地に足つけて始めよう
「あーっ!!フリーゲン見て!家の横になんか出来てるよ」
バサリと風を切る羽音と共に、ピコラの驚きに満ちた叫び声が聞こえてきた。
「お、丁度戻って来たな。おい、ピコラ!今から昼飯食うぞ!」
マハトが、屋根の外側に顔を出し、ピコラを迎えに行った。
アルプも立ち上がり、フリーゲンの元まで走っていった。
「あらやだわぁ、どんな子なのかと思っていたら、ずいぶんと可愛らしい、うさぎちゃんじゃないのぉ♡」
ジェリコはピコラを見て、両手の拳を顎の下に添えた状態で、くねくねブニブニと全身の肉を揺らしている。
「ジェリコは、ピコラとは、会ったことはないのか?」
もしも初めてなら、ピコラが恐怖で泣かないといいが……
「あの子には会った事ないわねぇ〜。アタシがここに上がってくる時は、マハトは別として、いつも誰もいないもの」
マハトとは、やっぱり定期的に会っていたのかもしれないな?
「ジェリコ、初めてだよな?こいつはトビ族のピコラで、今あの家の持ち主だ。挨拶できてよかったな」
マハトの後ろから付いてきたピコラは、ジェリコを見た途端、ガチッと固まった。
——だよな?子供にはちょっと怖いよな
マハトに背中を押され、よろよろと一歩前に出たピコラは、
「も、もしかして、あの、半魚人のジェリコさんですか?!」
ピコラは、固まった後、興奮したときと同じく顔を紅潮させ、キラキラした瞳でジェリコを見詰めている。
——待て、なんだその目は?
「ピコラは、ジェリコを知っているのか?」
思っていた反応と、余りにも違ったので、俺は驚いてピコラに話しかけた。
「知っているも何も、ジェリコさんは"超有名人"だよ!!ボクの憧れの人だよ!」
ピコラは、その場で足踏みをするくらい、そわそわと落ち着かない様子だ。
「憧れ?ジェリコを?」
フリーゲンへの憧れといい、身体の小さなピコラはきっと、強さに憧れがあるのだろう。
俺の中で、認めたくない気持ちと、なんとなく理解できる気持ちがせめぎあっている。
「あら〜ん♡ピコラったら、よくわかっているじゃな〜い!嬉しいけれど、初めましてのご挨拶が先よ?」
ジェリコは、微笑みながらも、子供に対する教育は怠らないタイプのようだった。
「ハッ!しつれいしました!ボクはトビ族のピコラで、この家の継承者です。これからよろしくお願いします!」
ピコラは頭を下げ、ちゃんと挨拶をした。
「はぁ〜い。よくできました。アタシの事は知ってるわよね『半魚人ラマンティーヌ』のジェリコよ。ピコラは可愛いから、ジェリたん♡って呼んでいいわよ」
くねっと体を傾けて、ピコラにジェリたんと呼べと言っている……
やっぱり、殴ってもいいだろうか?
「ジェリたん♡えっと……挨拶に抱き着いてもいい?」
何とピコラは、果敢にもジェリコに抱擁をしようとしている。
「いいわよぉ♡いらっしゃい」
ジェリコはブンと両手を広げ、受け止める姿勢になった。
それを見たピコラは、勢いよくジャンプしてジェリコの胸(腹)に飛び込んだ。
「やったー!!わーい!ジェリたん、すごいふわふわだ~」
飛び込んだピコラを、抱きとめたジェリコの肉がポヨンと波打った。
「んもぅ!ピコラったら、可愛いぃ!!これからよろしくね?あら、ユーちゃん。あなたもアタシとハグするぅ?幸せにするわよ♡」
軽々とピコラを肩(首)に乗せたジェリコは、俺を見ながら片手を広げると、バチンとウインクをしてきた。
「ジェリたんは、すごくふかふかで気持ちいいよ!ユージンもハグしてもらいなよ」
ピコラは無邪気にジェリコとのハグを進めてくるが、申し訳ないが考えたくもない。
キッチンの中に入ってきて、俺の横で笑いをこらえているマハトにムカついた。
肘を勢いよくぶつけてやったが、鍛え方が違うのか、全くのノーダメージだった。
「俺は間に合っているから、ピコラがジェリコにいっぱいハグして貰うといい」
俺は、ピコラとジェリコを見るのを止めた。
アルプに目を向けてみたら、丁度戻ってきて、席に着いたところだった。
「あれ?フリーゲンは?」
さっきいた場所にフリーゲンがいない。飛んで行ってしまったのだろうか?
「いえ、ここにいますよ。フリーゲンもユージンのご飯が食べたいというものですから、小さくなって貰いました」
アルプは、自分の隣を指さしているが、カウンターのせいでよく見えない。
「小さく?どういうことだ?」
俺は、体を伸ばしてキッチンからカウンターをのぞき込んだら……
「ユージン、ゴハン、タベタイ、イイ?」
カウンターテーブルに、高さ30cmくらいのフリーゲンがしっぽを振っていた。
「おまえ……小さいと、なんかめちゃくちゃかわいいな?」
首をかしげた姿が、圧倒的にかわいかった。
「アリガト、ゴハン、イイ?」
フリーゲンはそんな事よりゴハンらしい。
「いいぞ、皆と一緒に食べような?食べれないものはあるか?」
火を噴くドラゴンて、普段何喰ってるんだ?
「ナイ!ナンデモ、ダイジョウブ」
そわそわしているドラゴンに、心をもっていかれつつも、皆に料理をふるまう時間だ。
「マハト、はやく席に就け。料理を出すぞ」
俺も、もう待ちきれないんだ!
早く、皆に食べさせたい!
「ああ、すまない。でも、本当に手伝わなくてもいいのか?」
マハトは、申し訳なさそうに訪ねてくる。
「大丈夫だ、慣れている」
俺はニヤリと笑うと、ピコラとマハトが席に着いたのを確認した。
——営業開始だ。
俺は、分厚いガラスのコップに、皆の飲み物を満たす。
コトリ、コトリと、カウンターにドリンクを並べていく。
「ドリンクは、クリンウッド水になります。少々酸味がありますので、苦手であれば、砂糖をお入れします。お気軽にお申し付けください」
料理の説明をし、次を出そうとしたら
「ユージン!カッコいい!」
ピコラがパアアッ!と万遍の笑顔になった。
「おお、なんか、高級店に来たみたいだな」
マハトは、少し姿勢を正した。
「なんと、自然な……やはりユージンは有能なのですね」
ここに来てアルプから、尊敬のまなざしを貰えた。
「はは、仕事の顔ってやつですよ。どうぞゆっくりお楽しみください」
なんだか気恥ずかしくて、営業モードのままで対応していたら、
「は~ん♡まさか、ユーちゃんがアタシの理想の王子様……」
ジェリコが目を♡にして熱い視線を送ってきているが……無視だ。
「コレ、ウマイ、オカワリ、イイ?」
そんな中、フリーゲンはマイペースにドリンクを飲んで、オカワリを所望した。
「大丈夫ですが、あまり飲みすぎると食べれなくなりますよ」
そう言って、フリーゲンのグラスに半分だけ注いでやった。
「最初の品は、新鮮素材の直火焼きです。素材そのままの味を損なわぬよう、じっくり火を通しました。大変熱いので、お気を付けください」
皆の前に、カニ、エビ、シビレマス、ドンパーチを、少しずつ盛りつけた皿を出した。
「4種の中に気に入ったものがあれば、お伝えいただけましたら、後に大きなままで、ご提供させていただきます」
色々食べたい人と、お気に入りを食べたい人がいるだろうから、最初は味見だ。
「いや~ん!何よこれ!あたしの今まで食べていたものって何だったの?え?ゴミ?」
ジェリコは直火焼きは気に入ったようだ。
「うーん、シンプルに旨いな。焼き方がいいのか?俺じゃこうはならんぞ」
マハトは、うなりながら食べている。
俺は、腹の底からこみ上げる気持ちに、思わず叫びだしたくなったが……
まだ始まったばかりだと、ぐっと堪えた。
「……火加減の違いと、塩の塩梅かと思われますよ。後でお伝えいたしますね」
俺は、皆のお皿の進み具合を見ながら、これだけで満腹になって貰っては困るので、次の皿を出した。
「お次の皿からが本日のお料理の本番です」
——さあ、楽しんでくれ
「こちら、ヴィアジのポタージュです。召し上がる前にドリンクで口内をリセットすると、味が混ざらなくなるのでお勧めですよ」
真剣に魚を食べていた皆は、ふわりと漂う優しい香りに顔をあげた。
焼き魚とポタージュなんて、基本的には、本来なら一緒に食べない。
直火焼きは、料理を食べた事がないジェリコの為だから、今は気にしちゃだめだ。
「ふあ~」
「ほう?いいな」
「ふう、素晴らしい」
「ウマイ」
「はぁ~ん♡」
皆うっとりしたり、目を閉じたり、身をよじったりと、表現は様々だ。
——そうだ、その顔だ。
俺の料理を、食べてくれてありがとう。
「お次はメインの品と一緒に、2品同時にご提供させていただきます」
俺は、大皿にワンプレートにして盛られた皿を、各自の前に置きながら
「こちらは、ガーリックスコンパリーレと、アルプ様からのご提供と、リクエストにお応えした、メインの品、シュトロームのクリームニョッキとなります」
俺が料理を配膳した後は、会話をする者は誰もいなかった。
誰もが真剣に料理に向き合って、大切そうに口に運び、恍惚として咀嚼し、飲みこむ事を惜しみながら皿の中が空になるまで、
その行為は粛々と続き……
なくなった後も、皆、魂が抜けたような顔をしていた。
——これ以上の幸せ、他にあるだろうか?
「デザートまでが、一連の流れとなります。一旦、お出ししてもよろしいでしょうか?」
絶対皆まだ食べれると思うが、ここは、流れでデザートまで食べて欲しい。
「ああ、頼む」
真っ先に意識を取り戻したマハトの許可を得て、皆の前にデザートを置いていった。
「こちらは、クリームレモンのアイスです。お口の中を優しく癒してくれますよ。冷たいので、少しずつお召し上がりください」
目の前に提供されたアイスを見て、皆ハッとし、そっと、宝物に触れるように、アイスの器を手に取った。
俺は、すべての料理を出し切ることが出来ただけで、満足で既に泣きそうだった。
「ふはあぁ……」
「おおぉ……」
「はふぅ……」
「ああ、もぅ♡……」
「グルグル……」
皆揃って、頭を振ったり、口元を押えたり、目元に手を当てたり、やっぱり様々な動きをしている。
それを見ることができて、俺は幸せだ。
もう一度、ここから、地に足をつけて料理と向き合おうと、心から思えた。
——器は、もうちょっと考えなきゃだな。
なんたって、木の小鉢だ。悪くはないけど、もう少しレパートリーが欲しいな。
皆、それぞれ食べ終ったのに、いつまでも器をのぞき込んだり、味を反芻しているのか遠い目をしている。
「ユージン、素晴らしい料理の数々で幸せだった。こんなに美味い物を食べたのは、長年生きてきたが、初めてだ。ありがとう。本当に美味しかった」
マハトが、代表するかのように、賛辞の言葉をかけてきてくれたから……
俺の涙腺は、そこで決壊した。




