夢魔の羊は有能だった。
以前は人の国の王城にも出入りしていたと、マハトは平然と話をしている。
ジェリコはそれを聞いても、何も感じていないのか、そんな事よりも、彼女は目の前のキッチンに興味津々のようだ。
「……マハトはもしかして、城に出入りするのが当然の立場なのか?」
俺は独り言を呟いたが、声が小さかったからか、誰に気付かれなかった。
ジェリコは、キッチンを相当気に入ったのか、ペタペタとキッチンを撫でている。
「オシャレなキッチンって乙女の夢よねぇ〜♡ あたしたちの所でも作れないかしら?」
乙女の夢だったらしいが……さすがに、洞窟内で火を使うのは無理じゃないか?
「ジェリコの棲家は、洞窟なんだよな?」
それとも、この世界は魔法があるから、一酸化炭素中毒にはならないのだろうか?
俺は、大丈夫な可能性があるのかと思って、確認をしてみようとしたが……
「お前たちの家は洞窟だろう?これは換気が出来ないところで使うと、死ぬぞ?」
マハトは、自称乙女に対して、遠回しに否定する優しさなどは、持ち合わせてないようで、
ジェリコの乙女の夢を、真っ向から木っ端微塵に打ち砕いていた。
——マハトは……色々と凄いな。
こちらの常識と、ジェリコの扱いをしっかり覚えないと、俺、いつか事故りそうだよな?
「え〜そうなの?やだぁ怖ぁ〜い。それなら、やめておくわ」
ジェリコは、マハトから現実を突きつけられると、あっさり引き下がった。
基本的にジェリコ達は、丸ごと食べるから、キッチンは無くても問題ないのだろう。
「お前がここに来て作ればよくないか?作ったものを持って帰ればいい」
マハトは、カバンの中から次々と、大きいサイズの鍋を取り出している。
——普段から鍋を持ち歩いているのか?
「確かにそうねぇ、ユーちゃん、コレ、たまに貸してね?」
ジェリコはキッチンを使いにくるみたいだが、そもそも使えるのだろうか?
「……水生生物が、火を使えるのか?そもそも、傍にいても平気か?」
余り良いとは思えないよな……
ジェリコはさっきも助けてくれたし、少しくらいは恩を返さないとな。
「言ってくれれば手が空いている時なら、材料をくれたら作るぞ?」
めちゃくちゃ沢山食いそうだから、材料を持ってきてくれなければ困るがな。
「まあ♡ ユーちゃんたら優しいわねぇ。んもう!好きになっちゃうわ〜」
ジェリコは、拳を上下にハッスルしているので、弾むように体が揺れている。
縦揺れのせいで着地する度に。顔まで肉がせり上がっては落ちている。
「それは……断る」
本当は声を大にして言いたいが、マハト曰く繊細らしいので、小声で留めておいた。
内容に変わりはない。
「あらぁ、振られちゃったわぁ。あたし悲しいから、追加で食材見てくるわね〜」
そう言ってジェリコは、ヨヨヨと、泣くふりをしながら水の中に戻って行った。
まだ食材の追加が来るらしい。
「マハト様〜!これは、こちらでよろしいでしょうか?」
アルプが、短い脚でトトトトと走ってきて、マハトにポーチを渡している。
もう帰宅の準備をしていたのだろうか?
「ああ、これでいいだろう」
マハトはポーチの中身を確認して、満足そうに頷いた。
……次はいつ頃会えるんだろうな?
「ユージン、おまえの荷物で足りないものはないか、確認してくれ」
先程アルプから受け取った、腰に下げるポーチを、マハトは俺に渡してきた。
「え、俺の荷物?」
俺はポーチを受け取ると、5つ連なるポーチの中身を、それぞれ確認してみた。
1のポーチ
コックコート・エプロン
2のポーチ
鍋・レードル・キッチンハサミ・ろうそく・マッチ・保存袋
3のポーチ
砂糖・塩・小麦粉類・レモン100%果汁・ブラックペッパー・オリーブオイル・ワインビネガー・おろしニンニク・ホールトマト缶
4のポーチ
ヴィアジ・ランバグラス・ルーチェグラス・クリンウッド・ルレグラス・シュクレルート・クナール・ソリッド
5のポーチ
魔豚の燻製・シビレマス切り身・ドンパーチ切り身
どうやらアルプがポーチに整頓したのは、俺の荷物と、ピコラの家にある食材のようだ。
使いやすいようにと、種別ごとポーチに仕分けをした上で届けてくれた。
——思ったよりずっと、アルプは有能だな
「わざわざ持って来てくれたのか?分けてあるから分かりやすいよ。ありがとう」
調味料も一式あるし、調理器具はマハトが準備しているから、すぐにでも開始できるな。
「借りた鞄を、汚さないようにしないと」
どこに置こうかと振り返ったら、いつの間にかマハトは作業台兼テーブルまで作っていた。
「マハトは、随分作るのが早いな?鞄を返すから、一旦ここに荷物を出してもいいか?」
作業台の上に、俺の大鍋を取り出した。
「ん?そのポーチならお前にやるよ。それなら、いちいち机に出さなくてもいいだろう?」
マハトは、ポーチをくれると言うけど、確か空間魔法の鞄は、そこそこ良い値段なはず。
「本当に貰ってもいいのか?これって買うと、結構高いんじゃなかったか?」
たとえ中古でも、俺に金はない。
労働も、料理くらいしか出来ないぞ?
「確かに状態保存付きは高いが、使ってない予備用のだから構わんよ。ユージンは持ってないだろう?黙って受け取れ」
マハトは、俺に気を利かせたのだろう。
押し付けるような物言いをして、自身の鞄から木を取り出し、黙々と作業を始めた。
「……ありがとう。助かるよ」
なんか、恩ばかりが重なっていくな……
嬉しいけど、少し心苦しくなる。と考えていたら、袖口をクイクイと下に引かれ、視線を俺の腰に落とすと
「ユージン……コレも、使えるか?」
アルプが、瓶に入っているミルクを俺に捧げている。
「こんなに沢山、いいのか?」
4リットルくらいの大瓶を、3本抱えているアルプは、重たいのかぶるぶるしている。
「私の好物なんです。その、可能ならこれを使った料理が……」
アルプは、物凄く遠慮がちに頼んでくる。
——何だか最初の印象と、随分違うよな?
不備属性だし、アルプは基本的には腰が低いのかもしれない。
「わかった。任せてくれ。アルプは苦手なものはあるか?」
俺は、アルプの震える手からミルクを受け取り、食べられない物があるか訪ねてみた。
「なんでも食べますが、強いて言えば……生野菜が苦手ですかね?」
——お前、羊だよな?
全力で物申したいが、今じゃないよな。
「……分かった。出来るだけ希望に沿うようにするよ」
腑に落ちないとは感じたけど、俺はとりあえず料理を開始することにした。
「パスタは、きっと、皆が欲しいよな」
作業台の上に並んでいる鍋の中から、中ぐらいの、とはいっても結構な大鍋に、石芋をゴロゴロと入れ、水を求め湖に向かおうとしたら、
「ユージン、水は魔法で出せるだろう?」
マハトに言われ、そういえば、ここは魔法の世界だったと改めて思い出した。
「……どうやって出せばいいんだ?」
俺はコッソリ、マハトに尋ねてみた。
「ああ、わからなかったか。アルプ!ユージンに魔法の使い方を教えてやれ!」
マハトが、大声でアルプを呼びつけた。
「アルプにバレないか?大丈夫か?」
異世界人であることは、アルプには内緒だ。関わるとバレないだろうか?
「人間は、平民の場合、能力に気づかないまま過ごすこともある。と聞くから問題ない」
そうなのか?じゃあ大丈夫か。
「マハト様、この椅子を使ってもよろしいでしょうか?」
近寄ってきたアルプは、作ったばかりの椅子に手をかけ、マハトに確認をしている。
「ああ、でも、これだと倒れたらまずいか。ちょっと待てよ」
マハトはそう言って、左手は椅子に触れたまま、右手でパチンと指を鳴らした。
すると、椅子はぐにゃりと形を歪め、ポアっと光ったと思ったら、その椅子は、3人くらい座れるベンチに変化していた。
「は?形が変わったぞ」
俺は手品でも見ているような気分だった。
——魔法だよな?不思議なもんだな
手品もマジックって言うし、もしかして、マジックは本来は魔法だったのかな。
「さすがマハト様。相変わらず素晴らしい形状変化ですね」
アルプがコツコツと蹄を合わせ、マハトに賛辞を送っている。
「あれ?アルプは蹄なのか?そういえば、その手でどうやって物を掴んでいるんだ?」
形状変化も凄いが、アルプの蹄の作りも気になった。
考えてみたら、不思議な事ばかりだよな。
「どうって……このようにですよ」
アルプは困惑しながら、作業台の上にある泡立て器を掴んで見せてくれた。
「くっ、なんでそれで掴めるんだよ」
よく見ても分からない。パッと見では、泡立て器が蹄にくっついていた。
「なんでと言われましても……見たままですが、何かおかしいですか?」
これ以上、余計な事を言うのはダメか?
言っていい事と悪い事の判断が難しいな。
「いや、器用だなと思っただけだ」
アルプの蹄は、いつか、解明してみよう。
「さ、それよりユージン、ここに座って、いや、横になってください」
アルプがベンチをポコポコ叩いている。
やっぱり俺は、アルプのちょっと硬そうな蹄の音が気になって仕方がないが、我慢だ。
「……何で横になるんだ?」
魔法の練習をするんだよな?と思いながら、アルプに言われた通り、ベンチに横になった。
「私は、夢魔です。あまり時間がないので、今から夢で、魔法の全てをお教えいたします」
アルプの言葉を聞きながら、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。




