モグラ・マグラ
ピコラのツタで足を縛られ、近くの木につるし上げられた魔豚の首からは、血抜きされた血液がダラダラと穴に流れていく。
「穴を掘ってあって、よかったな」
俺は作業がしやすいように、穴のサイズと、深さを、縦横2mくらいの穴に変えた。
「罪悪感が少ないのは、流れる血が不思議な色のせいか?」
俺の見つめる穴の中には、血だまりが出来ているが、紫色の血液を見ても恐怖感は薄く、命を刈り取った現実味が少ないと感じた。
「ユージン、血抜きしている間に、急いで収穫しちゃおう」
ピコラに声を掛けられたので、俺は鑑定をしつつ、果実や野菜を収穫していった。
この世界では、魔素で育つため、季節の概念が無いのか、春野菜と秋の果物がなぜか同時期に収穫できる。
「アスパラ? にしては変な形だな」
コイルのように螺旋を描いて生えている野菜は、アスパラに類似しているらしい。
「リンゴと梨が、一緒の木からとれるのか?」
こっちの木では、トマトの時と同様に、同じ木から、成熟度合いによって色が変化し、味も変わるようだ。
「収穫のタイミングを間違うと、全部リンゴになるんだな?」
便利だけど、バランス良く収穫するには、困ることもあるのかもしれない。
「収穫が終わったら、急いで魔豚の皮剥ぎだけはしないと、毛皮が痛んじゃうよ。今日中に、苗の回収終われるかな……」
ピコラは畑を見ながら、時間がないと困っている。
「ピコラ、皮を剝ぐくらいのなら多分、俺でも出来るぞ」
数年前に、田舎に住んでいる狩が趣味の叔父さんに『牡丹鍋を食わせてやる』と誘われた。
イノシシ狩りを見学した後に、俺は解体の体験をさせて貰ったことがある。
さすがに、この大きさの猪はやったことないけど……
「本当? とりあえず魔豚は、このナイフに水魔法を纏わせて、水で血を洗いながら解体するんだよ」
ピコラは俺に解体用のナイフを渡してきた。
「肉も水で洗ってしまうのか?」
ちょっと、俺の知っているやり方とは勝手が違うようだ。
「うん、血液に魔素が大量に含まれているんだ。そのまま食べると、魔素が強すぎて魔力酔いを起こすから、血抜きはしっかりやるよ」
ピコラの説明を聞く限り、血抜きの意味合いすら違うことに感心してしまう。
「魔力酔いは、食中毒みたいな感じか?」
命にかかわるのだろうか?
「体に悪いわけじゃないから、食中毒とは違うかも。でも頭がグラグラするし、かなり気持ち悪くなるよ」
ピコラは体験したことがあるのか、渋い顔をして嫌そうに首を振っている。
「なるほど? 酒に酔うのに似てそうだな」
俺が酒の話に例えると、
「ボク、お酒飲んだことないからわかんないよ。それより説明聞いて!」
ピコラはプッと膨れて、魔豚の解体の説明を再開した。
「最初はお腹の中身を出すんだけど、開けたらすぐ洗浄して、水魔法で中身を包んだまま、浄化して取り出したら保存できるよ」
丸洗いしながら、解体するんだな。
「その後は、肉も水魔法を使って解体してね」
ふむ、水魔法は出しっぱなしか。
俺の魔力は足りるのだろうか?
「とりあえず、内臓と皮を剥いでみて、俺の魔力に余裕があったら、肉の解体までやるよ」
この大きさだと、ちょっと大変そうだ。
「ユージン魔力量が大変? じゃあ、ポーションも渡しとくね」
ピコラから、またポーションの小瓶を貰ってしまった。
「なあ、このポーションって、買うと高くないのか? これって自分でも作れないかな」
自分で作れば、安くならないだろうか?
「値段は……まあ、それなりかな? ボクは属性的に無理だけど、治癒魔法が使える人なら作れるはずだよ」
治癒魔法か……
もしかしたら、俺にも使えるんだろうか?
「いつも貰ってばかりですまん。全属性なら頑張れば作れそうだよな? 今度アルプにでも聞いてみるよ」
ピコラに世話になりっぱなしなのは、大人として情けないからな。
「気にしなくてもいいのに。でもユージンがポーション作るなら、もしかしたら美味しくなるのかな?」
ピコラは、期待に満ちた顔で俺を見るが、
「どうなんだろうな? 余計な物を混ぜたら、ひょっとしたら効果がなくなるんじゃないか?」
きっと特別な作り方だろうし、下手にいじったら効果が消えるとかありそうだ。
「チェッ、残念だなぁ」
ピコラはガッカリしながら、引っこ抜いた苗を次々と鞄に入れている。
「とりあえず、魔豚の解体してくる」
俺は移動して、ピコラに借りたナイフに水魔法を纏わせると、魔豚の腹を縦に切り裂いた。
「洗浄、浄化」
血抜きがしっかりされていたから、血飛沫を浴びる事はなく、テキパキ作業が出来る。
水魔法で、モツを包んだまま、ごそっと空中に取り出した。
「念の為、もう一度浄化しておくか。浄化」
この時に、汚れや菌などを全て取り除くようにイメージをしながら浄化をした。
モツを確認してみたら、内面まで綺麗に洗浄出来ていたので、俺は満足して、水魔法を消し鞄に保存をした。
「モツ煮込みとかも、出来るかも」
見た感じ大きいけれど、知っているモツと気になるような差異はなく、鮮度が良いからなのか質は良さそうだった。
足元の土を高くして足場にし、高い所から水魔法を纏わせながら順に皮を剥いでいく。
「穴の深さを深くするか……」
水を流しながら剥いでいるから、足元の穴から水が溢れそうだ。
穴の深さを2mから3mに深くして、俺は解体作業を再開した。
「いい感じで丸裸だな」
俺は、魔豚の皮を綺麗に剥ぎ取る事が出来て、非常に満足だった。
「皮も使うのかな? 洗浄、浄化」
念の為、軽く処理をしてから鞄にしまった。
軽く、くらっと目眩を感じたので、ピコラに貰ったポーションを飲んでおく。
「ポーションは疲れも取れるし、すごいな」
いざ、肉を解体! とナイフを握ってみて、俺は思い付いた。
「これ、魔法で出来るよな?」
肉の部位ごとに、解体出来るはずだ。
「解体だけなら、確か、そんなに沢山の魔力は使わなかったよな?」
俺は魔豚の前に立ち、袈裟斬りのように、大きく手を振り、
「解体! 洗浄! 浄化! 収納!」
肉の部位ごとに切り分けて、洗浄と浄化をして、鞄に入れるまでをハッキリイメージする。
行動だけでなく、掛け声も出して、魔法の威力の底上げもしたのでバッチリだ。
肉が解体されたら、目の前には魔豚の綺麗な骨格標本が現れた。
「洗浄、浄化、収納」
骨も用途ごとに分類し、鞄に保存する。
「そのうち、とんこつラーメンも作れるかもしれないな」
俺は食材が増えたので、ホクホクしていた。
作業がすんなり終わったので、穴をふさごうと中をのぞいたら、
ゴボッ、ゴボゴボ、ゴボッ
穴に溜まっていた水が、穴の中心に向かって渦を巻いて減っていく。
ガババ、ガブブ、ゴボボ
「なんだ? 何かいるのか?」
渦の中に何かが蠢いているが、水の勢いに負けたのか、水が引いた頃には、ぐったりして気を失ったようだ。
よくわからない生き物は、魔豚の紫の血と泥にまみれていて、姿が把握できない。
「ピコラ! 穴の中に何かいたぞ! 死にそうだけど、このままでいいのか?」
俺の声を聞いたピコラは、素早く飛んでくると穴の中を覗きこんだ。
「うわっ、ドロドロだね」
ピコラはツタを使って、穴の中から何かを摘み出し、洗浄してから足元に横たえた。
「ガバル!?」
綺麗になった姿を見て、ピコラは驚いているが、知った顔なのだろうか?
倒れているのは、ピコラと同じくらいの子供に見えるが、よく見ると手が異形だ。
見た感じ、モグラの獣人だろう。
「あー、こいつ、めちゃくちゃ水に持ってかれてたけど……大丈夫かな?」
出来れば、救命処置はしたくないんだが……
「多分……大丈夫だと思うよ」
ピコラはそう言って、倒れている顔に——
ビチャビチャビチャ
追加で溺れるほどの水をぶっかけている。
「ちょっと、ピコラ! 溺れた相手になにしてるんだ!?」
追撃にも程がある!
「うん? ガバルには、コレでいいんだよ」
ピコラは遠慮なく、ザバザバと顔面に水を出しながら、面倒だと言わんばかりの呆れた目をしている。
「彼は、モグラ・マグラ族のガバル。水には強いんだ。大方、魔豚の血を飲み込んじゃって、魔力酔いを起こしたんだと思う」
——やっぱりモグラか。
ピコラは冷静に判断しているようで、更に水の量を増やしていく。
カガボガボガボ……グブッ、ガバァ!!
さっきまでぐったりしていたのに、水を掛けられることで、魔素が中和したのか、意識が戻り始めた。
しかし、ピコラによる更なる追加の水で、ガバルは溺れたのか、じたばたしだした。
「テメー! 何しやがる!! 死ぬぞ!?」
俺に向けた怒声と共に、モグラ・マグラは飛び起きた。
「ガバルはバカだから、一回死ななきゃわかんないだろ!」
ピコラはそう言って、ガバルに向かって再度放水した。
「うげ! ガボボ、ブァ!? な? ピコラじゃねーか! ガボガボ、おい! やめろって!」
ガバルはピコラに気づいたけれど、足をツタで固定された状態で、顔を狙った放水を止めてくれないから、全く話が出来ない。
「ピコラ、かわいそうだぞ?」
ガバルは、災難続きじゃないか……
「少しは懲りたらいいんだ。ガバルはどうせ、魔豚の魔素が欲しくて、わざと血だまりに顔を入れたんだ。くらくらするのが楽しいってよく言ってる」
血だまりに顔を入れるのは、さすがに——
「悪趣味だな……」
クラクラするのが楽しいだなんて、危険ドラックに手を出す若者みたいだ。
「いつか事故にあうからって、いつも止めていたんだよ。まだこんなことして……」
ピコラは更に水圧を高め、顔に向かって放水をした。
「ピコラ! ごめ、ゴボッ、ごめんて! もうしないから、ゴボボッ、ゆるして!」
ガバルは必死にピコラに許しを乞うている。
ピコラは心配しているのだろう。仲の良い友人なのだろうな。
「ピコラ、お前の友達なんだろう? 紹介してくれないか」
俺はピコラが落ち着くように、穏やかに声を掛けた。
「……ユージンがそう言うなら。ガバル! ユージンのやさしさに感謝するんだよ!」
ピシャっと言いながら、友人が危険な行為を楽しむ事をまだ許せないのか、ピコラはツタでぐるぐる巻きにして、ガバルを転がしていた。
ピコラには、今後逆らうの辞めておこう……




