28 地獄
キリスト教では、世界を天国と人界、地獄の三つに分けて教える。
北欧神話では縦方向にアースガルズ、ミズガルズ、ヨツンヘイムが存在しているとしている。
日本神話でも高天原、葦原の中つ国、根之堅州国と三つに別れている。
「グレーティア様。神々の住む【天国】が有るのは分かりましたが、【地獄】も有るのですか?」
事務所でグレーティアに質問したのは吉良だった。
シシスも賀茂も山根も、現在の地球産まれと聞いていたからだ。
神々の住む天国を知れば、当然でてくる質問だろう。
「勿論有るのじゃ!常世にも、現世にもな」
グレーティアは即答だったが吉良には難解な返答と言える。
「地獄は二つあるのですか?」
「いや、一つじゃよ」
吉良は更に混乱していく。
「分からぬか?まず御主は大昔に、この惑星が【常世】と【現世】に別れたのは理解しておるな?」
「はい」
富士山では昔の姿を映像としても見せてもらった。
「では、天文学的に考えて、惑星として存在している天体の質量が、分離などで減ったら起こる事とは何じゃ?」
「重力が軽くなるとかですか?」
吉良の答えにグレーティアは少し笑った。
「それも有るが、惑星の公転速度が変わらず質量が小さくなれば、恒星との重力関係が変わって、惑星は軌道を外れて太陽から離れてしまうのじゃ」
「ああ、確かに惑星質量と太陽と引き合う力と遠心力のバランスで、軌道が保たれているんでしたね。急に質量が小さくなれば恒星と惑星が引き合う力が小さくなる訳ですから円運動ではなく直線運動に近く・・・えっ?」
吉良は、事の異常さに気が付いた様だ。
「あれっ?なんで、今の【地球】は軌道を離れて無いんですか?」
太陽の見え方が小さくなったと言う話は聞いたことがない。
この理屈だと、常世と現世が分離した時点から、地球は太陽から離れていかなくてはならない。
グレーティアに見せられた常世部分の質量は、惑星として決して小さくはなかった。
「それはな、常世と現世が、完全に分離してはおらぬからじゃよ。この二つの大地は【地核】という惑星の中心部を媒介に、今も繋がっておるのじゃ」
「地核って、地球の中心に有る溶けた鉄とかでできてる部分ですよね?」
地球の地核は、固体の内核と液体の外核でできていると言われている。
グレーティアの話では、外核の辺りから常世側と現世側が御互いに干渉されない様に【空間】が、ずらされているそうだ。
地核で繋がっているから、この天体全体の質量に変化は無いという仕組みらしい。
天体を二つに分けると、確かに公転軌道がズレてしまう。
完全に分けたいが、分けられなかった人間の祖先達の苦悩が、かいまみえる。
また、それ故に【召喚】などという事が可能なのだろう。
「で、最初の質問の答えに戻るが、その地核部分を、一部では【地獄】と呼んでおる様じゃ」
「だから、両方に有るけど【一つ】なんですね」
特にキリスト教では、地獄を暗くて熱い地の底にある世界だと言っている。
地獄送りが有るとすれば、確かに罪人を灼熱の火山噴火口に落とす様な行為ではある。
「我々の様に、なかなか死なない存在が終わりを迎えるか、罰を受ける時に、この地核部分に行くのじゃよ」
「【神】と呼ばれる、ほぼ不滅な存在になら確かに拷問だし、うまくいけば死ねるかも知れないって訳ですか」
【地核】は、地球圏で一番高温な場所でもある。
古事記のイザナミ神も、火の神を産んで身体が崩壊したので、死ぬ為に【根の堅州国】へ向かったと考えられなくもない。
後を追ったイザナギ神は、変わり果てた妻を見て逃げ、逆恨みをかってしまったが。
「つまりは、天国と人界が地獄を通じて繋がっているんですね」
「そうじゃな。常世では天国と地獄の間に、現世の分だけ巨大な空間が有り、数本の柱で繋がっておる。現世の地球ではマントルと地殻が邪魔して行き来できない状態じゃがな」
常世の光景は、別途に教わった現在の神世の状況を思い出させる。
「我々から見れば現世と常世は隔てられているけど、宇宙的には同じ位置にあるんですね。あれっ?」
吉良には再び疑問が浮かんだ。
「同じ位置に有るなら、現世と常世が一つに戻る時も、問題無いのでは?」
グレーティアは、二つの世界が再接触する時の衝突を最小限に抑える為に、現世に来ていると聞いていた。
だが、二つの世界が同じ位置に有るなら、パズルはそのままハマる筈だと吉良は考えたのだ。
「二つの世界が全てそのままの位置関係なら、そう問題はないのだけど、この現世側の地核は地表側と液体状態で繋がっているし、分離時に自転方向も変わってしまっているのよ」
「じゃあ、日本と繋がる柱部分が別の場所に有るから、要らぬ衝突が起きると?」
向こう側は違うらしいが、地球の外核は液体化していると地質学では判断されている。
つまりは地核と地表の位置関係は、回転によって位置がズレるのだ。
位置ズレが生じたジグソーパズルのピースを別の所に入れようとすれば、ピースが痛むのは不可避だ。
飛行機の着陸で言えば、滑走路の脇にある民家や施設に着陸する様なもので、もはや【墜落】と変わりない。
それに映像で見せられた常世の全体像は地球の様に真円ではなかった。
恐らくだが、内側の接合部分にも位置によって違いがあるのだろう。
「映像でも見せた通り、下手をすれば、惑星全体が地獄絵図の様になってしまうのじゃがな。何にせよ、御主達が老死した後の話じゃて」
天国と地獄の話から、とんでもない事に繋がってしまったものだった。
「でも、ここに来るまでは、神様って万物を創造し、全知全能で永遠不滅、唯一無二の存在だと思ってました」
特に一神教を唱う宗教団体には、その傾向がある。
宗派の数では、ヒンズー教や日本神教の様に多神教が多いのだが、排他的な一神教が武力で他宗教を制圧した背景が、現在の宗教人口の比率を作っている。
日本の神も、北欧の神も、エジプトの神も、死んだ神は存在する。
「御主はキリスト教徒じゃったか?確か聖書でも、万物を創造してはおらんし、唯一無二ではなかった筈じゃがなぁ」
「えっ?そうでしたっけ?」
ユダヤ系の創世記でも天地創造の前に【水面】が記述されている。
その創世記では、【我等】の様に複数系で神々が語る場面もあるのだ。
日本の古事記で語られる世界の始まりでも、神々に由来しない【海】が存在しており、【天の浮島/浮橋】も存在している。
北欧神話では、氷の世界が原初に登場する。
これらの事は【天地を作ったが、世界を作った訳ではない】と如実に語っているのだ。
こういった神々は、後に人間に干渉してくるので、一部には『これは【神】と呼ばれている存在が惑星開発をした宇宙人だという裏付けだ』という声さえある始末だ。
「そう言われると、聖書を間違って教育するなんて、罰あたりな話ですね」
「まさに地獄送りの所業じゃなぁ」
グレーティアの締めに、吉良は乾いた笑いをするしかなかった。




