13 小さいオジさんと四月一日
出向の四月一日。指示された場所へ車で向かいながら、吉良は思い出していた。
「そう言えば、事件現場で長谷川警部に会った時に、車に若いのが数人乗ってたけど、彼等の資料は無いのかしら?手落ちがあるとは思えないんだけど」
その時の車には、長谷川警部以外に四人が乗っていた。
確か20代の男女と、それ以下の少女だった。
吉良の個人情報を口にしていたので部外者ではない筈だ。
「不思議な事と言えば、あの不思議な【小さいオジさん】を見る様になったのも、面接の直後だったわね」
欧州では昔から、フェアリーやコボルトと呼ばれる小さな人型の存在が囁かれていた。
近年日本の動画サイトで有名な【小さいオジさん】と呼ばれる10センチくらいの人型の影も、同様な物かも知れない。
その【小さいオジさん】が、事件現場で吉良を誘い、事件解決に役立つ事が何度かあったのだ。
ビデオなどではなく、現実の世界で見えるのだから、合成映像等では有り得ない。
ある事件では、現場に隠されていた血痕の周囲に。
またある事件では、川に捨てられた凶器を探して川ざらいしていた時に、証拠品の水面上で踊っていた。
どうやら、吉良にしか見えていないらしく、必然的に【吉良の手絡】として目立ってしまったのだ。
「今は事件じゃない筈だけど、どうして現れるのかしら?これから事件が起きるの?」
今現在、【宮内庁外交九課】のあるビルへ向かう吉良の車のボンネットに、【小さいオジさん】が姿を現しているのだ。
見れば、片手に交通課の誘導棒らしき赤い物を持ち、吉良の方を見ている様だった。
「あれっ?左に寄れって事?」
【小さいオジさん】は、誘導棒を左に向かって振り、やがて停止の合図を出した。
「確か、あの青年は・・・」
車を停めたその歩道に見覚えのある顔があったのには、流石に驚きを隠せない。
助手席側の窓を開けると、彼は車内を覗き込んできた。
「確か君は、長谷川警部と一緒に居た・・・・」
「お久しぶりです、吉良巡査。いや、もう警部でしたね。ビルまで乗せてもらえませんか?」
彼は関係者には違いない。
ドアロックを解除すると、青年は助手席へと乗り込んできた。
「ああ、まだ名のって無かったですね。私が賀茂重蔵です」
その名は、資料に有った陰陽師の名前だった。
重蔵は32歳と資料にあった。
吉良は一瞬顔を歪めたが、日本で見た映画の事を思い出して表情を戻した。
「吉良・ルカ・セシリアです。よろしくお願いします(確か、権力や芸能、技術者の家では、親や先代の名を襲名するのよね。陰陽師なら能力の高い養子をとるのもアリか・・・)」
落語や歌舞伎の世界では、よく聞く話だ。
貴族や王族ではルイ十三世などと言うのも有るし、一般人でもデービスJrと言う名前の引継ぎ方もある。
恐らくは、後継者として長谷川に同行していたのだろう。資料のは【先代|賀茂重蔵】なのだと彼女は解釈した。
ボンネットに居た【小さいオジさん】は、いつの間にかダッシュボードの上に移動している。
賀茂が手を伸ばして【小さいオジさん】をつまむと、黒い影は白い紙人形へと姿を変えて手に吸い込まれていった。
「それは、貴方の仕業だったの?魔法?」
「これは【呪符】と呼ばれる物で、陰陽道の呪術のひとつです。西洋風に言えば【魔法】とも言えますがね。何枚か使って貴女を観察させてもらっていました」
どうやら、吉良の任命は書類審査や推薦だけでは無かった様だ。
明らかに年下で、恐らく見習い生であろう青年を前に、吉良は若干増長したのだろう。
「できれば、業務内容を簡単に教えてもらえないかしら?」
「そうですねぇ。ちょうど良いのが来てますから、このまま車を止めて前の方を見ていて下さい。業務の一部を御見せできます」
目前には、車の往来しか見えていないが、疑問に思いながら見ていると、横で重蔵がカウントダウンを始めた。
「吉良さん、視線をそのまま、5・4・3・2・1・ゼロ」
ガシャーン!
カウントの終了と共に、目の前で交通事故が発生した。
慌てて救助に出ようとした吉良を、賀茂が制止する。
「今出たら、助かるかも知れないので出ないで下さい。救急車も呼ばない様に。赤い車の後部座席に居る【山田誠司12歳】を死なす為に事故を起こしたんですから」
「何を言ってるんだ?事故を起こした?子供を殺す?冗談じゃない!お前、何をした?」
偶然にしてはタイミングが良すぎる。人為的にしては準備の時間がないだろう。
「陰陽道で言う【呪詛】、西洋で言う【魔法】ですよ。勿論、現在の法律では逮捕も規制もできませんよ」
常識では有り得ない言葉が、彼女へと帰ってきた。
非常識な業務である事は予想していたが、まさか業務として一般人の殺人を行うとは想像もしていなかったのだ。
確かに、先程まで居た【小さいオジさん】の様なものを使えば、運転手の視線を塞いだりして事故を起こす事も可能なのだろう。
「御前の言う通りなら、罪もない子供を殺す事が仕事なの?」
「確かに罪はないが、その存在自体が罪悪だから、処分したんですよ」
まるで性悪説の様な説明に吉良は困惑を極めていく。
「分かりやすく言えば、彼の遺伝子を後世に残さない為に、生殖行為の前に処分したんですよ。彼の遺伝子は、未来に【大量死】を発生させますから」
「冗談でしょ!そんな事が、どおして判ると言うの?未来予知ができるとでも?」
賀茂は笑みを浮かべている。
「未来は勿論、我々には分かるんですよ。当然ですが貴女の遺伝子配列も見えてますよ」
オカルトな内容と、科学的な話が混ざり合う。
既に吉良の理解を越えはじめている。
「(そう言えば、今日はエイプリルフールだったわね。全てを真正直に受け止めない方が良いかも)」
いや、交通事故の発見自体は偶然で子供の死亡も彼が言っているだけかも知れないし、手の込んだ演出かも知れない。。
とりあえず、本庁の交通課に居る知り合いに事故の調査をメールで依頼した。
「兎にも角にも、事務所ビルへ向かいましょう。今の私にできるのは、これくらいですから」
賀茂の言葉に眉間に皺を寄せながら、吉良は車を前に進めた。
建物は、駅から少し離れた街中にある商業ビルだった。
一階にはオカルトグッズの販売店が有り、裏手に駐車場もある様だが、近くのコインパーキングに車を停めてオカルトショップに入っていく。
「こんな所が拠点なの?」
「まぁ、いろいろありますからね」
中年女性の店員に挨拶をして、カウンターの奥にある従業員用エレベーターで上に上がっていった。
案内されたフロアには、出迎えた長谷川警部の他に以前に車で見た20代女性と黒髪の白人少女の三人だけだった。
少女の方はハーフなのか、長い直毛と少し東洋系に片寄った顔立ちだ。
彼女達は応接セットでくつろいでいる。
「出向初日から済まないわね、面白くない事にシシス様と重蔵は、上司に呼び出されて不在なのよ」
茶髪でショートカットの20代ジーンズ姿の女性が、ソファの上でポテチを片手に片手間な謝罪をしている。
見ると、先程まで居た賀茂重蔵の姿は消えて【呪符】が二枚床に落ちていた。
どうやら、道案内してくれていたのも【呪符】とやらだった様だ。
「何から何まで、本当に今日はエイプリルフールなのね。この様なのを日本では【狐に化かされた】って言うのかしら?長谷川警部」
「申し訳ないね吉良君。二人ほど不在だが紹介しておこう、彼女が【山根 茜】。こちらの少女が客人の【グレーティア様】だ」
長谷川の紹介に、山根が軽く手を上げた。
【客人】と聞いて、人数の不具合に納得した吉良は、軽く頭を下げる。
「で、長谷川警部。この書類は何処までが本当なんですか?それとも、皆でエイジング手術でも受けていると?」
困った表情の長谷川は、山根の方に視線を送っている。
「面白くない奴だなぁ!重蔵も話した通り【魔法】だよ。それに若い方が世間受けが良いからに決まってんだろうが!かと言って未成年の姿だと、車の運転とか保護者呼べとか問題があるから、この姿なんだよ!長谷川は歳で体が動かないと仕事に困るだろうがぁ?」
食べ終えたポテチの袋を潰し、山根が苛立ちながら睨み付けていた。
「【魔法】って本気?いや正気なんですか?」
「ココまでソレに案内されといて、言うかね?」
山根が指を鳴らすと、床に落ちていた呪符が青い炎をあげて消えた。
確かに常識では考えられない事だ。
事前に催眠術でもかけられて、幻影を見ていたのかも知れない。
ただ、全てがマトモではない。
「冗談じゃない!こんな職場は自分には無理です。他の候補を起用してください」
「申し訳ないが、我々に人事決定権は無い。シシス様がお帰りになるまで待ってもらう事になるよ」
吉良の陳情に長谷川は、そう答えるしかなかった。




