02 権力者
戦争を起こす側の代表は、自らが前線に立つ事を考えてはいない。
正義を叫ぶ者が手を血で染める事は皆無だ。
そんな彼らが沈黙するしかない議会の中で、議長が思い出した様に口を開いた。
「教会代表の方は、どうお考えで?」
宗教戦争の一面を持つコノ紛争の会議には、宗教団体の関係者も加わっている。
議題になっているのは、先の戦闘に現れた超常的な存在についてだ。
「この情報の通りなら撤退に、私としても異論はありませんが・・・」
「が?」
教会代表の者は、眉間を押さえる。
「教会には、俗世の事に疎く、信仰さえあれば何でも成せると考える者が少なく有りませんからなぁ。巷の信者達を動かして、現政権の首をすげ替えれば勝利すると動くかも知れませんぞ」
「はあぁぁぁぁぁ・・・・【信仰厚き者】ですか?」
教会の者は書類を再度手に取った。
「まぁ今回は、【ロボット】でしたが、例え姿が羽の生えた【天使】であっても、自分達に不利益な存在を【神】とは認めないのが、宗教団体と言うものなのですよ」
宗教団体が崇拝するのは己に有利な力であって、現実に存在する【神】ではない。
「では我々と軍は、どうすべきなのでしょうか?」
「教会のトップを暗殺でもしますか?」
「それはそれで、宗教を基盤としている我が国では、政権交代が必至ですがね」
議会では、皆が眉間を押えはじめたが、妙案が出る事は無かった。
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一口に【教会】と言っても、崇める神が同じとは限らず、教えも異なる。
その解釈を歪めるのは常に人間であり、自分の考えを神のものとして利用するのも人間であった。
「軍を引くなど、何を考えているのか?」
「巨大ロボットなど、幻覚に決まっています。銃が使えなけれはナイフで戦えば良いのです」
人間は、自分の見たい物しか見ようとせず、不都合な事は全て否定する。
責任を取らず、己が動かない口先だけの者は、特にソノ傾向が大きい。
「その通りです。巨大ロボットなんて重力下では物理的にも無理なのに、ソレが宙に浮いているとか、エネルギー量内包量を度外視のビーム兵器とか、戦場では散布型の幻覚薬でも撒かれたのでしょう」
下手に学歴が高くても、自分の持つ常識でしか物を考えられなくなってくる。
「兎に角、議会には再侵攻を命じるべきです。神の矛が負けるなど有ってはならないし、負けるわけがない」
真に信仰心が高いならば、そう言う彼等自信が戦場に向かうべきなのだろうが、ソレをしない。
導く者が必要だとか、神の声を聴く者だからとか、神に近い存在が神に守られない可能性を内包した、矛盾した言い訳をして逃れようとする。
当然、宗教団体の全員が非常識な訳ではないのだが、これを否定すると【不信心者】として最低でも立場を失い、最悪は異教徒の手先として処刑されるので、口を閉じるしかないのだ。
「そもそも、こんな撤退命令が通るなど、戦場の信者は何を考えているのだ?」
「我々がテコ入れした議員も、それを何故に認めたのだろう?」
ソレを見ていない者にとって、ロボットの写真など物証がない事が、この件の信憑性を低くしていた。
だが、現実に兵は焼け死に、戦闘機は墜落し、指令部さえ穴だらけになっている現場での判断は揺るがない。
例え、敵前逃亡と謗られようとも、「だったら、御前が行け」と、死体の山の前で参戦者全員から言われるだけなのだ。
教会の会議が終わった後に、その会議に加わっていた一人が別室で、部下の入れたお茶を飲んでくつろいでいた。
「ゼータの者達も、ゴーレムの面白い使い方をするものだなぁ」
「はい、仰有る通りで御座います、猊下。更には不適合者を選別して処分し、不安定要素を排除するとは一石二鳥でございますな」
「うむ。狂信者達が利権の為に、奴隷達を使い捨てるのを懸念して承認したが、思ったより良い成果をあげたものだ」
この戦争を実質的に止めた存在は、意外と各所に関係者を潜めていた。
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「では、敵は撤退したのだな?」
「はい。ただ、現場の判断でコチラも二次防衛ラインまで撤退しましたが、再侵攻も準備中です」
「いや、第三国の介入か何か知らんが、それだけの被害を出したのだ。様子見するしかあるまい」
敵対国側では、超望遠でのボヤけた映像では有るが、飛行する物体と、怪光線が撮影されていた。
敵対する宗教国家に対して、こちらの国は経済特区として発展を見せており、情報収集を盛んにおこなっていた成果だ。
「こんな兵器が実在するのかね?」
「不明です。少なくとも武器商人の間では、未知の兵器であるらしいですが」
「科学者にも問い合わせましたが、兵士の証言通りだとすると物理的に無理だそうです。近い論文すら出ている形跡はありません」
議会の一同が、首を横に振った。
「我々は夢を見ているのか?それとも宇宙人とかの侵攻か?」
「いや、ソレよりも、これを世論に公表するか否かだろう?こんなフェイク画像まがいの物で軍を退いたともなると、我々の評価も地に落ちる」
「ここは、別の理由を打ち立てて、後退の理由付けをしなくてはなりませんな」
どちらの国の議会も紛糾せざるを得なかった。
こちら側も一旦、会議は中断され、情報収集と対策案を練って出直す事となった。
役員の一人が、帰途の車で運転手である秘書とぼやいていた。
勿論、それは謎の介入者についてだ。
「全く、奴等は何を考えているのだ?我々の存在は、まだ明かす訳にはいかないのだぞ!」
「UFO事件の様に、全ての国が隠蔽に回らなくてはならない事を承知で、あの様なふざけた事をやっているのでしょう」
国を守りきれない政府は、その存在意義を失う。
だから政府は軍備で国を守り、条約で結託して威信を保っている。
よって、UFO事件の様な対処不能な案件は、社会的には隠蔽するしかないのだ。
「南極の件といい、国際情勢といい、我々は敗退を続けてきた。この一戦で部分的にも巻返しを行おうと注力してきたのに、とんだワイルドカードを出されたものだ」
この役員は、謎の介入者とは敵対する存在らしい。
「では、我々も後継者や使徒を出して対抗しますか?一部の後継者は、既に介入している様ですが?」
「これ以上、事を荒立ててどうするのだ?人間共を下手に失わないのは我々にもメリットがある。このまま【戦争根絶】に役立ってもらおうではないか」
「そうですね。我々が止められなかった戦争を止めてくれると言うのですから」
彼等は事を荒立てず、隠蔽して利用する方針を固めた様だ。
起きてしまった戦争を利用して、勢力を伸ばす計画は頓挫するが、背に腹は変えられない。
「さて、諸侯に対して、投資が無駄になった弁明を考えなくてはならないかな?」
「ありのままに申し上げれば良いのでは?あの介入が無ければ成功していたのですから」
「そうだな」
その後、宗教国家の好戦的信者と経済特区の好戦派が謎の死を遂げて、この戦争は和解へと移行した。
謎の介入者の情報は、全て処分され、関係者には箝口令が発せられた。
諸外国のトップには、情報部により事の真相が流れていたが、社会的には【双方の軍が疲弊した為に経済を維持できなくなった事による和解】として終戦が伝えられた。