06 新たなる参入者
現実に、実質的な宗教施設の多くは竜脈の上に立っている事が多い。
竜脈とは、地下を流れる力の流れで、現代科学では存在も作用も証明できていない。
ただ一部の人間には、【力】を感じる事ができるらしい。
実はコレが、現世に残存する【魔素】の流れなのだ。
川の流れに例えると分かりやすいが、その量を更に大量に欲する場合、考えつくのが複数の流れから力を引っ張ってくる事だ。
イギリス南西部に多く分布する|一直線の巨石列石は、複数の竜脈から斎場である環状列石へ力を引っ張ってくるものと考える者も居るらしい。
ストーンヘンジやストーンサークルと呼ばれるコレらの遺跡は、現在では観光地として今も人の出入りがあるが、一部は地元の人間の散歩コースでもある。
そんなストーンヘンジの一つに、中年のイギリス紳士が倒れていた。
服装や手荷物から、地元の人間だろう。
男は、倒れる動きの逆再生の様に、重力や力学を無視した起き方で直立した。
「言語認識同調、記憶の奪取完了、肉体憑依率安定して向上中、周囲の探索開始、認識形態を現地に同調」
一人で何かを呟きながら、男は自分の身体を眺め、次に空を眺めた。
「ミッドガルドか?憑依は成功した様だな」
徐々にだが、茶色だった髪の毛は金髪に変わり、肉体は若返り、耳が若干だが尖りぎみになっていく。
「・・・・来るか?ヴァン神族系の先行者が一人と、あとはミッドガルドの人間か」
呟いた直後、その男が立つストーンヘンジの周りに十人程の人影が突然に現れた。
「何処の者だ?我々に近い力を感じるが異質だ」
「お前達は、先に降り立ったヴァン神族の者だな?我はエドワード・ジョーンズ・・・いや、ベン・フレイだ。アールヴヘイムから来た」
「【ヴァン神族】?【アールヴヘイム】?認識を北欧神話に変換したのか」
日本からの四人に加え、現地の使徒も来ていたが、一人だけ確認の為に来ていた【後継者様】が、来訪者と話している。
勿論、現地の使徒達は、いざと言う時の盾がわりだ。
「ゼータ5、『認識を変換』って、どう言う事だ?」
「まぁ、推測だが、【聖戦】って物を日本人がアメリカ人に説明する時に『帝釈天が阿修羅を倒した様に』って話しても意味が伝わらない。だから、『ミカエルがルシファを倒した様に』って言い換えるだろ?それみたいに、相手側の文化に表現や名称を変えて話す事じゃないかな?」
言語や思考を現地に同調させた場合、名詞などはソノ地域で通用する物にしないと意思の疎通が困難になる。
「このイギリスは、北欧が近いから、北欧神話の登場人物に置き換えて話しているって訳か!」
歴史の中で、実際は同じ内容の神事が名称や主観の違いから、異なる神話になる事も多々ある。
この【変換】は、あながち間違いと言い切る事もできない。
「しかし、同郷の者なら常世の名称で呼べば良いじゃないか?現世の神話を引用することはないんじゃないか?」
「ああ、ソレな。あまり知られていないが、神仏の固有名詞などの違いは意味がないんだよ」
「どう言う意味だ?神の名前は重要だろう」
「どうやら神々の本当の名は人間に発音できないらしく、役割りや特徴を名詞として使っているものが多いんだ。有名なところでは、大天使ミカエルは『神に似た者』、ラファエルは『神の前面』、サタンは『敵対者』などの意味を持つ名前と言われているんだよ」
同じ意味の名前を付けても言語が違えば呼び名も変わる。
印象が違っても呼び名は変わる。
立場が違えば善悪の評価も変わってくる。
更に、年月の経過と共に伝説は、各自を唯一無二のものとして扱い、歪曲して都合よく書き換えていく。
だが、ギリシア神話とトロイア遺跡の様に、全てが全くの嘘と言う訳でもない。
「で、アールヴヘイムって何だか分かるか?」
「それは、北欧神話でオーディンが作った世界にある地域で、白い妖精【リョースアールヴ】が住んでいると言われている場所だ。ちなみにリョースアールヴはエルフのモデルらしい」
「道理で美形な上に、耳が尖りぎみだわな」
いつの間にかゼータ5は、携帯型情報パッドを出して調べていた。
「フレイってのは、魔法が使える【ヴァン神族】からオーディンの居るアースガルズに人質として移籍した奴から生まれた神で、さらに白妖精が居る【アールヴヘイム】の王様になったらしい。だが、【ベン】ってヘブライ語だと【息子】って意味だから、【フレイの息子】ってなるのかな?だけど、なぜヘブライ語?」
「伝説と現実は同じとは限らないし、無理矢理の変換なんだろう?だったら細かい事を比べても仕方がないんじゃないか?ゼータ5」
「確かにゼータ3の言う通りだな」
ゼータ5は、情報パッドを締まって、一団の後方から成り行きを見守る事にした。
彼等は認可を得ているとは言え【余所者】なので、協力はしても前面に出る事はしない。
「で、そのアールヴヘイムのベン・フレイとやらが、なに用かな?この地は既に貴殿の言う【ヴァン神族】の者が支配権を持っているんだが」
イギリス担当の【後継者】が占有権を主張している。
「いや?干渉はしているが国家を作っている訳ではあるまい?ならば、我々も介入させてもらおうと思ってね」
「他者が育み、手間をかけている羊を横取りしようとは、見掛けと違って腹黒いと言うか、流石はアース神族に染まった者と言うべきか」
北欧神話では、人間に恩恵の多いアース神族を善神の様に描いているが、客観的に見れば外部から来た彼等の先祖は、元から居たユミルの一族に取り入った後に、ユミルとソノ一族を殺して世界の実権を握ったと言う略奪の歴史がある。
フレイと言う神もアース神族の元で生まれ育った為に、アース神族の思想を持ってアールヴヘイムを奪い取ったと考えられなくはないのだ。
「元は我々の支配地だった場所も有るんだ。独占は許されないだろう?何にせよ、主張が平行線かな?」
ベン・フレイと名のる男の手に武器が出現した。
アールヴヘイムに住む白妖精達には、オーディンに武器を提供した事もある神族だ。武器鍛冶も居るだろう。
加えて、この者は魔法も使えるヴァン神族の血も引いているらしい。
「みんな、日本に帰るぞ」
「どうしたんだ、ゼータ5?もう少し情報収集をした方が良いだろう?」
「相手は憑依体だが、我々の【精霊様】とは違う憑依方法だし、アストラル界の武器も持ってる。俺達の様な使徒の手に余るかも知れないし、何より奴は『我々』と言った」
【我々】と言うことは、他にも憑依者が居る事を示唆している。
近くには居ないが、日本近隣に居るかも知れない。
今の日本は、使徒が三割減となっている。
「確かにマズイな。まだ、転移妨害はされてない様だから確かに今のうちか?」
ベン・フレイが転移妨害をしていないのは、この様に逃げて数が減るのを誘発する為もあるのだろう。
これは、地球側の増援を呼ぶ危険性もあるが、そうなれば自らも転移で逃げる事もできるので、あえて妨害をしていないのだと考えられる。
だからと言って、本格的に戦闘が始まれば、どちらかが転移妨害をするだろう。
現地の【後継者】にアイコンタクトをとって、日本から来た四人は姿を消した。
後継者も自国が襲われているかも知れない日本の四人を止める事はしなかった。
この【ベン・フレイ】の出現を、アウトキャストの者も放置していた訳ではなかった。
使徒の一人を調査に向かわせていたが、その使徒は隠形で身を隠して様子を見守っていたのだった。
「あんな化け物相手に、一人ぼっちで調査なんて有り得ないだろう」
勢力と能力の差が如実に劣るアウトキャストからの使徒は、情報収集に努める他は無かった。
むしろ、複数で現れた敵対勢力のせいで、彼等の隠形は気付かれる事が無かったのだ。
通常でも調査は二名以上で行うものだが、人員の不足が著しいのだろう。
いや、参入者の力量を鑑みて、調査失敗時の損失を最低限に抑えようとしているのか?
アウトキャストの使徒は、ボヤきながらも仕事をしていたのだ。
「人間である事を棄てて、特殊な力を得たから優位な立場に立てると思ったら、上には上が居るし、こんな命懸けの仕事まで強要されるなんて思ってもいなかったよ」
彼のボヤきも、もっともだった。
神にも等しい存在と巡り会い、忠誠を誓って能力を得たのだ。物語りのスーパーヒーローの様に、自分達を虐げてきた奴等を倒せると思っていた。
だが、実際にはワクチンに対する遺伝子の適応率によって殺す事が禁じられている人間が多々居たのだ。
更には付き従った精霊にも上位種が居て、同じ様に人間を棄てた奴は、彼より能力が上ときている。
あまり力を振るって目立つと、上位であり敵対勢力である者に命を狙われる可能性がある。
精霊達が表舞台に出るのは、まだまだ数百年以上先の話になるので、それまでは裏で活動しなくてはならない。
「人間を越えられたのは嬉しいが、正直言ってハズレを引いたな」
今にして思えば情報が足りなかったが、得られもしなかっただろう。
しかし、今さらの後戻りも、寝返りも許されない。
寝返ったとしても、相手からスパイと疑われるのが目に見えている。
前組織からの追っ手を連絡の為の接触と見られ、寝返った証明ができるのは死んだ後になるのだ。
それならば、弱小組織であっても死なない程度に居続けるのが無難だ。
「おっと、戦闘が始まった様だな」
彼は信じられない様な力のぶつかり合いを感じた。
ベン・フレイと名のる男は、かなり強い様で、多対一だと言うのに均衡している。
いや、時間が経過するほどに彼の能力は安定向上している様に見える。
「魔素の変化も映像化して、報告様に記録しないとな」
ビデオカメラの前に、魔法によるフィルターを重ねて映像と盗聴音声による報告映像を作るくらいの事は、彼にもできる。
とりあえずは無難に仕事をこなせば、以前よりは良い生活ができるのだ。
「しかし、更なる介入者が登場するとはなぁ。【一般の人間】と言う最下層でないのが、まだ救いかぁ」
弱小組織に在籍する者のボヤきは、何処の組織であっても、何時の時代においても無くなる事は無かったのだ。