誰にも語られない話
美しさの基準は人それぞれ の没部分をサルベージして手直しした奴 だいぶあっちとテイストが違う
ハルトムート視点 生まれてからお茶会前までの間のどっか
別に読まなくてもいいけど 他の話では出なさそうなので… 一周目のハルトムートは一人称で語れるほどのエゴがないしな
物心ついた頃には俺は概ねのことは理解していた。世界は法則に従って動いていて、不思議なことは何もなかった。
ただ、人間の関わらない限りにおいては。
人間は法則を守らない。条理を守らない。合理的ではない。それが人間の感情によって引き起こされていることは見ていればわかった。俺は人間の選択が半分も理解できなかった。何故明らかに間違った選択を選ぶのか。何故そんな簡単なことで頭を悩ませているのか。何故、正しい行動を否定するのか。
理解出来ないから、厭わしく思った。そうしてふっと、思った。彼らは俺には明白な世界の真理を理解出来ないから、正解を厭うことがあるのでは?と。そしてそれは人を醜い生き物に育てている。否、これを醜く思うのは俺の価値観であるので、彼らにとっては美しいのかもしれないが。俺はそうはなりたくないと思った。醜悪な生物になりたくない。けれど、そう望むことそれ自体が醜悪ですらある。世界はあるがままで美しいものなのに。
ともあれ、そうやって人を、人の感情を厭い続けていれば困ったことになるのもわかっていた。人の中で生きるのであれば、人に埋没する方が良い。人は異物を嫌うものである。普通の人間のふりをして、普通の人間に擬態しなければならない。
己の魂に眠る何も理解していなかった過去世の人格の内の一つを参考例として引き出した。何代も前だからか俺とはかけ離れたものだったが、それは当然そこにあるべきものとして俺の知識の中に馴染んだ。俺が別物に変化したわけではない。ただ今生だけでは理解できないものを一部でも理解した。
紫崎春人。この世界とは異なる世界で恐らく一般庶民として一生を過ごしたらしい。奇しくも今世の名であるハルトムート・エインクラインと少し重なるところのある名だったが、外見は異なっている。
春人によると、人間は血縁者や近しい人間を大切にする、他より贔屓するものらしい。感情によって良くも悪くも非合理的な選択をするものらしい。法則通りであっても、個としての好悪感情のある相手に降りかかった出来事であれば不条理に感じるらしい。
実感としては理解できないが、そのような法則があるらしいことは理解した。少しずつ実践/実験して適切な振る舞いを学ぶ。子供は失敗を犯すものだと彼らも承知しているようで、複雑化した判断基準により俺が間違いを犯すようになっても大人たちは咎めだてはしなかった。
また、二つ下の弟の存在も参考になった。弟は"普通の子供"だったので。
わかりきった法則を否定して不正解を選ぶことは俺には苦痛だった。それは美しくない。例えば、わかりきった嘘を吐くとか。間違ったことをしている人を褒めるとか。本来得るべき相手ではなく、私欲のために求めている相手に渡すとか。そもそもが、人間の決めたルールは世界の法則とは完全には一致していないから、それも気持ち悪い。誰かの私欲で決めたルールなのだろう。ルールを決めなければ正しく生きられないことそれ自体が人間が不完全である証拠なのに、自信満々に間違ったことをする人間たちが、俺に公爵子息として、継嗣として正しい振舞いをしろという。気が狂いそうだった。
『なにか、ハルトムートが面白いと思えるものを見つけたらいいんじゃない?』
俺の中の春人、別の魂として存在しているわけではない、エミュレートされた副人格のようなものがそう囁いた。
『面白いもの?』
『何か、心をときめかせるようなもの。人でも、物でも、それ以外でも…ん-、趣味、みたいな感じ?』
『趣味…』
『辛いことがあっても、好きなものが励みになって乗り切れたりするって、よく言うし』
提案の内容は少しふわっとしているが、春人の知識によって理解はできる。しかし、どうだろう。ときめくもの、とは。感情に疎い俺には判別しがたいものだった。
そもそもにおいて、俺にとって世界のほとんどは既知に近い。未来の推測はしても予知はしないようにしているものの、大抵のことは見ればわかる。わかって、それだけだ。まあ、敢えて己の機能を制限して見てもわからないようになるという手もありはするが、そこにメリットを感じない。
わかりきったものに興味はわかない。己に生まれた役目がなければさっさと生きるのを止めてしまってもいいくらいに。
『俺だったら魔法とか魔導具とか、めっちゃ興味深いと思うけどな~。地球には魔法って想像の産物だったし』
『…だったら、魔導具を趣味にしてみようかな』
かつて同じ魂に宿っていた人格である春人が興味深く思えるものであるのなら、いずれ俺も興味を持てるものになるかもしれない。俺にも感情が全くないというわけではない。"普通の子供"に比べれば淡白ではあるかもしれないが。
『どんなものが作れるか、楽しみだね。ハルトムートならその気になれば何でも作れそうではあるけど』
『俺に大抵のことができるのは、それが俺のするべきことだからというだけの話だ』
余暇に使うためのものではない。余計なことに使ったからと言って減るものでもないかもしれないが。いや、その分時間や容量は使うのか?まあ、過剰に使うべきではないだろう。
『お前はどんなものを面白いと思う?』
『俺はs●riとかワードのイルカとかポストペットとかみたいなもんでしょ。参考にしすぎるのは良くないんじゃない?』
『お前を演じるのが一番簡単ではある。お前は善良な人間として生きたのだろう』
過去世とはいえ、厳密には俺ではないのだから他人事だが。それに、春人の生きた土地と俺が今生きている土地は全く別物であるので、春人にとっては合理的な判断が俺にとっては不合理かもしれないし、その逆もありうる。どうあれ俺の選択なのでちゃんと責任はとるが。
『ド趣味悪…公爵令息って善良なだけじゃ務まらない立場でしょ。やめなよ』
『所詮、俺の人格に興味のある人間などおるまい。別人に成り代わったところで誰も気にすまいよ』
『同じ立場でも人格が違えば行動が変わって辿り着く結果は別になるでしょ。誰も気づかないとしても』
正論ではある。
ある意味で、これは希死念慮にも近い投げやりな行動と言えるのだろう。望んで生まれついたわけでもないのに圧し掛かってくる負担に際限がない。或いはこの負担も俺の認識によるもので実体はないのかもしれないが。魂の輪廻を認識したことで死への忌避感も薄いから、死を選ぶことへの葛藤も軽い。
『そもそもハルトムートって別に読心術が使えるわけではないんでしょ?』
『そんな面妖なことはしない』
『君が内心を態々言葉にはしていないみたいに、他の人も口にしていないし表にも出していない本心があるのかもしれないじゃない』
理論として理解はできる。だが結局のところ、俺が人の心などよくわからないというのは、そもそも俺が他人に対して興味を持っていないということの表れでもある。だから、他者がどう思うのかというのは、本当はどうでもいいと思っているのだ。
人間社会では本当に他者からどう思われるかを放置していると面倒なことになるのだと知っているのでまったく気にしないということはできないというだけで。俺は物理的に人間社会と離れて無事に生きられるほど野生児ではない。もしかしたらやろうと思えばできるかもしれないが、そこにメリットを感じない。
実のところこれは美しい顔を理由に迫ってくる奴ウザイな…というただの愚痴だ。神か何かのように崇められるのも鬱陶しい。神童扱いされるのも馬鹿にされている気分になる。全体的に人間は嫌いだ。俺は別に特別扱いしてほしいと言った覚えはない。まあ、無意識に特別扱いを活用している可能性はあるが。
この世界に春人の世界でいうところの人権の概念はない。貴種の生まれでありいずれ上に立つ者になると決まっている俺が尊重されるのは当然のことと言うこともできる。俺が尊重されることが俺の意思が尊重されることと必ずしも一致しないのが問題だが。
『世界を滅ぼすより俺が死ぬ方が早いからな』
『そんなに嫌だったか~』
『俺が己に与えられた役目を果たすだけの人形であれば痛痒にもならないのだろうがな』
ただの人形であれば人の美醜など気にも留めまい。それで俺の葛藤は八割ぐらい消える。ある意味で俺は俺自身の自我と美学の存在により苦しんでいるとも言える。それらを放棄してしまえば楽になるのだろうが、さて、そうした時に俺は俺のままであると言えるのだろうか。
『言えないでしょ』
『だろうな』
『まあ。俺は死人だし。ただのエミュレートされたアプリだし。ハルトムートの好きにすればいいと思うよ』
『今までのやり取りが全部虚しくなった』
『我儘だなあ君は!』
こんなのは所詮ただの一人遊びなのだった。
一人遊びが必要になるくらい、精神的に堪えているとも言える。
「いっそ、本当に我儘になってしまえば楽かもしれないな」
ハルトムート は 強烈な自我 を 手に入れた