【11】努力は尊い。だから、逃げ場は無い。〜ズッ友が飛び込んだら、地獄は完成しました〜
その夜――
ルチアーノは、泳ぎ続けていた。
星空の下、豪華なインフィニティプールに、
ザブザブと歯切れの悪い水音が響く。
そのたびに、プールサイドから鋭い声が飛んだ。
「あんたの体重とクロールの速度だとね、
クロールを一時間泳いでも、消費はせいぜい500キロカロリーが限度。
競歩だって、時速12〜15キロ出して、
一時間でやっと600〜700キロカロリー。
……なのに」
ロクシーは、タイマーから一瞬も目を離さず続ける。
「あんたの競歩の速度、10キロ以下。
話にならない。
休むな。
手を止めるな。
キックは正確に。
フォームを崩すな」
声は淡々としている。
だが、そこに一切の逃げ道はなかった。
その様子を、リビングからアンジュが瞳を輝かせて見ている。
「素晴らしいな!
ルチアーノの本気の努力!
そして、ロクシーの指示は完璧だ!」
称賛の言葉。
だが、それは同時に――
この地獄を肯定する宣言でもあった。
ルチアーノは、息を荒くしながら泳ぎ続ける。
そこへ、ルシアンがそっとマシュマロココアをテーブルに置いた。
「アンジュさま。
そろそろ午前零時になります。
これを飲んで、お休みになられては?」
アンジュが、ふわりと振り向く。
光の粒子を纏ったかのような美しさ。
その姿に、ルシアンの無表情が、ほんの僅かに揺れた。
「ルシアンよ……」
アンジュは慈悲に満ちた声音で言った。
「私は、ルチアーノの尊い努力を見届けてから、
今夜は休もうと思うのだ。
悪魔でも、人間でも関係ない。
努力は――尊い!」
その言葉が、
ルチアーノの逃げ場を、完全に消し去った。
「……御意……!」
ルシアンは胸に手を当て、一礼する。
そして背中で、
アンジュの「甘ーい❤️ 美味しーい❤️」という声を聞きながら、
プールサイドのロクシーの元へ向かった。
ロクシーは、隣に立つルシアンを見ることもなく、
タイマーを握ったまま、一言だけ言う。
「……なに?」
鋭い。
ナイフのような声。
ルシアンも、変わらぬ調子で告げる。
「アンジュさまが、
ルチアーノの本日の日課を見届けてから休まれると仰っている。
……あと、どれくらい掛かる?」
ロクシーは、プールを見据えたまま答えた。
「あの泳ぎを見て、分からない?
今日の目標は、6500キロカロリー。
何時に終わるかなんて、分からないわ」
「だが――」
ルシアンは、わずかに声を低くする。
「アンジュさまに、夜更かしは無理だ」
その瞬間、
ロクシーの口の端が、ほんの少しだけ上がった。
「じゃあさ……」
初めて、ルシアンの方を見る。
「ルシアンも、
ルチアーノに協力してあげなよ」
一拍。
「例えば――
フォームの最適化。
呼吸のリズム。
……一緒に泳ぐ、とかさ」
「……なるほど」
ルシアンは、そう答えた。
ほんの一瞬、
視線が、リビングの方へ向く。
マシュマロココアを飲みながら、
満足そうに頷くアンジュの姿。
守るべきものは、明確だった。
「理解した」
その直後――
ルシアンは、
完璧なフォームでインフィニティプールへ飛び込んだ。
水しぶきが上がる。
ロクシーは、タイマーを見つめたまま、静かに呟く。
「……これで、全員同じ条件ね」
逃げ場は、もう無い。
ルチアーノの地獄は、
今――
ズッ友ごと、完成した。
そして、午前一時過ぎ。
ルチアーノの“本日の日課”は、ようやく終了した。
ルシアンは、力尽きて水面にうつ伏せで浮かんでいるルチアーノを、静かにプールサイドへ引き上げ、ロクシーを見る。
ロクシーは微笑んだ。
ただし、それは完全に――軍師の笑みだった。
「アンジュちゃんならね。
ルシアンが飛び込むのを見届けて、ココアを飲んだら眠ったわ」
そう言って、何でもないことのように続ける。
「ちゃんとメッセージも送っておいた。
『ルシアンもルチアーノのダイエットに参加してくれるから、安心して眠ってね』って」
ルシアンは全身から雫を滴らせながら、深く息を吐く。
「……感謝する」
ロクシーはそれを聞くと、ゆっくりと立ち上がった。
「明日の競歩開始は午前6時。
食事は午前5時――もう手配してあるわ」
一拍。
「アンジュちゃんは、もちろん別メニューよ」
そう言い残すと、ロクシーは踵を返す。
「ルシアン。
ルチアーノを寝かせておいて」
そして、そのまま迷いなくプールサイドから立ち去って行った。
ルシアンがルチアーノを引きずるようにしてベッドルームへ連れて行っても、ルチアーノはもう騒がなかった。
黙々とシャワーを浴び、
着替えを済ませ、
ふらふらとした足取りでルシアンのベッドルームまでやって来る。
そして、隣のベッドに腰を下ろしたまま、遠い目をして呟いた。
「ズッ友……サンキュ……。
俺様……ルシアンが一緒なら、頑張れる……」
そのまま、力尽きるように横になった。
翌朝。
ルシアンは、朝4時に目を覚ました。
ルチアーノを起こし、
二人で並んで、
念入りなストレッチを行う。
言葉は少ないが、動きは正確だった。
やがてルチアーノは、再びオレンジ色のピチピチなスポーツウェアに着替える。
ルシアンも、ありふれたスポーツウェアに身を包んだ。
二人はダイニングで、ロクシーを待つ。
午前5時5分前。
ロクシーが、ぴったりその時間に現れた。
ルチアーノは、思わず小さく息を吐く。
――やっぱりだ……!
ルシアンの言う通り……ロクシー先生は、5分前精神の脚本家……!
「おはよう、ロクシー」
ルシアンが静かに声を掛ける。
ルチアーノも、条件反射のように背筋を伸ばし、90度に身体を折った。
「おはようございます!!
ロクシー先生ッ!!」
ロクシーは機嫌良く微笑む。
「おはよう、二人とも。
じゃあ、食事にしよっか♪」
運ばれて来た朝食は――
ルシアンとロクシーの前には、
早朝らしく軽めながらも、このヴィラに相応しい洗練された朝食。
一方。
ルチアーノの前に置かれたのは、
昨夜と全く同じものだった。
白い皿に盛られたサラダ。
湯がいただけの鶏のササミ。
整然と並べられた、ゆで卵が五個。
飲み物は、水だけ。
15分も掛からず、朝食は終わる。
すると――
ロクシーの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
ルチアーノは、条件反射のように椅子からピョンと跳ね上がる。
「流石ね、ルシアン。
もう二人とも身体は温まってる」
ロクシーの手には、小型の赤外線カメラ。
カチリ、と音がして、
大型テレビに、二人のサーモグラフィー画像が映し出された。
ルチアーノは、声にならない悲鳴を上げる。
ロクシーは、冷徹に告げた。
「ルチアーノ。
隣のルシアンを見なさい」
一拍。
「それが、あんたが一週間後になる身体」
静かに、逃げ道を断つ。
「この、どこのホームセンターでも売ってるジャージを、
ミラノコレクション並みに着こなすのよ。
目に焼き付けて」
そして、きっぱりと言い切った。
「午前6時。
ヴィラの表玄関に集合」
そうして――
今日も地獄は始まった。
――美しいセレニス・ベイで。
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