カスハラにはパワハラ
気絶するように倒れたシュピンネは、眠って起きたら、元気になっていた。
「シュピンネ、すっかり元気そうだな?」
その後の休日二日間、ご飯をしっかり食べ、ピコラの畑を手伝い、エリソンと卵を集め、ガバルとは狩りをして過ごしていた。
「はい、しっかり食べて眠ったので、すっかり回復したみたいです」
三日も過ぎると、精神的に安定したシュピンネは、自分が壊れかけていたことに気が付いたようだ。
「シュピンネは、今日帰るのか?」
料理の仕込みをしていると、シュピンネが近寄ってきて、キッチンのそばで釣りを始めた。
「明日の朝、ここから仕事に向かいます。すっかり自分を取り戻せました。明日からは、今までよりも頑張れそうです」
あまり張り切りすぎない方がいいと思うが、多分止めても無駄だろう。
「そうか、良かったな。くれぐれも無理はしないでくれよ」
シュピンネにも、帰りにおにぎりとサンドイッチを渡してやろう。
釣り糸を垂らしたシュピンネは、思い出し笑いをするようにフッと笑った。
「ユージンにはすっかり騙されましたね。マハト様の依頼は、ここで私を休ませることで、仕事なんかじゃなかったですよね?」
クスクスと愉快そうに笑いながら、シュピンネはこちらを振り返った。
「なんだ、気付いていたのか」
策略に気付かれていたなら、仕方がない。
まあ、バレるよな……
「しかもユージンは……人間だった。気付いた時にはびっくりしましたよ」
シュピンネは驚いたと、あははと声を出して笑い始めた。
「知らなかったのか?いつ気付いたんだ?」
もしかして、何か余計なことでも言ったか?
「気付いたのは昨日です。ガバルがワーム料理の話をしてくれて、『ユージンは人間だからワームが好きじゃない』と言っていて」
シュピンネは、ワームは意外と美味しいですよと言うが……
「ワームは、今でも食べるのはちょっと……いや、無理だな」
少し試しにかじってみたが、質感がな……
「ユージンの黒髪は、魔人族の髪色そのものなので、この先も、言わなきゃわからないかもしれませんね」
そう朗らかに笑うシュピンネの髪色も、言われてみれば真っ黒だ。
「黒髪って、髪色は魔人族と関係あるのか?」
魔人族は、マハトしか会ったことがなかったので初耳だった。
「魔人族は、基本的には黒髪ですよ」
シュピンネは、器用に釣り竿を操りながらこちらを見て話をしている。
「でも、マハトは違うよな?」
マハトの髪は、根元は黒髪で、毛先に行くに従って真紅に変化している。
「あの方は、魔人族の中でもかなり高位の存在なので、力の影響が髪に現れているのです」
あいつ、そんなに凄いやつだったのか……
「マハトの髪色は珍しいのか?」
毛先が真紅の黒髪とか、日本で大人の男がやっていたら、かなり個性的な部類だろう。
——こちらではどうなんだ?
「そうですね。現役世代ではマハト様以外にあの髪色は、今のところ存在しません。マハト様は、唯一の存在ですね」
シュピンネは、誇らしそうに答えている。
アルプもそうだが、マハトは部下から、かなり慕われているようだな。
「人間と魔人族を見分ける方法はあるのか?」
もしかして、黒髪は全て魔人族?
「耳を見ればわかります。通常の魔人族は、黒髪で耳が尖っているので」
シュピンネはそう言うと、髪を耳にかけて自分の耳を指差した。
物語のエルフ耳が横に尖るのに対して、魔人族耳は上に尖っているようだ。
「本当に尖っているな。魔族は耳に特徴が出やすいのか?」
ピコラの耳も頭の上についている。
——でもあれはウサギだからか?
「どうでしょう? 魔族は『種族によって見た目が違い、魔力量が多いので人族よりもかなり長生き』としか知らされていないですね」
魔族は人間より種族が多い分、細かく理解するには大変そうだな。
——年齢確認をすれば、大人ならわかるか?
一体、何歳まで生きるんだろうな……
「そうか、まあ参考にするよ」
黒髪は、とりあえず耳を見ることにしよう。
シュピンネは俺の返事に、満足そうに頷いている。
「しかし、ユージンだけでなく、マハト様に感謝しなければなりません。こんなにのんびりしたのは、いつぶりでしょう」
釣り竿に意識を向けながら、シュピンネはしみじみと言葉をこぼした。
「いつから、そんなに忙しくなったんだ?」
子供たちが駆り出されるほど、魔族は人手が足りないのだろうか?
「……今の魔王になってからですね」
シュピンネも他の魔族同様に、不快感が顔に出るほど、魔王を良く思っていないようだ。
「聞いた話ではあるが、今の魔王は人格がダメっぽいよな?」
俺の知っている魔族に、今の魔王を肯定するやつはひとりもいない。
「本当に嫌になる。なんであんな奴が……」
シュピンネは、引き上げた釣り糸の様子を確認すると、もう一度、仕掛けをヒュンと湖に投げつけた。
「今の魔王って、強いのか?」
マハトすら逆らえないのだろうか?
「いえ、全く……」
シュピンネはあっさり強さを否定した。
「確か、就任後に豹変したんだよな? 弱いなら、玉座から引きずり落とせないか?」
それが出来るなら、とっくにやってるか……
俺の言葉に、シュピンネは苦笑いをした。
「他の魔族に聞かれたんですね。引き摺り落とすのは、無理でしょう。そもそも、民衆を騙して手にした立場」
魔王のことを話し始めると、シュピンネの表情は苦々しい不満顔になった。
「魔族は魔王の言葉に絶対従わざるを得ない。高位魔族は王に侍るので、より強制力が強くなります。魔王が権力を手放すはずがない」
やれやれとばかりに、シュピンネは緩く首を振った。
「最近、拘束が強くなったと聞いたが?」
だから、子供たちは逃げてきたんだよな。
「ええ、人間を狙うためなのか、魔王は急に拠点を人間の居住地の近くに移しました」
拠点ごと移動したのか……
「まさか、大規模な争いでも始まるのか?」
ここは、大丈夫だろうか?
「いえ、今のところは違います。移動の理由はわかりません。ですがその日を境に、急激に魔王の拘束が強くなりました」
シュピンネは魔王を思い出すことで、やる気が削がれたのか、暗い顔で釣り竿を下げた。
「そんなに急に変化したのか?」
何か特別な儀式でもしたのだろうか?
「はい。幹部の私たちは、今人間と争うよりも、パニックを起こした魔族の混乱を収めなければならなくなり、休む間がないのです」
話をしながら肩を落としたシュピンネは、深くため息を吐いた。
「マハトは拘束されてないのか?」
シュピンネを休ませる判断をできたなら、マハトは大丈夫だよな?
「今の魔王は弱いので、マハト様の意識は今のところまともです。しかし、休息が取れていないので、体力的にいつまで持つか……」
マハトは休息が取れてないのか……精神的にも疲弊していないといいが。
「私なんかに休暇を出すより、ご自身の身体を心配して欲しいです。マハト様しか、魔王の無茶な要求を跳ね返せません」
シュピンネは悔しそうに両手を組んだ。
「……魔王の支配を、力業で相殺出来るマハト様が、ひとり仕事をこなして魔王から魔族を守っているのです」
マハト、ひとりでは無理があるだろ……
シュピンネの話を聞き、マハトの無謀さに頭を抱えたくなった。
「おや? ユージン、客が来たようです……あいつ、何しに来たんだ?」
シュピンネの目が、結界の入り口を見ながら鋭く細められた。
「客みたいだな……ちょっと行ってくる」
客は姿勢悪くポケットに手を突っ込み、安っぽいチンピラみたいに、ジロジロとあちこち品定めをしている。
しかも、かなり横柄な態度だ。
「おい! いつまで俺を待たせるんだ! ここは客を馬鹿にしてるのか?!」
少し噂が広がったせいか、稀に変な客が来ることがある。
――面倒くさい。
今日はハズレの日だな。
「大変失礼致しました。紹介カードを確認させて頂きます」
俺が話しかけると、紹介カードを投げつけるように渡してきた。
拾って確認すると、明らかに脅されたとわかるトビ族の“お人好し”の名前が書いてあった。
「とりあえず、一番高級な食いもんと酒を持ってこい!金は、そいつから貰ってくれ!」
席に案内するなり、男はドカッと椅子に座り、卓上に足を上げ、ふんぞり返っている。
「お客様……」
――何なんだコイツ?
耳はシュピンネと同様に尖っていた。
——魔族?
「あ?何だ貴様、魔王様の腹心のシエルボ様に文句でもあるのか?しかもこっちは客だぞ?」
横柄な態度のやつに限って、大概意味のわからないカスハラをしてくる。
魔族の立場は、俺には関係ない。
「お前なぁ……」
俺が文句を言ってやろうと口を開いた時、シュピンネが横からスッと出てきた。
「おや、どこかで見た顔だと思ったら、シエルボじゃないですか。貴方、随分と行儀が悪いのですね?魔人族としてみっともない」
シュピンネを見たシエルボは、慌てて机から足を下ろした。
「シュ、シュピンネ?!なんだってこんな辺鄙な所に?」
――辺鄙な所で悪かったな。
シュピンネはシエルボより立場が上なのか、高圧的な態度で睨みながら、
「ここは私にとって大切な場所だ。シエルボ、今すぐ俺にやられて二度と来ないか、俺にやられてマハト様まで敵に回すか……選べ」
シュピンネは、手にバチバチと雷を纏い、思いっきり理不尽な要求を突きつけた。
——魔族はパワハラが横行してそうだ。
まあ、ありがたいから黙っておく。
「クッ、くそっ!覚えてろよ!いつかお前らごと潰してやるからな!」
シエルボはみっともなく椅子から転げ落ち、慌てて走り去っていった。
「あー、シュピンネ、ありがとう。でも、大丈夫なのか?」
魔王の腹心って言ってたぞ?
「ちょっとまずいかもしれません。申し訳ありませんが、私はここで失礼します。今すぐマハト様のところへ向かいます」
どうにも厄介な相手だったのか、シュピンネは、今すぐ帰宅することにしたようだ。
「シュピンネ、これを」
俺は、シュピンネに弁当を持たせた。
「ありがとうございます。この先訪れる魔人族には、くれぐれもお気を付け下さい」
荷物を受け取ると、シュピンネは慌ただしく帰ってしまった。
「気を付けろと言われてもな……」
とりあえず、警戒だけはしておこうと、その日のうちにみんなに共有しておいた。
――数日後
「ユージン。また、店に馬鹿な奴が来るかもしれません。くれぐれもご注意下さい」
アルプ経由で、シュピンネから、紹介カードを盗まれた、との報告が入った。




