お前は本来、食われる側だよな?
俺を見下ろしているドラゴンの顔が、スローモーションで近づいて来る。
——せめて痛くありませんように
そう願って、俺は諦めて目を閉じた。
フシュー、グフグフ、フシュー
ドラゴンは、いきなりガブリと齧りはせずに、念入りに俺の匂いを嗅いでいる。
グフグフ、フシュー
——いっそ、一思いにやってくれ!!
冷静になり、時間が経つほど恐怖が足元から駆け上がって来る。
ガクガクと膝が震え、その場に立っている事が難しくなって来た時
「こらぁー、ダメだぞフリーゲン、そんなに鼻息を当てたら、相手が怖がるだろう」
どことなく間が抜けた声が聞こえて来た。
……鼻息って
俺はうっすらと目を開けてみたら
俺の目前にドラゴンの鼻があり、その下には齧られたらひと噛みであの世行き出来る、立派な牙が……
グフグフ、フシュー
「はわぁー……」
牙を目にして、鼻息を顔に吹きかけられた事で現実味が増し、情け無い声を上げると同時に俺は腰が抜けた。
「おい!大丈夫か?」
知らない声が聞こえて来たので、助けかと目を向けたら、ドラゴンの背中から、モコモコの服を着ている羊が降りて来た。
「……危ない。早く逃げて」
大きな声を出したら、ドラゴンを刺激するかもしれない。
俺は冷静かつ静かに、急いで逃げるように羊に伝えた。
羊はトテトテと、俺に近寄って来ると
「人間、何を言っているのだ。このドラゴンは人は食わないぞ……多分」
驚きの事実たけど……多分だと?
一瞬、気を許しかけたが、多分と聞いて、俺のドラゴンに対する緊張感は再来した。
ガチガチに固まっていたら
ベロン、ガジ……
ドラゴンに舐められ、甘噛みされ……
「ヒィッ!!」ドサリ
俺はその場で気絶した。
***
トストス、ドスドス、ドスドスドス
痛い、何か固い物が俺を叩いてる……
「……い、おーい、死んだかー?死んだなら、このままフリーゲンに食わせるぞー」
……食われる?そうだ!ドラゴン!!
「生きてる!生きてるから、食わないで!」
俺は、さっきから体に当たる牙のように固い物を跳ね飛ばして、慌てて飛び起きた。
「おーいー、起こしてやったのに、吹き飛ばすとか、ひどいんじゃないかぁ?」
俺に吹き飛ばされた羊は、トテトテと俺に近寄って来ると
「人間、私の名前はアルプだ。マハト様はどこにいる?」
と、偉そうに聞いて来た。
「マハトなら、部屋の中に……」
俺が最後まで伝えるよりも先に
ブルルルル!フシュ、バサッバサバサッ
釣竿を手に家から出て来たマハトを見つけたドラゴンが、大興奮して鼻を鳴らし、羽を大きく震わせた。
「ユージン、お待たせって、おー、フリーゲンもう迎えに来たのか。ん?アルプも一緒なのか?」
マハトは2人を見た後に、地面にへたり込んだ俺を見て
「こら、フリーゲン、お前は又人間を驚かせたのか?アルプ、お前が一緒に居たのなら、何をしていたんだ」
マハトに叱られた2匹は、悲しそうにしょぼんと俯いている。
「マ、ハト、の、迎え、なの、か?」
いまだに、さっきドラゴンに甘噛みされた、感触を忘れる事ができず、俺のメンタルは、既にボロボロだ。
「ユージン済まんな。フリーゲンは、ドラゴンだけど人間が好きなんだ。口下手だからすぐに戯れつくんだが……」
「……甘噛み、は、戯れ、ていたの、か?」
俺はガクガクしながら、マハトに確認した。
「そのはずだよ。……フリーゲン、ユージンは俺の友達だ。驚かせたんだから、ちゃんと謝りなさい」
マハトが、ドラゴンの鼻先を"ペシン"と弾き、謝罪を促している。
「グルル、グル、ゴメンチャイ」
——ドラゴンが!喋った!?
「え?ゴメンチャイ???」
あれ?ドラゴンの威厳は?
「コラ!フリーゲン!なんだその言い方は!ちゃんと謝らんか!」
アルプは、長い指揮棒のような物を振り回して、ドラゴンをピシピシ叩いている。
わ全く効いていないけど。
「あ、あの、大丈夫だから、その、叩かないでやってくれ」
羊がドラゴンを叩くだなんて、見てるこっちがヒヤヒヤする。
丸呑みされたら、一貫の終わりだろう。
「グルル、ユジン、ヤサシイナ。アリガテ」
ドラゴンは、ちょっと、言葉が下手くそな様子だ。
「この通り、フリーゲンは口下手だから、行動が先に出る。脅かして済まなかったな」
マハトは、どうしたもんかと、困ったような顔をして謝っている。
「もう大丈夫だから、気にするなよ。言葉が通じるなら、怖くはない……か、な?」
怖くないと聞いた途端に、フリーゲンは嬉しかったのか
頭からアグっと甘噛み、いや、丸呑み?!
「ぎぃやあああああぁーーーー!!」
俺は、パニックだ。
「こら!やめないか!!」
マハトも、さすがに慌てている。
フリーゲンの口腔から救出されると、ヨダレ塗れだったのでマハトに洗浄された。
「このバカドラゴン!やめなきゃ丸焼きにして、食っちまうぞ!!」
羊が再度、指揮棒でペシンペシンとドラゴンを叩いている。
「……アルプ、お前は、食われる側だよな?」
念の為、鑑定してみたら
▪️悪夢魔サキュバスの亜種 雄羊(食用種)
家畜の羊肉と、さほど変わらない。
◻︎使い方
香草と煮る
余分な油を落としながら焼くと絶品。
*食べすぎると、副作用で怠惰を招く
この世界の使い方が載っているが……
そうか、お前、食用種だったのか……
何とも切ない気分になった。
「ユージン、アルプは種族はアレだけど、悪夢魔サキュバスとしての能力は、かなり高いからな?」
マハトは、種族も理解しているようだ。
——悪夢魔サキュバスってなんだ?
「ただ、能力は高いが、コイツは食欲旺盛過ぎて、悪夢だけでなく、深層心理の負の感情まで食べてしまうんだ」
マハトは苦笑いしている。
「それって、何かダメなのか?」
そもそも、サキュバスって、エッチなイメージだったのに……
「アルプの術を喰らうと、夢見は悪いが、目が覚めると気分スッキリなんだ……」
あー、羊が1匹、羊が2匹って感じかな。
「だからアルプは、俺の……えっと、そう、付き人なんだ」
マハトは気まずそうに、目を逸らしながら、しどろもどろで教えてくれた。
「ああ、安眠枕の代わりかな?」
もふもふだし、よく眠れそうだな。
「ユージン違うぞ!私の実力を知りたいのならば、お前の根底にあるネガティブも、ついでに根こそぎ食ってやろうか?」
アルプは三日月型の目を細め、魔法で俺の内面を覗き込んだのか、ニヤリと笑うと
ペロリと舌なめずりをした。




