8.バレる伝説
はあ……。
なんで、こんな朝イチから学校のトイレにこもってんだ、アタシは。
昨日、そんなに変なもん食ったっけ?
机ん中から出てきた、いつのかわかんねえチョコレート食ったのがダメだったのかな……。
ジャ〜〜〜。
ふうう……朝からゲッソリ。
こんな時は愛美の顔を見て元気になろう。
さっ、教室に戻るぞ!
「あっ、凛咲さん、おはよう!」
「え? ああ……おは、よう」
っーー!(トイレのドアを開けようとした手をピタッ)
ま、愛美⁉︎
愛美もトイレにいたのか?
つ、つーか、誰だ?
愛美におはようって声をかけたヤツ……。
「ごめんね、イキナリでびっくりさせちゃったかな? 私、同じA組の藍川さくら」
「ああ、藍川……さん」
藍川さくら?
確か、出席番号1番の……。
「へへ、さては顔わかんないでしょ? いいの、いいの。私は廊下側の1番前の席だし、凛咲さんとは1番席が離れてるもんね」
「ご、ごめんなさい、名前は知ってるんですけど」
「はっはっは! やめてよ、敬語なんて。私たちタメでしょ?」
な、なんだ? この距離感の近い話し方は。
くそ、ドア越しじゃイマイチ雰囲気がつかめない!
どういうつもりだ、藍川さくら⁉︎
「でも、よかった。こんな風に会えて話せるなんて。実はさ、ずっと凛咲さんと話したいと思ってたんだ!」
「えっ? わ、私と?」
な、なに……⁉︎
「うん。私さ、席が近い小野寺アサミって子と仲がいいんだけど、いつも2人で言ってたんだ。凛咲さんって可愛いな〜、仲良くなりたいな〜、って」
「わ、私がっ⁉︎ そ、そんな、可愛いとか、全然、違うし……!」
い、いや、そこは合ってるぞ!
否定しないでいい!
そして、見る目があるぞ、藍川さくら!
で、でも。
なんだ? この感覚……。
相手は愛美を狙う男子じゃない。
女子同士だから安心していいはず。
……なのに。
なんでだろう、なんか、ちょっと……胸が、ザワザワするーー。
「ホントだって。凛咲さん落ち着いてるから目立たないだけで、私たちにはとっくにバレてるよ! 可愛いってことが」
「あ、いや、そんな……(カアァァァ)」
「でも、なかなか声をかけられなくてさ。だって、凛咲さんの隣り……あの松城さんがいつもいるから」
ピクッーー!
「ずっと気になってたんだ。その……凛咲さん、大丈夫?」
「えっ、な、なにが?」
「みんな心配してるよ? 凛咲さん、松城さんからひどいことされてるんじゃないか……って」
「えっ?」
っっっ……!(百合子、歯を食いしばりっ……)
「ど、どういうこと?」
や、やめろ、愛美……。
訊くな。
訊くなあああっーー!!!
「ああ……凛咲さん、入学式の日に休んでたから、もしかして知らない? 松城さんの伝説」
「で、伝説?」
っ……!
も、もう、ダメだ……。
「松城さんさ、入学式の日にいきなりケンカしたんだよ。しかも、相手はあのテンツバ」
「テ、テンツバ?」
「そう。この学校でケンカ最強として恐れられてる、3年の浅宮天華と北浦椿。松城さん、その2人とケンカして、しかも軽くやっつけちゃったんだよ」
……終わった。
もう、なにも、かもーー。
「ウ、ウソ、そ、そんな……」
「今でこそ目立った動きを見せてないけど、実質的に松城さんがこの学校の頭だってことは、みんなの共通認識だよ」
わ、わかった。
わかったから……。
もう、言うな。
それ以上、もう、言わないでくれ……!
「松城さん、いつも凛咲さんのそばにいるでしょ? もしかして、下僕のような扱いを受けてるんじゃないか心配で……大丈夫なの?」
「っ……」
…………。
いいんだぜ? 愛美。
軽蔑してくれて。
今までのこと、全部、後悔してくれてーー。
「……大丈夫。全然ひどい扱いなんか受けてないよ」
「ホ、ホントに? ウソはつかなくていいんだよ?」
「うん、ウソじゃないよ。確かに、ハタから見たらコワモテでとっつきにくい雰囲気があるかもしれない。でも、なんというか……とっても、温かくて、優しい人だと思う」
っ…………!
「あ、あの松城さんが?」
「うん……」
「……そ、そう。それなら、いいんだけど……」
愛美……。
まなみっ……!(両頬を涙がポロッーー)
「あぁ……なんか、ごめんね? シンミリした感じになっちゃって」
「ううん、大丈夫」
「そうだ! 実は前からアサミと話してたことがあるんだ。凛咲さん、私たちと一緒にお昼の弁当食べない?」
「お、お昼の弁当?」
……えっ?
「凛咲さん、いつも1人で食べてるでしょ? よかったら私たちと一緒に食べようよ。もっと仲良くなりたいし!」
「あ、えっと……」
「イヤ……かな?」
「えっ⁉︎ ううん、そんなことない、嬉しい」
「ホント? そしたら今日のお昼から一緒に食べよ! やったあ、嬉しい!」
「あは……(どこか複雑そうな表情で、ニコッ)」
「じゃあ、教室に戻ろっか」
「あ、うん……」
…………。
……わかってた。
いつまでも、愛美に入学式の日のことを隠し通せないことぐらい。
こんだけウジャウジャ生徒がいるんだ、バレない方がおかしい。
ただ……。
だだ、不意すぎて……ちょっと、ダメージがでかい。
温かくて、優しい人ーー。
……どこまで優しいんだよ、お前。
社交辞令でそんなフォローしやがって。
実は、すぐそばにいたんだぞ?
そんなんだから。
そんなんだから……。
お前のことが、大好きなんだーー。
◇◆◇◆◇
ピンポンパンポーン♪(昼休憩)
「凛咲さーん、こっち、こっち!」
「あ、うん……(百合子の背中に目をやりながら、さくらとアサミが待つ席へトボトボ)」
キャピキャピ、ワイワイ♪(さくらとアサミが愛美を迎えて笑顔でガールズトーク)
…………。
見た感じ、雰囲気いいな。
愛美を狙う危ねえ男子とかじゃねえし、アタシが心配して目を光らせる必要もなさそうだ。
よかったな、愛美。
「ちゃんとした」友達ができてーー。
もぐ……(昼食のパンを力なくパク)
…………。
味、わかんねえな……。
何パン食ってんだっけ? アタシ……。
別に、今までだって昼メシを隣りで食べようなんて約束してたわけじゃない。
隣りにいたって会話なんてなかった。
愛美は近くにいる。
ちょっと、遠くなっただけ。
ただ、それだけのことじゃねえか。
……なのに。
なのに、なんでだろう?
全然、楽しくねえーー。
◇◆◇◆◇
ーー数日後。
ガチャ……バタン。
屋上。
またここが昼休憩の指定席に戻っちまったか。
中学ん時を思い出すな。
クラスのヤツらと一緒に食うのがイヤで、毎日屋上で食ってたっけ。
ガサガサ……もぐ。
パン。
今日も、スーパーで買ったパン。
明日はおにぎりにしようかな。
……ふふ。
なに体の心配なんかしてんだ、アタシ。
どっちみち、なに食ったって美味くねえんだよ。
愛美が隣りにいない昼メシなんて。
……いや。
今までが出来すぎてただけだ。
愛美と出逢って、愛美を好きになって、愛美がいつも隣りに座ってくれててーー。
その夢が、覚めただけ。
つまらない学校生活が、少し遅れて想定どおりやってきただけ。
ただ、それだけのこと。
気のせいか、愛美もあれからどこか素っ気ない。
表情も、挨拶を交わす時の声のトーンも。
……そりゃそうだ。
アタシはもう、愛美の中でケンカ最強のヤンキーになっちまったんだから。
愛美を見ながら昼メシを食えば楽しいかなって思ったけど、逆にツラくなっちまう始末。
席は近くても、心の距離は遥か彼方。
もう、アタシの居場所はここしかないーー。
……それにしても。
愛美がアタシの下僕って。
そんな風に見てたんだな、周りのヤツら。
ふふ……まあ、それも仕方ない。
確かに、変な虫がつかないようにずっと愛美のそばにいたからな。
愛美が席を立てば、気づかれないようにアタシもコッソリ後を着いて行く。
昼メシだって、購買に行ってる間になにかあったらマズイから毎日スーパーで買う。
それも、全部、愛美を守りたかったからーー。
なのに、それがかえって有らぬ噂のもとになってたなんて……虚しいもんだ。
もぐ。
…………。
もぐ。
…………。
……飲み込めない。
パン。
……いや。
本当は。
今の状況がーー。
……なんでだよ。
なんで、こんなに切ないんだよ、アタシの心臓。
しっかりしろ。
しっかりしろ、松城百合子……!(両目に涙がジワ)
「百合ちゃん」
っっっーー⁉︎(声のした後ろの方にガバッ!)
えっ……?
ま、愛、美……?
「へへ……来ちゃった」
「っ…………(ポカン)」
「一緒に、食べてもいい?(パンが入ったコンビニのレジ袋を両手でヒョイ)
「お、お前、藍川さくらたちと食ってたんじゃ……」
「うん、先週……までね」
せ、先週まで?
どういうことだ?
「百合ちゃん、先週の途中から昼ご飯を別の場所で食べるようになったでしょ? ちょっと、気になっちゃって」
「は、はあ……」
「ホントはいけないってわかってたんだけど、探偵になってコッソリ後ろをつけちゃった」
いや、なんか……。
ちょっと、状況が、飲み込めないーー。
「今日は私もパンにしたんだ。はむ……ふふ、おいひい」
「なんで、わざわざ……藍川たちは?」
「ん? うん……(もぐもぐ)」
あっ、なにやってんだ、アタシ。
愛美が食べてる途中だってのに……。
「藍川さんたちには言ってきたよ。やっぱり、昼ご飯は今までどおり自分の席で食べるって」
「え……?」
「あっ、でも、ちゃんと角が立たないように上手く言ったよ?」
いや、そこじゃなくて……。
なんで、そんなこと言ったんだ?
「……私ね、今まで誰かと一緒に昼ご飯を食べることなんてなかったんだ。だから、藍川さんたちが誘ってくれた時は戸惑ったけど、その気持ちは素直に嬉しかった」
そりゃ、そうだよ。
それが普通だ。
なのに、なんで……。
「でもね、一緒に食べてて楽しいはずなのに、なぜか居心地がよくなくて……」
居心地が?
……な、なんで?
「そしたらね、気づいたの。お昼に限らず、私にとって居心地のいい指定席は、やっぱり自分の席なんだ……って。とっても温かくて、穏やかで……優しい気持ちになれる場所ーー」
…………。
「……なんでだ?」
「えっ?」
「なんでだよ? 入学式の日にケンカするような、愛想のないヤンキーが隣りにいるっていうのに」
……言っちまった。
バカみてえに、自分から。
でも。
知りたいんだ。
コワイけど。
アタシのこと、どう思ってるのかーー。
「……なんのこと?」
「えっ……?」
「私、入学式の日は休んじゃったから、その日のことはよくわかんないや。それに、今日ってエイプリルフールだったっけ? ふふっ、百合ちゃんがヤンキーだなんて。いや、意外とハマるのかなあ?(笑)」
「っ…………」
「うん、たまにはパンもいいね! おいひい!」
…………。
軽蔑してないのか?
アタシのこと。
後悔してないのか?
アタシと、出逢ってしまったことーー。
「ねえ、百合ちゃん」
「……ん?」
「1つ、お願いがあるんだ」
「おね、がい?」
「あのね、明日から……また隣同士、席に座って昼ご飯を食べない?」
……えっーー?
「藍川さんたちには自分の席で昼ご飯を食べるって言っちゃったから、こういう風に席を外すの、あんまりよくないかな……って。でも、1人だと、それはそれで寂しいというか……」
なに? それ……。
なんで、寂しいんだよ。
アタシなんかいなくたって、別にーー。
「勝手なお願いなのはわかってる。でも、私のわがままに付き合ってくれたら……嬉しい」
「……………」
「ダメ、かな?」
「……ったく、しょうがねえな。まあ、付き合ってやんよ」
「あはっ……ありがとう」
……なんだよ、その上から目線。
ホントは、くそほど嬉しいクセに。
今にも涙がこぼれそうなほど、安心したクセにーー。
「百合ちゃん、今日は何パン?」
「え? なんだろう、さくらんぼジャム……だって」
「ホントっ? それ、私と一緒だよ!」
「そう、なのか?」
「へへ……なんか、ニコイチだね、私たち!(さくらんぼの房を形づくるように、百合子の食べかけのパンに自分の食べかけのパンをチョンとくっつけ、エンジェルスマイルでニコッ♡)
ドボフンッッッーー!(※注 百合子の頭の中が爆発しました)
ーーその後、百合子が昇天したのは言うまでもない(よかったね、百合子♪)