金を払ってくれ!
ガバルから受け取った鍋の中には、沢山のミミズがモッサリと入っていた。
「これは食材、これは食材……」
自分に暗示をかけるように呟き、できるだけ心を無にして、鍋の中にミミズがいる事を、無理矢理納得した。
「国によっては、食したり、薬にしたりするんだ……だから、大丈夫だ」
嫌悪感を振り切り、ガバルから借りた本の、調理描写を眺める。
「文字は、わからないな……」
書いてある文字は読めないが、イラストが描いてあるので、手順はわかった。
「読めないなら、オイラが読んでやるよ!どこから読めばいいんだ?」
ガバルは、カウンターチェアによじ登って座ると、俺から受け取った本を開いた。
「ガバル、とりあえず、書いてある工程ごとに教えてくれるか?」
俺がイラストを見た限り、色々省略されているのか、調理法はかなり簡単だったが……
——念の為、読み上げてもらおう
ガバルは、俺に聞こえやすいように、大きな声で音読を始めた。
「ワームの赤玉スパゲチの作り方」
カウンター席に座り、姿勢よく読み上げる姿が、小学生の宿題みたいで微笑ましい。
「ほりたて新鮮なワームを、洗って綺麗にしたら、塩を入れてグラグラ湧いた、たっぷりのお湯でゆがく」
やっぱり、茹でるのか……パスタと一緒で、塩を入れるんだな。
俺は、大鍋に魔法で湯を張り、火にかけて沸騰するのを待ちながら、続きを聞く。
「ワームが白くなったら、油がパチパチはねるフライパンで、ジャッジャと炒める。ワームの説明はこれだけだ!」
ガバルは、一旦、読むのを止めた。
「そうか、とりあえず、赤玉はどうすればいい?本の絵を見た限りだと、潰して煮込むだけだったよな?」
ピコラから聞いた感じ、魔族の国は、生食が多そうだから、そのままの可能性が高い。
「うん、小さく切った赤玉をお鍋でぐつぐつ煮込んで、トロトロになったら、炒めたワームにたっぷりかけて、出来上がり!!だって」
魔族達にしてみたら、火を通すだけで、立派な料理なのだろう。
「ガバル、ありがとう。内容は覚えたからやってみるよ」
俺はグラグラ沸いた湯に、とりあえず、塩を入れる。
「麺の代わりが、ミミズなんだな……」
複雑な気持ちがないとは言わないが、食材だと割り切れば、平気ではある。が……
「洗浄、浄化、洗浄、浄化、洗浄、浄化!!」
色々と、菌やら寄生虫やら気になったので、徹底的に綺麗にした。
料理人をやっていると、思わず嫌悪感を持つようなグロテスクな食材とも出会う。
国が違えば、食文化が違うのは当然だ。
「これは、そう!こんにゃくだ!こんにゃくだ、こんにゃくだ、こんにゃくだあぁ!!」
とは言え、大量のミミズを素手で掴んだ事などないので、気合いを入れて自分を洗脳しながら、湯の中にぶち込んだ。
「なあ、コンニャクってなんだ?ワームと似てるのか?」
ガバルは、知らない言葉が気になったのか、いつのまにか、キッチンの中まで入ってきて、ワームを茹でている鍋を見ている。
「触った感じ少し似てるが、全くの別物だな。ガバル、鍋の側は危ない。すぐできるから座ってろよ」
俺はとりあえず、鍋に魔法で赤玉を潰した。
「ん?危ないのか?分かった」
ガバルは、素直に席に戻って行った。
ピコラもだけど、ガバルも子供なのに聞き分けが良いので助かる。
「ガバル、トマトソースだけど、ちょっとアレンジしてもいいか?」
ちょっと違うだろうけど、本のままだとただの素材の味だろう。
「その方が美味いならいいぞ!」
ガバルは退屈しのぎに、大人しく持っていた本を読んでいる。
——折角だし、本のままのも作ってやるか
「とりあえず、トマトソースだな」
俺は、フライパンにオリーブオイルを引き、ニンニクの香りを立たせ、シュクレルートを炒め、潰した赤玉を入れて煮込む。
「ワーム……そろそろ引き上げるか」
茹で上がったワームを網で掬い、鍋に入れて一旦そのまま保存する。
「茹で上がりは、白いから、パッと見うどんみたいだな……」
色も、太さも……よし、今は考えるな。
俺は気持ちを切り替え、トマトソースの隣の小鍋で、赤玉だけを煮詰めていく。
「そろそろいいな」
トマトソースを鍋ごと鞄に保存し、フライパンにオリーブオイルを引き、本にあったように、パチパチするまで温めていたら、
「ユージン!畑の植え替えが出来たよー!あ、ガバルもう来てたんだ?」
ピコラは、畑の世話を終わらせてきたらしく、走って戻ってきた。
「ピコラ!ユージンが『モグラの冒険』のワームのスパゲチ作ってくれるって!」
ガバルは興奮気味に、手をジタバタしながらピコラに報告をしている。
「え?あの本の?凄い!ボクも食べたい!」
ピコラは、パァっと笑顔になると、キラキラした、期待を込めた目で見つめてきた。
『モグラの冒険』は、小さな子供達にとって憧れのお話なのかもしれない。
「ピコラ、アースワームは平気なのか?」
……ミミズだぞ?食えるのか?
「うん、焼けば食べられるよ。生はボクはダメだった」
ピコラはそう言って、ウェッっと顔を歪めて見せた。
……そうか、ちょっと安心したぞ。
「オイラは、そのままでも大丈夫。なんなら大好きだ!」
コイツら、好物は生食するんだよな。
「……そうか……生か……」
——聞かなかった事にしよう。
フライパンのオリーブオイルがパチパチ音を立ててきたので、鞄から茹で上がったワームを取り出しフライパンに放り込む。
バチバチッ、ジャワァ、ジャッジャッ
高温の油で、ワームを一気に炒めた。
「わぁ、ガバル、いい香りだねぇ」
「料理人ってすげーなピコラ、オイラ、こんなの初めてだ!」
ピコラとガバルは二人で、はしゃぎながら、俺の料理する姿を見ている。
「くっ、ナッツのような香ばしい香り……ワームの癖になぜだ……」
腑に落ちない気持ちになりながら、俺は皿に盛り付けていく。
「コレは、白いこんにゃく、太めのしらたきのトマトパスタ風だ」
白くプリっとした麺の上に、真っ赤なソースをたっぷりかけて、
「仕上げは、これだよな」
トマトソースの方には、鞄からルーチェグラスをちぎって乗せた。
真っ赤なソースに緑が美しく彩り、完成だ。
「お待たせ致しました。『ワームの赤玉スパゲチ』と『ワームのトマトソース風』です」
俺は、二人の前に2つずつ皿を置いた。
「あれ?なんで2つずつ?」
ピコラはキョトンとして尋ねてきた。
「ルーチェグラスの乗っている皿は、俺のアレンジした皿だよ。こっちは、本のままだから、まずはこれから食べるといい」
ガバルは無言だ。顔がワクワクしているので、夢が叶って嬉しいのだろう。
「いただきます」
ピコラがパチンと手を合わせたので、ガバルはハッとして、
「ピコラ、何してんだ?」
ガバルには意味がわからず、ピコラを不思議そうに見ている。
「ガバル、食前の挨拶だよ!あのね……」
ピコラが説明をし始めようとしたが、長くなりそうなので声を掛けた。
「ピコラ、ガバル、冷めるぞ」
すると、2人は慌て、
「「いただきます」」
と揃って言い直して食べ始めた。
——ガバルはとりあえず釣られたな。
意味は分からないけど、ピコラの勢いに飲まれ一緒に挨拶をしていた。
「ふぁー、赤玉スパゲチって、こんな感じなんだねぇ?」
ピコラは、しみじみと味わっている。
ガバルは、黙って黙々と食べている。
「ガバル、どうだ?」
俺は静かになったガバルが気になり、声を掛けてみたが、
「うん、生よりは美味いけど、食べた事ある味だ……本だともっと旨そうだったのに、折角作ってくれたのにちょっとガッカリだ」
ガバルはしょぼくれたまま、本の通りに作ったスパゲチを食べ切った。
「ガバル、アレンジ版を食べてみろよ」
多分、あの本のスパゲチは、人間のパスタを真似た物なのだろう。
だとしたら、トマトソースが正解なはずだ。
ガバルは、アレンジ版を手元に引き寄せると、ヒクヒク鼻を動かし、
「あれ?見た目は似てるのに、全然違う?」
そう言って、フォークで掬うと、ハムっと口に入れた。
違うと言う声を聞いたピコラは、慌てて食べ切ると、アレンジ版に手を伸ばした。
「?!!、??!、???!」
ガバルの表情が、驚きと、喜びとを反復横跳びしているようにコロコロ変わる。
「!!、ん、ンマーイ!!ユージン、めちゃくちゃ美味しいよ!プチンと弾けて、熱々ジュワーで、赤玉ソースと合うー!」
ピコラは、思いの外美味しかったのか、両手をフリフリしながら踊っている。
「はは、良かった。ピコラの食レポは、いつも聞いていて気持ちがいいな」
衝撃を飲み込んだガバルが、キラッキラな瞳をしながら、
「ユージン!これだ!オイラが夢見た味!これだよ!」
ガバルも、口に含むたびに手をフリフリ、ピコラと同じ動きをしている。
行儀は悪いが、賑やかな食事風景だ。
「ユージンは食べないの?」
「ユージンも食べていいぞ?」
ピコラは、純粋な疑問、ガバルは俺が遠慮していると思ったのだろう。食べないのかと聞いてきた。
「……俺は、大丈夫だ」
——頼む、そっとしておいてくれ。
「ユージン、もしかしてワーム食べた事ないの?これは人間も食べられるよ」
ピコラは、人間も平気だと教えてくれるが、残念ながら、料理はできても、食べる事には抵抗がある。
「あー、今はお腹いっぱいだし、とりあえず今度チャレンジしてみるよ」
作っただけで、胸がいっぱいなんだ。
少しだけへこたれた気分になっていたら、ガバルが親切に教えてくれた。
「人間もグルメなヤツは、ワームを好んで食べるって、この本に書いてあったぞ?」
そう言って、ニカっと笑っている。
「グルメ……?」
ゲテモノ喰いじゃなくて?
俺もいつか、平気な顔でワームを食えるようになるのだろうか?
「あ、そうだ!ユージン、ここって、店なんだよな?」
ガバルが思いついたように尋ねてきた。
「あ、ああ、店だな」
初めては、ミミズパスタかぁ……
なんとも言えない気分だ。
「ユージン、これ!作ってくれたお礼だ!受け取ってくれ!」
そう言って、瓶入りのハチミツと共にガバルが渡してきた物は……
「……鑑定」
▪️ユムシ (巨大ミミズ)
味は淡白でほぼ無味。食感を楽しむ。
生だと、シャキシャキ。
火入れすると、コリコリ。
◻︎使い方
生、炒める、スープ、干物
*備考
水魔法に包んだまま下処理しなければ、部屋中にキツイ磯臭さが3日は残る。
下処理が甘いと地獄を見る。
——頼むから、金を払ってくれないか?




