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人格4・擬人化

今回の話は、日本のある種の愛国心が強い層、また別のある層には強い不快感を与えるでしょう。


本当ならここに踏み込むには、30冊ぐらいは読んだ方がいい本はあるでしょうし、それこそ大学~大学院修士ぐらいは最低必要でしょうけど…頭にある・ちょっと検索して出るだけで挑んでみます。

せめて今手元にある制度の本2冊は読んだ方がいいかも、でもそうすると土日が終わって多分年明けに、という個人の都合で…クリスティも座って書く、満足いかなくても書く、というようなことを…

 ある考えが湧き、それがとんでもないところにつながって、『クトゥルー』にあるように、何も考えずに何度も見ているものごとを別の角度から見た瞬間、世界全部が違うものに見えて頭が……というようなことになりました。


「人格」とは、「人類にある、〔人間〕検出回路の対象=擬人化回路が作った像」である、と浮かんだ言葉。


「人格」そのものは前も考えたように、哲学・法学・神学・心理学など実に多くの分野で、多くの意味を持っているのですが……かなり重要な、共通点と言えるか、何かとして「〔人間〕検出回路・擬人化回路の対象」はありだと思います。



 人間は、火星の人面岩の話で知られるように、見た画像から顔を検出する能力が高くあり、それは制御不能・高速の『ファスト&スロー』でいうシステム1で、時々誤作動もします。

 人を認識する、それはあまりにも瞬間的で、それにレッテルなど様々な感情も貼り付けます。まるで敵味方識別装置……正義の味方/悪役、きれい/汚い……清浄/穢れ、神聖、それらを、考えるより速く判断し、それが見ている映像にも侵入している……戦闘機で、敵味方識別装置が高度計にも混線していて、高度という数字を見ようとしたらその数字も敵味方識別装置が少し変えているし、それ以前に敵味方識別装置のレッドアラートが画面を覆っていて高度計がろくに見えない、というのが人の常。

『社会はなぜ左と右にわかれるのか』にかなり詳しくそのあたりの話があります。

 心の理論、という言葉も重要でしょう。人類を他の動物から分ける基準の一つに、他の人がどう考えているかを推理する、があります。心の理論の一部はイルカなど他の高知能動物も持っているのですが。

 むしろ、心の理論・〔人間〕検出装置が先にあり、〔人間〕というモデルを作っておいて、それに自分も他人もあてはめている、と考えるのが正しいでしょう。

 それは「自分」も。「意識」そのものが、実際に自分の脳で起きている複雑なこと……今はヴィクトリノックス・ウェンガーのように、多数の道具が集まっているともされる……を、ひとつの〔人間〕という存在にまとめ、それで解釈し、それに言葉を使わせたりしている、がかなり現実的な、現代の知識での人間像でしょう。

 問題なのは、その道具論にもあるように、〔人間〕と、実際の地球人の任意の個体は、少しですが違うということです。


 さらに、その「〔人間〕検出回路」は、生きた人間以外も「人間」として検出します。

 昔の神々、森や岩や海や空も。

 すでに死んだ人も。

 さらに、ユヴァル・ノア・ハラリの著作にあらわれる企業・貨幣・国家……集団で信じる虚構も、「〔人間〕検出回路」の対象でしょう。

 いや、『ヘタリア(日丸屋秀和)』のように、それこそ国を絵の人間の姿を持つキャラクターと対応させるということもありますし、昔から女神の絵などと国を対応させることは多く行われています。

『銀河英雄伝説』では、同盟は国家の命数を使い果たしたと何度も言われ、ビュコックの犠牲・ラインハルトによる悼みや調印式が、国家をきちんと死なせ、その理念を不死鳥のようによみがえらせる、という奇妙な神話を作ったように思えます。

 多くある建国神話、それもこう考えられます……普通の神話は、英雄や神という、擬人化装置で見ることができる存在がどう生きたかを言葉にしたもの。それで、国家そのものが人格化された存在を動かすのが建国神話、と。


 国家に人格がある……こう考えた瞬間、「君が代訴訟」「靖国合祀裁判」を思い出し、調べなおしてより多く知って、ぞっとしました。ちょうどクトゥルー神話によくある、普段何の気なしに見ていた家の一部や道路の何かやその他が、ある気付きを持って見た瞬間とんでもない怪物だと分かりそう見えてしまった……『火の鳥 復活編』で、普通の人が別のナニカに見えたように。

 高校の社会科資料集で読んだ時も、『「内心の自由」の法理(渡辺康行)』などを読んだ時もさして感じなかったのですが、今この文章を書いているときの見方や、魔術・呪術の視点、記憶などを自在にいじれるSFの視点から見た時にまったく別のことが見えてしまったのです。

「日本の政府・最高裁は一体であり、その一体は体・死後の霊・呪の支配を絶対に譲らない、普通の人が思う以上に深い心の底まで支配することを譲らない」と。


 かなり深いところでは、抗議する人たちは、「日本」を一人の「悪人」と感じ、それに反抗したいようですし、逆に国の側に立つ人は、「反日の人々」を、一つの「悪人」を感じて、その言葉は意味を考えずに否定し叩き潰せと考えてしまう……というかこう考えることも、強烈な「擬人化」の結果です。それぞれ多数の人間ですし、一人一人の本当の考えや性格は筆者は何も知らない。


 さて、筆者は以前は関心がなかったこの騒ぎを、まずこれまでこの文章で注目してきた、魔術・呪術の考え方で見てみました。霊・魔術が存在して、それが原始呪術や近代オカルトやファンタジーの最大公約数的ぐらいだ、と。

 そうすると、「手足の動き・歌は職務命令通りに動かせ」「死後どこに帰属するかは靖国神社が決める(ここで、靖国神社は完全に国家の一部なのに別の宗教団体だという大嘘)」は、魔法を使う時には手足を動かし声を出す、密教の三密(印・真言・心)……さらに死後の魂、これで何が残るんだと。魂全部魔術的に支配しつくしてる、と。死後の霊・横隔膜や声帯を含め体・内心を別として、内心だけを許す、死後の霊と横隔膜は絶対支配する……呪術師はふざけるなと叫びます。

 また、徹底的に科学の目、特に『量子怪盗』『カズムシティ』などのように記憶・性格も書き換えられる技術がある世界をぶらついてからこの事件を見てしまうと、現代の科学が認める現実の技術としても、手足の動き、声などは心のすごく奥を直接動かし、心を変えてしまう悪質な洗脳だ、とわかります。

 思い出すのは『火の鳥 太陽編』で描かれた、最後に天武天皇が宣言した「私の神をあがめぬ者は反逆者として断罪するぞ」、さらに未来側で倒された「光」と革命後の「エターナリズム」という、宗教を統治に利用した政教一体国家。

 それこそ明治以来の日本こそ、大友のように宗教を人工的に作り、全国民の心の奥までそれを叩き込んで戦争や近代化を可能にした……ただし、信教の自由を求める海外の要求に応じるために、「これは宗教ではない」という大嘘をかぶせて。


 日本は徹頭徹尾、国家神道への完全な服従を譲らない、最高裁はその点では徹底的に国と一体だ……さらに、将来もしも人格を……記憶や、美醜・善悪・信仰などのモノサシを操作できる技術ができたとき、判例集から見れば止められるラインがない……見たくなかった事実です。

 問題は代案がないこと。

 フランスをモデルに完全政教分離にしても日本が耐えられなかったかもしれない。

 別の国旗国歌にしようとしたら日本は内乱になったり、『三体』の文化大革命のように家族も信用できなくなっていたかもしれない。かわりに赤旗とインターナショナルにしたいだけの人だって多いし、そのほうが日の丸君が代より良いと言える人などいない。

 露骨に日本の国教は国家神道だ、政教分離などくそくらえ、とやっていても世界との軋轢。

 そしてすべての、魔術的・象徴的に力がある儀式を徹底的に除いたら、軍隊がなくても消防士も殉職しないし、税務署員も平気で税をポケットに入れる、公務員倫理が根こそぎ崩壊していたかもしれない。

 ……両方+最高裁の当事者に結果考えて動け、国が滅んでなかったのは単なるラッキーだぞ、と言ってやりたい。

 あと、霊は問わないが、技術的に人の心は操れる、だからここまでと線を引け、なら有効だったし今後の技術進歩にも対応できたかも。


 ユヴァル・ノア・ハラリが何度も書いたように、国、国の一人一人の行動を動かしているのは、巨大な虚構。

 それがなければ、貨幣も存在できない。

 日本のそれはとんでもない代物……どこの国も似たようなものだろう、と。世界そのものがとんでもない怪物に思えてしまう。

『三体』で、三体人が地球人は嘘で動いていると知って震え上がって交渉を絶ったのは、戦法を読めないとかだけじゃなく、ハラリの虚構で結びつき、理性的判断ではなく別のやりかたで決めている、と知ったからかもしれません。チェン・シンに交代した瞬間襲ったのも、ルオ・ジー以外信用できない、と。


 ……ついでに、あの判決のもっと最悪なのは、「君が代は宗教じゃない」と「受忍限度」。何であっても、それが〔何〕なのか、名前・意味を最高裁が勝手に、最終的に決められる。馬を鹿に、犬をニワトリに、指を砕いたり水でおぼれさせたりするのを拷問ではないとしたり、とんでもないことができてしまう。それほどのとてつもない権力を最高裁に与えてしまった。そのことを誰も気が付いていない、最高裁が濫用しなかった、国民が暴れなかったのは幸運でしかない。

 受忍限度を一方的に最高裁が決められるのも濫用されたら危険すぎる。



 さらにそこで、「擬人化」という人間の脳内装置を国に使っていることに気が付いたら?

 指導者に対する崇拝は、まず「国家」という存在していないものを「擬人化」し、さらにそれが、生きている一人の人と同一だ、としてしまう。

 近世ヨーロッパでは、王には二つの体がある、という論理があります。普通に血を流し死ぬ肉の体と、国家そのものである別の死なない体。これは「尊厳」とも関わります……人間、人の体が神聖不可侵だ、という発想には、古代ローマの皇帝や、皇帝が引き継いだ護民官などの身体不可侵という法思想の流れもあり、それは呪術とも深く関係しています。

『銀河英雄伝説』のルドルフ、ラインハルト、そしてヤン・ウェンリーも、その体そのものが、膨大な人間が命を投げ出す、ハラリが言う巨大な虚構と一体化していると言っていいでしょう。

 ルドルフはその肉体美も、帝国の物語の強力な要素です。ラインハルトは自分の美貌ではなく実力を見てくれと言っていますが、そんなわけがない、八割ぐらいは美貌でしょう。ヤンでさえもその風貌が強力な武器になっています。


 美……それも重大なテーマです。今はざっとしか見ませんが、擬人化という話題と組み合わせると、『火の鳥 復活編』という巨大なレンズが出てきます。脳手術を受けた主人公は、人間すべてが醜く見えるようになった。それで、彼はこれまでのように考えずに人間社会の一員であるという虚構から抜け出し、美しく見えるロボットを愛してしまった。地球人を擬人化できなくなった、といってもいい。擬人化回路が壊れた、とも言える。

 人間の道徳や忠誠の根幹にある、内集団と外集団……自分が属する集団とそれ以外。その境界を書き換えられてしまうと、もはや人間でいられない。『太陽編』で、狼の皮をかぶせられた主人公が、人間ではなく霊の世界も見えるようになったこともその変形でしょう。

『クラッシャージョウ』のクリスが超絶美形でもあることも重要でしょうし、『タイラー』のアザリンらの美貌そのものも大きく歴史を動かしました。

『火の鳥 黎明編』でヒミコが不老不死にこだわったのは、自分が美女だという自認があったからです。不老不死だけど顔が醜くなる、という選択肢を与えられたら断った可能性も高い。また、猿田一族は代々その醜さが特徴であり、中でも猿田博士は天才で名声があっても女に嫌われることに苦しんでいました。

 他に、「美」をテーマにした大きいSFには何があるか……『顔の美醜について(チャン)』など。

「美」は、特に数学の対称性などを通じて、ものすごく深い抽象世界や宇宙構造や物理学にも関わることも重大です。ワインバーグらは科学の美そのものを価値とし、人の目的とも提唱します……今は賛同者がいませんが。

 美の媒体となる、詩・絵・舞踏・歌・音楽、それらが魔術としてとことん有能であること……『三体』の童話の、絵に人を閉じ込める魔術……も注目すべきでしょう。美と魔術の関係も密接すぎる。



 擬人化。それは、生きているホモ・サピエンスというより、「神」を作っているに近い。擬人化が描く〔人間〕は、紙一重で、〔神〕となってしまうし、それが国家などと一体化することも多くある。本来は「擬人化」という言葉ではなく、「擬〔人・神〕化」といったほうがいい。擬人化モデルと実際の地球人は違うのだから。

 神であれば、もはや人は抗弁も抵抗もできない、とことん従うしかない。

 それだけでなく、国家が擬人化される過程で責任なども崩れることがある。人ならば責任能力があるが、集団心理や、法に従う官僚機構などは、別の挙動をする。人は「お前は命令に従うだけだ、お前に責任はない」と言われると信じられないほど殺人など残虐行為への抵抗が減る。

 あと、擬人化では適切ではないが、別の比喩が適切だろうと思えることがある……第一次世界大戦。各国が、人間ではない、超巨大昆虫や機械と言っていい巨大すぎる存在になった、という印象が強い。明らかに各国の最高指導者は、その結果何が起きるか、鉄道でつながり機関銃を使い奇妙な貨幣との関係がある総力戦国家というものが、何だったのかわからずに、とにかく勝利しろとだけ叫び続けた……特殊な状況に陥った人間の妙な挙動。

 そんな感じがすることは歴史にもとても多い。


 そして、擬人化された国家を、人は殺そうとする……

 以前書いた、焚書や宮殿や寺院などの破壊もその大きい行動です。太平洋戦争のあとGHQが、残って接収した戦艦長門を標的艦として核実験で沈めたり、日本刀を没収廃棄したのも、よくわからないけどとにかく、国家の霊的な部分、大和魂・武士という概念……擬人化された精神を殺そう、と必死になっていたのが伝わります。

 王族などを直接殺すのも、王の政治的な体を何とか殺そうとしている、とも言えます。

 物語だけが残ってしまうこともあります。遺跡が残ったり、ユダヤ人が国が滅んで離散しても物語を失わなかったり。

 だから皆殺しを考えるのでしょうが、それでも残ることもある……


 国家という人格が死ぬ瞬間、それは『エリート過剰生産』が、ネロ皇帝、対テロ戦争後にアメリカが作ったアフガン政権などの崩壊を描いています。

 もろい時には極端にもろく、国家がまとまりを失う、と。


 また擬人化というなら、前から断片的に考えていた「愚民」という言葉も、とんでもない集まりを「擬人化」してできた言葉です。

 まったく理解していない言葉だったのです。



 国家や、異星人の文明、さらにいえば以前の「上位存在」を「擬人化」する副作用には、それを現実とは別の存在だと思ってしまうことがあります。

 まったく違う論理で動く異星人艦隊を、「一人の良心もある人間」とみなして交渉しても愚かでしょう。『老人と宇宙』で、人間時代の経験から飛び出して死んだ元外交官のように。

 擬人化が通用しない、の一番大きな例が『ソラリス』でしょう。

 問題なのは、物語の上では、上位存在が一人の普通の人間のように同情心を得てヒーローとの交渉が成立してしまうケースが多すぎることです。実際にはそれ以上あり得ないこともないのに。


『現実』の歴史も、多くのことが擬人化によって動いています。だからこそ『ヘタリア』はわかりやすい。他の、そういう最近流行のコンテンツ、『艦隊これくしょん』『刀剣乱舞』『ウマ娘 プリティーダービー』なども。

 擬人化は複雑なものを単純にする面もあり、また、物理学などを「理解」するのも似た現象があります。

 人間は、「擬人化」モデル存在の挙動を理解予測制御するために進化してきた……同様に、この地球人の大きさ……宇宙の普遍モノサシであるプランク長や水素原子半径のある倍……周辺の、固体の挙動を予測するのが得意。落下・慣性・摩擦など。大きさが違う動物はそれが少し違う。小さい昆虫はあの大きさの翼で飛べるのは、空気の性質がサイズで違うから。アリは自分の身長の百倍の高さから落ちても死なない。微生物にとっては水はむしろ砂利をかき分けるような動きになる。巨大になっても似たような違いがある。

 この大きさの物体の挙動を理解することに特化した脳は、相対性理論や量子力学を理解できず、変に擬人化しようとしてしまう。虚心に計算だけすることは難しい。

 ……だから『彷徨える艦隊』では光速近くですれ違いながら撃ち合う制御をコンピュータに任せ、『量子怪盗』のソボールノスチは量子力学を嫌う。

 さらに、ヒトラーもスターリンも、相対性理論も量子力学も許さず、多数の学者を粛清している。……まあ、膨張宇宙と唯物論との矛盾とかもありましたが、ヒトラーは理解できない科学は間違いだとしたと聞いたことも。



 人の心はそれほどまでに、擬人化してしまう。

 その色付きメガネを外して考えることの難しさ……筆者がやっている、さまざまなSF世界、現実の様々な文明、さらにファンタジーも並べて考える、というのはどの程度有効でしょう?

 それが見えたとしても何も得はない、周りに合わせて考えないでいたほうが得、ではありますけど、その場合には国が滅んだ瞬間、『銀河英雄伝説』の門閥貴族の子供たちのように悲惨なことになります。といっても見えていれば逃げられるとは限りませんが。

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