それ、腐ってるよな?
石芋をタライの水につけている間に、ピコラは魔法を使って、寝室の隣の、ゲストルームの掃除をしている。
あちこち綺麗にしているが、俺には魔法が使えないので暇だ。
「ピコラ、棚の中は見てもいいのか?」
生活に必要な、物品の把握をしたいので、ゲストルームに向かって声を掛けた。
「勝手に見ていいし、使っていーよー!」
俺は今、リビングと繋がるダイニングキッチンにいるので、ピコラは大声で返事してきた。
「魔法が使えないと、まるで役立たずだな。とりあえず、キッチン周りの棚の中から見るか」
壁際に食器棚らしき収納を見つけたので、早速、扉を開けて確認してみる。
「上段には皿、カップと、深めのボウル。下段にはフライパンかな?鍋か?」
鍋とも、フライパンとも言えそうな、深型の
物が大中小と入っている。
「間の引き出しには、カトラリーと、小さめの調理器具か……大概の物が揃っているな」
食器棚の隣のチェストの開き戸を開けると、中にはごちゃごちゃしている。
「見たことがないな。怪しい色や形の草木や、石や岩がゴロゴロしてるけど……」
子供特有の『宝物』だろうか?
「俺も、引き出しいっぱいにどんぐりと、丸い石を詰めた事あったよな……」
遠い日の記憶だ。ただ、目の前の石には見覚えがある。
「これ、石芋に似てるよな」
石を手にとって確認したけど、俺には石と石芋の区別がつかない。
「この棚にあるのが石芋なら、もしかしたら、絡み合っているこの草も食材か?」
よくよく観察すると、奥には、袋に入っている物もある。
「明らかに腐敗している、色がおかしな塊もあるな……さすがに食材とは認めたくないぞ」
怖くなり、そっと棚な扉を後ろ手に閉めた。
ピコラは、玄関の反対にあるトイレの掃除を終わらせ、俺を見て話しかけてきた。
「あ、ユージン!もしかして、食材庫になにかいい物あった?」
棚を調べていた姿を、ピコラに見つかってしまい、ウキウキしながら近づいてくる。
「食材庫?食材って、それは俺の知ってる食材と一緒の意味か?」
さっき見た物を、食材とは思いたくないな。
「何言ってるの?一緒だよ。ユージン変なの」
ピコラは呆れた目を向けてくるが……
俺は、食中毒で死にたくない。
「ぐちゃぐちゃに入っているし、見た事もないから、何がなんだか分からなかったんだよ」
ピコラの食を否定するつもりはない。
「わからない物ばかりなら、仕方がないよね」
俺は、色々見たような気もするが、余計なことは言わないようにした。
「アレはやっぱり、食材だったのか……」
知りたくなかった事実を知ってしまい、俺はどうにも複雑な気持ちになる。
「でも、ぐちゃぐちゃって、ちょっと見せて」
ピコラは、棚の近くに置いてある踏み台を、持ち上げて持ってくると、その上に乗り、躊躇なく扉を開けて、中に顔を突っ込んだ。
――今度、腐ったのは内緒で始末しよう。
俺はそう心に決めて、腐った食材に落ち込むであろうピコラを、慰める言葉を探していた。
「ユージン! 魔豚の燻製があったよ!ぐちゃぐちゃに見えたのは、香草と、僕の好きなランバグラスが絡んでいたからだね」
そう言って振り返ったピコラは、長い草を口元からペロンと垂らしている。
草を咥えたまま、しゃくしゃくとリズミカルに咀嚼していた。
「おい、やめておけ、腹壊すぞ。それにその燻製?腐ってるだろ、色がかなりヤバいぞ」
ピコラによって作業台の上にに取り出された燻製とやらは、なんていうか……
全体的に暗い紫色で、ところどころ濃いピンクが見え隠れしている。
——絶対腐ってる!
「え、大丈夫だよ?いつも通りだよ?」
ピコラはスンスンと鼻を鳴らして、燻製を嗅いでいるが、どう見ても明らかに腐ってる。
乾いているとはいえ、臭くないのだろうか?
「ピコラ、ここに来るのは何日ぶりだ?」
どうにかして、腐敗した肉だけは諦めさせるべきだと思い、ピコラに尋ねた。
「傷んだ肉を食うのは、かなりヤバい。マジでシャレにならん」
子供だから、簡単に命を落としかねない。
ピコラは指を折りながら、放置していた時間を数えている。
「ここ?どうだったかな、一年ぶりくらいじゃないかな?」
一年か……
「確かに燻製は保存が効くが、その色はさすがに無理だ。自然放置だし、絶対に腐ってるぞ」
ピコラの食に対する呑気さに、俺は突っ込まずにいられない。
よく今まで平気だったな。
「自然放置?あ、そっか。ユージン、この棚ね『状態保存』の棚だから腐らないんだよ!」
ピコラの言葉に、こちらが驚く事になった。
「状態保存?腐らない?どういうことだ」
真空パックや冷凍保存だって、消費期限は長くなるけど、限度があるんだぞ?
「状態保存は、時間が止まるんだよ。だから新鮮なままだよ!燻製の色は、そもそも魔豚の肉がこの色なんだ」
時間が……止まる?
マジか!凄いな、新鮮なまま腐らないなら、食材のロスがなくなるじゃないか!
「……でも、その魔豚、本当に人間が食べても平気なのか?どう見てもヤバい色だぞ」
肉の色が元からなら、尚更怖い。
俺は恐る恐る、腐ってはいないらしい魔豚の燻製に、恐る恐る手を伸ばした。
「肉の色は焼くとなくなるよ。魔豚は人間の家畜の豚と、元は同じなんだ。魔素を吸収して魔豚になっただけだから、人間も食べてるよ」
人間も食べているなら、大丈夫か?
腐っていないと言うピコラの言葉を信じて、俺も意を決して、燻製の匂いを確認してみた。
「お?この香り……胡桃のチップか?」
見た目の色には馴染めないけれど、胡桃のチップで燻された燻製は、力強くて深いスモークの香りがして、食欲をそそる。
――これは、芋に合いそうだな。
「状態保存か、そうなって来ると、他の見た事のない食材も気になってくるな」
さっきからずっと、俺の側ではしゃくしゃくと軽快な音がする。
ピコラに齧られている草は、ピロピロ揺れながら口元にどんどん吸い込まれていく。
「ピコラ、その草はなんだ?」
ピコラは、満足そうにモシャモシャと長い草を食べながら、次の草に手を伸ばし、
「これは、ランバグラスだよ?なんか色々使えるみたいだよ」
口の中の草がなくなると、手にした長い草を俺に一本渡して、追加でもう一本、口に含んで、またしゃくしゃくと音を立て始めた。
「名前を聞いただけじゃよく分からんが……」
ピコラから一本貰えたので、味の確認をするために、俺も少しだけかじってみた。
「ん? ほうれん草と小松菜を合わせたような感じの味だな?」
意外と癖もなく食べやすい。味はほうれん草に近いだろうか?食感が小松菜だな。
――燻製と一緒に炒めるか?
「どう? 美味しいでしょう?」
ピコラは、自分の好物だからか、ワクワクしながら俺の反応を見ている。
「ああ、これ、少し貰っていいか?」
俺がそう言えば、ピコラはパァっと、嬉しそうな明るい笑顔になり、
「いいよ!あ、裏の畑に生えてるから、ボク、今から持ってくる!」
ピコラはその場で勢いを付けて、ぴょんと飛び跳ね、俺の言葉も聞かず、外に出て行った。
「共感されたのが、そんなに嬉しかったのか」
ピコラを見送ると、俺はキッチン中央の、作業台の上に置いた自分の荷物を解いた。
「ピコラの感性が無垢すぎて、なんだか気恥ずかしいよな」
ニヤけながら、鍋の中から、塩、胡椒と、オリーブオイル、ニンニクを取り出した。
「水につけた芋は、そろそろいいかな?」
水に浸けておいた、石芋を触ってみたら、ガチガチだった表皮はしっかりと水を含み、ふやけて"ぷよぷよ"になっていた。
「うわぁ、なんか、寒天みたいだな」
グッと両端を掴んでみたら、プチンと皮が弾けて、中からつるんと真っ白な芋が出てきた。
皮剥きは楽しく、プチンつるんと五個の芋をすべて剥いてしまった。
「これは……癖になるな」
石芋の皮剥きの、弾けるような質感で楽しい気分になり、ウキウキとしながら、相棒の包丁で、剥いたばかりの芋を切ってみた。
サクッとした刃あたりはジャガイモに近い。
「色は里芋っぽいよな。どんな味なんだろ?」
ランバグラスを洗い、ザクザクと食べやすい適当な長さに切る。
魔豚の燻製の中から現れた、紫と濃いピンクのグラデーションの断面に、思わずギョッとしながら、柵切りにした。
「こんな鮮やかな色、海外の菓子でしか見た事ないぞ?本当に焼いたら普通になるのか?」
俺は少しだけ、肉の色の変化に対して、懐疑的な気分になった。
収納棚の下段から、俺はフライパンみたいな鍋を二つ取り出した。
それぞれの鍋に、オリーブオイルとニンニクチューブを適量入れて火にかけ、オイルに香りが移ってきた時——
「ユージン、大変だ! 人が倒れてるよ!」
ピコラが、慌てて部屋に駆け込んできた。
驚いた俺は、一旦コンロの火を止めて、また外に走り出たピコラについて行く。
「なんだか、トラブルが多いな……」
子供に呼ばれて、即座に様子を見にいくなんて、今までの俺とは違いすぎだ。
ログハウスの裏の畑に向かうと、
そこには、かなり大柄で傷だらけの男が、
草の上で意識を失っていた。




