弱者の集い
アルプは、マハトのことだと言った後、お茶を啜りながら下を向いている。
「マハトがどうかしたのか?」
まさか、マハトがまた倒れたのだろうか?
「最近、マハト様はかなりお忙しいのか、自宅に戻らないことも多いのです」
アルプは、深くため息をついた。
マハトは、あちこちに出歩く仕事らしい。
「随分とお疲れがたまっているようで、ユージンの料理がなくなったら、また、食事も拒否されるようになったのです」
ん?『また』食事拒否?
「マハトは、食べない日が多いのか?」
俺の言葉に、アルプは頷いた。
確かに以前、干し肉とパンとナッツくらいしか持ってなかったな。
「俺の料理は、もう全部食ったのか?」
単に、食事の好き嫌いの問題なら、俺が作ったのをアルプに持たせればいいよな。
「ユージンの料理は、せっかく作ってくれたからと、食べてくれましたが、マハト様は、以前から疲れすぎると食べなくなるんです」
あぁ、疲労で食欲低下しちゃうのか……
「しっかり食べないのは身体に良くないな。以前、俺に会ったときも倒れていたけど、マハトは、よく倒れるのか?」
あの時、血だらけでボロボロだったよな。
「いえ、以前も似たような状態だったようで、思うように体が動かなく、攻撃を避け切れずこちらのお世話になったようで……」
アルプは話しながら項垂れている。
あの時マハトは、ふらふらな状態で争いに参加したようだ。
「あの傷、やっぱり攻撃された傷だよな……不調なら、休めないのか?」
無理しても、ボロボロの体のままじゃ成果は悪くなるし、負傷するだけだろう。
アルプはゆっくり首を振った。
「段々と拘束が強くなってきているみたいで、マハト様はまだ平気ですが、力の弱い魔族は抗うことが出来ず……」
拘束……ピコラ達も言っていたな。
「その弱い魔族達を守るために、マハト様は本来なら行かなくてもいい最前線へ向かわれているので……」
マハトは、だから忙しいのか……
——自分の身を削りすぎだろ。
「アルプは、拘束とやらは平気なのか?」
どう見ても、アルプは力的に弱そうだ。
「私とフリーゲンは、マハト様からの命令で早急に転移陣を使い、僻地の別荘へ避難させられたので、問題ありません」
そうか、二人も逃がされた側なんだな……
「アルプ、聞いてもいいか? みんなが言う拘束って、一体何なんだ?」
ピコラもエリソンも同じことを言っていた。
「拘束は……魔王の支配力とでもいいましょうか。我々魔族は、基本的に魔王の支配力からは逃げられないのです」
なんだそれは? 催眠術みたいなものか?
「良い魔王が統治している場合は、支配力は緩いため自由に行動できるのですが、少し前に魔王が交代して……」
アルプは、顔を歪め忌々しそうな表情だ。
余程、腹を立てているんだな……
「今代の魔王は、狡賢く卑劣な男で、人間と争うようにと、魔族全体に『断ることができない命令』を出しました」
それは、魔族の掟みたいなものなのか?
「本来、魔族は人間との争いを好まないのです。そのため、思うように動かない我々に魔王は腹を立て、さらに支配力を強めました」
嫌がってるのに、強引にやらせてるのか……
「強くなった支配力が、拘束なんだな?」
俺の質問に、アルプは力強く頷いた。
「我々は魔王の駒として、肉体が想いとは裏腹に、勝手に支配されてしまうのです」
アルプは、やり切れない気持ちを抱えているのか、さっきから涙ぐんでいる。
「アルプは平気なのか?」
ジェリコも何か守ってると言ってたな。
——この辺りは安全なのだろうか?
「ここは僻地なので平気だと思います。分かっているのは、魔王城に近づくほど、拘束する力が強く発揮されるようですね……」
魔王城のある方向なのか、アルプは、遠くを見つめた。
「みんなで遠くに逃げるのはダメか?」
魔王のことは、放置できないのだろうか?
「無理ですね。家族を人質にされていたりするので、皆、逃げられないのです。魔王城の近くは、意識までも乗っ取られます」
そんなに強力な拘束なのか……
「意識まで……酷い話だな」
でも、その方がある意味楽かもしれない。
戦いたくないのに、肉体だけ操られるくらいなら、いっそ無意識な方がいい。
「マハト様は、かなりお強いので意識が呑まれたりはしませんが、それでも肉体は不安定ながら支配されてしまうようです」
——それ、精神的にかなりキツくないか?
「振り切って別宅に帰ってくると、支配からは外れるようで、マハト様は、遠征の帰りに休むために一時帰宅をされます」
それ以外には、帰ってないのか。
ろくに食事すらしないのは、さすがにまずいだろう。
それよりも……
「なあ、マハトって、偉い奴なのか?」
聞いた感じ、マハトの立場は高そうだ。
「はい、マハト様は前魔王の頃から、魔王の右腕、第一補佐官をしています」
——第一補佐官、No.2ってことか。
だから、あの時ピコラは名前を聞いて驚いていたのか……
「マハト様は、人間とは友好的に付き合いたいとお考えです。なので、今のところ最小限の諍いにとどめていますが……」
アルプは、ポロポロと涙を流し始めた。
「マハト様が、このままでは忙しさのあまり、壊れてしまいます!」
大切な人が心配だけど、何もできない。
その辛さは相当だろう。
「グスッ……せめて、お食事くらいはちゃんとしてほしいのです」
メソメソと泣きながらアルプはハンカチを取り出し、涙を拭っている。
「アルプ、今日まだ時間あるか?」
——料理なら、俺に任せろ。
必ず、マハトが食いたくなる美味いもの作ってやるからな。
「屋敷に戻っても、マハト様は帰ってこないので、ご迷惑でなければ、連絡があるまで数日、こちらにお邪魔してもいいですか?」
顔を上げたアルプは不安そうなまま、すがるように俺を見上げた。
「マハトは、そんなに帰って来ないのか?」
一体、どのくらい休んでないんだ?
「今回は、少し長いと言っていました。なので、数日は戻らないかと」
アルプは、力なく落ち込んでいる。
この世界は、ポーションがあるが、肉体を駆使するのなら食事が必要だ。
「本当に大変そうだな。俺は構わないが、念の為ピコラに滞在していいか聞いてくれ」
アルプは頷くと、俺に一礼してトボトボとピコラの元へ向かった。
——ここは、まるで弱者の集まる店だな。
それなら、俺はみんなの心を美味い飯で支えてやろう。
俺にできるのはそれだけだ。
「食材が増えたし、みんなの食事と一緒に、マハト用に何か作るか……」
キッチンの内側に戻り、アルプから受け取った鞄の中を確認する。
「マハトはナッツをよく持っていたけど、好きなのか? ナッツはサッと食べられるから、それだけかもしれないな……」
鞄の中には、さまざまな食材が詰め込まれている。
「ナッツの栄養価は高いけど、せめて、もう少しエネルギーになるものを食べて欲しいよな」
粉類が沢山入っているのは、パスタを希望しているからかもしれない。
「何がいいかな? とりあえず、みんなが滞在する準備もあるし、片手でサッとつまめるものを作るか?」
包み焼きもいいけど、さっき食べたし……
「ん? これは米か?」
穀物の並びに『ライス(長・短)』とある。
ご丁寧に、長粒米と短粒米があるらしい。
「この世界、食材がかなり豊富みあいだな。米があるなら、おにぎりでも作るか」
沢山作って、マハトにも渡そう。
「混ぜご飯のおにぎりにしたら、子供達は喜びそうだな」
鞄から、混ぜご飯に合いそうな食材を、鑑定しながらひとつずつ取り出していく。
「しかし、食材にこんなに注意しないと危険なのは、予定外だよな」
鞄から食材を恐る恐る取り出して、鑑定しながら必要な処置をする。
「こんなものまであるのか……こいつは、そのまま出しても平気だな」
▪️乾燥ボニート(鰹節に類似)
ボニートを、魔法によって乾燥させたもの。作り方は厳密に秘匿されている。
煮込むと、旨味の強い魚介スープになる。
◻︎使い方
削って煮込む。
薄く削ればそのままでも食べられる。
*備考
とにかく固い。
風魔法で削らなければ削れない。
風魔法で、使う分だけ器に薄く削り、なぜか存在する醤油をかけ混ぜておく。
——おかかの準備OKだ。
「次は、おっと、これはかなり危ないな」
▪️剣サーモン(鮭に酷似)
魚肉は鮮やかなオレンジ色。
脂ノリが良く旨味が強い。
加熱しても身が崩れにくい。
冷めても美味しい。
◻︎使い方
生食も、煮ても焼いても、揚げても美味い。
どんな料理にも適応できる。
*備考
外気に触れると、鼻先の剣を振り回す。
最初に剣を始末すると、泡となって消える。
剣に雷を流して気絶させてから、身を削ぐ。
バチバチ!!
「っと、これでいいか」
示された通り、剣サーモンの剣に雷魔法を流し気絶させ、三枚に下ろし、多めの塩を振り、風魔法で乾かしたらフライパンで焼く。
——塩鮭もどきの完成だな。
「あとは……植物だな」
▪️クリングラス(シソに類似)
爽やかで、清涼感がある独特な香り。
サッパリしていて、後味を整える。
料理の臭みを抑える優秀な香草。
◻︎使い方
生で使うのが一番香りがいい。
火を通すならサッと短時間がいい。
煮出して薬草茶にしても良い。
*備考
水にさらした後、手に挟んで五回叩く。
五回未満だと香りが立たない。
五回以上叩くと、消えて無くなる。
パン パン パン パン パン
俺は、重ねたシソを慎重に五回叩いた。
「……きっかり五回は、めんどくさいなぁ」
くるくる丸め、まとめて細く切っておく。
「うわぁ、これも面倒だな」
▪️白セサモ(ゴマに類似)
香ばしくてナッツに似たコクがある。
セサモオイルの元。
セサモは、白と黒と金がある。
太陽光に晒しているとすぐに金色になる。
さらに三日晒すと黒くなる。
◻︎使い方
刻んだり、すりおろしたり、ペーストにしたり、絞ってオイルにしたりする。
使い方は、料理にも菓子にも多種多様。
*備考
白のまま使う場合は、時を止めてから火魔法でサッと炙る。
そのまま調理すると、弾けて消える。
時を止め火魔法で炙り、魔法で軽く砕く。
——刻みゴマ、中々いい香りだな。
「あとは、お前か……」
俺は、ジタバタ暴れるシュクレルートの葉を掴み持ち上げた。
▪️シュクレルート(魔混根菜)
大根、玉ねぎ、筍が混ざり合い生まれた。
大根の葉を持ち、ボディの味わいは玉ねぎ。
食感は筍で、手先足先は筍の味が強い。
見た目は大根に似てるが、大根ではない。
◻︎使い方
生でも、煮ても焼いても旨い。
火を通すと甘くなる。
*備考
ボディ以外は再生可能。
葉と手足を刈り取る場合、治癒魔法をかけるとゆっくり生えてくるが、無限ではない。
治癒後は、二、三日植えておくと復活する。
菜飯を作るために、シュクレルートの葉を刈り取り塩茹で用の鍋に入れ、本体に治癒魔法をかけて、そっと地面に置いてやる。
「なんか、ごめんな……」
シュクレルートは、スッキリした頭を触るとトボトボと歩き出し、落ち込んだ様子で穴を掘り大人しく埋まった。
「……やっぱりこいつ、調理し難いな」
どうも、感情があるように見えてしまう。
イキのいいシュクレルートは、俺の中で完全に動物と同じ扱いになった。




