帰ってくれないか?
トンカツでカツサンドを作ったついでに、シビレマスの切り身でフライも作った。
「卵はまだあるし、マヨネーズにシュクレルートでタルタルソースを作るか」
レモンを入れたマヨネーズに、シュクレルートのみじん切りと、刻みパセリ、潰したゆでたまごをサッと混ぜる。
出来たてのタルタルソースを、フライの上にたっぷり乗せてレタスとパンで挟む。
「あいつらは、まだ、時間がかかるよな」
本当に俺は、このまま料理だけしていれば良いのだろうか?
「とりあえず、スープでも作るか」
どうせ魔力の少ない俺では、あまり役に立たないだろうと思い、大人しくキッチンに篭る事にしたが……
「暇だ。横で豚骨スープでも仕込むか」
大鍋には今夜食べるために、食材が豊富にある、シュクレルートとヴィアジと魔豚の燻製のスープを準備してある。
俺は豚骨スープを作るために、鞄から魔豚の骨を取り出して洗浄し、鍋に入れて下茹でをして、湯を捨てる。
「この匂いは独特だよな。開放的なキッチンで良かったよ」
アウトドアキッチンだから、ありがたいことに匂いはこもらない。
下茹でした骨をさらに魔法で洗浄して、たっぷりの水で十二時間は煮込みたい。
「中途半端な時間から始めたよな。まあ、状態保存が効くなら途中で保存すれば良いか」
俺はアクを掬いながら、今までの事をぼんやりと考えていた。
今日は穏やかな天気だから、キッチンを吹き抜ける風が気持ちがいい……
「なんだか、夢みたいだな……」
つい最近まで閑古鳥の店の中で、俺の気持ちはズタボロだったはずだ。
今は金が全くないのに、なぜか毎日を幸せに過ごしてる。
「俺はいつも売上しか見てなかったな……」
サラリーマン時代も、金、金、金だった。
常に金と数字に振り回されていた。
それでいいと、あの時は思っていたんだ。
「ずっと、額面しか見てなかったんだ」
突き進んだ結果、残ったのは虚しさだけ……
自己実現のために会社を辞めたのに、顧客から何も学ばず、同じ過ちを繰り返した。
そもそも、求める物が違った。
「俺……中途半端だったな」
売上に拘るなら、それを軸に最後までやり切れば良かったんだ。
半端に自身の料理へのプライドや、やりがいなんかを意識して、顧客を見下した結果……
諦めて手を抜いたんだ
「だから、トラブルになったんだよなぁ」
俺は思わず、頭をガシガシ掻いていた。
「考えてみれば、最終的には中身はスカスカな店だったけど、顧客は、見た目だけの料理にもそれなりに価値を感じていたんだ」
経営者としてみれば、ありがたい事だった。
「あの店には見合ったお客様だった。それを責めるなんて、お門違いもいいところだ」
そうさせたのは、自分だ。
——全部、自分が招いたことだ。
「はは、誰も悪くないじゃないか」
客を下に見て、傲慢な対応をしたのは俺。
SNSで叩かれ、全てが敵に思えたけど……
敵なんか、最初からいなかったんだ。
「自業自得の極みだよな」
そう心から思えた時、吹く風を心地良く感じて、なんだか心底スッキリした。
日が暮れてきて、少し肌寒くなってきたので、一旦全てを鞄に保存をした。
「とりあえず、晩飯は家で食べるのかな?」
確認したくて、俺は家に向かった。
「おーい、みんな飯はどこで……」
ガチャリと玄関のドアを開け、目の前に広がったのは、まるで異空間だった。
「おや、ユージン。もう少ししたら、一旦一階の増築が終わります。あちらにテーブルを出すので、奥で食事にしましょう」
テキパキと指示を出していたコルージャは、俺に気付くと手招きをして、ついてくるよう促した。
「あ、ああ、なんか凄いことになってるな」
入り口付近から、蜘蛛の巣が部屋中にびっしり張り巡らされ、リビングの中央は繭のようになっている。
繭の外は、糸に荷物がぶら下がり、あちらこちらに移動していた。
「ほほっ、フィアールとソワは中で作業中ですぞ。糸とは便利ですな」
コルージャについて屈みながら歩く。
俺の身長では、糸にぶつかりそうだ。
「っと、危ない」
ヒュンと、俺の顔の横を1人掛けのソファがすり抜けていった。
「おや、危ない。フィアール!高さを調節してください。ユージンにぶつかりますよ!」
コルージャが声を張ると、動いていた糸がピタッと一斉に止まった。
その後、目の前にあった糸がスルスルと上に動き、普通に真っ直ぐ歩けるようになった。
「ほほっ、器用なものですな。さて、参りましょう」
コルージャは俺に背を向けて、スタスタと奥へと進んだ。
「へぇ、もう、こんなに広くなったんだ?」
案内された場所まで来たが、そのさらに奥まで、空間が広がっている。
「とりあえず、一階を広げるのはここまでです。内装はまた明日ですね。子供達は今、森に木材を調達しに行っていますよ」
ここまでって、充分すぎるだろう。
「一体、何部屋作るつもりなんだ?」
ここは、俺と、ピコラとガバルとエリソンが住むんじゃないのか?
あいつら、宿泊施設でもやるつもりか?
「さあ?子供達はかなり盛り上がっていましたので、見てのお楽しみかと。では、私もやる事がありますので失礼」
コルージャは、一礼するとさっさと離れていった。
「……やる事がないな」
広い空間のテーブルに案内されはしたが、料理は全て終わっているのでやる事がない。
「暇だな……」
金属食器で、焼き型でも作ろうか?などと考えていたら、
何かが糸に送られて、俺の前まで来た。
「ん、なんだ?」
目の前に糸で巻かれた包みと一緒に、コロンと、紙コップのような物が落ちてきた。
転がらないように手で受け止める。よく見たら糸で編まれているようだ。
『おーい、包みの中を見てくれんか?見たら返事くれよ』
糸のコップから、フィアールの声がした。
「……糸電話か?」
懐かしいなとノスタルジーを感じながら、言われた通りに包みを開いた。
「フィアール、これは、俺のエプロンか?」
包みには、俺のエプロンが入っていた。
『おお、ありがとさん。今からもう一枚同じのを送るから、具合を見てくれんか?』
フィアールの言葉と共に、もう一つ包みが手元に落ちてきた。
——糸、便利だな。
包みを開けると、同じ形の新品のエプロンが入っていた。
「凄いな全く一緒だ。よくここまで同じにできたな?」
パッと見、違いがわからない。
『防火・防水・防汚付きで、ポケットには空間魔法がついとるから、一生物だぞ!』
フィアールの声は、どうだ!と自信満々だ。
「凄いな。これ、使ってもいいのか?」
替えのエプロンはありがたすぎる。
『何を言ってるんだ。使ってくれなきゃ意味がないだろう。もう少しで、エプロンは人数分出来上がるから待っとれ』
張り切った言葉を残し、紙コップはシュルシュル解けて回収されていった。
「これも、蜘蛛の糸で作られてるんだよな?」
エプロンは、俺の持っていた物と全く見た目に差異がないから。不思議な感じだ。
ありがたいと感謝しながら、新しいエプロンに付け替えていたら……
「あ、ユージン!フィア爺のエプロン、新しいのが出来たんだ?」
奥にも扉があるのか、ピコラがリコラと一緒に、部屋の中に戻ってきた。
「ピコラ、これ凄いぞ?ポケット全てに空間魔法がついてる」
ピコラに伝えると、嬉しそうに、
「それ、ボクのアイデアなんだ!すごくいいでしょ?」
ふふんと、自慢げに胸を張った。
「そうか、ありがとう。食事の準備はいつでもできるが、どうしたい?」
それぞれがあちこちで作業をしているから、今夜は揃って食事は難しそうだ。
「あー、どうしようかな」
ピコラは、迷っているのか頬を掻いている。
「この机に鞄置いといて、食べたい人が勝手に取り出せば良くない?」
リコラは効率的なアイデアをくれた。
「それがいい。みんなに知らせてくれるか?」
色々と入れておけばいいだろう。
「分かったわ。ピコラ、私、外のみんなに伝えてくるね!」
リコラはピコラから離れると、外へ飛び出していった。
「じゃあ、ボクは中にいるフィア爺とソワ様に伝えてくる。あ、ユージン、これ見て、どこがいいか教えてね」
ピコラは俺に四つ折りの紙を一枚押し付けると、蜘蛛の糸の繭に向かった。
「なんだこれ?」
紙を広げると、それは間取り図だった。
「……どこがいいって、部屋の事か?」
間取り図をじっくり見てみる。
「やっぱり、キッチンが近い方がいいか」
どうせ、俺は料理しかやらないだろう。
「この入り口の部屋だと、今までと変わらないよな?」
俺は、元からある部屋で充分だ。
新しい部屋はみんなが使えばいい。
「しかし……この部屋数、明らかに今まで関わった全員を賄える部屋数だよな?」
ご丁寧に、マハトの部屋までありそうだ。
2部屋ほど明らかに大きな部屋がある。1部屋はきっとアルプが準備したマハト用だろう。
「ユージン!お部屋、どこに決めた?」
伝言を伝えに行ったピコラは、戻るなり部屋の場所を尋ねてきた。
「まあ、俺はこのままここでいいよ」
俺は、今の部屋を指差した。
「え?ダメだよ。ここは明日潰すんだから、お部屋はこっちから選んで!」
どうやら、今の部屋は潰してしまうらしい。
「えー、じゃあ、ここで」
俺はキッチンに一番近い小部屋を指差した。
「えっ……ここじゃダメ?」
ピコラは一番大きな部屋を指差した。
「俺はキッチンに近い部屋がいい。それに、そんなにでかい部屋だと掃除が大変そうだ」
ピコラはどうやら、大部屋を俺に当てがいたかったらしい。
「そっか、分かった。明日また考えるね」
ピコラは残念そうにしながらも、納得してくれたみたいだ。
「なあ、ピコラ。この家、一体何人で住む予定なんだ?」
まさか、みんな残るつもりか?
「えっとね、ユージンと、ピコラと、リコラと、ガバルと……」
ピコラは指折り数えているが……
「なあ、フィアールとソワはそもそも族長だし、コルージャにも家があるだろう?」
大人は、仕事もあるし帰るだろう?
「んとね、フィア爺とソワ様は、こっちから族長としての指示を出すんだって。コルージャ先生は仮住まい?」
ピコラは首を傾げている。
「あいつら、そんなんでいいのか?!」
大人は、とりあえず帰ってくれないか?
「なんか、ここにいた方が食事が美味しくて捗るから、このまま住むって言ってたよ!」
賑やかで楽しいねぇ!と、ピコラは手放しで浮かれている。
「賑やかなのは楽しいけど、さすがに大所帯過ぎやしないか?」
やっぱり、帰ってくれないかな?
「え、みんなでご飯食べれば楽しいよ?」
ご機嫌なピコラを見て、俺は、湖畔の静かな暮らしは、早々に諦める事にした。




