ファンタジードリーマー
ちょっと遅れました!
小屋の前で人が倒れているのを、俺は遠巻きにして眺めていた。
——なんか小さいな、子供か?
「マジか、面倒だな。でも、また今から移動もしたくないんだよな」
本来俺は、他人に対して優しくはしない。
可能な限り、他人とは関わりたくもない。
サービス業だから、仕事で必要だったから、笑顔で対応出来るようになった。それだけだ。
「ちくしょう、よりによってなんで子供……」
街中であれは、たとえ子供だとしても、きっと見て見ぬ振りをしたはずだ。
——誰かが何とかするだろう。
いつも、そう考えて、避けてきた。
今までに、困っている人を助けたことがなかったわけじゃない。
若い頃はそれなりに、弱者を思いやる気持ちを、多分他の奴よりは持っていたんだ。
——でも、何の得にもならなかった。
学生時代クラスの中に、いちいち文句が多くて周りを振り回すから、我儘でも嫌だと男達の中で、浮いた存在になった奴がいたんだ。
名前は……いかん、忘れた。
俺は特別、そいつが嫌いじゃなかったから、修学旅行の班分けで、クラスがなんか微妙な空気になったり、揉めたくもなかったから、
「良かったら、一緒に行かない?」
と、席に近づいて、何の計算もなしに気軽に声を掛けてみたんだ。
そうしたら、何が気に入らなかったのかは知らんけど、いきなりキレ出して……
「偽善者ぶるなよ!どうせ、お前は俺のこと笑い物にしたいだけなんだろ!あっち行けよ」
俺はそいつから消しゴムを投げられ、大きな声を上げて、全力で拒否されたんだ。
「は?そんなんじゃねーよ」
さすがに、俺もちょっとムカついて、反論しようとしたんだけど、
そいつの声を聞いていた、近くの席にいた女子グループから
「うわっ、笑いものにするとかサイテー」
「マジか偽善者?何、マウント取ってるの?」
などと言う、全く持って見当違いな風評被害にも遭ったりしたんだ。
あの時は、気付いた友達が助けてくれたから、誤解は解けたけどさ……
学校帰りにバスで、大きな荷物を持って、ふらついていた年配の女性に、大変だろうからと席を譲った時なんかは、
「あなた、失礼よ!私は、まだそんなに年寄りじゃないわ!」
ババアは顔を真っ赤にして、ものすごい剣幕でキーキーと怒ってきたし。
その時、同乗していた周りの大人達は、こっちをチラチラ見ながら、助けるどころか、ニヤニヤしていただけだったな……
ショッピングモールに友人達と映画を見に行く前に、モール内のトイレに向かう途中で、迷子の子供に遭遇した時が……最悪だった。
子供がギャンギャン泣き喚いていたのに、周りの大人は手を貸さなかったんだ。
さすがに可哀想で、見てられなかったから、
とりあえず『サービスセンター』に連れて行こうとしたけど、子供が全然泣き止まなくて。
「頼むよ、泣き止んでくれよ……」
俺は途方に暮れていたんだ。そうしたら……
「あなた、何してるの!うちの子をどうするつもり?!」
遠くから走って来た母親に、胸ぐら掴まれて誘拐だと叫ばれた。
警備員まで出てくる始末だったよ……
その時は、野次馬に囲まれながら、警備員に説明しても、購入済みの映画チケットを見せても全く信じて貰えなくて。
先に映画館で待っていた、友人達に連絡して来てもらって、漸く解放されたんだ。
勿論、みんなで映画には遅刻したよ。
勿論、友人達には謝ったよ。
でもさ、俺、悪くないよな?
本当に理不尽だよ。
——人助けなんてろくなもんじゃない。
良心を出して、手を差し伸べて攻められるなら、見て見ぬ振りをするしかないじゃないか。
ここが何処かもわからないし。周りには頼れそうな人が誰もいない。
——俺しか、いないんだよな。
さすがに子供は見捨てられないよな……
「仕方がない。助けるか」
俺は、倒れている子供の傍に膝をつき、肩を軽く叩きながら
「大丈夫か?聞こえるか?」
以前、会社で習った救命措置を思い出して、声を掛けた。
「……」
返事がない。まるでしかばねのようだ……
なんて、緊急時の今はそんなふざけたことを言っている場合ではない。
周りを見ても、助けてくれそうな人どころか、人影すらない。
自分でやるしかないのか……出来るか?
俺は誰かに頼ることを諦め、救命措置の順番通りに子供の胸やお腹の動きを見て「普段通りの呼吸」があるか確認した。
「呼吸は大丈夫そうだな……」
どこかケガでもしているのだろうか?
小さな子供の手足は、パッと見る限り、大丈夫そうだ。取り立てて外傷はない。
——もしかして、頭でも打ったのだろうか?
砂地に横たわっている頭部に目をやると……
「ウサギの耳?コスプレか?」
子供の頭に、触ったらふわふわと柔らかそうな、ベージュの長い耳がにゅっと生えていた。
「カチューシャなら外したほうがいいか?」
思った通りに柔らかくて、ふわふわな耳を引っ張ってみたけど、髪の毛が絡んでいるのか、なかなか外れない。
「根本にでも留め具でもあるのかな?」
俺が片方の耳を引っ張りつつ、子供の耳の付け根を触ったら……
「ん……ううっ、いたっ!イタイイタイ!」
ちょっと可哀想だけど、どうやら髪が引っ張られた痛みで目が覚めたようだ。
良かった。無事みたいだ。
「ああ、済まない。倒れたままだと、耳飾りが邪魔だろうから外そうとしたんだ」
俺は、咄嗟に手を離し、勝手に触ったことを謝り弁明した。
「……倒れて…耳飾り?取る?いや、コレは取れないからぁ!!」
子供はガバッと起き上がり、耳を両手で押さえてガードすると、力一杯反論してきた。
「え……あ、す、すまん。知らなかった」
やべー、ファンドリー(ファンタジーでドリーマー)な、痛い子に当たったのかもしれん。
耳が本物だという設定なのだろうな……
俺は、また厄介な事になるのではと構えた。
「うぅぅっ、耳がまだ変な感じがする」
ファンドリーは倒れて汚れた耳を必死に撫でている。大切にしているのだろう。
「あー、なんだ、大丈夫か?」
とりあえず、倒れていた原因は何だったんだ?
元気になったなら、ほっとくか?
「あ、おじさん?お兄さん?……どっち?」
ファンドリーチビウサギは、ピコっと首を傾げ、俺が「おじさん」か否かを聞いてきた。
「お……に……おじさんです」
——無理だぁ!!
もう、子供相手に、自分をお兄さんと呼べる歳ではない!
中身は永遠の少年だけど、さすがに年齢的にお兄さん呼びには無理がある。
「ふーん、おじさんなんだ?見えないね?」
ファンドリーは、耳をぴるぴる動かしながら、嬉しいことを言ってくれた。
「そ、そうかな?ありがとう」
ちょいと照れ臭くなって、もじもじしたくなったけど、おじさんのハニカミなんか需要は無いのでやめておく。
「おじさんは、ここにいるってことは魔族?それとも人間?それか獣人の変身?」
……ん?
なんか今、あり得ないワードを言ってなかったか?
「……人間だけど」
俺は目をキョロキョロ揺らして答えながら、ファンドリーの垂れた耳をチラ見していた。
——種類はロップイヤーかな?
耳から入って来た言葉が、受け入れられ
ない……これはただの現実逃避だ。
「おじさん人間なんだ?何で……」
ファンドリーは話の途中で、身体が辛くなったのか、フラリと目眩を起こしたようだ。
「おい!大丈夫か?」
俺は咄嗟に手を伸ばし彼女を支えた。
「……ごめんなさい……飲まず食わずで……走ってきたから……それで」
話していて苦しくなってしまったのか、途切れ途切れ息をついている。
飲まず喰わずなら、まず脱水症状だよな。
「ちょっと抱えるぞ」
俺は子供を両手で抱えて立ち上がると、荷物を解くために、小屋の中に移動した。
俺が借りようと思っていたここの小屋には、片隅にベンチのような場所がある。
ファンドリーを壁にもたれさせて、そっとベンチに座らせると
「……ごめんなさい」
小さな声で弱々しく謝ってきたが、弱った子共が気にすることか?体調が悪くなったのだから仕方がないじゃないか。
「具合が悪いんだ。気にするな。水分補給にいい物を作るから、ちょっと待ってろよ」
俺はベンチの対角にある作業台で背中の鍋を下ろし、エプロン等で縛っていた荷を解くと、鍋から塩、砂糖、レモン果汁を取り出した。
保存袋の水の中に、そいつらを適量ぶち込み、ジッパーを止めてシャカシャカ振れば……
経口補水液の完成だ。
俺はレードルに半分くらい注いで、こぼさないように子供の元へ行く。
「ほら、これを飲むと少し楽になるよ」
ファンドリーはレードルを不思議そうに見つめ、鼻をヒクヒクさせると、チロチロと舐めながら飲みだした。
——本当にウサギみたいだな?
「もう少し飲むか?」
作業台に保存袋を取りに戻って、もう一度子供の側に行くと
「ありがとう。これ、すごく美味しいね」
ファンドリーは、満足そうに口の周りをペロッと舐めて、レードルをこにらに渡してきた。
——美味しいか……久しぶりに聞いたな。
美味しいという言葉が、まるで乾いていた大地に小雨が降った時のように、俺の身体にじわりと染み渡った気がした。
「そうか、それならしっかり飲むといい」
俺はレードルに、追加で経口補水液を注いで渡してやった。
たかが経口補水液を作っただけだ。
それなのに俺は、何でこんなに……
心が満たされた気持ちになるんだろうな。
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毎週水曜日、土曜日 19:00〜の2回投稿します!
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