深い湖は、お魚天国
青空に仲良く旅立った、ウサギとドラゴンを見送ることで、俺たちはやっと釣りが出来る。
「竿は、随分シンプルなんだな?」
マハトに渡された竿は、パッと見は、ただの細い棒だけど、竹のようなしなやかさがある。
びょんびょんと振ってみると、質感は釣り竿そのものだ。
「この湖だし、疑似餌はコレを使うから、竿は何でもいいんだよ」
そう言いながら、俺の竿にエビに似た疑似餌をつけてくれた。
「マハトがわざわざそう言うって事は、この疑似餌、なんか特別なのか?」
見た感じ、エビっぽいだけで、なんていうか、雑な作りだ。
「これには魔法陣が付いてる。水に入るとエビそっくりな動きをして、魚が食いつくと針に変化する。その時、魔法で魚を眠らせるんだ」
おお、魔法世界、凄いな……でも。
「それ、釣りしてて楽しいか? 魚との駆け引きが何もないよな?」
こう、命の駆け引き的な熱い戦いが……
「ハハハ、確かに。遊びならこのエサは使わないな。これは純粋に魚が食べたい時と、子供が使うんだ。今日はあまり時間がないからな」
確かに、言われてみればそうだな。
「マハトはこの後帰るし、のんびり遊んでる時間はないよな」
そっか、もう帰っちゃうんだよな……
「アルプは暇つぶしに、さっきから普通の釣りしているぞ」
マハトが指さす先を見ると、アルプは先程の一連の騒動の最中、あろう事か、主人を差し置いて一人で釣りを楽しんでいる。
……釣りをする、服を着た羊って、シュールな見た目だな。
「本格的だね。どうりで静かだったはずだな」
アルプは自分用の竿を、一本床置きにセッティングして、一本は手で揺らしている。
「アルプ、何か釣れたか?」
アルプの横にある水桶を覗くと、手のひらサイズの魚が5匹ほど既に入っている。
——なんて魚だろう?
「さっきまでは、入れ食いだったのですけど、バレちゃったみたいです。浅瀬の魚たちが戻るのには、少し時間がかかるかもしれません」
そう言って、自分の竿を上げると、手早く仕掛けを取り換えている。
「そうか、元々中層狙いの仕掛けを準備したから、丁度良かったよ」
マハトはそう言って、アルプを挟んで俺の反対側に腰を下ろした。
3人で並んでデッキに腰掛け、足をぶらぶらしながら、湖を見ながら釣竿を下げていた。
急に竿の先がギュンとしなり、手元にぐっと重さが感じられた。
「お、魚が来た」
——アタリすら感じないのか?
コツコツと引いてる感じが楽しいのに……
俺は、少し不満を覚えつつ、竿を立て、リールを回し、糸を回収する。
——魔法で眠っているから、動きもないな。
ちょっとつまらんなと思ったけど、今は食材の確保が大事だ。普通の釣りはまた今度だ。
「ユージン早いな? お、こっちもきたぞ。なんだ? デカいぞ!」
マハトも、魚がかかったみたいだ。
大きいと言っているけど、どのぐらいなのだろう?と思っていたら、
俺に釣られた魚が、水面から顔を出した。
「へえ、綺麗な魚だな。しかもいいサイズだ。27cmぐらいかな?」
銀色に輝く魚は、光を反射すると中央に虹色に光るラインが見える綺麗な魚だった。
糸を掴んで、釣った魚を眺めていたら──
「ユージン!それ、絶対素手で触るなよ。アルプ!!ちょっと変わってやれ」
マハトが慌てて、アルプに指示を出した。
俺は訳が分からなかったので、寄ってきたアルプに魚を竿ごと渡した。
「ねえ、この魚なんかまずいの? 鑑定してみていい?……鑑定」
▪シビレマス(ニジマスに類似)
魚肉はピンクとオレンジのグラデーション
ほんのり甘く、柔らかい。
脂乗りが良いのに上品な味わい
剣サーモンによく似ている
▫使い方
煮ても焼いても燻製にしても美味
浄化すれば生食も可能
*備考
鱗に魔法の針が出ている。
素手で触ると神経毒により痺れます
命に関わらないが、3日は寝込む
「うわぁ……やだなぁ」
美味しい食材をゲットできて上がったテンションも、最後の備考を見てダダ下がりだ。
やれやれと思い、マハトの魚はどうなったのかと、様子を見ると、
「うわっ、その魚デカいな!」
ちょうど今釣り上げられたのだろう、空中に80cmはありそうなでかい魚が、振り上げられ浮かび上がっていた。
落下してくる魚を受け止めるのは、かなり重たそうだなと見ていたら──
ドゴッ!
マハトは、アルプの背中に向かって、フルスイングで魚の頭を殴り飛ばしていた。
「ちょっ、マハト! 魚の頭、消し飛んだ!!」
あの勢いで地面にぶつかったら、可食部が残らない!!と思ったが、
ボフッ
「マハト様! 毎回、私をクッションにするのはおやめください!」
アルプのモコモコの毛のおかげで、魚は頭以外は無事だった。
「これで良し。アルプ、それも下処理頼む」
マハトは毎度アルプの文句を聞く気がないのか、追加で魚の処理を頼んでいた。
「マハト、なんで魚殴ってんだ?イラついたにしても、アルプを虐めるのは程々にしないと、可哀そうだぞ?」
ぶつぶつ言いながら、背を向けて魚を捌いているアルプが、なんだか不憫に思えた。
「ん? まあ、鑑定してみろ。あの魚、中々面白い特徴だぞ」
マハトはそう言って座ると、また釣竿を湖に垂らし始めた。
「鑑定」
マハトに勧められたので、今処理されている、頭の吹き飛んだでかい魚を鑑定してみた。
▪ドン・パーチ(パーチに類似)
淡白でクセがない
低脂肪であっさりしている
香りは控えめ。非常に食べやすい
弾力のある白身
▫使い方
オイルやバターとの相性が抜群
煮ても焼いても美味
浄化すれば生食も可能
*備考
水揚げしたら10秒以内に即座に殴る。
気絶させなければ、名前のとおり爆発する
だから、殴ったのか……
「……いや、おかしいでしょ」
なんでこの世界の食材は、なんでもかんでもこんなに物騒なんだよ!!
「このサイズだと、貴方の片足くらいなら、簡単に持ってかれますよ」
——そんなに威力があるのか?!
俺、セクシー大根に癒しを求めそうだ……
アルプに左足をツンツン突かれ、想像して、思わずぞっとした。
「怖っ、この魚釣るなら、棍棒が必要だな」
なんで釣りをするのに、命がけなんだよ……
足元で魚を捌いているアルプを見て、俺は、ふと、あることに気づいた。
「なあ、お前、刃物一切使ってないよな?どうやってるんだ?」
アルプは、道具を一切使わずに、さっきから魚を捌いていた。
「なんですユージン、魔法の使い方がへたくそですか? ちゃんと勉強しなかったのですね?」
アルプは仕方がない奴だ、とでも言いたそうな顔をしている。
「アルプ!呑気に 喋っていないで、さっさと処理しろ! ユージン! ちょっとこっちに来い」
珍しく大声で呼びつけてきたので、アルプに色々聞きたいことはあったけど、諦めてマハトのところに向かった。
「急に大声なんか出して、どうしたんだよ?」
マハトは俺が近くに行くと、肩に手を回して声を潜めた。
「ユージン、今はアルプに、異世界人だとはバレない方がいい」
——え? なんで知ってるんだ?
俺は体にぐっと力が入り、警戒しながらマハトの顔を見た。
「警戒しなくていい。朝のうちに、ピコラから聞き出したんだ。昨日能力を見た時点で、異世界人かもと予想はしていた。だから隠さなくても大丈夫だ」
そうだったのか、気付いていたに、普通にいてくれたんだな……
「そうか、ありがとう」
俺は体の力を抜いたが、今度は、マハトの腕に力が入った。
「俺はいい。でもアルプには、俺がいいというまでは異世界人だとは言うな。人間であることは既に理解しているだろうが、余計なことは言わないでくれ」
マハトは、真剣な表情で懇願するように言ってきた。
「良く分からんが、異世界人だとバレなければいいんだな? ただ、俺は、この世界の常識がない。何が良くて何がダメだか分からないんだ」
うっかり口走りかねない。
「その辺は大丈夫だ。アルプは実際に人間と関わったことはないから、何があっても押し切れば『人間はそうなのか?』としか思わん」
あ、意外と簡単だった……
「分かったよ。でも気をつけるよ」
この調子だと、マハトは、ピコラにも口止めしているんだろうな。
「ユージンに嘘をつかせるのは申し訳ないが、今だけ、少しだけ時間をくれ」
マハトは申し訳なさそうに「スマン」と言って俺を解放した。
「こっちこそ、気を使わせてごめん。教えてくれてありがとう。最初に会えたのが、ピコラとマハトでよかったよ」
——本当に俺は運がよかったな。
「フッ、そう言ってもらえてよかったよ。こっちも俺を助けてくれたのが、ユージンとピコラでよかった」
マハトはそう言って笑うと、俺の背中をポンと叩いた。
「そうだ! なあマハト、この湖ってどのくらいの深さがあるんだ?」
知っていたら、今後魚が釣りやすい。
「ああ、この湖は地下深くで、海に繋がっているからな。かなり深くに糸を落とすと、そこには海水魚もたまにいるぞ。深さは……とにかく深いな」
深さは、マハトにも分からないらしい。
「……とりあえず、かなり深いんだな」
まあ釣るなら、今と一緒でいいか。
「そうだな深いな。ああ、あと最深部には魚人がいるから……」
マハトが、なんだか聞き捨てならないワードを口にした時——
「いあー! マハト様ぁ! お助け下さい!!」
アルプの固定していた竿に、大物の引きが来たようだが、アルプは身体が小さいから、今にも湖に引きずり込まれそうだ。
「「アルプ?!」」
俺とマハトは慌てて走っていき、とりあえずアルプの毛皮を引っ掴んだ。




