気まずい叡智の梟
ピコラとリコラが、りんごのうさぎを手にして幸せそうに食べている間、最後のパンケーキが焼き上がった。
「っと、これで終わりだ。たくさん焼いたな」
3種類のパンケーキだから、全て取り出したら山になりそうだ。
「パンケーキは夜ご飯にではないよな。今夜のご飯はどうするか……」
とりあえず使うのは魔豚肉だ。
マハトが食べやすい物で考慮すると、やっぱりアレか?
「定番はトンカツからのカツサンドだな。とりあえず作るか」
嫌いな人は、あんまりいないよな?
鞄から、何度見ても変な色の魔豚のロース肉を取り出し、適当な厚さに切り、筋切りをしていたら、
「ユージン!ただいま戻りました。コルージャ先生を連れてきましたよ!」
高い位置からエリソンの声がした。
キッチンから外へ出て屋根の外を見あげると、俺は思わずポカンとした。
「……おかえり?」
そこにはエリソンが、広げた羽が2mはありそうな、大きなフクロウに捕獲された状態で空に浮かんでいた。
「ほう、黒髪だから魔族かと思えば、人間の料理人か?よろしく頼むよ」
スウっと静かにエリソンを下ろすと、フクロウは肩羽をあげて気さくに挨拶してきた。
——思ったよりデカいな。
「初めまして。『ピッコラ』店主の遊人と申します。こちらこそよろしくお願いします」
みんなが先生と呼んでいるので、俺が丁寧に挨拶すると、
「ほほう、ご丁寧にどうも。わしは叡智のコルージャ。気楽に呼び捨てしてくれて構わんよ。子供達が世話になってると聞いた」
コルージャは、足元にいるエリソンの頭を優しく撫でた。
「なら、俺のこともユージンと呼んでくれ。改めてよろしく、コルージャ」
コルージャは、優しいフクロウのようで、エリソンはニコニコしながら俺を見ている。
「先生、さっきも言ったけど、僕、ユージンの料理に使ってもらうために、たまご屋さんをやるんです。食べに来てくださいね?」
エリソンは、じゃれつくようにコルージャの羽を引き、報告をしている。
「ほっほっほ、そうかそうか。エリソンのたまご屋さんは楽しみだな。そうだ、ユージン、挨拶の品を貰ってくれないか?」
コルージャが俺に向き直ると、鞄から大きな袋を取り出し、渡してきた。
「……ありがとうございます」
フクロウからの贈り物……ちょっと不安か?
そっと中を確認すると、袋の中には紙に丁寧に包まれている塊がいくつか入っている。
「ん?これは、加工された肉か?」
そっと鑑定してみる。
▪️魔羊肉(背中、腰)
人間の家畜の羊肉と、変わらない。
魔素の含有量がかなり高い。
油に特徴的な香りがある。
◻︎使い方
焼くと絶品。
*備考
魔羊肉は食べすぎると、副作用を招く。
魔力酔いにも注意。
「……まさかアルプ?こっちは……?」
▪️魔羊の腸の塩漬け
羊の腸。
伸びが良く、扱いやすい。
◻︎使い方
腸詰に利用する。
水に晒して塩抜きしてから使う。
*備考
水魔法で塩抜きすると食感が良くなる。
よく伸びるが、一定まで伸びると破裂する。
「……アルプ、ソーセージなら食えるかな?」
そんなことよりも、コルージャはアルプを見て食材認定しないだろうか?
他の包みも見てみたが、全て部位が違う羊肉だった……
「ユージン、どうかしましたか?」
コルージャと話をしていたエリソンが、贈り物を見たまま固まった俺が気になったのか、声をかけてきた。
「ん?あ、ああ、沢山の羊肉を頂いたんだ」
エリソンにアルプの事が伝わるだろうか?
「そうなのですね?コルージャ先生、魔羊肉好きですもんね。先生の選んだ羊肉なら、きっと美味しいですよ!」
エリソンは満足そうにニコニコしているが、俺は気が気じゃなかった。
「ユージン、もしかして、わしが持ってきた魔羊肉は好みじゃないのか?」
コルージャ先生は残念そうな顔をした。
「いや、なんて言うか、羊肉自体、俺は好きなんですが……」
言葉に迷っていたら、
「あ、もしかしてアルプ様の事を気にしていますか?」
エリソンは、俺の気持ちにようやく思い至ってくれたようだ。
「まあ、そうだな。ちょっと複雑な気分だ」
なんて言うか……言葉にできない。
「エリソン、まさかアルプ様もこちらにいらっしゃるのか?」
コルージャがギョッとして、エリソンを見つめた。
「はい、そういえば、先生にお伝えしていなかったですね」
エリソンは、コルージャにアルプがいることを伝え忘れていたらしい。
「しまった。ならば不向きな物を持参してしまった。料理人なら魔羊肉なら喜ぶかと思ったんだ。いやはや、申し訳なかった」
コルージャは深々と頭を下げて謝ってきた。
「いや、こちらこそ、気を遣わせてしまって申し訳ない。アルプのいる前では使えませんが、違う時にぜひ使わせて下さい」
羊肉自体は、良い物だ。ありがたく頂こうと思って頭を下げていたら、
「ユージン、私がどうかしましたか?」
いつのまにか、アルプが近くまで来ていた。
ビクッとした俺とコルージャをよそに、エリソンはなんてことなく、
「コルージャ先生が、ユージンに魔羊肉を手土産に持ってきたんです。2人ともアルプ様を気にしてしまって……」
よりによって、エリソンが(羊肉)本人にバラしてしまった。
コルージャは固まったまま目を閉じて現実逃避をするし、俺もなんて言ったらいいのか分からず、アルプを見つめていた。
「ああ、その気遣いはよくあります。気にしないでください。肉はコレですか?」
アルプは全く気にせず、俺の鞄の中を見て、
「あ!塩漬けの腸ですね。ユージンなら腸詰作れますか?私、あれ、好きなんです」
よりによって、アルプは腸詰が好きらしい。
「ア、アルプさん?その……共喰いにはなりませんかね?」
俺が恐る恐る尋ねたら、
「ユージン、共喰いにはならんよ。アルプ様は悪夢魔サキュバスだから、普通の魔羊とは存在が違う」
コルージャが解説してくれたけど、でも、確実にアルプには『食用種』と書かれていた。
そもそも、俺の鑑定は食材に限るんだ……
「ユージン、私もさすがに羊肉は食べたくありませんが、腸詰なら好きなので、いつでも大歓迎ですよ」
アルプは、そう言って平然としている。
「本当に平気なのか?」
俺は心配になり、アルプの顔を見つめた。
「はい、食肉扱いにも慣れているので、気にしないでください。私は通常の魔羊とは会話ができませんし、他の家畜と変わりません」
奴らは見た目が同じなだけです。
そう言って、鞄を俺に渡してきた。
「だから、腸詰、楽しみにしてます。マハト様の好物ですし。こちらからお願いしたいです」
しれっとしているアルプを見ていたら、俺は無性に切なくなり、思わずアルプを抱きしめてモフモフを撫で回した。
「なっ!ちょ、ユージン、いくら友達だとはいえ、人前で抱擁は恥ずかしい!」
俺はジタバタするアルプを、お構いなしで抱きしめてしまった。
——きっとアルプは生まれた時から、特別な個体だったんだ。
「俺は、アルプが大好きだ!アルプがそう言うなら、いくらでも作るからな」
マハトに拾われるまでは、アルプは仲間だけど仲間じゃない集団に紛れて、孤独に過ごしてきたんだろう。
「……ありがとうございます。私もユージンが大好きですから、その、恥ずかしいので離してくださいませんか?」
抱き心地が良くて、アルプをぬいぐるみのようにモフモフしていたのに、残念だ。
「アルプ様、私が余計な事をしたまでです。申し訳ありませんでした」
コルージャも頭を下げていた。
アルプも魔族の中では立場が高いようだ。
「コルージャ、気にしないでください。いつも気を遣わせて申し訳ない」
アルプは食肉種からの亜種で、能力がかなり高い悪夢魔サキュバスだとマハトが言っていたし、種族故だろうな。
きっと今までも、似たようなことは沢山あったのだろう。
「ところでアルプ、どうかしたのか?」
わざわざ出てきたのだから、用事があったのではないか?
「滞在人数が増えたようなので、今から増築をしますが、ユージンの意見を聞こうと思い、こちらに伺いました」
思い返せば、アルプ、フリーゲン、ピコラ、ガバル、エリソンに、フィアール、ソワ、リコラにコルージャ、俺を入れたら10人。
「結構いるな?」
俺より小さいとはいえ、みんなよく食べる。
「アルプ、増築は任せていいか?俺は今から夕飯作るよ」
ちょっと、張り切って作らなきゃならない量だよな?
「畏まりました。増築には何か、要望はありますか?」
アルプがメモを片手に聞いてきた。
「俺は部屋はなんでもいいよ。可能なら、ピコラ達とも話していたんだが、店にテーブル席と屋根を頼みたいかな」
エリソンを見たら、うんうんと頷いている。
「後、エリソンのたまご屋さんに必要な土地から、優先的に木を切ってやってくれ」
これは、きっとフリーゲンが頑張ることになるだろう。
エリソンは嬉しそうに、口元に手を当ててクフクフ笑っている。
「お任せください。では、エリソンも行きましょうか。コルージャはどうしますか?」
アルプがコルージャに話しかけると、
「ほっほっほ、わしの知恵が必要なことはあるか?あるならば楽しそうだし、手伝おう」
そう言って、3人はさっさと家に向かおうとしたので、
「アルプ、ちょっと待て!」
俺は慌てて唐揚げサンドと、パンケーキを魔法でいくつか皿に盛り、別の鞄に入れてアルプに渡した。
「一旦これ、コルージャに食べて貰って。残りはみんなで食べて。こっちはピコラとリコラがさっき食べたから、食べ方聞いて」
せっかく来てくれたのに、コルージャだけ何も渡さないのは嫌だったし、羊肉のお礼もしていないから、とりあえずだ。
「分かりました。では、ユージン、よろしくお願いします」
アルプは皆を引き連れて、家に向かった。
「とりあえず……トンカツ作るか」
俺は、羊肉の事を忘れるために、一心不乱に、肉に粉を振り、卵をつけ、砕いたパン粉をまぶし、油に投入した。
ふと、アルプが俺に何か頼む時の、遠慮がちな姿がよぎった。
「アルプ……いや、俺が気にしちゃダメだ」
モルビドグラスを3玉むいて中心を逃し、大量の刻みキャベツを切り終えると、油切りしたトンカツを片っ端から盛りつけた。
「よし!!残りはパンに挟むだけだ!!」
そう叫んだ時、トンカツソースを用意してなかったことに気がついて、俺は冷静になった。




