『ピコラ』と『ピッコラ』
「ぷひーっ」
ファンドリーは、経口補水液を追加でレードル2杯分飲み干し、満足そうに息を吐いた後、口元をペロリと舐めた。
——美味かったんだな。
元気になった途端にワクワクしながら、レードルを色々な角度から、観察している。
「ねぇ、この器すごいね!キラキラしてるし、ほら、見て!」
「見て!見て!」と、手招きされて、俺は、なんだろう?とベンチに近寄る
「なんだ?何があったか?」
しゃがむんで、子供に視線を合わせると
「ココ見てて!」
顔を紅潮させたファンドリーは、レードルの球体部分を指差している。
その、指先の示した場所を覗き込むと、銀色に輝く球体に、耳長でむにゅんと間延びした、情け無くて、不細工な顔が映り込んだ。
「っプッ」
あまりに滑稽な不細工具合に、俺は思わず目を逸らして、吹き出していた。
「ね!ね!面白いよね?!」
興奮したのか、足をパタパタ、耳をピルピルさせながら、楽しそうにしている。
「ははっ、確かに昔はよく遊んだな」
俺も、幼少期に同じ事をした記憶がある。
レードルだけでなく、スプーンや水道。ピカピカしたステンレス製品に、ひたすら映り込んでは変顔をして、友達と笑っていたっけ。
「懐かしいな。ちょっと貸してごらん」
俺はファンドリーからレードルを借りて、自分の顎の下に添えるた。
記憶にある"丁度いい角度"に調整する。
「コレ。この角度が、かなりやばいんだ。こうすると、鼻がクローズアップされて、頭が小さくなりるんだ」
俺は、角度を維持したまま。手招きをして、覗くように促した。
すると、素直に近寄りレードルに顔を寄せ
「きゃー!!っハハ、ハヒッ!ケホケホ」
レードルに映った、俺の渾身の変顔に、笑いすぎたのか咽せてしまった。
「おい、大丈夫か?」
体調が良くなったばかりの子供相手に……
俺は何をやっているんだ。
なんだか酷く申し訳なくなって、慌てて咽せている小さな子供の背中を、撫でてやった。
「ふーっ、あーおかしかった。おじさん面白いねぇ!人間だから?」
ファンドリーは、涙目になり、ヒーヒー笑いながら、首をピコッと傾げた。
「なあ、さっきから気になっているんだが、ここには、人間以外もいるのか?」
水分補給ができて元気になったのなら、色々と、話を聞いても良いだろうか?
「ん?人間以外もいるよ。おじさん、そんな事も知らないの?お勉強しなかったの?」
う……無垢な瞳で抉るような事を……
ファンドリーは首を傾げ、くりっとした目を細め、残念な物を見るような目を向けてきた。
「俺は、別の世界から来たみたいなんだ。だから、ここがどこか知らない。なんて国か教えてくれないか?」
自分の居場所くらい、知りたいんだが……
ファンドリーは話を聞きながら、時折、耳をピルピル揺らし、目をキョロキョロと動かし、難しい顔になり懸命に考えている。
「俺の状況に、思い当たる事でもあるのか?」
気になったので俺が尋ねると、発言に嘘がないか、目をしっかり見て観察しながら、
「うーんと、じゃあおじさんは『転移者』なのかな?『勇者』なの?能力は?」
そう尋ねたファンドリーは、なぜか警戒心をあらわにしていた。
「勇者?それはないだろうな。能力も何もないよ。俺はただの……おじさんだよ」
そう伝えたら、ホッとしたのか、緊張感は一気に解かれた。
「おじさん、ここは……魔族の国だよ」
ファンドリーは、ピッっと指を立てて、教えてくれたけれど
——魔族の国?
魔族……だと?なんで、俺が?
「あーっと、魔族の国って」
この国を収めているのは、もしかして……
「ん?魔王が、魔族、魔物、獣人を率いている国だよ。あっちに人間の国と、こっちにエルフの国と、ドワーフの国もあるよ」
腕を伸ばして、あちこちを指差しながら、それぞれの国の位置を教えてくれた。
待て待て待て、なんで魔族の国なんだ?
普通、転移するなら、人間の国だろう?!
全く持って、魔族に縁などはない。
なのに、なぜそんなところに転移したのか?
「因みに人間と魔族は……仲良しなのかな?」
仲良しなら、とりあえずは問題無し!
——どうだ?!
「えっと……今、魔族が侵略中かな?」
うん、もう、マジで意味わからん!
誰だよ飛ばした奴、どうするんだよコレ!!
でも、来ちゃったもんは仕方がないよな……
「そもそも、勇者って本当にいるのか?」
残念ながら俺は、ただの料理人崩れだ。全く争いとは無関係だろう。
「何度もいたらしいよ。転移して来た勇者もいたみたい。今は知らないけど」
ファンドリーは、首を振り、耳をパタパタさせながら知らないと言った。
「何度もいたのか?もしかして勇者の事、何か知ってるのか」
もしわかるなら、俺の今の状況が、少しはわかるんじゃないか?
「……勇者がいる時は、人間は、いつも魔族の敵になるから、詳しくは分かんない」
質問が気に入らなかったのか、鼻先に皺が出来るほど、明らかに嫌そうな顔をした。
——しまった。ここは魔族の国だった。
魔族と人間が、争っている真っ只中だと、今聞いたばかりだったのに……
「そうだよな。ごめんな? そうだ、魔法はどんな魔法があるんだ?」
俺は気まずくて、やっぱり話をすり替えた。
「能力調べればわかるよ。調べて見る?」
ファンドリーは話が変わる事で、普通の顔に戻っていた。
——元に戻って良かった。
「俺にも、何か能力があるんだろうか?」
能力の確認方法があるなら、自分で把握くらいはしたい。
もしあるなら……教えて欲しいよ……
俺の店はまだ、始まったばかりだったんだ。
開店2年で、閑古鳥が鳴いていては、胸を張って、料理人と言う事すらできない。
何となく胸の中が、ピリピリした。
「人間は、あんまり自分で能力を見ないらしいけど、他の種族はみんな自分でやるんだよ」
人間は、なぜ自分で見ないのだろう?
「あんまりって事は、自分で見る事自体はできるんだよな、やり方が難しいのか?」
やり方を聞いたら、ファンドリーはブンブンと首振ったが、毎度、耳が邪魔そうだ。
「んとね、慣れない間は、ここに指置いてね、目を閉じて、頭の中を探すの」
眉間に指を置いて……探す?頭の中を?
俺は言われるままやってみたが、当然目を閉じているので、視界が暗いだけだ。
「コレで、何を、どうやって、探すんだ?」
やっぱり人間は、自分で能力を見るのは難しいのかと思い、やり方をたずねたら、
「おじさんバカなの?能力を見るんでしょ?能力を探すに決まってるじゃないか」
目を閉じているから様子は見えないが、明らかに、見下した目を向けられた気がした。
「お、おぅ。そうだよな」
大人として、これ以上は聞けない。
仕方なくもう一度、閉じている目玉を、上下左右に動かして、頭の中を観察した。
「……あ、これか?」
グリグリと目玉を動かし、頭の奥の方を見ようと頑張っていたら、
——何だこれ"空間"がある?
その中を見ようとしたら、
急に、グンっと空間が広がった。
「あっ!!」
慣れない感覚に、思わず声が出てしまった。
空間の奥の壁には、いつの間にか設置されている黒板があった。
——なんで、頭の中に黒板?
しかも、そこには……
『準備中』
と、ど真ん中に書いてあった。
——おい!なんだよ?準備中って!?
これ、俺の能力が『準備中』って事だよな?
俺は目を開けると、ふぅっと、いつの間にか止めていた息を吐く。
こちらを、じっと見ていたファンドリーに
「俺の能力……『準備中』らしいわ」
と、苦笑いしながら伝えた。
「ふぇ?そ、そんな能力があるの?ボク、そんなの聞いた事ないよ?!」
ファンドリーは困惑したからか、垂れた耳がさらにヘタっと頭に張り付いた。
「で、でも『準備中』なら、多分、そのうち、いつの間にか、新しい能力が増えてくるんだよ!……絶対に、きっと!」
気まずかったのだろう。子供の癖に、なんとかフォローをしようと健闘中だった。
「多分、そのうち、絶対、きっとって……」
重なりすぎて、意味不明だろ。
俺が思わず口にしたら、さらに慌てて、手を上下にパタパタ、瞳はキョロキョロしている。
必死に、慰めてくれていたつもりらしい。
「そうだよな、きっと、いつかあの黒板に、俺の能力は、書き足されるんだろうな」
慌てるファンドリーを見ていたら、なんとなく、きっとそうなんだと思えてきた。
「ファンドリー、気にするな。俺は平気だ」
しかし、なんで頭の中に黒板があったのだろう?なんて考えなが声を掛けたら、
「ちょっと!ファンドリーって誰?!勝手に付けないでよ!ボクの名前は『ピコラ』だよ!」
ピコラは、足を"タンタン"と踏み鳴らしながらぷりぷりと怒っている。
——まんま、怒り方がうさぎと同じだ。
「すまんすまん、そう怒るなって、俺の中で、お前のことがファンドリーで定着しちゃったんだ。名前は『ピコラ』だな?」
ファンドリー、気に入ってたんだがな……
「もう、なんだよファンドリーって……絶対なんか変な感じだよね?」
ピコラは眉間に皺を寄せて、フンと鼻を鳴らし、その後、ぶつぶつと文句を言っていた。
「『ピコラ』か……俺の店は『ピッコラ』って店名だったんだ」
——これも何かの縁かな?
「まさか、第一村人の名前が、店名と同じ意味で、響きも似てるなんて、不思議なご縁もあるんだな」
俺が、名を傷つけてしまったんだけど……
ピコラも、ピッコラも、『小さい・ちっちゃくて可愛い』と言う意味だ。
店名は、かなり気に入っていたんだ。
「そうなの?おじさんは、何のお店やっていたの?」
ピコラは、キラキラした目を向けながら、興味深そうにじっと俺を見ている
「あー、なんて言うか、ご飯屋さんかな?」
創作料理も、イタリアンも、きっとこちらではわからないだろうな。
「すごい!料理人なんだね?うわぁ、いいなぁすごいなぁ。だからボクがさっき飲んだのは『魔法のお水』だったんだね!」
ピコラはすごいと言い、ハイテンションに手を叩きながら、えらい勢いで褒めてくる。
——料理人か……ま、いいか
『魔法のお水』は経口補水液の事だよな。
ピコラは脱水症状だったから、効果的面だったんだろう。
『魔法のお水』素敵な響きだな。




