6.禁断症状
ああ……。
やばい。
色々と、やばい。
なぜなら。
そう。
今日が。
まだ。
ゴールデンウィークの最終日だからだーー!
今年はきっちり5連休。
いつもならありがたい限り……なんだ、が。
もう休みなんていらないよーー!
だって、だってさあ!
愛美と5日間も会えないなんて寂しすぎるにもほどがあるぜ!
胸が、胸が張り裂けそうなほど寂しすぎるよぉぉぉ!
寝ても覚めても、思い浮かぶのは愛美のことばかり。
土日でさえソワソワして落ち着かないってのに、5連休はちょっと拷問すぎるぜえ……。
ああ、足りない。
圧倒的に足りない。
アタシの生命活動維持に必要な栄養素、ビタミン愛美が圧倒的に足りない。
明日は連休明けで愛美に会えるというのに、このままだとアタシのカラダが先に干からびちまう。
ど、どうすればいいんだ……。
…………。
よし。
コーヒーを飲もう。
とりあえず、この頭がボ〜ッとするのを改善できればマシになるはずだ。
目がギンギンに見開くほど強力なカフェインを摂取して、頭をシャキッとさせよう!
ちょっとお高めのプレミアムなブラックコーヒーなら、カフェインも強力なはずだ!(※注 カフェイン量が値段の高さに比例すると信じている百合子を、微笑ましくスルーしてやってください)」
ぐずぐずしてはいられない。
そうと決まればコンビニに出発だ!
◇◆◇◆◇
ピンポンパンポーン♪(百合子、コンビニに入店)
よし、買うぞ。
強力なカフェインを含んだブラックコーヒーを!
とりあえず、1番値段が高いヤツを選んどけば間違いないだろ。
……って。
ん?
あそこに立ってる客、誰かに似てるような……。
ジ〜ッ……。
ーーはっ!
あ、あれは!
愛美ぃぃぃーー!
あの背丈。
あの髪型。
あの横顔……。
ま、愛美に間違いないっ!
わわ、ど、どうしよう⁉︎
こんな所で愛美に逢えるなんて!
で、でも……。
話しかけたりしない方がいいよな?
ゆっくり買物中のプライベートタイムに、ズケズケと入り込まない方がいいよな?
よ、よし。
ここは遠目から見守るだけにしよう。
それだけでも、アタシのカラダにビタミン愛美が染み込むように補充されていくぜーー!
ドキドキ。
な、なにを買うのかな?
愛美のことだ。
きっと、ふんわりチーズスフレとか、ストロベリーチョコとかを買うに違いない。
ああ、尊いぜえ……。
あ、商品を取った!
なにを取ったのかなあ⁉︎(ワクワク、ドキドキ⭐︎)
……って。
え?
な、なにいぃぃぃっっっーー⁉︎
ワ、ワンカップの日本酒だとぉぉぉーー⁉︎
えええっ⁉︎
ちょちょ、ちょっと待って!
ちょっと待ってぇぇぇーー!
そ、それ呑むのっーー⁉︎
こんな真っ昼間から、それ呑むのっ⁉︎
愛美お嬢様っーー!
ウ、ウソだろ?
こんなことって……。
アタシならまだしも、愛美だぞ⁉︎
愛美は、ありとあらゆる法律を完璧に遵守する全国民の鏡のはず……(※注 あくまで百合子の私見です)
いつからそんなド不良娘になっちまったんだーー⁉︎
ま、間違えたんだよな?
水を買おうとして、間違えてワンカップを手に取ってしまっただけだよな?
そ、そうに違いない。
ほら、だって手に取ったワンカップをじっくりとながめてる。
そうだよ、愛美。
それは水じゃなくてワンカップだよ。
ふう、気づいてくれてよかったあ……。
……って。
そのままレジの方に進み出したーー!
バ、バカなっ!
ホントにそれを買うつもりなのか⁉︎
い、いや、そんなはずはない!
ーーはっ!
そ、そうだっ。
そのワンカップ、きっとレジ前のホット飲料コーナーの棚に置くんだな?
なるほど、愛美は熱カンを呑みたいおじさんが来店するのを見越して、前もってそこで温めてあげるつもりなんだ!(※注 そんなワケがありません笑)
な、なんだよ、ビックリさせやがって……。
そう。
そのまま進み。
そして、ホット飲料コーナーの前で止ま……。
「いらっしゃいませー、ありがとうございます(愛美と思わしき女性客がワンカップをレジカウンターにコトッ)」
らないぃぃぃーー!
ふ、普通にワンカップの購入に突入したーー!
あああっ!
や、やばい!
愛美がホントにワンカップを買ってしまうぞ!
いや!
だが、まだ希望はある!
なぜなら、きっと店員がこのまま黙って購入を見過ごすワケがないからだ!
頼むぞ店員、すべてはお前の手にかかっている!
さあ、愛美の非行を止めてくれ!
「こちら1点で227円になります。そちらの確認画面へのタッチをお願いします」
う、促したっーー!
なにひとつ疑いもせず、流れるように「私は20歳以上です」へのタッチを促したーー!
バ、バカな⁉︎
愛美はどこからどう見ても妖精の国からやって可憐な少女……。
ハタチ以上なんかに見えるわけがない!
お前の目はフシ穴かーー!
あ、あ、あ!
愛美が支払いをすませて店を出ちまった!
くっ……。
こうなれば、もう止めるのはアタシしかいない!
愛美を非行の道に走らせはしないぜ!
ダダダダダッーー!(店外に出た愛美と思わしき女性客の腕を、百合子がガシイッ!)
「お、おい、待て!」
「ヒッーー! な、なにっ⁉︎」
…………。
って。
え?
誰だ? こいつ。
「……なんですかっ?」
ま、愛美じゃないっっっーー!
えええっ⁉︎
ウ、ウソッ?
愛美だと思ったのに、全然見覚えのねえアラサー風のお姉様なんですけどーー⁉︎
「あっ、す、すんません、人違いでした……」
「……手ぇ、イタイんだけど?」
「あああ、は、はいっ!(パッ)」
「……フン(不機嫌そうに立ち去りっ)」
や、やってしまった。
よく見れば、全く愛美じゃない。
なのに、愛美にしか見えなかった。
…………。
や、やばいーー!
ビタミン愛美が不足しすぎて、幻覚が現れ出した!
ど、どうすればいい⁉︎
今の幻覚内容が衝撃的すぎて、ボ〜ッとする頭はガッツリと冴えた。
だが、しかし!
きっと、このままだと赤の他人が愛美に見える幻覚は解消されない。
いったい、どうすれば……。
…………。
糖分。
よし、糖分を摂ろう。
頭に糖分が足りてないのかもしれない。
なんかもう、よくわかんねえけど、とりあえず糖分を摂るんだ!
あ……そういえば。
近くの商店街に新しくオープンした鯛焼き屋が人気だって、この前ローカルニュースでやってたな。
むう。
普段なら全然興味ねえけど、こんな時ぐらい寄ってみっか。
よし、そうと決まれば話は早い。
とびっきり甘いヤツを食って、頭を完全にシャキッとさせるぞ〜!
◇◆◇◆◇
ここか。
鯛焼き屋とは思えないオシャレな店構えだな。
タイミングよく誰も客がいねえし、サッサと買って糖分補給だ!
ううん……。
なんか、めちゃくちゃメニューが多いな。
普通に粒あんでいいかな?
いや、糖分量だけで言えば粒あんを超えるモノがあるかもしれない。
どれが1番の糖分を含んでいるんだ……?
おっ、これなんかどうだ?
超コク旨スペシャル濃厚チョコレート鯛焼き!
なんかもう、ネーミングの長さからしてこれしかないだろ!
よし、こいつを食らってやるぜ!
「あの、イイっすか?」
「はい、ご注意を承ります」
「えっと、超コク旨スペシャル濃厚チョコレート鯛焼きを1つ……(店員の顔をチラリ)」
…………。
って。
え?
「はい、スペチョコおひとつですね!(ニコッ)」
ま、愛美いいいっっっーー⁉︎
「ほかにご注文はよろしかったでしょうか?(ニコッPart2)」
や、やめろ……!
そんな笑顔を見せるな!
アタシに笑ってみせてくれるのは愛美だけ……。
なのに!
今そんな笑顔を見せられたら、お前が愛美に見えちまうだろうがーー!
ぐっ……。
し、しっかりするんだ、アタシ。
もう惑わされないぞ!
お前は愛美じゃない。
ただの鯛焼き屋の看板娘だ!
だが、しかし!
アタシの目には、もはや愛美にしか映っていない!
そんなヤツに笑顔で神対応され続けると、もう完全に頭がぶっ飛んでしまう!
早く……。
早く、超なんたら鯛焼きを買って退散するんだ!
「そ、それでいいっ!」
「ひいいっーー⁉︎(ビクウッ!)」
「金はっ⁉︎」
「あっ、ひゃっ、198円ですうぅぅ!」
バアンッーー!(百合子が200円をカウンターに叩きつけっ!)
「釣りはいらねえから、とにかくサッサと包めっ!」
「は、はひいぃぃぃ!」
み、見るな。
店員の顔を見るな!
愛美に接客してもらえてると錯覚して、昇天しちまうぞ!
「お、お待たせいたしました。あの、お釣りは……」
「いらん! 取っとけ! じゃあな!」
「は、はい……(ポカ〜ン)」
ふいぃぃ。
危なかったが、なんとか鯛焼きゲットだぜ。
さあ、一刻も早く帰って糖分補給だ!
……って。
あれ?
あれあれあれっ?
な、なにいぃぃぃぃぃぃーー⁉︎
街ゆく人の顔が、みんな愛美に見えるんですけどっーー⁉︎
ヒョウ柄の服を着たマダムも!
外回りの営業中と思われるサラリーマンも!
昔ながらの呉服屋で談笑するおばあちゃん連中も!
みんなみんな、愛美の顔だっーー!
な、なんてことだ……。
やばい!
これは自分で思ってる以上にやばいぞ!
もはや、家に帰ってからでは遅い!
今すぐに鯛焼きをガッついて、1秒でも早く糖分を補給しなければ取り返しのつかないことになる!
くそっ……実は大の甘党であるこの百合子。
ホントはゆっくり味わって食べたかったのに、そんな余裕ぶっこいてる暇はない!
水を飲むようにソッコーで胃に叩き込むんだ!
ガブッ、ガブガブガブッーー!
……んんんんんっ⁉︎
や、やべ、喉に詰まった!
トントントンッ!(しゃがみ込んで胸を拳で連打!)
ぐ、ぐるじいっ……。
誰が、だずげでっ……!
「だ、大丈夫ですかっ⁉︎」
えっ?
「はっーー! ゆ、百合ちゃん⁉︎」
こ、この声……。
まさかーー?(しゃがみ込んで心配そうに顔をのぞきこんでくる女性の顔をゆっくり見上げっ)
「やっぱり百合ちゃんだ……大丈夫⁉︎」
ま、愛美いいいっっっーー!
アタシを百合ちゃんと呼ぶのは、この世にたった1人だけ……。
こ、今度こそご本人登場なのかっ?
いや!
しかし!
ビタミン愛美の過度の不足により、幻覚に加えて幻聴が始まった可能性もある!
こ、怖い……。
もはや、見聞きするものが全部怖いよおっ〜!
ーーはっ!
こ、これは……⁉︎
パアアアアッーー。
ま、街ゆく人の顔が、みんな本来の顔に変わっていく……。
でも、目の前にいる愛美は、愛美のままだ。
と、いうことは。
今度こそ、正真正銘ホントの愛美だあああっーー!
あああ……。
きっと、至近距離から降り注ぐビタミン愛美がアタシのカラダに染み渡ったことにより、ようやく禁断症状が解消されたんだ。
そして、喉に詰まった鯛焼きすらストンと胃におりていくうぅ〜!
「大丈夫? どこか苦しいのっ?」
「あ……いや、大丈夫だ。ちょっと、鯛焼きが喉に詰まっただけだから」
「え、鯛焼き? もしかして、百合ちゃんもそこの鯛焼き屋さんに行ってたの?」
へっ?
百合ちゃん「も」?
「実はさっき、私もお店に寄って買っきたんだ。入れ違いだったんだね、私たち」
「そ、そうなんだ……」
そんなの全然気がつかなかった。
だって、なんせ周りのヤツ全員が愛美の顔に見えてたんだもん!
つ、つーか、愛美。
「お前、なんで制服なんか着てんだ?」
「えっ⁉︎ あ、ああ、ええっと……! そ、そう、今日から学校だと勘違いしちゃって!」
へっ?
な、なんじゃそりゃ?
しっかり者の愛美がそんなイージーミスをするのか?
……あやしい。
これはあやしいぞ。
なんか、そこにつながる裏のストーリーがありそうな気がする。
でも、そこはツッコまないでと顔に書いてある。
むうう、気になる!
気になるけど、変に愛美を困らせたくはない。
ここは本人の言うことを信じますか……。
この百合子、愛美お嬢様がいつかホントのことを話してくれるのを待っていますぞ〜!
「は、はあ……そうなのか?」
「うん! あはは、ドジだよね、私ったら!」
そ。
そんなワケねえだろおっっっ!
うっかりしちゃう愛美とか、人類史上で最も尊くて可愛いに決まってんだろうがあぁぁーー!
たった今、アタシは妄想の中でお前を壊れるほど抱きしめて、強引にクチビルを奪ってしまったぜ!
「あっ、ちょっと待って」
えっ?
なに?
なになにっ⁉︎
愛美の右手が、アタシの顔に近づいてくるぞーー⁉︎
ピッ……(愛美が百合子のクチビル横についていたチョコレートを人差し指でグイッ)
「これ……ついてたよ?」
「は、はあ……(カアァァァッ)」
「チョコレート味、買ったんだ?」
「おっ、おう……(声、震えっ!)」
「そうなんだね。私も迷ったんだけど、結局は王道の粒あんにしちゃって……」
ジ〜ッ(愛美が人差し指についたチョコレートを凝視っ)
な、なにをそんなにガン見してんだ?
アタシの口についてたチョコレートなんて……。
チラッ(愛美が頬を赤ながら百合子の顔を確認っ。そしてーー)
パクッ。
えっ。
…………。
えええええっっっっっーー!
たた、食べたあああっ!
愛美が、アタシの口についてたチョコレートを食べたあああっ!
「へへ……味見、しちゃった(え、えっと、ついついやっちゃいましまた、テヘッ! 的なエンジェルスマイルでニコッ♡)」
ドボフンッッッーー!(※注 百合子の頭の中が爆発しました)
ーーその後、百合子が昇天したのは言うまでもない。