【15】大天使並みに踊って弾けと言われました。〜無理であります〜
そうして――
ルチアーノとロクシー、アンジュとルシアンが揃い、
メインリビングのテーブルの上で、深紅のシルクの布が、静かに開かれた。
現れたのは、赤い蝋印を押された封筒。
その紋章を目にした瞬間、ルチアーノは、反射的に叫んでいた。
「……やはり……お父様からだ……!!」
声は掠れ、喉の奥がひくりと鳴る。
その瞬間――
ロクシーが、何のためらいもなく、テーブルの上にペーパーナイフを滑らせた。
銀色の刃は、まっすぐルチアーノの前で止まる。
「当たり前でしょ!?」
鋭い声。
「前回、地獄経由で届いた封筒と、まったく同じよ。
蝋印も、紙質も、折り方も――全部ね」
一拍。
「迷ってる暇はない。
早く、開けなさい」
「で、でも……!
絶対に舞踏会案件であります……ッ……!」
ルチアーノの弱音に、ロクシーの声が、低く沈む。
「当然のことを、わざわざ言わない」
視線が、逃げ道を塞ぐ。
「それとも……
私が、代わりに開けようか?」
その一言で、選択肢は消えた。
ルチアーノは、ブルブルと手を震わせながらペーパーナイフを掴み、封筒を切り裂いた。
中から現れたのは、古式ゆかしい便箋。
紙は分厚く、文字は異様なほど整っている。
感情の起伏を、最初から許さない書体だった。
ルチアーノは、唾を飲み込みながら読み上げる。
「……『我が息子、ルチアーノよ。
そなたと婚約者ロクシー殿のお披露目の為の舞踏会は、
一ヶ月後に決定した。
そなたの親友、ルシアン殿と、
婚約者アンジュ殿にも、伝えるように』……」
内容は、簡素。
だが――
そこに書かれているのは、要請ではない。
命令だけだった。
ルチアーノの顔色が、一気に失われる。
「……一ヶ月……!?
それじゃあ……俺様のダンスが仕上がらない……!」
必死に言葉を並べる。
「ロクシー先生とアンジュちゃんのドレスを、
数種類オーダーメイドで作らせて……!
アクセサリーも、靴も新調して……!
しかも俺様とルシアンの燕尾服も……!」
だが――
ロクシーの眼が、はっきりと“計算を終えた色”に変わった。
「言い訳はいらない」
即断。
「要するに――
あんたが、ルシアン並みに踊れれば、全部解決するの」
理屈は、そこまでで十分だった。
「さあ。
イレイナのダンスホールに行くよ」
逃げ場は、完全に断たれた。
その時――
アンジュが、柔らかく微笑んで言った。
「ルチアーノ。心配するな」
どこまでも澄んだ声。
「私とルシアンが、協力するからな!」
その言葉は、善意に満ちていた。
ルシアンは即座に胸に手を当て、静かに、しかし揺るぎなく答える。
「仰せの通りに」
そして、ルチアーノを真っ直ぐ見て告げた。
「ルチアーノ。
私は、アンジュさまのご指示通り、お前に力を貸そう」
その瞬間――
ルチアーノの頭の中に、はっきりと文字が浮かんだ。
ダンス。
一ヶ月。
ルシアン。
アンジュ。
ロクシー。
すべてを内包した――
“地獄”。
ルチアーノは、乾いた笑みを浮かべる。
「……ああ……」
逃げ場のない、完成された地獄が、また一つ、動き出していた。
そうして、皆で揃ってイレイナのダンスホールへ向かい、父親からの手紙の件を伝えると――
イレイナは、驚くほどあっさりと言った。
「ルチアーノ。
ダンスは“基本”だけでいいわ」
拍子抜けするほど淡々と。
「舞踏会で必要なのは、技術の羅列じゃない。
“象徴”よ。
……あんた、楽器は弾けないの?」
その一言に、ルチアーノは視線を彷徨わせながら、ぼそりと答える。
「……一応……
ピアノは得意だと、お父様には言われております……」
一瞬。
ロクシーが、顎に指を当てたまま黙り込む。
視線が宙を走り、思考が一気に組み上がる。
――勝ち筋、発見。
「……それ、良い!」
勢いではない。
完全に計算された声だった。
「ダンスはワルツをさらっと踊る。
で、ピアノよ。
『久しぶりに、お父様に聴いてほしい』って言えば、あの親父、感動するに決まってる」
一拍置き、さらに畳みかける。
「それに、“婚約者の私にも聴かせたい”って付け足すの。
完璧でしょ」
イレイナの口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「……悪くないわね。
じゃあ――」
水晶玉に視線をやりながら、さらりと言う。
「ロクシーの頭に、何か楽器を刻んでおきましょうか。
二重奏も、映えるわ」
その瞬間。
プリンタルトを口にしていたアンジュが、ぱっと顔を上げた。
「ルチアーノはピアノが弾けるのか!
ならば――」
一切の迷いもなく、続ける。
「ロクシーは、ハープを覚えるのはどうだ?
私はハープが得意だ!」
――一瞬、空気が止まった。
ロクシーが瞬きを忘れ、ルチアーノは口を半開きにしたまま固まる。
そして、イレイナの瞳が――
はっきりと“ドル”の形に変わった。
「……アンジュ。
あなた、ハープが弾けるの?」
「おう!」
即答。
イレイナは、その“資産価値”を瞬時に算出しつつ、
野心を一切表に出さず、優雅に微笑んだ。
「……素敵ね。
じゃあ、ルチアーノのために協力してくれる?
ロクシーに、ハープが合うかどうか……」
アンジュは、美しく微笑み、即座に頷いた。
「よろしい!
ならば、ハープを用意してくれ!」
そして、当然のように続ける。
「ルシアンよ!」
「はい」
静かな返答。
アンジュは、晴れやかな声で宣言した。
「二重奏なら、
ジョン・トーマスの『舞踏会の思い出』にしよう!
ルシアン、ピアノを弾け!」
ルシアンは胸に手を当て、一切の迷いなく答える。
「……御意……!」
そうして始まった二人の演奏は――
最初の一音が鳴った瞬間、ダンスホールの空気が変わった。
ハープの音は柔らかく、水面に光が落ちるように広がり、
そこへピアノが重なり、旋律が天井へと解き放たれていく。
正確で、慈しむようで、そして、どこまでも澄んでいる。
――正に、天国の調べ。
ロクシーとルチアーノは、気付けば言葉を失い、
感動のあまり、目元を押さえていた。
イレイナは無言で水晶玉に手を翳し、そのすべてを、完璧に記録している。
やがて、最後の音が消え――
静寂。
その沈黙を破ったのは、ハープの余韻を思わせる、アンジュの声だった。
「ロクシー、ルチアーノ。
どうだ?
役に立ったか?」
ロクシーは、はっと我に返り、勢いよく頷く。
「ありがとう、アンジュちゃん!」
だが、次の瞬間。
その視線は鋭く、ルチアーノへ向けられた。
「ルチアーノ。
これで感動しない人なんて、いない」
一歩、踏み出す。
「地獄の王の父親?
関係ないわ。
ひれ伏す」
そして、容赦なく宣告した。
「私はイレイナにハープを刻んでもらう。
だから――」
一拍。
「あんたは、ルシアン並みにピアノを弾いて」
静寂。
次の瞬間、
ルチアーノの絶望の叫びが、ダンスホールに響き渡った。
「……無理であります……ッ!!」
その背後で――
イレイナが、水晶玉に残された新たな記録を見ながら、満足気に微笑んだ。
地獄は、
また一段、
完成に近づいた。
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