01 空から来る者
始まる前には、何かの終わりがあるものだ。
大人になる前には、幼年期や青年期の終わりが訪れる。
開会式の前には、準備期間の終わりがある。
事件や事故の前には、平穏の終わりがある。
時には、何が終わったか分からない時や、いつ始まったか分からない場合もあるが。
そして世界の現実を痛感する時には、個人が抱く常識の終わりが訪れる。
地球では人間の有史以前から、いや、神々の時代から戦争が起きていると言う。
現代でも、宗教、民族、領土、主義主張、思想、経済、利権、地位、など様々な理由で地域紛争が常に起きているらしい。
人間は、何故に争わなくては成らないのか?
今も、地球の何処かで銃弾が飛び交い、ナイフが人肉を切り裂いている。
その根底に有るのは【向上心】なのか?【虚栄心】なのか?【未知なる物に対する恐怖】なのか?
【向上心】?誰かを押し下げれば、自分が向上できると思っているのだろうか?
奪った物によって自分が安定した存在に近付けると感じるのだろうか?
【虚栄心】?誰かに構ってもらわないと、誉めてもらわないと安心出来ないほど、精神が脆いのだろうか?
【恐怖心】?人間も他の獣同様に、他者の心や能力を計り知る事ができない。
自分が害されるかも知れないと言う恐怖から、他者を駆逐し安全性を確保したいと思うのだろうか?
人間は、他者の心と同様に、自分の心すら正確に理解する事ができない。
欲望を正当化する為に、嘘で自分自身の理性に折り合いをつけていく。
【命を救う正義の為】におこなっている戦争でも誰かを殺さなければならず、集団戦では個々が逃げる事すら許されやい。
貴重な才能や能力を持つ者すらランダムに磨り潰されていく。
それは、人間の社会は勿論、種族としての損失を発生させていくのだが、先の非理性的理由で押し潰されていくのが現状だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とある戦場で、兵士達は戦っていた。
生臭い血と硝煙の臭いに満ち、時おり汚物のにおいがしている。
そんな市街戦の一角で彼等は、物陰に隠れて銃弾の雨から身を守っていたのだった。
絶好の攻撃ポイントに移動し、ある程度の成果はあげたが敵の殲滅には至らず、弾薬も底をつき逃げ場を失った。
仲間も援護に向かう足止めを喰らっているらしい。
「チクショウ、異教徒共め!天罰を喰らえ」
「手も足も出せないんだから、焦っても仕方がないぜ。援軍に助けられるか、間に合わなくて俺達が死ぬか、まさに【運命は神のみぞ知る】だ」
文字通り、この瓦礫から手や足を出せば、すぐさま撃ち抜かれるだろう。
恐らく敵は、銃撃で足止めしながら、隠れている彼等を狙える位置に伏兵を移動させている。
だが、ソレをドウコウできる能力が、今の彼等には無かった。
「だからと言って、くつろぎ過ぎだろう?」
「良いじゃないか、死ぬかも知れないんだからタバコの一本くらい」
辺りを伺う男の横で、彼の相方はタバコを吸いながら天を仰いでいた。
「なぁ?俺は未だ生きてるのか?天使の姿が見える様なんだが?」
「跳弾で俺が受けた痛みがズキズキするから、俺の声が聞こえるなら、生きてる筈だが?」
確かに痛みは、生きている証しだと言う。
だが、『地獄の責め苦』とも言うので、信憑性は低い。
言われて空を仰いだ、もう一人が目にしたのは、光に覆われた人型の何かだった。
「何なんだ?アレは!敵の新兵器か?宇宙人の侵略か?俺達は幻覚を見ているのか?」
「・・・・・・・・」
ソレが降りて来る程に、生物ではなく人工的な造形である事が明確になっていく。
呆れる男のタバコの火は消えており、気が付けば近くの銃声も止んでいる。
無線も沈黙しているが、全くの無音状態という訳でも無い様だ。
その【天使】から、幾つもの光が伸びて、その一本が横にいた相方を貫いた。
見れば、身体の半分が切り取られた様にして無くなっている。
『直ちに武器を捨て家に、仲間の元に帰れ。人間同士の殺し合いに正義はない。即時に従わない者には、天上より制裁を下す。これは人間の欲による殺し合いだ。直ちに武器を捨て・・・・・』
音ではなく、頭の中に声が響く。
「俺達が邪教徒だったのか?」
残された彼も覚悟を決めたが、【天使】は光を放ちながら移動し、この男の視野から消え去っていく。
【天使】が遠ざかると、耳から聞こえる音の様に、頭の中の声も小さくなっていく。
やがて復帰した無線は、混乱を極めていた。
銃撃が再開されないところをみると、敵側も戦闘どころではないのだろう。
隠れていた瓦礫から身を乗り出すと、あの【天使】の様な存在は、幾つか宙に浮いている様で、その周辺では銃声が止んでいる様だ。
「【戦の神】と言うのは聞いた事があるが、あれは【粛清の神】とでも言うのか?」
しばらくは空を見上げていた兵士だったが、銃弾も無く攻撃も無い状況で彼は、兎に角は部隊に戻るべく走り出した。
「戦争という不条理は、更なる不条理で破壊すると言う訳か!」
この戦場の野戦基地で、一人の指揮官が呟いた。
彼も戦争を望んでは居ないが、社会的理由でコノ場に立っている。
「『最後の一兵卒まで戦う』なんて意気込む脳筋も居るが、妄想も甚だしい話だからな」
特殊な能力を与えられた故に、ここまで出世してしまった彼は、周りで死んでいく同僚や部下を、冷静な目で見ていたのだった。
確かに【全滅】ではないが、兵卒の三分の一が失われれば撤退と言うのが戦場のセオリーだ。
いや、それ以前に分局とは言え、指令部が襲撃されれば前線への命令が行き届かない故に、撤退しなくては無駄に人死を増やすだけだ。
「指揮下にある兵達に、撤退命令を出せ」
「了解しました」
指揮官は、野戦基地に残った兵に命令を出した。
視野では人型兵器に対してスクランブルをかけた戦闘機が、エンジントラブルで失速し、墜落していくのが見える。
ミサイルさえも、近付けば推進力を失って地上に落ちていく。
『普通の奴には、これがランダムな無差別殺人にしか見えないのだろうな・・・』
そう考える彼は、特殊な能力を持つ為に、殺された人間特有の特徴が見てとれていたのだ。
『しかしオタクアニメか?ジャップらしいと言うか、何と言うか、よりによって巨大ロボットとは・・・・』
彼等が目にしたのは、鋭角な突起を持ち、カラフルな色分けされた人型の巨体【ヒーローロボット】と呼ばれる類いの、現実には異質極まりない存在だった。
そしてコノ指揮官は、それを操る存在の事を知っている様だ。
「第三勢力の台頭も考えられる。兵器の放棄も許可する。即時撤退の命令を繰り返せ」
「了解。撤退命令を繰り返します」
部下達には、知っている素振りを見せずに、指揮官らしい指示をしていく。
「中佐もお早く後退して下さい。また、あの化け物が戻って来ないとも限りません」
「そうだな。報告の義務と、敗戦の責任を取らねばならないしな」
指揮官が生き残るのは、偉いから死ぬ場所へ赴かないで済むからではない。
作戦が失敗すれば責任をとって、同胞に処刑され仕事があるからだ。
「しかし、こんな方法でくるとはな」
「はっ?何でしょうか中佐?」
「いや、運命の女神は思いもよらない事をなさると言っただけさ」
「そうですね。いったい、何なのですかアレは?」
「知らんよ。俺は予言者でもなけれは情報部でも無いんでな」
車両に乗り込みながら、指揮官は部下の質問に、首を横に振った。
戦争をしている国の首脳部では、軍部から上がってくる情報と、外国からの報道に頭を抱えていた。
「何者なんだ?あんな兵器で介入してきた奴等は?」
「他の国の紛争にも介入している【ロボット】が居るらしいですが、同一の物かどうかは未確認です」
ロボットが現れた付近では、通信機器だけでなく、電子機器も使用不能となり、情報収集が困難となっていた。
カメラ類は全てデジタル化されており、昔の様な手動メカニカルな物は出回っていない。
「銃すら使えないと言うのは、どういう訳だ?」
「ロボットの近くでは、火災も鎮火していると聞いております。恐らくですが、一定温度以上を抑制するフィールドの様な物が存在するのかと」
「まるでSFだな?」
「確かに」
技術顧問の返答に、質問した議員が呆れ返っている。
「前線で、敵味方双方に被害が出ているなら、ここは一時撤退して様子を見るべきでは?」
「そうだな。下手に進軍して、こちらだけ被害が増えても利がない」
この介入が、前線でしか発生していない事から、敵側が進軍しても、敵側のみ多大な被害を受けるだろう事は、十分に予想できる。
戦況は必ずしも有利では無かったが、この状況下で被害を一方的に増やしては、誰かが責任を取らねばならなくなる。
利益に固執して貧乏クジを引くのは政治家としても悪手だ。
「この状況ならば、仕方がないな」
「介入者の調査が急務だろう」
「対策を講じなけれは、無駄に兵士を失う事になりますな」
皆が理由をつけて、撤退に同意するか、沈黙をまもっている。
「では、軍部に撤退命令と、敵側に特使派遣の準備をしてくれ」
「し、承知致しました」
議会には、しばらく沈黙が流れていく。