喰うモノと喰われるもの
三日月型に細められた瞳は不気味で、怪しく光るアルプの瞳孔から、目が離せない。
その瞳に見つめられているうちに、俺の頭は段々ぼんやりとしてきた……
「……普通の羊も横長の瞳孔で、かなり目つきが悪かったような……」
——羊の目の不気味具合は、そもそもかも
ぼんやりとモヤがかかった意識で、俺は考えをそのまま、独り言で呟いた。
「コラ!!アルプ、ユージンは俺の恩人だ。魔力を使うのはやめろ」
お互いの目を見ていたので、俺の目前で、アルプはマハトから、スコンと拳を落とされた。
「ハッ!? いやはや、そうでした。失礼」
アルプがパチパチと瞬きをすると、三日月型に細めていた目は、普通の羊の目になった。
その瞬間、俺のぼやけていた意識も、スッと元に戻った。
——あー、うん。魔法使われていたんだな
一瞬のうちに俺は魔法の餌食になっていたみたいだ。全く、油断も隙もないヤツだ。
「しかしながらマハト様、此奴、私をそこらの羊と一緒にする、けしからん奴ですぞ?」
アルプは、毛をむくむくと膨らませながら、マハトに不満を述べたが……
「ユージン、ほら。釣り竿だ」
マハトは聞くつもりはないのか、アルプの言葉を完全に無視をしていた。
アルプは、ガン無視された事がショックだったのか、後方で項垂れ、毛も萎んでしまった。
「釣り?……そう言えばそうだったな。アルプも、一緒に魚を釣るか?」
考えてみれば、遥々迎えに来たのに、主人に邪険に扱われるのは、可哀そうかもしれない。
不憫に思ったので、俺は、せっかくだから、アルプも釣りに誘ってみた。
「……お気遣いありがとうございます。是非、私めも、ご一緒させて頂きます」
俺の配慮を、アルプは快く受け取った。
内心はどうあれ、大人の対応ができる羊だ。
「ユージン、デッキの先で釣ろうか」
マハトと一緒にデッキの先に向かおうとしたら、ピコラが家から出てきたのが見えた。
ピコラは俺と目が合うなり、大声を上げ、
「ユージン!畑……わぁ!?ドラゴンだぁ!」
ピコラは、本来話そうとしていた自分の話を遮り、ドラゴンに興奮して、ぴょんぴょん跳ねながら近づいて来た。
「ピコラは、ドラゴンが好きか……子供なのに怖がりもしないなんて、凄いな」
——俺って弱いなぁ
「うわぁ!カッコいいなぁ。僕もいつか、ドラゴンに乗れるようになりたいなぁ」
ピコラは、ドラゴンの周りをくるくる回りながら、少し離れた位置から観察している。
ドラゴンはピコラの憧れの存在なんだな?
「なんだピコラ、ドラゴンが好きなのか?」
マハトは、ぴょこぴょこ飛び回るピコラを笑い、手元に釣り竿を準備しながら声をかけた。
「うん! だって、カッコいいじゃないか! マハト、このドラゴン触ってもいい?」
ピコラはキラキラの瞳で、マハトに確認を取っている。
「子供の好奇心は凄いな。よく怖くないな?」
さっき齧られたばかりだから、俺はまだドラゴンに警戒してるぞ?
「今にもドラゴンに、飛び乗る勢いだ」
ピコラは待ち切れないのか、その場でぴょこぴょこ跳ねている。
「フッ、そうだな。ピコラ!他のドラゴンは安全か知らんが、フリーゲンなら大丈夫だぞ」
俺の言葉にマハトは軽く笑うと、ピコラに大丈夫だと伝えた。
——本当に大丈夫か?
俺の心配をよそに、ピコラはウキウキとフリーゲンに近づいていく。
うっとりしながら、鱗の観察をし出した。
「はぁー。鱗も綺……」
ピコラが、鼻先の鱗を撫でようと手を伸ばした時、フリーゲンはピコラを、ペロンと舐めて味見した後——
カプリ
「ああああああ!ピコラあああぁ!!」
ピコラは、フリーゲンに、頭からぺろりとまる飲みされてしまった?!
「ぎぃやぁーーーーーー!!」
ピコラの断末魔が、ドラゴンの口の中から聞こえてくる。
「そ、そんな、ピ、ピコラ……」
——食われてしまった!!
俺は、どうする事も出来ず、思わずその場にへたり込んだ。
「おい……フリーゲン、いい加減にしろ」
マハトはフリーゲンに近づくと、鼻先を軽くポンと叩いた。
ピコラが食われたのに!!……そんな程度なのかよ。
「くそぉっ!!」
俺が、マハトに苛立ちを覚えていたら、
フリーゲンが口を開けると、中からピコラがポロリと転がり落ちた。
「ピコラ、大丈夫か?」
マハトは、フリーゲンのよだれまみれのピコラを洗浄し、無事かどうか確認している。
ショックで血の気は引いているが、立っているピコラを確認できた。
俺はほっとしたと同時に、マハトを疑ってしまった事に、酷く罪悪感を覚えた。
「俺、肝ちっちゃいな……」
申し訳ないやら、恥ずかしいやら、いろいろな感情が沸き上がる。
居た堪れない気持ちで膝を抱え、体育座りをしたまま、二人のやり取りを見つめていた。
「ふう、びっくりしたぁ、大丈夫だよ。ボク、捕食されそうになるの、慣れてるから」
ピコラは恐ろしいことに、捕食されることに慣れてしまっていた。
——あいつ、どんな生活して来たんだ?
「お前、そんな事に慣れてるのか? よく無事に生きていたな」
マハトもさすがに驚いたのか、ある意味、運が良すぎるピコラに感心したようだ。
「ボクは小さいからね。大型の魔物に遭遇すると、よく丸呑みされるんだよ」
ピコラはぷくっと頬を膨らませながら、不満そうに文句を言っている。
まる飲みされたのにその程度の感想?
絶対に、ピコラの感覚おかしいよな?
「よく生き……どうやって逃げたんだ?」
思った以上に、過酷な状況を乗り越えているピコラに、マハトも言葉を濁している。
「窒息する前なら、ツタの魔法で中から出てこれるよ。使役されたやつなら、だいたい飼い主が助けてくれるんだ。だから平気だよ」
窒息……?
「倒れていたマハトを運んだ、ツタ魔法があれば、基本的には何とかなる……か?」
なんだか、それだけじゃダメな気もするし、ピコラの迂闊な行動が、そもそも原因の一部だと思えた。
「そうか……まあ、なんだ、フリーゲンが悪かったな」
俺と違ってマハトは、ピコラの気持ちを尊重して、強く否定したりする気はないようだ。
「ふふふ、大丈夫だよ!」
ピコラは笑顔で頷きながら、懲りもせずフリーゲンに近寄って行く。
「マハト、この子は噛む気が全くなかったよ。ただ、遊んでいただけでしょ?」
そう言って、何事もなかったかのように、普通にフリーゲンを撫でている。
「ああ、ちょっと愛情表現に難点があるだけで、基本的に気は優しいんだ……フリーゲン、これからは、丸呑みはダメだぞ」
フリーゲンはマハトに注意されると、俺とピコラを見比べ、首を傾げた後、納得したのか、
「マルノミ、ダメ、ゴメンチャイ」
ピコラの顔の位置まで姿勢を低くして、まる飲みした事を謝っていた。
「ピコラは俺より小さいから、甘噛みの予定が、まる飲みになったんだろうな」
俺はようやく落ち着いたので立ち上がると、ピコラの傍に向かった。
いい大人が、安全だと分かっているのに、いつまでも怯えているのはカッコ悪い。
「フリーゲン、もういいよ、ボクの名前はピコラだよ。友達になってくれる?よろしくね」
ピコラは、フリーゲンの頭を撫でた後、ドラゴンの鼻先に抱き着いている。
「ピコラ、トモダチ? ヨロシク」
フリーゲンは友達と言われたのが嬉しいのか、さっきから、尻尾を左右に揺らしている。
——立派な尻尾だ。当たったら痛そうだな
フリーゲンとピコラは、話をした結果、どうやら友達になったようだ。
「ピコラも、マハト達と一緒に釣りするか?」
釣り竿の余分は、まだあるのかな?
「ボク、釣りはしないよ。ユージンに美味しい物作って欲しいから、今から畑を作るんだ!」
ピコラは今から畑を作るらしい。
「期待してくれるのは嬉しいが、食材作りからとは、かなり気の長い話だぞ」
作物が育つ頃、俺はここにいるのだろうか?
「畑?畑なら裏にあるだろ?」
ピコラの裏の畑を、マハトは把握していた。
「そう言えば、マハトが倒れていたのは、畑の前だったよな」
畑は既にあるのに、なんで増やすんだ?
「今の畑は小さいし、ランバグラスと石芋とシュクレルートだけだから、畑を広げるんだ」
家の食糧庫の食材は、畑の物だったようだ。
自給自足か、ピコラ、カッコいいな。
「力仕事なら、フリーゲン手伝ってやれ」
マハトはフリーゲンに、ピコラの手伝いをするように言った。
「フリーゲンは力持ち?木、倒せる?」
ピコラは期待の籠った、キラキラした目で、フリーゲンに出来ることを尋ねている。
「ピコラ、テツダウ。キ、タオセル」
フリーゲンはグルルと喉を鳴らし、得意そうに胸を張っている。
「フリーゲンは、ピンポイントで燃やせるぞ」
マハトが、追加情報をピコラに与えている。
「やっぱり、フリーゲンはドラゴンだし、炎も吐くんだな……」
新しいファンタジー要素だ。
火を吹くドラゴンに、俺は甘噛みされたんだよな……と、空を仰ぎ見た。
——あぁ、いい天気だなぁ
「え!炎出せるの?じゃあ、焼畑にできるね。それなら、新しい苗も探そうかな」
ピコラは、炎を吐くドラゴンを、労働力としか見ていないのか?
俺、ここにいたら、強くなれるかな……
「ピコラ、セナカノル。オレ、トブ。ピコラ、ナエサガス。マハト、ノセテ、イイ?」
言葉はたどたどしいが、フリーゲンは理解力と頭の回転がよさそうだ。
ちゃんと、主人に搭乗の許しも確認する。
「道中、気をつけて行けよ」
マハトが許しを出すと、フリーゲンはピコラが乗りやすいように、体全体を低くした。
「えー!背中に乗ってもいいの?ありがとう」
ピコラは大喜びで、フリーゲンの背中に、ぴょんと飛び乗ると、
「わーい!行って来まーす」
ご機嫌な笑顔で手を振り、ドラゴンと共に大空へ飛び立っていった。




