脱サラ料理人、宮廷料理人に?
毎週土曜日、20:30 投稿予定です。
あー、俺、間違って転移した料理人です。
転移の理由?
それがさ『どっかの国の バカな王族』が、勇者の召喚に失敗したらしいんだ。
俺、その時に出来た時空の歪みに、なんでか理由は知らないけど、巻き込まれたんだよね。
気付いたら、異世界に飛ばされていたんだ。
全く、迷惑甚だしいけど……
来ちゃったものは仕方がないだろ?
だから、俺は生きていくために、料理を通じて、異世界人と異文化コミュニケーションを頑張ったんだよ。
見た事もない食材に囲まれて、魔族の意味不明な要望にもさ、一心不乱になって必死で応えまくってきたんだ。
そうしたら、顧客満足度が跳ね上がってね
俺の料理の腕を……王様が大層気に入られて、宮廷料理人に推薦されたんだ。
実力者として認められた訳なんだけど……
まあ、そこに至るには当然、色々あった訳。
そんな俺の人生、覗いて見ないか?
とりあえず、少しだけ先の未来を見てくれよ
***
カツン カツン カツン
黒御影石の冷たく温度のない廊下を、俺は魔族に案内させて、踵を鳴らして進む。
俺は無駄に靴音を鳴らし、傲然と歩く。
広い廊下の至る所に、禍々しい悪魔の彫像が漆黒の壁の中から上半身だけを晒し、その手には、最小限の灯りを携えている。
カツン カツン
歩くたび、空気が揺れるのか、彫像の手にある灯りがゆらゆらと揺れ、俺の影もその都度形を変えていく。
チラチラと揺れる影が、まるで意思を持っているように見えた。
——影が生きているみたいだな
廊下の天井が高く音が抜けるためか、俺の靴音は鋭く抜ける様に響く。
ふと、音の抜ける先に、何かが動いているのを感じて、天井を仰ぎ見る。
頭上では、俺の靴音に驚いたのか、蝙蝠がチイチィと騒ぎ、暗闇を求めて飛び回っていた。
カツン
俺は……随分と変わったよな。
なんて、自己陶酔しながら歩く。
かつての俺とは、凄い違いだよな?
趣味だったはずの料理が、いつの間にか、魔王城にまで出入りする様になるなんて、あの頃は思わなかったな。
俺は、魔族の国の最高峰まで登り詰めた。
俺を案内しているのは、魔王の執事をしている魔族だ。
実は先日も「城に来城しろ」と言われ、今回も半ば強引に打診を受けていた。
こちらが断りにくい条件と理由を付けて、城には何度も呼び出されているんだ。
なんなら、魔王自らが、定期的に俺の所在を監視でもするかのように、店にも巡回中に顔を出している。
執事は城で対峙する時は、いつもビシッとスマートにスーツを着こなしている。
神経質そうな銀縁眼鏡の奥の瞳は厳しく、一見すると明らかに、仕事が出来そうに見える。
その背中には、大きくて艶やかな、一対の立派な漆黒の翼が生えている。
俺は彼を見る度、いつも同じ事を考える。
——スーツの穴は、特注品だろうか?
今は執事の背後にいるため、スーツも気になるが、彼を見るといつも、頭に生えている、獣魔族特有の立派なツノが気になってしまう。
獣魔族のツノは根元が太く、先に向かって細く鋭くなっている。
渦を巻く事で頭部を守っているのだろう。
表面はザリザリとした質感で、衝突したら怪我をしそうだ。
硬質で深い溝がある角を、ぼんやりしながら見つめていてたら、ついうっかり俺の悪い癖が出た……
——これは、羊のツノだよな?羊の執事?
名前は絶対メリーさんだろ。
『アタシ……メリーさん』って言いながら、こいつが来たら怖いだろうな……
それに、このツノ、おろし金の代わりにもなりそうだよな。使ってみたいな……
俺の考えは、執事にかなり失礼だと思う。
——絶対、いま考える事じゃない。
しかし、場違いな事は承知の上だ。
そもそも、俺の思考回路が、シリアスに全く向かないだけなんだよ。
カッ
執事の歩みが止まり、重く荘厳な扉の前に辿り着くと、執事は振り返り、俺に深々と頭を下げてきた。
「ユージン様、こちらで魔王がお待ちです。本日こそは、心よきお返事を頂けるであろうと、城の皆が待ち望んでおります」
そう、俺は魔王と謁見の約束をした。おれは、魔王に言いたいことがあるんだ。
魔王城にも、魔族にも動じない俺、生きてきた中で、今が最高に格好いいぞ
俺が無言のまま頷くと、扉の両端にいた鎧の兵士(多分中身は入ってない)が扉を開けた、
ギギャギギギャギィャーッ
古くて重い扉は、地獄から湧き上がる叫び声、まるで切り裂かれる悲鳴のような不快な音を立てて開いた。
「よく来たなぁユージン!遠慮するな、余の前までくるがいい!!」
中に入るなり、怒号の様に発せられた魔王の声が、壁に反射して、二重、三重に響き、脳内に直接叩き込まれる。
思わずその音圧に頭がくらりとしたが、目をつむってやり過ごした。
カーペット以外には布が全く無いため、声が壁にこだまのように、何度も反響してしまうのだろう。
——うるさいし、今更、謁見とかマジで面倒くさいな
謁見室には、扉から上座に向かって、深紅の絨毯が敷き詰められ、魔王の前までの道を作っている。
絨毯を踏みしめると、毛足がしっとりと足に纏まり付き、足音をすんなりと吸収していく。
——上座まで遠いな……面倒だ。呼んだのお前なんだからお前が来いよ
魔王の居場所は数段ほど高く作られ、中央に黒曜石で作られた漆黒の威厳ある玉座が据えられている。
黒曜石の威厳ある玉座に、魔王は深く腰を下ろし、肩肘をつき、口元には不敵に笑みを浮かべてこちらを観察しているようだ。
——さあ、今日は何を言ってくるかな?
俺は片膝をつき、魔王に頭を下げた。
「お呼びにより、参上致しました」
勝手に呼びつけられたんだ。必要以上にへりくだるつもりはないが、挨拶を怠るほど俺は腐っちゃいない。
「ユージン、今日こそ其方を、余の元へ迎え入れるぞ!其方の求める条件はなんだ?!」
最近魔王は、是が非でも俺を引き入れるために、あれこれと手を回してきてかなり厄介だ。正直うんざりしている。
「魔王よ、貴方の要望は光栄ではありますが荷が重く、身に余ります」
俺は毎度、あくまでも丁寧にお断りしているはずなんだが?
「何を言うか、其方なら申し分ない。何が不満なんだ。余の望みを聞いてくれるなら……この国を半分お前にやったっていい!!」
……おっと、似ている話を、どこかで聞いたぞ?
そもそも国なんてもらっても、管理に困るだけで、腹は膨れないだろうが……
「今より、ユージンをここ、魔王城の宮廷料理人に任命する!!」
魔王よ……勝手に任命しちゃダメだろ
全く、本当に魔王は勝手だよな。
俺の料理をそんなにも食べたいか?
毎日食べる為に、俺に宮廷料理人の立場をくれると言うのだろう?
「だが断る!!」(……断る……断る)
俺の言葉は、謁見室にキーンと反響して響き渡り、しっかりとこだました。
カッコつけが好きな、中身の無かった俺が
魔族国の宮廷料理人の肩書きを断った。
俺は……断ったぞ!!
だって俺には『何よりも大事な信念』があるからな。
***
魔王からの勅命ともいえる『宮廷料理人』の任を断った俺。
肩書きやカッコつけが好きだった俺が、なんで、料理人としての『最高の肩書き』を断る心境になったんだろうな?
俺は今、最高にいい気持ちいいんだが……
時間を遡って、過去の俺を見てくれたら、
きっとそれも分かると思うんだ。
そこんとこよろしくな。
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