鑑定と森の恵み
カーテンのない窓から差し込んでくる、朝日の眩しさで、俺はすっきりと目が覚めた。
「なんて、すがすがしい朝だ……こんなに爽やかな目覚めは、いつぶりだ?」
ベッドの上で、ぐっと背伸びをして立ち上がり、肩をぐるぐる回しながら部屋を出る。
「おはよー……あれ?ピコラはいないのか」
リビングを見渡すが、ピコラの姿がない。
「畑か?朝から働き者だな」
俺は、口腔内を魔法で洗浄し、目覚めの儀式に、キッチンにある水道の冷水で顔を洗った。
「今日は森で散策だよな?せっかくだし、弁当でも作るか」
朝ごはんは、昨日のニョッキでいい。
今は、外で食べやすい物でも作ろう。
「パンがあったら、サンドイッチでも作るんだが……」
俺は、食材庫の代わりになったカバンの中を覗き見た。
「うーん、結構食材が偏ってるよな」
鞄の中から、半分ほど残っているシュクレルートと、ランバグラス、魔豚を出した。
「葉物野菜を、昨日のうちに、ピコラに習って何か育てればよかったな」
少し迷った後、作るものを決めた。
鍋に、小麦粉と塩と水とオリーブオイルを入れ、よく捏ねたら、ひとまとまりにして、少し時間を置く。
「生地の待ち時間に、フィリング作りだな」
魔豚の燻製を柵切りにして、フライパンで色が変わるまで軽くあぶる。
「この燻製、本当、いい香りだよな」
燻製から出た油で、シュクレルートの薄切りとランバグラスを炒め、小麦粉を少し振り入れ軽く火を通す。
「シュクレルートの見た目は大根に似てるけど、大根はそもそもあるのだろうか?」
粉が馴染んだら、ミルクを少し注ぎ、火を通しもったりさせ、塩コショウで味付けをする。
「ピコラの畑も、きっと知らない食材ばかりだろうな」
粗熱を魔法で取ったら、フィリングは包みやすそうにぽってりした。
「よし、包むぞ」
台に打ち粉をして、生地を等分にカット。
伸ばした生地にフィリングを乗せ、半円状に包んで、フォークで縁を潰しくっつける。
「オーブンは……外だよな。部屋には天板もないし、フライパンでやるか」
屋外キッチンに行くのが億劫だったので、手間がかかるけど、フライパンで焼こう。
フライパンにオリーブオイルを敷いて、包んだものを並べていく。
「後は、じっくり焼けばよしだな」
俺は、焼いている間に在庫の確認をした。
「粉物とオリーブオイルが、かなり少なくなったよな……」
大きな袋に入っていたとはいえ、昨日は大人数分作ったから、残りが少ない。
「そろそろ、いいな」
ぴちぴちと、生地が焼ける音がして、香ばしい香りが漂ってきた。ひっくり返すとこんがりと綺麗な焼き色がついている。
「よし、後は裏面を焼けば完成だ。食べる時に何か包める物はあるかな?」
探してみたところで、耐油紙やアルミホイルなど、包めそうなものはない。
「しまった、すっかり忘れていたな。少し冷まして、手で持てる状態で保存するか」
焼きあがったけれど、このまま保存すると、ピコラは熱くて持てないだろう。
「どれ、味見でもしてみるか、アチチ……」
俺は、出来立ての包み焼きを半分に割って、ハフハフと熱を逃がしながら頬張った。
「ん、素朴で旨いな。さすが俺」
上等な仕上がりに自画自賛していたら、
「ただいま。いい匂い!ってユージン!なにそれ?!ピコラにもちょーだい」
ピコラがぴょんと飛び跳ねて、慌ててこっちに寄ってきて俺に手を出す。
「ピコラ、手洗えよ」
俺は味見の半分をピコラにかざしながら、まずは手を洗うように促した。
「洗浄!」
ピコラは全身に洗浄魔法をかけて、再度手を伸ばして催促をしている。
「熱いから、気をつけろ」
ピコラは味見用の包み焼きを受け取ると、フーフーと息を吹き表面の熱を冷ました。
「いただきます!アツッ、アフッ、ンマ!ング。サクサクトロトロで美味しー!!」
ピコラは、その場でくるくるまわり、美味しさを表現しながら、小躍りして喜んでいる。
「はは、それは今日の昼の分だ、朝は昨日の残りもんだよ」
包み焼きは、いい感じに表面が冷めたので、皿ごと鞄にしまった。
「わぁー!昨日の残りって、あの、もちもちのやつ?食べる!!」
ピコラは、棚からさっとカトラリーを取り出すと、ソファーテーブルの横に移動して、すでにスタンバイをしている。
俺は、ピコラが料理を心待ちにしている姿を見て、思わず顔がにやけてしまった。
***
朝食を食べ終えた後、俺の事を案内しながら森に入って行くピコラは、足取りも軽やかに前を進んでいく。
「あ~、早くお昼にならないかな~サクサクのトロトロ〜」
いい感じの棒を手に持ちながら、コンコンとリズミカルに木を叩き、歌うように昼食を待ちわびている。
「さっき食べたばかりだろ?」
俺は、そんなピコラに突っ込みつつ、呑気に景色を眺めながら、森の中へと進む。
森と言っても、この辺りの木はあまり背が高くないためか、木漏れ日が明るい。
安全なのもうなずけた。
「ピコラ、目的地は近いのか?」
かれこれ、30分は歩いただろうか?
「もうすぐ着くよー、あ、ほら、ここだよ!」
タッと走り出したピコラに、つられ付いていくと、急に視界が開けた。
「おおー、スゴイな……」
そこには、色とりどりの果実や、実のなる野菜たちが、あちこちに群生している。
「ここは、おじいちゃんの畑だったんだ。でも、もう誰も使わないから、全部苗として、新しい畑に持っていく」
そう言って、ピコラは腕まくりをした。
「でも、こんなに沢山の世話するのに、ピコラの魔力は大丈夫なのか?」
畑の広さ的に、魔力を撒くのは大変じゃないだろうか?
「うん、魔力を撒くのは毎日じゃないし、大丈夫な範囲しか畑作ってないから平気だよ」
ピコラは計画性もあるらしい。
子供なのに仕事は出来るんだよな……
「とりあえず、ユージンは食べごろの果実を先に取ってくれる?未熟なのはそのままね」
ピコラから収穫を命じられ、目の前の赤い実に目を向ける。
「ピコラ、収穫時の注意点はあるか?」
何が起こるか分からないから、とりあえずピコラに聞いてみたんだけれど……
「ユージン、鑑定能力あるんだから、一旦、自分で調べて!」
と怒られてしまい、ごもっともだと思った。
「鑑定」
俺は、目の前の赤くてつるっとした果実に、鑑定をかけた。
■ パミドル(赤はトマトに類似)
成長過程において、色や形が異なる。
色によって味、食感が変わる。
赤は甘みと酸味のバランスが良い。
□ 使い方
そのままでも美味しい。
煮ても焼いても美味しい。
*備考
風魔法で採集しないと、溶けて使えなくなってしまうので注意。
「溶けるのか……危なかった。無駄にするところだったな」
しかもこれは、色で種類が違うらしい……
鑑定したら、黄色はパプリカに似ていて、緑は見た目もそのままピーマンだった。
「異世界では同じ苗から、トマトとピーマンが取れるのか……」
何とも不思議だが、ある意味便利なのかもしれないな。
採集しようと、魔法をイメージしていたら、
ガザガザガザ、メキメキ
何か大きな物音がした。
「ユージン!魔豚だ!隠れて!」
ピコラに言われ、咄嗟にその場にかがんだ。
ドシンドシン バキバキパリッ
足音がだんだん近づいてくる。
「きっと、畑の野菜を食べに来たんだ」
いつの間にか、ピコラが隣まで来ていた。
「アレどうする?このまま隠れたままで見過ごすのか?」
それはそれで、もったいない気もする。
「まさか、絶対捕まえるよ。ほら、あの木の間見てて」
ピコラの指示した空間を見ると、立派な魔豚が地面をふんふん臭っている。
「あいつら、襲い掛かる前に、前足で4回地面を蹴るんだ。ボクがおとりになるから、狙ってる間に穴に落とそう!」
ピコラは自ら囮になるつもりらしい。
「本当に大丈夫なんだよな?」
俺は心配になり、ピコラに尋ねた。
「大丈夫だよ。ユージンがもし失敗しても、その時はボクに任せて!あ、ほら、来たよ」
ニコッと笑顔を見せた後、ピコラは勢いよく立ち上がり、
「やーい!こっちだよ~!」
ピコラは大声を上げ、魔豚に向かって手を振り出した。
俺はピコラにつられて立ち上がった。
ブフ、ブフ、ブモー!! カッツカッツ
魔豚は俺たちを認識し、一声あげると、前足で地面を2回蹴り始めた。
その姿を見た俺は、慌てて魔豚の地面を凝視し、手を振り上げた後——
「落下!」
勢いよく手を振り下ろし、魔法を発動した。
ズズズ、ズゴーン!!ガラガラ……
「ユージン!ナイス!」
魔豚は一瞬で落下した。
落ちたのを確認しに、ピコラが穴に向かって飛び出した。
「やったのか……?」
俺は、恐る恐る近寄って穴を覗き込んだ。
「ユージン、イイ感じだよ!でも、ちょっと深すぎるかも」
俺は恐れのあまり、かなり深くしてしまったらしい。
穴は予定より、倍の深さはあるだろう。
「これ、どうすればいいんだ?」
魔豚は、ショックで気を失っているようだ。
「ん、これはね、こうやればいいんだよ」
ピコラが「エイッ!」と掛け声をかけたら、ピコラのツタは魔豚の足に絡みつき、
ズ、ズズズと、魔豚は徐々に持ち上げられてきた。
「いつ見ても凄いな……」
力持ちだな、なんて呑気に見ていたら、
「ユージン!首!首切って!」
ピコラに鋭く命令されたので、俺は念のため作っていた槍を手にした。
「スマン。隅々まで美味しくいただくから、どうか許してくれ」
手を合わせてお祈りした後、魔豚の首元に槍を深く突き付けた。




