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水耕農場・トイレ

 ラインハルトが同盟に実質勝利した……それ以後のすべては消化試合といえる、焦土戦術。


 なぜそんなことが、宇宙時代に可能なのでしょう。

 ヤマトが持っていた、食料生産システムがあれば焦土作戦は無意味でした。

 その技術はヤマトの世界でも十分に活かしているとは言えない、『銀河英雄伝説』のみならず多くのSFのボトルネック技術です。



 原作では、帝国領に侵攻した同盟軍は200の惑星を占領し、そのうち30が有人惑星とあります。

 五千万人の180日分の食が必要。

 食用種子。人造プロテイン。水耕農場プラント。


 180日、約半年というのは、種子が届いてから収穫までの時間でしょうか。

 つまり農場破壊はやっていないということです。

 オーベルシュタインは戦後のことも考えていました。食料を奪った帝国からも、食わせられない同盟からも、民の心を離す。その民は食料を持ってきたラインハルトに忠誠を誓う……誰が食料を奪う命令をしたかなどは忘れる。

 そのためには、恒久的に農耕不能にするべきではない。一時的な飢餓で十分。

 人間を正しく軽蔑しきった戦略……。



 また、水耕プラントなども輸送艦に積めるということです。

 水耕プラントなしに、短期間で育つ作物だけで生きるのが困難である、ということも示しています。

 現実の地球、特に日本では、村を追われたり備蓄を奪われたりしても、山の草や獣、川魚、木の根や皮である程度は生きられましたが、それもないということです。



 同盟の戦艦に「大小便を食物に戻す」システムがあれば、戦い続けられたのです。

 機械があれば。機械から電源コードを核融合炉につなげ、ホースをトイレのタンクと水道につなげてトイレを使いながら動かせば、機械についている無料自販機から絶対安全完全栄養のカ〇リーメイトとミネラルウォーターが出てくる機械が。

 大小便にこだわらなくても、たとえば燐・カルシウム・鉄などミネラル・肥料を多少積んでおき、艦内空気から核融合炉のエネルギーを用いるハーバー・ボッシュ法で窒素肥料をつくり、それと水を核融合炉のエネルギーで照らす水耕農場に入れて、食料を得てもいいのです。

 窒素肥料ならハーバー・ボッシュ法でなくても、太陽系の大きい衛星や冥王星にいくらでもアンモニアがあることは今の筆者は知っています。執筆当時もある程度は予測できたでしょう。

 でもそのシステムがなかったのです。ヤマトと違って。

 だから、要するに餓死より戦死したいと叫び……事実上全滅。まさに腹が減ってはいくさはできぬ。


 予備エンジンと艦内プラントをシャトルに積んで飢えた地上におろし、リン鉱山でも掘るか、人々の大小便でも集めるかしてプラントに入れ、みんなを食べさせる……

 それもできなかったのです。


 イゼルローン要塞の水耕農場は小麦タンパクやビタミンを供給します。森林公園も酸素供給をします。

 だからこそ、ユリアンは50年籠城して民主共和制を守る覚悟をしました。イゼルローン要塞は50年間、自分の部品や消耗品を供給し、水耕農場で栄養を供給し続けられるものだったのです。


 アーレ・ハイネセンが出発したイオン・ファゼカス号……ドライアイスの船にも、まず間違いなく水耕農場システム・栄養プラントがありました。極寒の鉱山惑星であり、農業は不可能だったでしょう。また水耕農場システムがないとしたら、長旅は絶対に不可能。

 それは、ドライアイスの船でたどり着き、地下に隠れて超光速船を作った工場で複製できたのです。

 それで長い年月旅を続け、バーラト星系にたどりついたのです。


 戦艦には載せられない。イオン・ファゼカス号やイゼルローン要塞には載せられる。『銀河英雄伝説』の食糧生産システムは、そういうサイズなのです。

 また、長くて月単位の戦いしかしない同盟の建艦思想もあるのでしょう。できる限り余分を省き、兵站を絶やさずに戦うことしか考えない。

 食料だけあっても、ミサイルや消耗部品がなければどのみち戦力はほとんどなくなる、だから補給依存で問題ない……でしょうか。


 逆に、皇帝の称号が全人類統一政府を命じているため叛徒征服を諦められない帝国の艦隊には、食料生産プラント艦や修理工場艦はあるのでしょうか?

 ダゴンや、コルネリアス帝の艦隊は、また同盟征服に成功したラインハルトの艦隊は?

 いや、それはない……ラインハルトはウルヴァシーを兵站基地とし、ヤンの兵站破壊に苦しみ、将はアムリッツァの同盟軍と同じ目にあうと悲鳴を上げました。

 ガイエスブルクを使い潰さず、ここで持ってきていれば……


 そうそう、エル・ファシルでの人間狩りが成功していれば、300万人を何日食べさせ飲ませ空気を浄化する必要があったことか。大小便だけでどれだけ出たことか。その準備はできていたのでしょうか?

 トイレや食料を与えず縛ったまま放置するのは人を奴隷化するのに有用な拷問の一つですが、人は水がなければ数日、空気がなければ数分で確実に死ぬ……



 興味深い比較があります。『彷徨える艦隊』の主人公側、アライアンス艦隊です。

 アムリッツァの同盟と同様、動員可能戦力の大半で敵国中枢に飛びこみ、見事罠にはまって壊滅しました。

 自由惑星同盟と運命を分けたのは、工作艦です。……ギアリーと、彼に指揮権を譲って死にに行ったブロッホの功績も大きかった、とはいえ。自己犠牲や奮戦はどちらにもありました。

 アライアンス艦隊には、数隻の巨大艦、工作艦が含まれていました。

 鈍足でほぼ非武装な厄介者です。

 ですがそれがなければ、艦隊は諦めるしかない……敵も徹底して狙ってきました。

 内部に工場がある工作艦。艦を修理する部品、動かすための燃料電池|(現実の燃料電池とは違う、乾電池のようなもの)、ミサイルやブドウ弾を作り続ける。

 敵の鉱山小惑星を占領できれば、そこから必要な原料を採掘する機械すら内部に持っているのです。

 アライアンスは敵シンディックに比べ、敵陣で戦い続けることを重視します。クルーが多く艦を修理する能力が高いです。シンディックは民間委託した修理船に頼る、自分の領土で戦うことを前提にしています。コスト節約を優先しています。工作艦もシンディックにはありません。

 ただし、工作艦があっても残念ながら食糧の自給はできませんでした。餓死に瀕することはなかったにしても、アライアンス艦隊は食糧配給制限に苦しみ、ポケットに入る食料の不味さ味気無さ……いいものはなくなり、アライアンスで最も人気がないダナカ・ヨルク、それよりもっと不味いシンディックの倉庫から奪った糧食に苦しみました。まあ飢餓がなかったのですから、うらやましがる作品もあるでしょうが。

 工作艦に食料を作るシステムがなかったことで苦しんだ……そのことは後にも改善されていません。その世界では、それほど食料生産は困難だったようです。

 ……シンディックは、可能性がある星系すべての食料を消し去っていればよかったのです。


 食料生産設備がないことが致命的になることもあります。『銀河の荒鷲シーフォート』では、長期間の補給不能航海を余儀なくされ、死者を食うかどうかすら議論され、餓死者も出ました。

 他にも宇宙で飢える話は多くあります。

『火星の人|(アンディ・ウィアー:日本での映画名「オデッセイ」)』はほとんど食料生産の話です。

『再就職先は宇宙海賊|(鷹見一幸)』も食料不足で苦労します。逆に言えば小型のトイレ~食物再生設備がないということです。

 確か『タイラー』シリーズでも、追われて食料制限に苦しむ話があったと思います。

 他にも少人数で追われる話は、『スターウォーズ』『クラッシャージョウ』など多くあり、それぞれ食糧問題は重大でしょう……描かれていないにしても。特に小型船で追われる場合、食料プラントを積む余裕もないし備蓄食料も少なく、より苦しいでしょう。

『七人のイヴ』では、宇宙船の一つで食料生産プラントを構成する藻類が病気にやられました。それで大半は餓死、人食いとなった生き残りの子々孫々まで差別されました。かけがえのない資産も失われました。


 他にも、特に技術水準が低い宇宙事故の話……まあ餓死以前に酸素や水で死ぬことも多いですが、救助がなければ欠乏で死ぬし、吐いた息・大小便をまともな空気・水・食物に戻せれば死なないわけです。

 現実の地球で二酸化炭素を酸素に戻すのは日光エネルギーを利用した植物ですし、大小便を食物に戻すのは土や水の微生物と植物の合わせ技です。水も日光エネルギーで蒸留されています。同じシステムが、三つとも循環させているのです。

 実質的に「そのシステム」の有無が生死を分けてしまうのです。


 逆に300メートルない小型艦で食料生産が可能なヤマトこそ、多くの作品の人々がうらやむでしょう。

 いや、今現実の米海軍も、空母や戦略原潜で食料生産が可能なシステムがあれば大金を出すでしょう。

 それ以前の問題。船上や戦地で容易に新鮮な食料を作ることができていたら、兵糧攻めも焦土戦術も無意味、壊血病や脚気もありません。

 ……屯田(とんでん)、というものがあります。開拓農業もする軍。食料補給を節約できますが、自立されるリスクもあります。古代ローマ軍も工兵能力が高く、都市・道路などインフラ整備も行いました。

 軍による現地食料生産……これは軍事史的にもかなり重大なテーマでしょう。


 規模的には極端ですが、白色彗星帝国も内部で食料・艦船を生産できる、完全に完結したシステムと思われます。これには、『ファウンデーション』でベル・リオーズ提督を破滅させ第一ファウンデーションを守った、強い皇帝と強い将軍のジレンマが起きないという長所もあります……コルネリアス帝も巨大艦に宮廷全員詰めて侵攻していれば、宮廷クーデターなど起きず確実に同盟を落とせたのでしょう。

『天冥の標』も、圧倒的な規模とエネルギーの安定供給が期せずして大小便~食料リサイクル設備となりました。膨大な犠牲を忘れてのことですが。

『銀河英雄伝説』のイゼルローン要塞には、食料生産・艦船修理・将兵休養も可能であるという強みもありました。……それを考えると、ラインハルトが同盟侵攻で別の要塞を運ばなかったのは……ちょうどいいものがなかった|(アニメですがW形のガルミッシュ、小惑星をくりぬいたレンテンベルクはワープに適していないと思われる)、同盟が艦隊を再建しないうちに早く征服したかった、などがあるでしょうか。

 逆に自由惑星同盟も、食料プラントを備えた超巨大船を作ってから侵攻していれば……国家全体が発狂していたことがよくわかります。



 食料生産をよく考えているSFをほかにも挙げておきましょう。


『われはロボット(アイザック・アシモフ)』で、酵母農場システムが詳しく描かれています。

 多様な酵母を大量に栽培し、品種改良などで多様化させて組み合わせることで、ビフテキと栄養・味・見た目・香りすべて区別できないものを作る。

 その生産量の不調などは、人類の在り方そのものの変化とも関係することでした。


『スタートレック』のレプリケーターも派手ではありますが、資源をリサイクルして食糧を生産する設備としてまさにベストなのです。

 それがあるからこそ、五年もの長期ミッションが可能になるのでしょう。

 ただし、『ボイジャー』では限界が出て、キッチンを作るなどしました。


『銀河鉄道999|(松本零士)』には合成ラーメンなどがあります。それがどう合成なのかは覚えがありません……エネルギーで、水と二酸化炭素から直接グルコース|(ブドウ糖)を合成し、それを組み合わせてデンプンを作り……とやっているのか、それとも微生物を使っているのかもわかりません。

 あちこちの、人工性が強い星で食べられており、逆に天然のラーメンなどは素晴らしいごちそうとされます。


『嘔吐した宇宙飛行士|(田中啓文)』では、合成されたチーズの不味さが強烈に描かれています。

 技術が現在のように発達する前の、インスタントや人工性が強い食べ物……もしかしたら戦中戦後の貧困の中で食べられた、天然とは少し違った安価な食物や、屋根のない船で赤道を越えて地球を半周した小麦粉や脱脂粉乳の援助食……の記憶があるのかもしれません。


『SF飯 宇宙港デルタ3の食料事情|(銅大)』も考え抜いています。超知性がどこかに行ってしまって残された技術で苦労している人類が、様々な食用藻類をいかに味付けして少しでもましな味にするか、それも古い機材で、という苦労が丁寧に描かれています。

 必要十分・最低限の食事が徹底して供給されていること、その副食に満腹作用があることから超知性の人類を操る姿勢も見えることも印象深いです。


『宇宙軍士官学校』でも、人類は地下やコロニーに避難します……アンブロシアと呼ばれる変な食用生物が輸入されたり、閉鎖生態系の専門家が出世したりしています。


『三体3 死神永生』では、閉鎖生態系技術が年月が経っても不可能・高価すぎることが、地球人の選択肢を狭めました。


『天冥の標』では、宇宙服規模で水・食料・空気を完全に循環させ、一人でずっと生きられるシステムができました。

 それも潜在的に人類の在り方を変えるものです。


『火の鳥 太陽編』では、スラムと下水道を合わせたような地下に閉じ込められた下層民たちは、ゴキブリやネズミを調理して主食にしていました。


『戦闘妖精雪風|(神林長平)』では、生物分子の右手系・左手系が重大な違いになることがショッキングな形で描かれました。


『ファウンデーション』では首都星に食料を供給することが帝国の主要な仕事であり、それができなくなったすなわち滅亡でした。そして首都星は大略奪ののち、地面を覆いつくす金属を売って農業惑星になりました……現実で大都市が農業の最適地に育つのと同じ構造があったこと、また農業の技術が残っていたことも読み取れます。


『ヴォルコシガン・サガ』のバター虫騒動は抱腹絶倒。そしてもし現実にバター虫があれば、超災害になるリスクがある反面非常に便利でもあります。


『デューン 砂の惑星(フランク・ハーバート)』では、食料とは対照的に極度の水不足で生きる部族の生態が細かく描かれました。


『マクロス』シリーズのゼントラーディも、惑星に足をつけずに生活できる以上食料生産システムはあると思われます。

『星界』シリーズのアーヴはどうでしょう……



 恒星間航行船があっても、食料を得るのは難しいことだ、とも言えます。

 水耕工場を、戦艦に気軽に置けるサイズにするのは簡単ではないのです。現実の歴史でも、戦艦に水耕農場があればどれほど便利か、しかし完全自給は実現したことはないのです。

 現実でも、バイオスフィア2は失敗に終わりました。2018年の今も、宇宙ステーションでの食糧自給は夢のまた夢です。

 ほとんどのSFでは、駆逐艦の核融合炉を特殊な機械につなげ、どこの星系にもあるであろうアンモニアとメタンと水氷を砕いて流しこめば、ブラインドテストで農場~家畜~で作った本物と区別がつかないチーズバーガーが出てくる……とはいかないのです。

 なぜ?


 アンモニアは窒素と水素。メタンは炭素と水素。水は酸素と水素。二酸化炭素は文字通り酸素と炭素。

 デンプンや脂肪は水素と炭素と酸素。タンパク質は、水素と炭素と酸素と窒素。

 あとはビタミンやミネラルに必要ないくつかの金属など。

 材料はそろっているはずです。

 今の太陽系でも、木星や土星の惑星、冥王星などにアンモニアやメタンは存在が確認されています。それもとんでもない、膨大な量が。

 その他、リン・カリウム・カルシウムなどはそれほど多く必要ではないですし、まあ宇宙ならどこでも手に入るでしょう。

 なぜできないのでしょう?


 気がついて少し調べましたが、どう調べても、この現実で「グルコース|(ブドウ糖)」「脂肪」「アミノ酸」を、電力で窒素・酸素大気と二酸化炭素と水からダイレクトに作る方法が見つかりません。植物が光合成でやっていることが、実験室でも工場でもできないようなのです。

 また、2018年9月現在、最近ネットに出た記事です。

ttps://gigazine.net/news/20180906-nasa-competition-mars/

ttps://www.nasa.gov/directorates/spacetech/centennial_challenges/co2challenge/challenge-announced.html

 NASAが、二酸化炭素から食物を作る方法を、21世紀の今求めるほどに、それは発達していない分野なのです。

 そして筆者が知る限り、今の時点でも、宇宙ステーションなどでは食料を農場でも工場でも自給できず、地球から運んでいるのです。レタスの栽培実験ぐらいはあるにしても。


 メタノールは高熱と天然ガスで作れます。そのメタノールを微生物に食わせて家畜飼料にする、という話も聞きません。天然ガスも再生不能資源ですが、現在の人類の主力燃料ですし宇宙では実質無尽蔵です。

 メタンを簡単にグルコース|(ブドウ糖)やリノール酸にする方法も知られていないようです。

 他にも高熱と触媒を用いる、炭化水素の製造法はあるようです。

 グルコース|(ブドウ糖)は同様の方法で簡単に作るとはいかないようです。


 容易に得られる水素やメタン、硫黄化合物などを利用する化学合成細菌を利用する食料生産も、今のところ存在しない技術のようです。



『火星の人』でも、ハブ内で砂に糞を加えて土とし、ジャガイモを育てるというやり方をしました。とても効率が悪く、それゆえに事故がなくても次のミッションまで四年食い続けることは不可能でした。

 燃料は火星の大気と原子力熱電池|(放射性同位体熱電気転換器/RTG)と持って行った水素でいくらでも作れたのに。

 農場は広いスペースを必要とするので、宇宙船にはとても載せにくいのです。

 今NASAが求めている、電力で直接水と二酸化炭素をグルコース|(ブドウ糖)にする方法ができれば、『火星の人』も『銀河英雄伝説』も苦労はなかったのです。



 何よりも、今の現実の人類の食糧の大半……

 化石地下水を化石燃料でくみ出し、それに化石燃料で作った化学肥料を入れて、実質砂漠地帯に巨大スプリンクラーでまいてトウモロコシを育てる。先住民を皆殺しにし、ジャーナリストも暗殺して熱帯雨林を皆伐し、大豆を育て、土地を使い捨てる。

 トウモロコシと大豆を豚・牛・鶏に、巨大工場のような畜産施設で食わせる。

 これが、今の現実の人類の間では、圧倒的に、桁外れにコストが安いのです。

 熱帯雨林皆伐からアブラヤシのプランテーションもそれに次ぎますか。


 人道的にもくそったれで持続可能性もないですが、他の方法は競争に勝てない。

 天然ガスと水と大気から、あるいは火力発電所の電力と二酸化炭素と水から直接グルコース|(ブドウ糖)を作れれば、それは変わるでしょうか。これほど無尽蔵に天然ガスエネルギー・石油化学製品を使っているなら、変わるかもしれないと思えますが。



 ここで素朴な疑問があります。

 ガラス容器に、真水でも海水でも入れる。

 水に肥料を混ぜる。

 微生物の種になる、真水なら普通の水たまりの水、海水なら浄化していない海水を少し加える。

 二酸化炭素ありの空気も入れる。

 光を当てる。

 時間をかければ、当然肥料と二酸化炭素を使い光合成で、藻類が増えるはずです。

 それで濁った水を、濾過(ろか)や遠心分離して、得られた汚泥をそれを食べる虫に食わせる。あるいは濁り水自体を貝のような濾過食動物に与えたりする。

 虫や貝はそのままでは食べられなくても、ニワトリやネズミの餌ぐらいにはなるでしょう。

 それで海上で食物を自給するシステムを、筆者は知りません。

 外洋を長期航海する近代の軍艦に、食糧自給システムがあればありがたいでしょう。離島の基地も食料を自給できたら有利でしょう。でもありません。


 同じシステムは宇宙空間でも可能でしょう。

 SFになり、冥王星や、それぐらい恒星から離れた宙域で活動するので日光がない、なら核融合炉から電灯でいいでしょう。


 それは新しい水と肥料でなく、人間が生活すると出る下水でも、宇宙地上問わずできるでしょう。汚物を食う昆虫、汚水で繁殖する微生物を食べる濾過食生物などから食料を得ることはできないのでしょうか?

 それ自体は不潔でも、何段階も食物連鎖で浄化すれば……下水ためでハエやカ|(ハエの幼虫は多様な汚物や微生物を食う。カの幼虫は水中微生物を濾過して食べる、強力な水浄化者)を育てる。空に飛び立った成虫をアシナガバチのような社会性肉食ハチに食わせる。ハチの蛹をニワトリに食わせて卵を取る。殻のままの卵を消毒液で洗ってから割って強く加熱する。そこまですれば、病原菌は残っていないでしょう。

 あるいはキノコに与えたりしても、清浄な家畜飼料なら得られるでしょう。汚水で貝を育てて豚に食わせても、肉や乳や血液には問題はないでしょう。ついでに乳や卵や血液は殺さずに得られるので効率がいいです。

 現在問題になっている、緑のペンキのような湖や酸欠で生物がいなくなるほど富栄養化がひどい海域でも、適切な生物を大量養殖して、水を浄化する・飼料や肥料を得る・二酸化炭素を減らすを同時にできそうなのに、それもなされていません。


 いや、なぜ、現在現実の宇宙ステーションでやっていないのでしょう?なぜいまだに重い食物を地上から運んでいるのでしょう?

 それほどにそちら方面の技術は困難を極める、ということなのでしょうが。

 よほど何か問題があるのでしょうか。

 考えられるのが、徹底的に光合成は効率が悪いということ。電灯が蛍光灯で10%など、さらに光合成が1%ぐらい。千分の一しか使えないのです。

 そのため、太陽光を使うとしても大面積が必要。『火星の人』も、ハブの面積の少なさで恒久的生存は不可能でした。


 分離した汚泥をハエの幼虫に食わせ、成虫を熱風で滅菌してからニワトリやモルモットの飼料とする、というのは大面積の問題がない、なぜないのかが不思議なほどです。



 トイレそのものも重大です。

『銀河英雄伝説』の戦艦ユリシーズには微生物排水処理設備があり、それが壊れたことで例の笑い話が出ています。

 微生物排水処理…汚水で足が汚れるぐらいの。

 そんな事故は現実のアパートでも、あるいは船でもありそうです。筆者も台所や洗濯機の事故で床に水たまりができた経験はあります。

 でも不思議では?

 少なくともホーンブロワーの帆船に、そんな事故はないでしょう。海に尻を突き出してそのまま落とすのですから。艦長や貴族はおまるがあるにせよ。ついでに昔の列車にもないでしょう、外に放出していたのですから。……雪に埋もれたオリエント急行は……

 逆に宇宙船なら、水の回収を考えなければもっとも簡単な処理法があります……宇宙に軽い圧をかけて噴き出す。いくら密集していても僚艦を汚すということはまあないでしょう。


 つまり、現代の浄化槽や、現実の、比較的最近|(海洋投棄が許されない)の豪華客船水準の処理はしているということです。

 おそらく水分をできるだけ回収し、トイレを流すなどの中水として使っているのでしょう。

 さらに風呂・洗濯・食器洗浄は、飲食~大小便とは桁が違う量の水を消費します。

 また艦内の、艦載機のメンテナンスや機械の修理、原子炉やビーム砲の冷却にも膨大な水が使われるでしょう。

 それを全部使い捨てではたまったものではありません。

 水を回収し、浄化して再利用するのは戦艦には必須なのでしょう。水は空気と違って圧縮できないという困難があります。氷装甲という手もありますが、それは少数派です。


 食料生産には至っていないようですが、『大航宙時代(ネイサン・ローウェル)』の下水処理システムは水と空気の98%をリサイクルするという重要な役割がありました。

 また主人公は、その汚泥をキノコ栽培に活用する方法を考えました。


 ギャグですが『Dr.SLUMP ほよよ!宇宙大冒険』では小型宇宙戦艦にトイレがなく苦労し帰りに褒美として所望しました。原作でも宇宙船化した自動車で宇宙に出て、トイレの事を考えていなかったためえらいことになりました。どちらもそこらの惑星に着陸して野外で用を足すという危険極まりない……



 それらを考えれば、この考察をするには現実の戦闘艦や大型客船の水処理について学んでおくべきでしょうね。

 ただし、宇宙は海とは違い、海水使い放題ではありません。その点大型旅客機のほうが参考になるかもしれません。ただ、旅客機で何日もすごし、入浴や洗濯もあるということはあるでしょうか……



 小規模で汚水を処理する……水・食料・空気を恒久的に得られるシステムは、世界を変える力があります。現実もSFも。

 そのシステムを、イオン・ファゼカス号に載せることができた……それこそが自由惑星同盟を可能としたように。

 そのシステムが、本国から独立して人が生きられる最小単位を決めるのです。

 逆にそのシステムを許さず、食料を本国から送っている限り、本国は生殺与奪を握り続けることができ、効率的な徴税も可能です。植民地を塩などの専売で支配し続けるのとも同様の構造です……ガンジーの抵抗が、二十世紀半ばだったのに「塩」だったことが思い出されます。

 居住可能惑星の判定基準としても、外で畑を作って食料を生産できるか否かは、外で呼吸できるかに次ぐ重大なものでしょう。特に『銀河英雄伝説』では多くの星が土での農業と栄養プラントの両方に依存しているようです……必須栄養素を自給できる作物セットを与えず、本国が握る構造があるのかもしれません。

 意図的ではありませんでしたが、スペイン帝国が中南米で、先住民が伝統的にやっていたトウモロコシの石灰処理やアマランサス栽培を禁じ、ペラグラなどの必須栄養不足病が蔓延したことも思い出します。理解した上でそれをやれば、植民地の生殺与奪を握ることも、武器を用いない虐殺もできたのです。


 また、水・食料・空気の循環システムは、森があり恐竜が歩いている惑星でなくても開拓を可能にする……循環システムが高価であれば、条件のいい惑星でなければ開拓が採算割れする、ということにもなります。

 食料はないにしても、水・空気を循環させ維持するシステムは軍民問わず宇宙船には必須でしょう。そのシステムの生産性はすなわち軍民問わず船すべての生産性でもあります。


『銀河英雄伝説』の技術体系のヒントにもなります。

 イゼルローン要塞では小麦タンパクが主要なたんぱく源。家畜は育てていないらしい。

 水耕農場だけで完結しているところが少ない。

 地面農業だけで、家畜も含めて完結しているところも少ない。

 昆虫や、その他小動物家畜も考慮されていない。


 辺境惑星が、「艦船で持って行ける程度の食糧を自力で作っている」「設備は破壊可能だが、輸送艦に載せられる程度の設備で戻せる」こともわかります。

 逆を言えば、現地で食べる食料を作ることを禁じて生殺与奪を完全に握る、というわけではないのです。

 現実の歴史でのプランテーションでは、「自給作物を作らせない」が肝要でした。



 多くのSFにある強制収容所や捕虜収容所も、食料が本質にあります。

『ヴォルコシガン・サガ』の『無限の境界』はとんでもない食糧分配システムで捕虜を苦しめ反抗の余力を奪った収容所を描く傑作です。

『彷徨える艦隊』では何度も捕虜収容所からの救出ミッションがあり、捕虜が隠されていないか探るには食料の流れを調べるという発想もありました。

『紅の勇者 オナー・ハリントン』も捕虜収容所での戦いがありました。


 現実の歴史でも、強制収容所・捕虜収容所などきわめて多くの場で、食料をどう調達し分配するかは本質的な問題です。パンは容易に酒になるという問題もあるのです。

 軍隊もそうでしょう。

 そして今の失敗国家で、武装勢力を構成する重要な要素に、援助食糧の分配があります。

 食料を支配すれば生殺与奪を支配し、絶対の権力を持つことができる。逆に食料を生産できれば、生殺与奪を奪い返し独立できる。


 これについては、筆者は何も知らないに等しい、日本語の書物にどれだけあるかもわからない、そして間違いなく巨大な学問の扉でもあるでしょう……地獄の扉でもあるでしょうが。重要性はわかっているのに砂糖の世界史を読む気にならないように。



 食料製造技術を持つヤマトも潜在的には、独立して好きな星に住むことができました。地球政府は、波動砲以上にとてつもないものをクルーに任せたのです。

 女性クルーが多数いれば藪一派の反乱は正しいと言えるでしょう。帰り道に事故ったら、を否定できるはずがないのですから。

 真田さんに人工子宮を作れと言っていたら、あるいはスターシヤにその手の技術はありませんかと聞いていたら……と思えば笑うほかありません。


 逆に、『銀河英雄伝説』の世界では食料生産システムが戦艦に気軽に載せられるほど小さくなかった……あるいは生産が高価だったことが、同盟も帝国も、それ以前の連邦も、指数関数成長を止めるボトルネックだった……その可能性はないでしょうか?

 食料生産システムとエネルギーと最低限の資源さえあれば、氷を厚くくりぬいた穴でも人は暮らせるのです。

 どこの星でも、まず食料生産システムは持って行くでしょう。森があり恐竜が歩いていても、食べられるかどうかはわかりません……持って行った種が実をつけるまでの食料を持って行くより、食料生産システムを持って行く方が賢明でしょう。

 まして条件が悪い星では、食料生産システムこそ生命線でしょう。


 食料生産システム、エネルギー炉、資源を分ける装置、部品を作る機械。

 そして機械を作るための工具と技術。

 それらがあれば、文明は酵母や大腸菌のように自己複製ができます。

 そしてそれらが艦船に積まれていないことは、戦闘範囲を限定し、致命的な敗北にもつながります。

 腹が減っては戦はできぬ。軍隊は胃袋で動く。

 それ以前に、人が食い、飲み、出し、呼吸し、繁殖することがすべての基礎です。

 それを忘れれば銀河帝国もなく、地球もない……しばしば人はそれを忘れますが、それこそ最大の愚劣です。




 ついでに、考えてみたこと。

 ほしい家畜・作物はどんなものか。

 現在と、軌道エレベーターなどで人類が本格的に宇宙生活をするようになってからと。


 現実の現在、ほしいのが、化石地下水~トウモロコシ~牛豚鶏工場/熱帯雨林皆伐農場・アブラヤシやゴムのプランテーションを過去のものにする何か。

 たとえば海水で育つ作物と、それを餌とし、飲み水も海水で育つ家畜。

 地上の水のほとんどが海水、淡水もほとんどは氷河で、人類が利用できるのはごくごくわずか、というグラフはよく知られています。さらに化石地下水に頼る現在の人類は頭がおかしい。海水を使うべきです。

 あるいは世界のあちこちの、極端に富栄養化した海や湖沼の栄養を吸い尽くし、人が食べられるかまたは家畜飼料になる、容易に大規模養殖できる海藻・濾過食動物など。

 活性汚泥を短期間で家畜飼料にできる虫など。

 砂漠でのクロレラやユーグレナの栽培を、現実ほど高コストでなくできる何か。

 極貧地帯で食料を簡単に得られるとしたら……


 宇宙を考えれば、できるだけ小型で繁殖が早い……虫でもナメクジでもいい……汚水を吸ったり活性汚泥を食べたりできる生物。

 根から吸う植物でも可。

 何段階かの食物連鎖でも可。

 それで、最終的に清潔な食物を得られればよい……


 栄養を食料に転換する効率、育てるスペース・機材などを考えると。

 栄養~食料転換効率が高い動物は、ナメクジや小魚のように骨が少ない、あるいは骨ごと食べられるもの。

 現実では、穀物を肉に転換する効率が、牛肉が最悪・豚や鶏がかなりまし・ナマズ養殖が最善と言われています。昆虫も効率がいいと言われます。

 また、殺さなければ得られず多くの内臓や骨を無駄にする肉よりも「殺さずに得られる」ものも効率が高いです。乳、卵、限られますが脂尾羊。利用する文化は少ないですが血液。利用は聞きませんが再生力が高い肝臓。


 育てるスペースを考えると、小さいほどいい。

 小さい家畜は、進化も速く、軍隊や政府の徴発や略奪からも隠しやすい……少なくとも全滅はしにくい、新しい場所に移ってから食物を得るまでの期間が短いなどの長所もあります。


 また、現実でも宇宙でも容易に手に入る、水素・メタン・アンモニアからできるだけ高効率で食料を作れるシステム。

 できれば化学合成生物との共生で。



 ついでに、繊維や薬品も現実は農業・微生物栽培に強く依存しています。それも考えたほうがいいでしょう。

 衣類の繊維の製法が描かれるSFは『カエアンの聖衣(バリントン・ベイリー)』ぐらいでしょうか。



 他にも、余裕があれば書きたいある種のSFとして、「もしこんな作物・家畜|(虫も含む)があったら人類の歴史はどうなっていたか」もいろいろと想像しています。

 田畑より、森のほうが効率よく食料を得られる。海水で生活できる。建築を容易にする。男女の産み分けや臓器移植を古代技術でも可能にする。

 などを可能にする有用植物があったら……


 宇宙戦艦大戦で想像したもの……

 人の一度分の大小便が余裕で入り蓋を閉めれば数日で消化吸収して繊維を供給するウツボカズラ。

『ヴォルコシガン・サガ』のバター虫を、化学合成菌共生に改良し、アンモニアやメタンから全栄養を無限に作るシステム……異星人の全栄養も含む。

 活性汚泥を食べ、清潔な場所に清潔で栄養豊富な卵を産むゴキブリ。


 昔書いたドラクエの二次創作でも、何種類かの現実にない家畜や作物を想像しています。

 絹のように強い繊維を多量にためる竹綿。

 繊維・豆・根ともに利用価値が高い葛とそれを食べる小型家畜。

 ハキリアリのように木の葉を取って農業を行い、高栄養の卵を得られる竹筒で容易に回収できるアリ。

 住める絞め殺しの木……木の枠を作ってその上に種をまき、降りてくる根を編んで天井・壁にする。できるまで時間はかかるがメンテナンスフリー、上の木からは食べられる実も得られる。



 いや、今この現実にも、「これを本気で活用すれば」内政チート的な作物・家畜はいくつもあるのかもしれませんよ?

 海水で灌漑できるアッケシソウは、たんぱく質・脂肪とも豊富に含む種をつけるそうです。

 海水で生活でき、海藻を食べる動物だっています。

 やっていないだけがあるかもしれません。

いくつかのアミノ酸は以前から工業的に化学合成されているそうです。

ただし、それが人畜の主要なカロリー源になっているということはないはず。


https://gigazine.net/news/20191123-air-protein/

水素を用いる化学合成細菌の食品化

http://karapaia.com/archives/52284713.html

『Air Co.ウォッカを作るには、太陽発電で動く小さな機械で空気からCO2を取り出し、それを炭素と酸素に分離し、取り出した分子を金属触媒で混ぜ合わせ、エタノールに変換する。』という記事を見かけました。


『地球環境のための地球工学入門(小宮山宏)』によれば、天然ガスから作られた酵母が配合飼料として市場に回っているそうです。


10/06/2021

https://nazology.net/archives/97659

https://www.science.org/doi/10.1126/science.abh4049

二酸化炭素からのデンプン生産の記事。


一日も早く、化石地下水~トウモロコシ~牛豚鶏の工場的飼育、熱帯雨林海抜からの大豆・アブラヤシが過去のものになってくれますよう。

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