ピコラの逃げた理由
エリソンから卵を貰ったので、子供達にプリンでも作ってやろうと思い、キッチンに向かうと、なぜか子供達もついてきた。
「ユージン、また何か作るの?」
ピコラは期待しているのか、ワクワクしながら俺の手元をのぞいている。
「ああ、エリソンの卵でおやつを作るから、ちょっと待ってろよ」
俺が答えると、3人とも嬉しいのか飛び上がって喜んでいる。
「そうだ、ピコラ、このくらいのサイズの陶器か金属の器は持ってないか?」
木製の器は、プリンを蒸すのに向かない。
「家にはないかも……」
ピコラは耳をキュッと下げて、残念そうに肩を落とした。
「金属の器ならオイラ作れるぞ!ピコラ、いらない農具とかないか?」
ガバルは、ピコラと一緒に家へ材料を取りに行った。
「エリソンは行かなくていいのか?」
小さなエリソンは、足元から見上げている。
「僕の卵がどんな風におやつになるのか、見ていてもいいですか?」
クイっと首を傾げる姿が可愛くて、思わず唸りそうになった。
「そこからだと見えないだろう?」
俺はエリソンを持ち上げ、作業台の上にある空箱の中に置いた。
「ありがとうございます。よく見えるようになりました」
ニコニコしながら、視線は卵に釘付けだ。
「それなら良かった」
俺は鍋に水と砂糖を入れて、火にかけて揺すりながらカラメルを作り、皿に移しておいた。
「甘い匂いですね。それはなんですか?」
エリソンは、鼻をヒクヒクさせながら尋ねてくる。
「アレはカラメルソースだよ。後で使うよ」
鍋に卵を割り入れほぐしたら、ミルクと砂糖を入れてよくかき混ぜ、裏ごしして弱火で砂糖を溶かした。
「卵、片手で割れるんだ……」
俺は、エリソンから尊敬の眼差しを貰った。
「はは、エリソンの手は小さいから片手じゃ難しいよな」
エリソンといると癒されて、ついほっこりとしてしまう。
「ユージン!これでいいか?」
ガバルに呼ばれて振り向くと、湯呑みサイズの金属の器を見せてきた。
「おお、さすがガバル。いい感じのサイズだ。ありがとう」
お礼を言って、ガバルが作ったばかりの金属の器を受け取った。
「ピコラ、この材料は使ってしまっても大丈夫だったのか?」
ピコラの私財とはいえ、本当に問題ないのだろうか?
「うん、倉庫にあった使ってない盾だから、大丈夫だよ」
それならありがたいが、自宅に普通に盾があるのは、争いが絶えないからだろうか?
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
俺は早速器を浄化した後、カラメルを流し入れ、魔法で冷却して固めていたら、ピコラとガバルの会話が聞こえてきた。
「ほら、アレで良かっただろ?だからオイラが言ったじゃないか」
「でも、ちゃんと聞いた方がいいと思ったんだもん」
ガバルとピコラが、器の事で何やら言い合っている。
俺は、片耳で話を聞きながら、プリン液を静かに器に注ぎ入れた。
「だいたい、ピコラは昔から細かすぎるし、臆病なところがあるからなぁ。だから逃げてきたんじゃないのか?」
——ん?ちょっと、まずいか?
ピコラの逃げた話は、多分デリケートな問題だろう。
だとしたら、親しいとはいえ、ガバルは踏み込みすぎじゃないだろうか?
「そんな事ないもん!ボクは、逃げたかったわけじゃないんだ!おっちゃんが支配される時、遠くに逃げろって言ったんだもん!」
ピコラは、興奮したのか叫びだした。
止めるタイミングを見計らいながら、手を動かす。深いフライパンにお湯を沸かし布巾を沈め、その上に器を並べ蓋をして蒸す。
「なんだよそれ!そのおっさんが逃げろって言ったから逃げるって、なら、お前の仕事の責任はどうなるんだよ!」
ガバルはきっと、ピコラの立場を心配しているのだろう。
でも、口調が強いから、ピコラには責めているように聞こえてしまうだろう。
「だって……」
ピコラは両手をグッと握りしめ、今にも泣きそうだ。ガバルの心配している気持ちに気づけるだろうか?
俺は、プリンを気にしながら、そろそろ口出しするべきか否かを、迷っていた。
「簡単に逃げてきやがって!そんな事したらこれからが大変になるじゃないか!!」
ガバルは、興奮して声を荒げてしまった。
——これ以上はダメだ、止めよう
俺は、2人に声をかけようとしたら
「簡単なんて言うなぁ!!おっちゃんは支配されたくなくて、目の前で胸を突いて自害したんだ!!知りもしないのに!ボクへの最後の言葉を侮辱するな!!」
うわーん!!と、大声で泣き出したピコラを俺は慌てて抱きしめた。
——内容的に、かなりキツいな
「ピコラ、落ち着け。ガバルはピコラを責めてもないし侮辱もしてないぞ。心配してるけど、言葉選びが下手なだけだ」
ピコラは、俺にしがみついたまま、ビービー泣いている。
「ガバル、ピコラが心配なのは分かるが、強く言い過ぎた。ピコラは辛かったのに、今まで我慢していたんだ」
俺ですら、いつも元気なピコラが、大切な人が目の前で自害したとは思わなかった。
ガバルも驚いたのだろう。言い過ぎた事に気づき、真っ青な顔でプルプル震えている。
「ガバル、ちゃんと謝った方がいいよ。僕もピコラの状況に近い事を沢山見てきたんだ。簡単に考えちゃダメだよ」
ずっと静かにしていたエリソンが、机から降りてガバルに近づくと物申した。
衝撃を受けたガバルは、こちらにソロソロと近づいてきて、ピコラの袖を引きながら
「……ピコラ?」
伺うように声を掛けてみたが、ピコラはブンブン首を横に振り、俺に縋り付いたまま、まだワンワン大声で泣いている。
「……なぁ、ピコラ、ごめん。知らなかったんだ。ごめん。気付けなくてごめんなさい」
ガバルは謝ると同時に我慢できず、うわーんと、声を上げて泣き出した。
ピコラとガバルがギャンギャン泣く横で、エリソンまで釣られて泣き出した。
「お、おい、落ち着け、落ち着いてくれ」
俺は、ギャン泣きする子供達をとりあえずまとめて抱きしめ、ひたすら撫でてやった。
3人とも、俺に縋り付くようにしがみついて泣いている。
「皆、頑張ってきたんだな。それぞれ辛かったんだよな?ちゃんと逃げる事ができて、皆偉かったな」
この世界、子供には過酷すぎるな……
——大人達は何してるんだ?
この世界の事はわからないが、子供が苦しむ姿を見るのは辛いな。
「ユージンは、逃げるのが偉いと思うの?」
ピコラは目に涙を溜め、しがみついたまま、俺を見上げてきた。
「勿論、偉いと思うよ。誰にだって限界はあるだろ?それを無理して超えて命を落とすくらいなら、逃げる選択をした方がいい」
俺が話を始めたら、ガバルとエリソンも顔を上げた。
「先の事は、誰にもわからないけど、もしかしたら後から幸せになるかもしれないだろ?終わったら今までの努力もそれまでだ」
俺の存在自体が、世界を跨いで逃げたようなものだし、今が幸せだと思えた。
——人生、何があるか分からないんだ。
3人とも、話を聞いているうちに涙が止まったみたいだ。
「ほら、ピコラは言われたまま逃げたからこそ、俺に会えたんだ。そのお陰でガバルは夢が叶った。美味い飯が食えて幸せだろ?」
ピコラは食べる時、いつも幸せそうな顔をしている。
ガバルも幸せだったよな?
——それでいいんだ。
「……うん」
ピコラはギュッと抱きついてきた。
ガバルとエリソンもピコラと同様にしがみついてきた。
「お前達はまだ子供なんだ。まだ逃げていいし、甘えてもいいんだ。だからあまり無理しないでくれ」
俺は大人だ。もう少し頑張らないとな。
——この子達を守れないだろうか?
そう考えていた時、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
「おっと、忘れてた。そろそろおやつが出来上がるぞ。ほら、泣き止んだなら、皆カウンターに座れ」
ポンポンとそれぞれの頭を撫でて、キッチンに戻ると、子供達は、モソモソとカウンターに座った。
ガバルはエリソンが座りやすいように、カウンターチェアの上に台を置いてあげていた。
「お、いい感じだ」
蓋を開けると、甘い香りが広がり、プルプルなプリンがいい感じに出来ていた。
魔法で一気に冷やし、スプーンと一緒に子供達の前に置いてやった。
「ユージン、これなぁに?」
ピコラは、器を持って不思議そうにプリンを見ている。
「これか?これはプリンだ。あ、そうだ」
俺は、皿を一枚取り出して、プリンを皿にひっくり返した。
「え?ユージン!何してるの?」
ピコラはびっくりして耳が立ち上がり、ガバルは目を見開き、エリソンは針を広げた。
カパっと音がして、プリンが出てきた。
「この茶色はカラメルソースで、ほら、プルプルだろ?甘いし美味いぞ」
皿を揺らすと、プリンがフルフルと揺れた。
「カップのままがいいか?」
3人に尋ねたら、3人とも
「「「お皿!!」」」
と、言ったので、それぞれ皿に出した。
3人とも、ワクワクした目をしながら、プリンを食べずにゆらゆらさせている。
「……食べないのか?」
プリンはオモチャじゃないぞ?
俺が声を掛けると、ハッとして、スプーンでそっと掬い一口ほおばると……
「……幸せってこの事か」
「ほわぁ……甘くてプルプルチュルン」
「僕の卵、素敵すぎる……」
それぞれが、うっとりしながらプリンを見つめてつぶやいている。
さっきまで、号泣していた子供達が、プリンひとつで幸せそうにしている。
その姿が、あまりにも健気に見えた。
「なぁ、皆ここで、一緒に暮らさないか?」
気付けば、俺は声を掛けていた。
「「「え?」」」
ピコラも、ガバルも、エリソンも、キョトンとして俺を見た。
「一緒に店をやらないか?ピコラが野菜担当で、エリソンはたまご屋だろ?ガバルは、器と2人の手伝い。どうだ?」
——この子達の笑顔を守りたい。
それは俺のエゴだと分かっている。
だけど、俺が料理人になったのは、人を幸せな気持ちにしたかったからだ。
話を聞いて、キラキラな笑顔になっていく子供達を見ていたら、
俺は、なんでもできるような気がしたんだ。
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