人に会ったのは久しぶり
第3部始まりました。
「よーし、昼の部はこれで終わりだな!」
早いもので家の増築してから、既に3ヶ月ほどの毎日が過ぎた。
「ピコラ、リコラ、お客様引けたから、そろそろ2人とも休憩しろよ」
今は2人揃って、仲良く配膳係をしている。
「はーい。ありがとうユージン。ついでにエリソンにお弁当持って行くね!」
ピコラは弁当袋をつかむと、裏の養鶏場に走って行った。
「リコラ、ピコラに今日この後は、畑の世話していいと伝えてくれ。リコラも同じでいいよ」
リコラの引き渡しの件は、アルプを経由してマハトへと伝わった。
マハトは人の良いトビ族に「一族ごと守る」と約束して、魔王から避難させた。
「はーい。でも、ご飯食べたら物販の補充だけはやりたいから、後で来るね!」
トビ族が一族ごとキャンプ地へ転居してきたので、リコラは嬉しそうだ。
「トビ族の族長、今日も野菜を買いに来たな」
店の片隅では、子供たちが『道の駅』みたいな物産店を始めた。
ちなみに物産店では……
◻︎紡糸スパイダー製品
◻︎紬族の小物
◻︎ピコラの新鮮野菜
◻︎エリソンの産みたてたまご
◻︎ガバルのジビエ
◻︎リコラの焼き菓子
◻︎ジェリコ産の海産物
「いつの間にか、商品が結構充実しているな」
物産店は、基本的に物々交換だ。
若干1名大人の名前が混ざってはいるが、基本的には子供たちが商品を並べている。
ふと、2階の窓辺を見たら、紡糸スパイダーの三兄弟がいた。
「おーい、お前達は食事はいいのか?」
俺に気付いた蜘蛛が、糸を伝ってスルスルと滑り降りてきた。
「私達は、朝のおにぎりがまだあります」
「お茶だけください」
「これと焼き菓子、交換してもいいです?」
三兄弟は、それぞれ手に作品を持っていた。
「今日は何を作ったんだ?」
フィアールの弟子の三兄弟はまだ修行中で、練習を兼ねて作った作品を並べている。
「防水の小さなポシェットを作りました」
「防火の手袋です」
「防汚のハンカチです」
それぞれ特性を活かして、作品作りをしているようだ。
「後から菓子を補充すると言っていたから、確認するといい。リコラは養鶏場にいるよ」
頷いた紡糸三兄弟は、ヒュンと糸を放つと、ピョンと裏庭に飛んで行った。
「ユージン様、カードの追加分が出来上がりました。ご確認ください」
ソワの弟子が、青い小魔石を状態変化させた新しい『紹介カード』を作って持ってきた。
「ありがとう。助かる。食事は大丈夫か?」
リストランテ『ピッコラ』は、防犯のために紹介制にした。
生意気にも一見さんお断りだ。
「可能ならソワ様に、ナナナスムージーをお願いします」
ナナナとはバナナだ。ちなみにナナナは、皮を尻から剥かなければ消える。
「了解。エリソンに結界無効を付与してもらうから、カードを届けてくれるか?」
俺は、2人にナナナスムージーとグリーンスムージーを鞄に入れて渡した。
「はい。承りました。いつもありがとうございます」
2人のシルク蝶は、フワリと舞うと養鶏場へ向かった。
「エリソンが、有能すぎるな……」
エリソンの結界のおかげで、店の安全は保たれている。
「見えているのは、ログハウスと、ウッドデッキだけとか、すごいよな」
警戒するに越した事はないと、隠蔽結界の外側に、侵入防止の結界を付与した柵も立てた。
「紹介カードは貸し借り禁止で、信用できる人しか呼んでないし、かなり平和だな」
穏やかな毎日。
子供達の笑い声のある店。
「……ここは、天国かな?」
——以前とはえらい違いだな。
俺は平和な暮らしに、慣れてしまい
ここがかなりヤバい国だと忘れていた。
***
ある日、ふらりと1人の男が結界を通り抜け現れた。
——人間か?珍しいな。
肩に付く黒髪はボサボサで、酷く痩せこけて、目は虚だった。
——不摂生な生活を体現している姿だな
この世界は洗浄魔法がある。男は不潔ではなく、ただ、だらしないだけだ。
——だが、人に会ったのは久しぶりだな。
迷わず店に来たのなら、紹介客だろう。
「いらっしゃいませ。紹介カードを、確認させて頂けますか?」
俺は、ヨレヨレの男に近づくと、カードの提出を促した。
——誰からの紹介だろう?
「カード?ああ……これかな」
男はジャケットの下の胸ポケットから、薄いブルーの紹介カードを取り出した。
「はい、ありがとうございます」
受け取り、裏のサインを確認すると、マハトからの紹介だった。
「マハトの紹介でしたか。私は『ピッコラ』の店主のユージンと申します。初めまして」
マハトの仕事の相手かもしれない。
念の為、失礼のないように丁寧に扱うか……
俺は気を抜かず、営業スマイルを浮かべたまま挨拶をした。
「あなたがマハト様の……失礼しました。私の名はシュピンネ。マハト様から、ここを尋ねるようにと命を受けました」
マハト様ってことは、部下か?なら扱いは普通でいいよな。
「命を受けたってことは、何かマハトから言われたのか?」
客じゃないのか?伝言ならアルプで間に合ってるし、食事追加のお使いか?
返事を待っていたら、シュピンネは俺を見て困惑した表情を浮かべた。
「よくわからないのですが、こちらに3日ほど滞在せよと……内容は『責任者にお任せ』と言えと言われました」
ん?どういう意味だ?
「お任せって、言われただけ?」
——内容が雑すぎる。
シュピンネは、首を傾げつつも頷いている。
マハトは、何がしたいんだ……
ちょっと意味がわからないと思うが、シュピンネを見て、俺なりに考えた。
——明らかに疲弊してるよな?
もしかして、シュピンネを3日間宿泊させて、元気にすればいいのか?
リフレッシュ休暇?
多分、きっとそうだ。
「シュピンネ、随分と疲れてそうだな?」
とりあえず、探ってみるか……
「はは、バレますかね?お恥ずかしいです。マハト様から『働きすぎだ』と怒られました」
シュピンネは照れくさそうに笑った。
いや、衰弱具合と目の下のクマを見たら、笑えないんだが?
「シュピンネは、休んでないのか?」
マハトも忙しいし、連勤続きなのだろう。
俺は、休日を尋ねたつもりだったが……
「休み?休みとは、睡眠時間のことでしょうか?それなら、日々4時間ほどは眠っているので充分かと」
いや、待て。こいつ、何かおかしいぞ?
魔族の睡眠時間は基本短いのか?
「……食事は?」
俺は、嫌な予感がしながら質問してみた。
「食事ですか?たまにナッツと干物肉ですね。あまり食べる時間がないもので……」
シュピンネは、さも当たり前のようにサラッと答えたが……
——こいつダメだ、完全に麻痺してる。
俺にも昔経験があった。
仕事に追われ、プライベートもなくなり、平均睡眠時間が3時間を切った頃、食欲はすっかり消え失せた。そんな頃……
眠らなくても、食べなくても平気になった。
——シュピンネは過労だな。
既に精神が壊れているのかもしれない。
「……食べられない物はあるか?」
きっと心配したマハトが、ここに送り込んできたんだな。
「虫以外なら大丈夫ですが……それより私はこちらで何をすれば良いのでしょう?」
シュピンネは、休む気はなさそうだ。
——休めと言っても、休めないだろうな。
仕事にこじつけないと、こいつは、持ち場に帰るだろう。
このままじゃ、きっと倒れる。
「『ピッコラ』は、魔物も来る食堂なんだ」
シュピンネに仕事をしているつもりになってもらおうと、俺は考えた。
「俺はマハトの友人の料理人だ。以前から獣魔族と獣人以外の意見を聞きたかったんだ。シュピンネ、協力してくれないか?」
あくまでも、マハトを通じて俺から出した依頼という形にしよう。
「食堂の協力?私で務まるでしょうか?」
シュピンネは、思っても見なかったのか、迷っている。
「ああ、ちょうどいい。食事で魔族の強化が測れるかを知りたい。むしろ助かるよ」
仕事に狂った精神は後回しだ。
まずは、シュピンネの肉体から治そう。
「そうなのですか?で、私は何を?」
混乱しているようなので、細かいことは伝えず、有耶無耶にしてしまおう。
「そうだな……とりあえず、これから食べてみてくれ」
まずは、胃腸に優しいスープだ。
俺はストックしてあったスープを、カップに入れて出した。
「この液体は?」
シュピンネは分析するように、スープをじっと見ている。
「ラシモルートとヴィアジのポタージュだ」
このスープは、最近のピコラの大好物だ。
ピコラ曰く、五臓六腑に染み渡るらしいぞ?
「これがスープ?!初めて見ました」
シュピンネは、恐る恐る口に含むと
「?!……なんと!優しく慈愛に満ちた味。ああ、体の隅々まで魔力が巡るようです!」
どうやら、魔力も枯渇していたようだな。
「どうだ?疲れた体が回復するか?次は、こっちを飲んでみてくれ」
次に俺は、甘いスムージーを渡した。
「これもスープですか?でも、さっきと違って冷たいですよね?」
シュピンネはかなり真面目なのだろう。真剣な顔でスムージーを見つめている。
「これはナナナスムージーだよ。スムージーは果物や野菜で作るんだ」
バナナは栄養価が高い。丁度いいだろう。
「ナナナですか。昔、風邪を引くと母がナナナを買ってきてくれました」
シュピンネは幸せそうに、ゆっくりナナナスムージーを飲み干した。
「素晴らしいですね。初めて口にした物ばかりです。ただ……」
ニコニコと笑顔を見せていたシュピンネが、急にスッと表情を消した。
「なんだ、何か問題でもあったか?」
アレルギーでもあったのだろうか?
「いえ……問題……は…………」
ゴツンと音を立てて、シュピンネは意識を手放し、カウンターに突っ伏した。
「おい?!ちょ、大丈夫か?!」
いきなり白目を剥いて倒れたので、俺は慌ててキッチンから出て、カウンターに倒れたシュピンネの様子を伺うと……
「……グゥ、スースー」
シュピンネはカップを握りしめたまま、
「もしかして、寝たのか?」
気持ちよさそうに、熟睡していた。
「普段食べないのに、急にお腹が満たされたから、気絶したのか」
なんだっけ?血糖値スパイクだったか?
「とりあえず、客室にご案内だな」
俺は、キッチンに戻ると、柱に垂れ下がっているタッセル付きの紐を引っ張った。
すると、タッセルはシュルシュルと解けて、コップ形に再構築された。
「フィアール、眠ってしまったお客様を、客室まで運んでくれないか?」
糸電話を使ってフィアールにお願いしたら、
「分かった。部屋は、一階の隅にするぞ」
返事をするなり、コップは崩れ糸になると、そのままシュピンネの元へ伸び、一気に巻きついて持ち上げた。
「あー……ごゆっくりお休みください」
俺は、蓑虫みたいにぐるぐる巻きにされて、空中搬送されていくシュピンネを……
なんとも言えない気持ちで見送った。
読んで頂きありがとうございます。
第3部、開始です。
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