ここ……どこ?
毎週土曜日19:00投稿ですが、
祝日なので、追加投稿してみました。
俺は……どうなったんだ?
よくわからない歪な板が広がった時、ぐわっと脳と身体がが揺れて、強烈な目眩を覚えた。
視界が揺れるので目を閉じて、とにかく鍋を落とさないように、しっかりと抱きしめていたんだけど……
「あれ……俺の店は?……何で外?」
目眩が治ったので、目を開けて、店は平気かと自分の周りを見てみたら……
なぜか視界に広がるのは、乾いた土と小石が転がる一面の荒野だった。
「はあ?なんだよここ……どこだよ!!」
叫んだ所で、俺の声は全て風が攫って行った。全く意味がわからん。
誰か、説明しろよ……
そう思ったが、周り一面が荒野であることに変わりはない。
——何が起こった?
数秒前の出来事なのに、意味がわからん。
「……俺、まさか落雷で死んだのか?」
思い出されるのは、一面の白い光。
「落雷の時に、ステンレスの鍋を持っていたのが不味かったのか?」
まさか室内で、雷に感電して死んだのか?
そんなバカな……嘘だろ?
——良く思い出せ!
「……いや、落雷じゃない」
落雷後に、よくわからない、見た事もない、得体の知れない、
板があったんだ。
「あの、歪んだ板が原因?」
そもそもあれは何だ?本当に板だったのか?
「てか、ここ……どこだ?」
俺は、混乱しつつ、緊張感と鍋を持ったままで、その場から一歩も動かずに、周りをキョロキョロと首だけ回して見渡してみた。
何度遠くを見ても、荒野だ。
「何もない……だと?」
ただ、俺の足元には、多分、棚やストックだったであろう物が、散乱している。
整理棚は全てひしゃげて、置いてあった調味料のストックは、潰れてぐちゃぐちゃになって溢れて、土にシミを作っていた。
「これ……手前のストック棚か?」
調味料達は、割れたり潰されたりしたせいで、あたりには醤油やソースとトマトケチャップの混ざって匂いが漂っていた。
「まさか、街ごと店が消し飛んだのか?」
だとしたら、廃材が少な過ぎる。落ちているゴミを見た限り、店の棚のごく一部しかない。
「棚は潰れたのに、俺は無事なんだよ……」
足元の残骸を見る。
もしかしたら、一歩違えば足元の残骸は俺だったのかもしれない。
そんな事を考えながら、地面を赤黒く染めているシミ(調味料)に意味深な目を向け、つい余計な事を想像してしまった。
「……怖っ」
ちがう、赤黒いアレは『調味料』だ!
どうしよう。マ ジ で どうしよう。
……俺、一旦落ち着け
とりあえず、広すぎてここは落ち着かない。
どこか、身を隠せる場所に行きたい。
足元に落ちている物の事も、これからの事も、俺は、考えるのを一旦放棄した。
とりあえず、どこかに落ち着きたい。
野良猫が、いつも軒下や車の下にいる気持ちがよくわかってしまい、俺の頭の中では野良猫が「にゃーん」と鳴いた。
今はどこでもいいから、屋根のある場所で、腰を据えてゆっくり考えたいと俺は思った。
「どこに向かえばいい?」
何もわからない。
今、周りにあるのは、荒野と太陽のみだ。
「太陽は少しだけ傾いてるか?」
自分の影を見る限り、少し影は斜めに伸びている。
「店を閉めたのは11時前だったよな?」
正解はわからないけど、太陽が昇るのは東からだし、東に向かうか?
太陽の位置から、なんとなく東を目指すことにして、屋根を求めて彷徨いつつ、時間潰しのために、これからの自分の店のことを考えた。
——このままだと、俺の店は潰れる。
現状、いつ戻れるかすら分からないし、たとえすぐに戻ったとして、炎上時にあちこちに写真が投稿されて顔バレをしてしまったんだ。
「今更店名を変えたとしても、まともに営業するのは、多分無理だな」
——いっそ、戻ったら全く違う店にするか?
全く違う店にすれば、無駄に詮索さえされなければ、何とかなるかもしれないけど……
今の店は、まだ2年しか使っていないから、内装も外装もまだ新しい。
——勿体無いよな。
出ない答えを探しながら、結構な時間を掛けて、俺はひたすら東に向かって歩いている。
「なんだかなぁ……俺、今、どこに向かってるんだろうな」
普段から14〜16時間は仕込みや準備で立ち仕事をしている。だから歩くことは気にもならないけど……
ここまで、どれだけ歩いたかもわからない。
今日は、朝から何もせず、ずっとカウンターに座ってただけだ。
身体もすっかり固まっていたので、しっかり歩けて却ってスッキリした。
体感的に5.6時間は歩いただろうか?
「ん?……森が近くになってきたか?もしかしたら、何かあるかな」
更に歩くと、遠方に小さな小屋のような、
小さな建物がいくつか見えてきた。
「……まてよ? ここまで歩いたけど、このまま小屋に行っても大丈夫なのか?」
俺は、未知の土地である事が急に不安になり、点在する小屋の後方にある、平坦な森に向かうことにした。
「もしかして……熊とか出るかな?」
最近よく見かけていた、SNSで拡散されていたニュースの写真に映った、目つきの悪い熊を思い出し、思わずブルッと背筋が冷えた。
「……とりあえず、やっぱり小屋の観察だな」
熊は……無理だ。
一瞬考えてみたけど、どう戦っても勝てる気がしないし、人間が勝てるわけがない。
森に入るのは諦めて、手前にある1番小さな小屋を覗いて見る事にする。
俺は、恐る恐る近づいて、入り口から、そっと中を覗き込んだ。
けど、中には何もなかった。
「……サイズ的に、道具入れかな?」
それにしても、変わった造りの建物だ。
木枠に枝を草で縛って、表面に赤土粘土を塗りたくってある。
建物というか、ほら穴だ。
——四角い土のかまくら?
中も木製の台が片隅に置いてあるだけだ。
中に入って、一旦、抱えていた鍋を台に置かせてもらい、疲れた腕をぐるぐると回して、腰のエプロンを解いた。
「あー、さすがにうでか疲れたし、暑いな」
歩いたせいでかなり暑かったのでコックコートも脱いで台の上に広げ、その上に鍋を置く。
エプロンのポケットに入れていた、ガチャガチャした小物を鍋の中に押し込んで、鍋ごとコックコートで縛り上げた。
さらにエプロンで鍋を覆い、自分の背中に背負い縛り付けた。
——まるで、絵に描いたドロボウみたいだ。
「よし、これなら手が使える」
ずっと鍋を抱えたまま移動していたので、さすがの俺も手が疲れてしまった。
「ちょっと見て回るか?」
ここが何処なのか分からない事には、どうにもできない。
何か、めぼしい物はないかと、あちこちに点在する小屋を、順番にひとつずつ見て回った。
「……部族の廃村か、遺跡なのかな?」
複数の不思議な建物はあるけど、どこを見ても人の生活しているような気配がない。
「そもそも、ここ、日本ですらないよな?」
さすがに薄々気づいてはいたんだ。
今も、夢であってほしいし、正直、認めたくないが、俺はどこかにワープしたみたいだ。
——転生?違うな、転移ってやつか?
「死んでないなら転移だよな? 鍋あるし」
背中に背負っている鍋が、カタカタと文句を言っているように感じる。
「お前も、まさかカバン代わりにされるなんて思わなかったよな」
それを言い出したら、コックコートもエプロンだって同じだ。
複数立っている小屋の、中央に位置する場所にある室内には、水瓶らしき物がある。
——やっぱり廃村だろうな
瓶には水は全くなかったが、近くに柄杓があったから、多分水瓶だろう。
「水か……無いと死ぬよな」
仕事が忙しい時は、水分すらろくに取らなかったから、今のところは平気だけど……
「森に……探しに行くか」
俺は、覚悟を決めた目で、小屋の裏にある森を見つめた。
「椰子の木とかあるかな……」
熊が怖いので念のため、武器の代わりに鍋の中から、出刃包丁を取り出した。
包丁の刃を剥き出しで持ち歩くのは気が引けたので、布巾で包んだままベルトに挟んだ。
森の中は、奥へ進むほどヒンヤリと涼しく、感覚的に近くに水がある気がする。
しゃくしゃくと膝丈ほどの雑草を踏みしめながら奥に進むと、そこには大きな湖があった。
「うん、やっぱり。ついてるね俺」
水を求めて湖に近づこうとして、ふと鍋以外には入れ物がないことに気付いた。
腰高の岩を見つけ、背中から鍋を下ろし、一旦、鍋の中身を確認する。
鍋の中には
▪️砂糖
▪️塩
▪️小麦粉
▪️レモン100%果汁
▪️ブラックペッパー
▪️オリーブオイル
▪️ワインビネガー
▪️おろしニンニク
▪️ホールトマト缶
無事だったストックはこれだけ。ストック以外の物は、
レードル
キッチンハサミ
ろうそく
マッチ
なんと! 鍋の底に、冷凍用の保存袋が一枚下敷きになっていた!!
「ズボラな俺、最高! 水、汲めるぅ!」
俺はいそいそと、保存袋とレードル以外は鍋の中に戻し、再び鍋を背中に背負い直した。
仕切り直して湖の淵へ向かう。
湖は、とても透き通った綺麗な水だった。
かなり深いため水底は全く見えないが、水面は日の光を反射してキラキラと輝いていた。
「かなり深いな。魚もいるのか?」
屈んで水面に向かって俺の腕を伸ばすと、レードルで水を汲み、少しだけ口に含んでみた。
「……雑味なし。なんなら、美味い水だと思うが、煮沸もせずに飲んで腹壊したらまずいし、とりあえず今は少しだけだな」
しっかり水分補給したいけど、知らない場所でお腹を壊したくないしね。
水の状態の確認が済んだので、レードルで保存袋に水を入れていく。
「破れたら終わりだから、少しだけにするか」
保存袋の負荷を減らすために、水の量は半分くらいまでにしてジッパーを閉じた。
夜の森は、何が出るか分からないので遠慮したい。俺はさっきの小屋まで、可能な限り急いで戻ることにした。
隆起してない平坦な森だから、迷わずに小屋までたどり着くことが出来たけど……
「あれは……人だよな?」
俺が借りようと目を付けていた小屋の前に、誰かが倒れていたんだ。
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