釣れたのは、半魚人ラマンティーヌ
今にも湖に引きずり込まれそうだったアルプを、何とか保護し、今にも折れてしまいそうな竿を、マハトが持ち上げた。
水面に、ゆらりと大きな影が上がってきた。
「……擬似餌の魔法で眠っているな」
マハトが、頭を掴んでずるりと引き上げた。
デッキに横たわるように置かれたのは……
「……半魚人だな」
くるくるとした巻き毛のブロンド頭の魚人。
閉じられた瞳を縁取るまつ毛は長く、水から上げられたばかりで、水滴を乗せている。
——つけまつげか?
肌のキメは細かく、見た感じでは触れると、ムッチリと吸い付くような質感だ。
「半魚人……?」
視線を下げると、豊満な胸元は、薄手の布に包まれ、布の先は首の後ろで、リボン状に結ばれている。
デカいはデカいけど……
さらに下がると、腰回りには、ヒラヒラしたオーガンジーの薄いパレオを巻いている。
その先は……
「マハト、もう一度聞く。なんだコレは?」
くびれもない。足もない。
なんなら、首すら怪しい。
ドテッと横たわる姿はまるで……
「あー、半魚人ラマンティーヌだな」
マハトは半魚人と言うが、イメージと違う。
「半魚人?こいつの種族は本当に半分魚か?確かに足先?はヒレだが……」
コレ間違いなく、魚じゃないぞ?
「問題はそれだけじゃない。マハト、これの性別はどっちだ?」
胸周りより、腹回りの方が太い。
「おばさんか?いや、横と後ろが刈り上がってる……でも、まつ毛バシバシだし」
俺には、おばさんぽいおじさんと、おじさんぽいおばさんの見分けは付かない。
コレは、どっちなんだ?!
「多分、今は自称雌メス。間違えて扱うとかなりヤバい」
マハトは困ったような顔をして、額を手で押さえている。
自称メス?まさか、おネェなのか?!
「……了解」
おネェを男と間違えたら……そら怒るわな
「コイツらは、雌雄同体だから、とりあえずはレディとして扱えば間違いない」
雌雄同体?個人的思想の問題じゃないのか。
「コイツら?この個体だけの問題じゃないのか。そもそも種族的に、コレなんだな?」
まさか、全員こんな感じなのか?
俺は怖い物見たさで、バチバチのまつ毛に、真っ赤な唇の『膨らませたマリリンモンロー』みたいな魚人を見た。
「コイツらは、気分によって変化するんだ。だから同じ個体でも、タイミングによって、性別が違うのは当たり前なんだ」
そんなに自由に変化するのか?
「なんか、ややこしいな」
会う度に性別がちがうとか、扱い難いだろ
「だから、基本的にレディとして扱うのが正解だ。派手な見た目と違って繊細だぞ」
そう言って、マハトは魚人の手に握られていた擬似餌をそっと外し、針で傷ついた怪我を、魔法で治していた。
「繊細ねぇ……」
まあ、なんだ、ワガママボディを見る感じ、種族的にマナティが1番近いのか?
人魚だっけ?それもどうかと思う。
マナティのボディで、胸元を布で隠し、腰にはパレオを巻いているおネェ……
「絶対に魚じゃないよなぁ」
コレを半魚人と呼ぶと、魚の概念が崩れるから、魚とは認めたくない。
「マハト、これ起こす?このまま、そっと湖にリリースする?」
出来れば、お知り合いになる前に、リリースしてしまいたい。
「起こす。このまま戻すと、後から集団で文句言いにくるぞ」
俺は、巨漢のおネェ集団に囲まれるのを想像してしまい、足がすくんでしまった。
「……コレ、どうすれば起きるんだ?」
1匹でも濃いのに、沢山を相手にするのは、俺には絶対に、精神的に無理だ。
勝手に起きてくれないかな……
「声を掛ければ、普通に起きるぞ」
マハトは腕を組んだまま、魚人を見下ろして俺に伝えている。
「分かった……って、俺が起こすのか?!」
何で俺?嫌だよ
「ユージンは今後、ここで釣りするだろ?起こすなら、絶対、お前の方がいいぞ」
マハトなりに、先を心配してくれたようだ。
「あー、挨拶しとけって事だよな?まあ、お隣さんみたいなもんか」
なら、仕方がないか……
「……もしもーし、大丈夫ですかー」
諦めた俺は、頭の横にしゃがんで、首?肩?をペシペシ叩いてみた。
——半魚人の肌はモチモチスベスベだった。
知りたくなかった……
「うぅ……うふん♡」
ぶるんと、肉が躍動したのをみて、俺は本能的に恐れを覚え、立ち上がった。
「ねえ……やっぱり変わってくれない?」
なんていうか……怖い
コレは、起こしちゃダメな気がして、マハトとアルプに助けを求めてみたが
「無理だな」
「無理ですね」
こんな時だけ、主従は仲良く、手を振り渋顔で拒否してきた。
「はぁ、おーい、起きろ、大丈夫かー?」
俺は諦めて、立ったまま、おネェの半魚人に声を掛けた。
肌に触れるのは、俺の心がダメだと言ったし、なんだか怖いので、やめておいた。
「うんん?……ハッ!」
バチンと、フサフサまつ毛の目が開き、その瞳が、俺を捉えた。
俺は後退り、さらに一歩下がった。
「え〜うそ!嫌だぁ♡貴方もしかして、アタシを助けてくれちゃったりしたわけ?」
巨漢のおネェは、気怠げに状態を起こし、前髪を掻き上げ、くねりとシナを作りながら、上目遣いで、まつ毛をフサフサしてきた。
あ、このタイプなら大丈夫か?
「あー、その、大丈夫か?」
分かりやすく開放的で、あっさりした性格なら、多分付き合いやすいはずだ。
「大丈夫よぉ、ちょっと意識がなかったみたいだけど……あら、なんでかしら?」
彼女?は眉間をギュンと寄せて、かなり迫力のある悪人顔をした。
——顔、怖っ
余りの悪人顔に、さらに一歩下がった。
「ユージン、大丈夫だ。おいジェリコ、お前はまた擬似餌に釣られたんだよ。何度目だ?いい加減見分けろ」
悪人顔を見て怯えた俺をなだめ、マハトが巨漢のおネェに話しかけた。
マハト、知り合いだったのか……
だったら、コイツを起こすのは、マハトでよかったよな?
「あら、やだーぁん。マハトじゃない。相変わらず、今日もいい男ねぇ。擬似餌?ああ、目の前にエビがいたから……つい♡」
ジェリコは、小首を傾げたが、そもそも首がない。肉の中を、顔のパーツが移動しただけだった。
マハトは、コレに触れたくなくて、俺に理由をつけて押し付けたんだと察してしまった。
「あなたは、一向に学びませんね」
アルプがジェリコを見て、ウンザリしながらあからさまにため息をついた。
ジェリコは、アルプが視界に入るや否や、急に雄のスイッチが入った。
——さっきまでと、目付きが全く違う?!
「あぁ?テメェこの羊風情が!マハトの枕だからって偉そうにしてると、丸焼きにして頭から食っちまうぞ!」
ジェリコはアルプを掴むと、野太い声で、喋り方まで変わり、柄の悪いオッサンになった。
なるほど、コレはかなりややこしいな。
胸ぐらを掴まれ、ジタバタしているアルプを見ても、マハトは助ける気はないようだ。
毎回、マハトに無視されて可哀想なので、俺は、アルプに助け船を出す事にした。
「初めまして、呼び方はジェリコさんでいいのか?俺はユージン、ここには昨日来たが、暫くはこの家にいるから、よろしく」
まずはとりあえず、挨拶だけしておこう。
「まぁ!あなた優しいだけじゃなくて、紳士的なのねぇ、素敵だわぁ♡どっかのクソ羊とはえらい違いだわ」
彼女?はアルプを掴んだまま、こちらを振り向き、クネクネした後、ジェリコは掴んでいたアルプを「フン!」と湖に放り投げた。
「あーーーぁ!」
ぼちゃんっ
ジェリコは軽く投げたのだろうが、腕力が強いのか、アルプは湖の中頃まで飛んだ。
「あっ、アルプ!ちょっ大丈夫か?!」
羊って泳げたっけ?毛が水吸っても平気なのだろうか。
「まぁ、アルプは慣れてるから平気だな」
マハトは気にせず、平然としたままだ。
——慣れてる?
あいつ、そんなに水没してるのか……
俺の中でアルプの不憫度が、また上がった
「2人はお友達なのねぇ?いいわぁ素敵な男が友情を育むだなんて……滾るわぁ」
なんとも言えないねっとりした視線を向けられて、俺の肝がキュウっと縮こまった。
「マハト……なんとかして」
さらに一歩下がり、マハトの後ろに逃げたかったのに、マハトも同時に下がったせいで逃げれなかった。
「あの状態のジェリコは……俺も無理だ」
平然とドラゴンに乗る、強そうなマハトでも、ジェリコには太刀打ち出来ないようだ。
「うふん♡怯える姿もいいわぁ」
ジェリコの妄想に晒され、怯えながら様子を伺っていたら、アルプが、ベショベショになって水面から上がって来た。
「アルプの毛が水を吸って潰れてる……」
萎んでぺたんこになり、アルプは見るも無惨な姿になっている。
「全く、半魚人のくせに、私を水に沈めようなど、無礼にも程がある」
アルプは目一杯ブルブルと体を振るわせ、羊毛にじっとりと含んだ水分を、ジェリコに向かって飛ばしていた。
「イヤン!ちょっとぉ、冷たいじゃないの!何すんのよもぅ」
ジェリコは、顔にかかった水を手のひらで、ワイルドに拭いながら、文句を言った。
「問題ありますか?あなたが住んでる湖の水なので、お返し致します」
アルプはフンと横を向き、魔法で羊毛を乾かすと、すぐにフワモコに戻っていた。
「全くもぅ……そんな事より、ユージンちゃん。あなた、このお家に住んでいるのよね?トビ族じゃないなら、人間?」
ジェリコは、この家がトビ族の物だと知っているようだ。
ピコラも、コイツを知ってるのか?
「俺は人だが、この家の持ち主はトビ族だよ。俺は居候だな」
食事を作るしか出来ないけどな。
「まぁ、居候なの?お家がないなら、アタシの家に来る?もてなしちゃうわよん♡」
俺は足元から、忘れていた恐怖が這い上がってきて、思わずブルっと震えが来た。
「いや、俺は水中では生活できないから、遠慮しておこう」
そう、俺は人間だ!!残念だったな!
「そうなの?残念ね」
ジェリコはあっさり引き下がった。
諦めが早くて助かる。さっきのも社交辞令が上手いだけだ……多分。
まだジトっと見つめられているのは、
人間が珍しいからだ。
……そうだよな?




