆっくりと視線を、父親に戻す。
その、流れるような視線。
父親は、思わず額に手を当てた。
「あら、伯爵こそ、どうかなさいました?」
"サラ"の、
鈴の音のように澄んだ声は、甘ったるい。
「い、いや……わしは……」
額に手を当てたまま、
しどろもどろになっていると、
"サラ"は、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「舞踏会は、再開されませんの?
私、デビュタントを終えたばかりの舞踏会なので、
楽しみにしておりましたの」
父親が、そのままの姿勢で、息を呑む。
そして、
パッと顔を上げた。
「そうか……!
それは、失礼!
では、再開させよう!
おお……我が息子、ルチアーノが、
わしのために婚約者殿と二重奏をしてくれるのだ!
その後、すぐにでも!」
"サラ"が、
花の咲いたような笑顔になる。
「まあ、素敵!
ルチアーノ様の演奏を、
お聞きできるなんて!」
その時――
ルチアーノの父親に、
どうしようもない苛立ちが、
腹の底から、湧き上がった。
――ルチアーノの演奏が、そんなにも楽しみか……!?
わしと、こうして話しておる栄誉よりも……!?
いや……
サラ殿に非はない。
ルチアーノも、咎められるものではない。
だが、癪に障る!
なぜだ……?
わしは、何を取り乱しておる……!?
すると、
"サラ"が、ふわりと立ち上がった。
「では、
ルチアーノ様のお支度もございますでしょうから、
私、失礼いたします」
"サラ"が、
優雅にお辞儀をし、
一歩、踏み出す。
――引き留めなければ……!
その瞬間、
父親の口から出た言葉は――
「わしと、約束をしろ!」
――最悪じゃ……!
わしは、何を言っとるのだ……!
若さに任せた初恋の失敗のような、
分別を失った自分への後悔が、
一気に押し寄せる。
"サラ"が、
チラリと父親を見る。
紫色の瞳が、
キラキラと光っていた。
そこには、
軽蔑の色は一切なく、
父親は、胸を撫で下ろす。
"サラ"は、
柔らかく微笑む。
「まあ、どんな?」
「いや……失礼……。
わしは……その……」
ふと、
薔薇の香水の香りが、近づく。
「いいわ」
"サラ"の、甘ったるい声。
「あなたが、
エドワード3世になる覚悟が、
あるおつもりなら」
驚きに、
目を見張った次の瞬間、
父親の顔は、
噴き出しそうなほど、赤く染まった。
「なんと……!
サラ殿……
自らを、アリス・ペラーズだと……!?」
「さあ……どうなさるの? 伯爵。
老いらくの恋といわれる覚悟は、
おあり?」
父親が、
スッと椅子から立ち、
"サラ"の前に跪く。
そして、
左手を差し出した。
「どうか一曲、
ダンスの約束を」
どよめきが、
渦を巻く中で、
父親の聴覚だけが、遠ざかっていく。
心臓の鼓動が、
うるさくて。
そして、
"サラ"は――
父親の左手の上に、
そっと右手を乗せて、言った。
「喜んで」
その間――
わずか、15分。
ロクシーの控室の大型テレビ。
その前で、
ルチアーノが顔を真っ赤にしながら、
声を張り上げていた。
「うおおぉーーー!!
お父様を、落としたーーー!!」
ロクシーが、
ニヤリと笑う。
「さすが、イレイナだよね〜!
まあ、まじないも使ってるんだろうけど」
「それでも!」
ルチアーノが、
ガバッとロクシーに向かって振り返る。
「あのお父様に、まじないを掛けても……!
跪かせるなんて!
それは、心を動かさないと!」
ロクシーが、
グラスに残った白ワインを、
グビッと飲み干すと、言い切った。
「そこよ! そこ!
イレイナは、
あんたの親父に、
恋のまじないなんて掛けてない!
操り人形にする方が,
よっぽど簡単!
でもね,
あんたの親父が,
自分から“落ちる”ように,
最低限のまじないだけで,
“仕掛けた”の!」
ルチアーノが、
掠れた声で訊く。
「……つ、つまり……?」
「心から恋に落ちたら……
どうなる……?」
ロクシーの、
低い問いに、
ルチアーノの視線が、
ルシアンに向く。
ルシアンは、
守る位置を保ち続け、
アンジュの穏やかな時間を見つめている。
それ以上、
何も必要としていないかのように。
震えを帯びた声で、
ルチアーノは、
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「じ、自分で、
完璧な甘みのロイヤルミルクティーを淹れて……。
馬鹿みたいに詳細な,
アイスチョコレートラテの注文をする……!」
ロクシーが、
高らかに答える。
「その通り!
今のあんたの親父は,
恋に浮かれた中学生!
私たちの演奏とダンスで,
そのフニャフニャな心を,
ロマンティックで刺す!」
「ロマンティックで刺す……!!
ロクシー先生、天才ですか!?」
ルチアーノが、
燕尾服から,
パッとネタ帳を取り出し,
ロクシーの言葉をメモする。
すると――
コンコン,
と控えめなノックの音と共に,
「伯爵がお呼びです」という声がした。
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