俺を食うのはやめてくれ!
「……、……」
「……?……よ」
「……は、……だった……に……だ」
——なんだ?誰かいるのか?
俺は目覚めそうなタイミングで、何かが聞こえた気がして、起きるために寝返りを打った。
電気のリモコンを探して、目を閉じたまま、ベッドのサイドテーブルに手を伸ばすが
スカッ、ゴツッ
「イテッ」
サイドテーブルのあるはずの場所には、何もなく、俺の手は空を切り、ベッドのフレームの角に手をぶつけて、痛くて目が覚めた。
目を開けると、自分の部屋ではない。
……ここ、どこだ?って、そうか!!
バッと勢いよく起き上がり、見なれない部屋の中を見渡す。
部屋の中には、見慣れた電化製品などは一切なく、家具もシンプルな木製の机と椅子、今眠っている二段ベットだけだ。
「ぶっちゃけ夢だと思っていたけど、やけにリアルだったし、やっぱり夢じゃなかったか」
自らこのベッドに入って眠った事も、しっかり俺の記憶にはあった。
「異世界に、転移していたんだっけ……」
うさぎと大男と一緒に、よくわからない食材で料理したのは、夢ではなかったようだ。
「ま、楽しかったし、異世界もアリなのかな?」
俺の言葉は、ひとりのまだ見慣れていない部屋に、静かに消えた。
「さっき聞こえていた声は、リビングにいるピコラとマハトの話し声だよな?」
マハトは昨夜、血だらけになる怪我したばかりだから心配だったので、念のため一晩泊まってもらった。
今日の昼過ぎには、迎えが来るらしい。
「……よし、朝ごはん作るか」
とりあえず、今は何時なんだろう?と思いながら、リビングに向かうと
「あ!ユージンおはよう!」
ソファにいたピコラが、ぴょんと立ち上がり、こちらを見て元気に挨拶をしてくれた。
「おはようピコラ。今、何時かわかるか?」
この国は、時間の概念があるのだろうか?
「……せめて、普段から腕時計を付けていたら、よかったんだよな」
いつもは水仕事だし、時計をしたままだと、衛生的ではないから、プライベートの時以外、時計はしないから、無理な話か。
「時計?時計ならユージンの後にあるよ」
ピコラが指差している場所を、振り返って見たら、3本の棒グラフのようなものが、壁に貼り付いていた。
「……9時20分か?」
それぞれの棒は、時・分・秒だろうか?
何となく予測をつけて聞いてみたら
「ユージンは時計がわかるんだね!」
ピコラは「すごーい!」と言って、マハトがいるキッチンに向かって、俺の起床の報告をするために走って行った。
「2人とも、ずいぶん馴染んだな……」
昨日、名前を名乗る時に微妙な空気だったけど、今はもう問題なさそうだ。
「マハト、すまん、随分寝坊したようだ。今から朝ご飯作るよ」
俺は、急いでマハトがいるキッチンに、足を向けたが、
「お、ユージンおはよう。お前に出すのは恥ずかしいが、良かったらコレ食ってくれ」
早くから起きていたマハトが、先に朝食用にスープを作ってくれたようだ。
「ありがとうマハト。お前、料理はできたんだな……ミルクスープか?ハーブの香りと、魚かな?この野菜は何だろう?」
見ただけでは、この世界の食材はわからないから、味の想像は全く付かない。
「昨日釣ったシビレマスと、シュクレルートのスープだ」
……痺れます?シュクレ?理解できんぞ?
とりあえず、スープボールに入っている野菜を一口食べてみると
「ん、なんだこれ?しゃくしゃくして、甘くて美味い。食感はタケノコみたいだけど……玉ねぎみたいな味がする?」
味と、食感がイメージと違うからか、脳内で理解が追いつかない。
ただ、味は旨い。魚は、ニジマスか?程よい塩味のミルクスープは、優しい味わいだ。
「それはシュクレルートだ。こいつだよ」
マハトが見せてくれた『シュクレルート』は、手足の生えた、セクシー大根みたいな形をしていて……
——なぜか、ジタバタ暴れていた。
「それは……なんだ?」
野菜って、動物だったかな?
セクシー大根は、頭?葉っぱを掴まれているからか、手?を伸ばしてマハトの手を掴もうとしたり、ブンと勢いをつけて足?で蹴ろうとしたりしている。
「何って、シュクレルートだな。こいつは土から抜いて日光に晒されると、暴れるし逃げる。ただ、逃げてもすぐ捕まえられるぞ」
マハトがパッと手を離すと、セクシー大根はシュタッと着地するや否や、慌てながらダッシュで、開いている扉から外に出て行った。
「あ、逃してもいいのか?」
走り去ったセクシー大根を見て、俺が呆気に取られていると、
「まあ、見てなって。ほら、行くぞ」
マハトに促されて、一緒に外まで出て行くと
「あ……」
シュクレルートは、手で体を支えながら、器用に足を使って、必死になって土に体を捩じ込んでいる最中だった。
「アイツは、土ならなんでもいいんだ。何なら暗くて包まれてさえいればいい」
マハトからセクシー大根の習性を聞いている間に、上部まですっぽり埋まった大根は、葉っぱをわさわささせた後、満足したのか大人しくなり、微動だにしなくなった。
「……なんか、可愛いな」
……俺、アイツ調理できるかな?
「アレは魔力の影響を受けただけだから、人間の野菜と変わらんぞ。動き回るだけで、知能は全くないからな」
そうなのか、知能がないなら大丈夫か?
「あれ?人間の野菜って……」
マハト、もしかして、俺が人間だって……
「魔力を吸収して成長すると、野菜やきのこは何でか動き回るようになるんだ。きのこなんかは、かなり足が早いぞ」
マハトは笑いながら、昨日からいろいろな事を、惜しみなく教えてくれているけれど……
そっか、俺が人間だって事に、とっくに気付いていたんだな。
「マハトは……魔族なの?」
お前は人間の……敵なのか?
だとしたら、悲しいし、嫌だな
「ユージン、種族の違いは気になるか?」
マハトはさっきと変わらず、優しい目をしたまま、こちらを見つめている。
「どうだろう?見たことない種族には、初めは驚くだろうけど、種族が違っても、とりあえずマハトはマハトだな」
俺にとっては、いい奴だから、種族間が揉めていても、なんら関係ないな。
「俺には良く分からないけど、種族の違いとかよりも、本人との関係の方が大事だな。同じ人間だって、良い奴も嫌な奴もいるからな」
なんなら、俺は嫌な奴の部類だったよ。
「ははは、ユージンはそう言ってくれる気がしたよ。ありがとう。今は、魔族と人間は敵対してるけど……皆、望んではいないんだ」
マハトは、少し苦しそうな顔をした。
「魔王……だけが望んでいるのか?」
余計な事は聞かないつもりだったけど、俺の中で、ピコラとマハトは、もう、大切な友人の位置に置いてしまったんだ。
——大切な話を、無視はできない
「ああ、そうだ」
マハトは、低く唸るように肯定すると、どこか遠くを鋭く睨みつけた。
——睨んだ方向に、マハトの敵がいるのか?
そういえば、ピコラも『望んでいない』と、マハトと同じこと言っていたな……
「いつか、皆が仲良くなれるといいな?」
俺には何も言う権利はないけれど、マハトが寂しそうに見えたから、気休めだけど声をかけておいた。
「……そうだな。よし、迎えまで少し時間があるから、ユージン一緒に釣りでもするか!」
マハトはパッと切り替えて、釣竿を取りに室内に戻って行った。
俺は、その背中を見て、何とも言えない胸が締め付けられるような、熱く沸るような
ただ、純粋に頑張れと言いたくなった。
「……俺も、頑張らなきゃな」
俺はマハトの背中を見送った後、セクシー大根をもう一度引き抜いて、また慌てて土に戻る姿を観察していた。
——これ、ずっと見ていられるな
セクシー大根の必死な姿に癒されていたら
「ユージン、何やってるの?」
ピコラが呆れた顔をしながら、裏の畑から、様々な草を持って戻って来た。
「今から、マハトと釣りをするんだぁ!」
さすがに、いい年した大人が、大根で遊んでいる姿を見られていたのは、恥ずかしかったので、俺は湖のほとりまで走って逃げた。
セクシー大根同様、穴があったら入りたい。
まぬけなセクシー大根の気持ちが、理解できてしまったことに、うんざりしてしまった。
青空を溶かしたような、澄み切ったブルーの水に、陽の光を反射してキラキラと輝いている湖を、ボーっと見ていたら……
辺りが急に暗くなり——
ズズゥン!! グルルルル、フシュー、
地響きと共に、足元が揺れた。
低く唸るように響く音、
生暖かい風を頭上から感じる……
——ヤバイ、絶対ヤバイ。
纏わりつく空気から、明らかに捕食者が、俺の真上から見下ろしていることだけは分かる。
ポタリ、ポタリと、捕食者のよだれが俺の前方に落ちて来ている。
——上を見た瞬間、喰われる。
本能がそう言っている。
——どうする?
俺が声を出せば、ピコラやマハトも危ない。
俺が食われる間に、2人は逃げられるか?
そんなことを考える自分に驚いた。
でも、ほんのひと時だったけど、
俺の料理を「美味しい!」と言ってもらえて心底嬉しかったんだ。
俺は、2人が美味しそうに食べてくれた姿を脳裏に思い出した。
——もっと、いろいろ美味しい物を食べさせてみたかったな。
俺はせっかく、仲良くなれたのにと、残念に感じながら、覚悟を決めて頭上を仰ぎ見た。
そこには、映画でしか見たことがないような
立派な爪と羽を持つ『ドラゴン』がいた。
——あ、これ、俺死んだわ




