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異世界リストランテ『ピッコラ』  作者: 黒砂 無糖


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旅立ちの時

毎週土曜日19:00投稿します。

 登城した日より遡った、ある日の事


***



「あー!!今日も客が来ないっ……!!」


 磨き抜かれたステンレスが輝くオープンキッチンには、一枚板で作られた、銀杏の木のカウンターが、向き合って備え付けてある。


 俺は、そのカウンターの高椅子に座り、机に寄りかかると、だらしなく頬杖をついた。


 格子窓にはまった、歪んだアンティークガラス越しに、呆けた目でぼんやり人波を追う。


 外では雨が急に降りだしたのか、頭に手を翳し走る人、慌てて折り畳み傘を開く人が、早足に店の前を素通りしていく。



「雨宿りいかがですかー、空いてますよー」


 俺は気怠く、聞こえる事のない声量で、呼び込みじみた言葉を、口先だけでぼやいていた。



 俺の名前は 倉持 遊人



 俺は……2年前、脱サラした。



 趣味の料理を活かすために、18歳から役15年勤めた『飲食業のコンサルティング会社』の営業の仕事を思い切って辞めた。


 営業だった頃は、担当の店に戦略的アドバイスをしたり、スタッフ教育に口を出したり……



 店を流行らすなど、俺には簡単な事だった。



 そんな俺が、持っていた知識を総動員して、自分の店を立ち上げたんだ。



 創作イタリアン『ピッコラ』をオープン。



 オープン前から来客の足掛かりに、俺はSNSを通じて、店の期待値と集客の仕込のために、映える料理を度々発信していた。


 地道に地域紙や、新聞にも広告をだしたり、駅前でクーポンの配布もした。


 ——あの時が、一番楽しかったかもな。


 おかげでフォロワー数も着々と増えてさ、グランドオープンの時は、行列ができたんだ。


 その後も、俺の計画通り、俺が作った映える料理はめちゃくちゃ流行った。


 日を追うごとに、店の前にはテーマパークみたいな行列だって出来ていたよ?


 充実した毎日。そのはずだったんだ……


 でも、ある時、ふと、自分のやってる事の虚しさに気付いてしまったんだよ。




 暖かい料理を出しても、皆、写真に夢中。


 ——せっかく暖かいまま出したのに。

 


 沢山注文して、写真だけを撮る。


 戻って来た皿の上は、質量はそのままに、グチャっと崩れている


 ——俺の料理は、食えないって事か?


 

 「こんなに残してもったいない。ごめんな」


 俺は下がってきた皿の、料理だった物達に謝りながら、毎回ゴミ箱に捨てていたんだ。


 まだ心を込めて提供していた当初は、そんな料理達を毎日のよいたに見ていたから、本当に悲しくなったんだ。



 そんな時、ふと、営業時代に、セミナーで流行らす為の経営戦略を教えたら、嫌な顔をした経営者が何人もいた事を思い出した。


 そんな経営者達は「無理してまで流行らなくてもいいんだ」と口を揃えて言っていた。


 当時は意味がわからなかったが……




 ——今なら、あの人達の気持ちが分かるな


 当時は、店が流行って、売上げが上がりさえすれば良いと思っていた。


 自分の店もそのように考えていたからこそ、人気店にはなったんだけど……


 俺はちょっと、調子に乗りすぎていたな。


 商売の本質が分かっていなかったんだ……





 「料理は、お口に合いませんでしたか?」


 一度意を決して、カウンターでワンプレートランチを頼んだけど、ほとんどの料理を残した女性グループに、レジで声を掛けてみたんだ。


「えー?だって、全部食べるとか太るから」

「飾り野菜とか、食べないよね?」

「この後にスイーツ食べに行くし無理」



 俺が心を込めて作った料理を……



(ふざけんなよ。俺の料理を食わないならくるんじゃねぇよ、ブスが!)




 この時、俺は心底客に幻滅したんだ。


 ——でも、人は慣れてしまうんだ。




 だから、俺はだんだん、料理の手を抜くようになってしまったんだ。


 こだわったって、誰も気にしない。


 暖かい物を美味しいタイミングで出しても


 ——どうせ、味なんか気にしないんだろ?


 お前らは、黙って金だけ落とせばいい……




 そんなある時——


 ギャーギャーとハイテンションで騒ぎながら写真を撮っていた、周りの迷惑を全く考えない"やかましい集団"に俺は注意をしたんだ。



 ——それが、発端だった。



「……食べないなら、帰ってくれないか?」


 あまりにも騒がしくて、俺はいら立ちが募り、つい、カウンターにいた客に、本音を溢してしまったんだ。


 そうしたら——


「はあ? 客に向かって何言ってんの?」

「何コイツ、キモッ」

「えー、うざいし帰ろ」

「ムカつく、写真ダメとかありえんし」


 えっと、まあ、お察しの通り、彼女たち以外の客もほとんど撮影がメインだったわけで……


 もちろん、その日を境にSNSで、誹謗中傷の嵐お祭り騒ぎの総叩きに遭ってしまい


 全力で火消しに走っても無駄だった。


 努力して流行らせたはずだったのに……あっという間に、誰も来なくなったんだ。




「今日も……客は0人……」


 今、店は閑古鳥が鳴いているわけで……



 初めから横着せず、料理にこだわりを持って、正しく料理に向き合っていれば良かったんだ。



 目先の利益と流行りに踊らされ、上っ面だけのカッコつけに走ったせいで、俺は沢山の食材を無駄にしてきた。



 ——バチが当たったんかな。



 見た目ばかり派手にすれば満足だろうと

 ろくに食べない、味も分からない奴らに、

 繊細さはいらないと、俺は決めつけた。


 「あんな奴らのために、頑張りたくもない」


 俺は、手を抜くようになった。


 最近は、味のバランスなんて二の次だった。


 常に撮影に映える彩りと、目新しさだけに注力していたんだ。


 金さえ払えば、なんでもいい。


 俺は、そんな傲慢な仕事をしていたんだ。


 その結果。気付けば俺の店には、今さら拭うことが出来ない、残酷な評判がついていた。


『見た目だけの高くて美味しくない料理』


 後悔したって始まらないよな。


 一度ついた悪評は、インターネット上に永遠に、店の評価として残り続ける。


 「ちょ、誰だよ!?勝手に晒した奴!!」


 店と俺に対しての不満と、少しの悪意を持った客が、店名と俺の写真を、ご丁寧に掲示板に晒してくれたんだ。


 もちろん、こちらもしっかり炎上したよ。


 仕入れ先からも渋い顔をされるし、近所の薬局のレジですら、冷たい目を向けられた。


「勘弁してくれよ……」


 身から出た錆とはいえ、さすがに顔を晒すのはやりすぎだろと今でも思うよ。


 だけど俺は、自分の傲慢さから、料理の腕だけじゃなくて、信用まで失っていたんだよな。





 「今から、立て直しは難しいよな」


 外の雨は段々激しくなり、遠方からゴロゴロと雷鳴が聞こえてくる。



「よし、今日は、やめだ!」


 この雨だし、どうせ待っても誰も来ない。


 俺は開店直後にも関わらず、さっさと店を閉め、入り口の鍵を閉めて、作業台の上に準備してあった食材を全て片付けた。


「ははっ、全く使ってないから、片付けがめっちゃ早いわ」


 情けなくて……笑っちゃうよな。


 表に出してきたけど、今日も全く追加しなかった予備の調味料たちを、これまた使わなかったステンレスの大鍋に入れて裏に運ぶ。


 ——すぐに使わないなら、邪魔なだけだ。


 鍋を運ぶ途中に、フックに引っ掛けてあったレードル(お玉)に、うっかり頭をぶつけた。


 レードルはクルッと回転して、手元の鍋の中に綺麗にパスっと入ってきた。


「ナイスキャッチ!」


 自分で言ったくせに、腹の底からじわりと、虚しさが湧き上がってきた。


 はぁ、なんだかなぁ……


 自分の能天気さに呆れるな。


「あ、蓋忘れてら」


 俺は一旦、鍋を作業台置きキッチンに戻ると、台の上に置き忘れていた鍋の蓋をつかむ。


 ふと、奥のナイフスタンドに置かれた、出刃包丁が視界に入る。


 この包丁は、長年使い続けた俺の相棒だ。


「……研ぐか?」


 こんな日だ。包丁とゆっくり向き合うのもいいだろう。


 俺は包丁を布巾で丁寧に包み、引き出しに入れてあった砥石を掴むと、作業台に置いていた大鍋の中に一緒に入れた。


 鍋の蓋は閉まらないけど、調味料の上に乗せたまま、ストック棚に向かった。


 雨がかなり酷くなってきたのか、外からバチバチと打ち付ける水音がしている。


 雷雲のスピードが速いのか、いつの間にかガラガラと雷の音もかなり近くなっている。


 ——停電するかな?


「ろうそく、一応出しとくか?」


 俺は、一旦鍋をストック棚の中段に置き、屈んで下段に設置してある引き出しから、マッチとろうそくを取り出す。


 その場で立ち上がると、その二つを、とりあえずエプロンのポケットにねじ込んだ。


 もう一度鍋を抱えなおして、順番に調味料のストックをしまおうとしたその時——



バリバリバリバリ!! ピシャドガーン!!


 店全体に真っ白な光を叩きつけられた。




 何だ? 雷か!!マズい、何も見えない!



 やばいやばいやばいやばいやばいやばい!




 目をギュッと閉じ、手にしている鍋に必死に縋りつき、俺はじっと、屈んだままうずくまっていた。




 ……あれ? 雷の音がしない。


 もう大丈夫か? とあたりを伺うために、そろりと顔を上げてみたら——



 前方に、よくわからない物?があった。



 なんて言うか……



 空間に、破れて裂けた様な形の板? 



 その歪んだ形の板は。俺の身長よりは小さくて、真ん中がモヤモヤと揺れている。



「何だ? コレ」


 鍋を抱きしめたまま立ち上がり、板の後ろをその場から覗いて見ても何もない。




 ——明らかに、怪しいよな?


 迂闊に触るわけにもいかないから、少し離れて様子を見ていたけど、特に変化は感じない。


「……これ、触っても大丈夫か?でも、こんなところにあると邪魔だよな?」



 俺は相変わらず鍋を抱えたまま近寄り、板の周りを、恐る恐る観察してみた。



「ん? さっきより小さくなっ……!!」



 歪んだ形の板は、急速に空間いっぱいに広がり、反動をつけシュンと一瞬で消滅した。





 歪んだ板が広がった際に、空間内にあった物は、全てその板に飲み込まれたんだ。





 後から知ったんだけど、それは、時空の歪みだったらしい。


 なんだよそれって思うよな?俺もそう思った。


 ブラックホールのような物とでも言えば、分かって貰えるかな……




 ——え、何で知っているかって?




 だって、その時空の歪みに、俺も一緒に飲み込まれたからだよ。


 

第一話を、読んで頂きありがとうございました。

もし、話の続きが気になったら、ブクマしてください!

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