十八話 セシリアは信奉してる
〈セナ〉
「ギンやばいわ」
「それは分かるけどよ。クレハが引き籠るなんて誰も想像してなかったろ」
まさかすぎる。今もセシリアがクレハの扉をドンドンと叩いているが一向に部屋から出てくる気配がない。
昨日一体どんな話をしたのか問い詰めようにもレオンは朝早くから走り込んでくるとか、なにやってんのよ…。
「レオに何があったか聞いた方が早くないか?」
「じゃあギンはレオンの方をなんとかしてきてよ、セシリア貸しましょうか?」
「いや、あれ見てみろよ。役に立つと思うか?」
「クレハ様!クレハ様が居なければ私どうしていいか分かりません!神託を!神託をこの見習いにください!」
とてもではないがまともではない。最初と変わりすぎでしょって思うけど…この子の素は案外こんなものなのかもしれない。
年齢を考えてもクレハが異常だっただけにセシリアは年相応に聖女らしく振舞っていただけで本来の姿にしたのはクレハのおかげだ。
溜息を吐いてギンをレオンの方に行かせるけど。私一人でどうにかなるかな?
「セシリアはちょっとどいてもらえる?多分人が多いとあの子も困っちゃうから」
「しかし!この見習いはもうクレハ様無しでは生き方もまともに見つからないんです!」
「あとで好きなだけクレハ貸してあげるから…」
「本当ですか!?魔導士セナ様はさすがクレハ様の仲間ですね…では信じて待ちますが多分10分も待てないと思います…」
10分じゃさすがに無理だけど、少しでも離れてくれれば部屋に入れるだろうと思って追い払って周りに人がいないことを確認して声をかける。
「クレハ?セナだけど入っていい?魔法使いって言った方がいいのかしら?」
「セナ…」
クレハが部屋の鍵を開けてくれて…は?今なんて言ったのこの子。
「と、とにかく部屋に入るわね?」
中に入ればいつもとは違って目を赤くして髪も普段は乱れてるところなんて見たことなかったのに。昨日はきっと泣いていたのかもしれない。
クレハは枕を抱きしめながらベッドに腰かけるから、私も近くの椅子に座ってどう切り出したものか考える。いきなり昨日何があったか聞いたら傷付いてるこの子をもっと傷付けるかもしれないし。
ダメか。私にそんな女の子同士のやり取りみたいなこと考えたけど思いつかない。もうちょっと周りの子のどこそこの騎士が格好いいという話題をしとけばもう少し気の利いたことが言えたかもだけど。
「で、そのクレハは今日はどうしてしおらしいの?」
「…クレハは常に一人でした…この世界に来てから、頼れるものもいないので地位を築かなければと常に努力はしてきたつもりです…けどクレハには人の気持ちが分かりません…」
この子の言葉はたまに意味が分からないときがある。それでもある程度は分かってきたつもりだ。
かつてこの子が話してくれた内容でずっと気になってたことがあった。故郷が無くなったと話していたことが一番辛かったと語っていたことだ。
身寄りのある人なんて近くにいなかっただろうし、それでも教会で仲の良い人はいたんじゃないのかなんて考えたけど。他ならない私は魔法を覚えるためにグランディアの魔法教育施設で3年ほど通っていたけど仲の良い人は出来なかった。
「私も人の気持ちなんて分からないわよ?」
「…元々思い付きで色々やってきてそれがたまたま成功しただけです……」
「それが思いつけるなんてすごいことよ、私はいつもクレハに助けられてる」
「この世界でセナもレオンもギンも。長いこと一緒にいました」
そうは言っても四か月くらいだろうか?短い方だと思うけど、そこまで思ってくれてるなんてむしろ嬉しい。
「クレハの周りで長いと言えば孤児の人か、神父くらいでした。他の人は怪我人か名前も知らない町の人くらいでしょうか…」
「それだけ慕われてるってことが凄いと思うけど…?」
「セナ…いくら助けても死にに行く人はいるんですよ。町の人だって死なないだろうと思っても先日助けた子供が町の外に遊びに出て魔物か獣に食い散らされていたらクレハのやってることは全て無駄だと思いませんか?」
同意も同情もできない。私には回復魔法を使えないし教会で修練を積んだら出来ると聞いたことはあるが、そんなことをしなくても私は魔法を使えていたし。
なにより。誰かを助けてそこまで思い入れを入れるなんてことをしてない。
戦争中に知り合いが魔物…今では魔族か、魔族に殺されたときは。あぁいつか私もこうなるんだなと感じてたことはある。
「それが…どうしたの?外が危険なことは分かるわ」
「クレハは名前なんて覚えても無駄だと思ってました…覚えてもいなくなるなら覚えなくていいと…それでもセナ達と長く居すぎたからか覚えてもいいんじゃと思ったら、別にセナ達はずっといるわけじゃないからやっぱり覚えても無駄なんだなって思いました…」
特に今までそういう性格なのだと流していたけど、まさか名前を呼ばないのがいなくなる前提で話してたからだったのかと思うと。もしかしたらこの子だけは今までの旅も一人でいるつもりで動いていたんじゃと疑いそうになってしまう。
魔物と遭遇した時も。村での横暴と言うようなクレハの説得も。村人が攫われたのも。盗賊と会ってからも。ドラゴンに会うと言い出したのも。
いや、しっかりしろ私。今のクレハは疲れているんだから。私がなんのためにここに来たのか見失うところだった。
「だったらクレハは私達に頼ってきたことは嘘だったの?」
「…人には適材適所というものがあります。それぞれの役割を行うのに適した役割があっただけです…」
「私にはクレハが考えてること分かんない。分かんないのよ?だから教えて。いつものクレハなら答えてくれるでしょ?私は、私たちは役割を担うだけの人だったの?私はクレハの生誕祭楽しかったわ。あんな経験初めてだったもの。それに私が言えることもあるわ」
そこまで言って、クレハが顔を上げてこちらを見てくるのを確認して。その頬を両手で優しく包んであげて私の気持ちをしっかりと言う。
「お礼を…言ってなかったから。神託に選ばれて良かった。クレハに出会えて良かった。私はクレハにとって長く感じた時間を、短く感じていて。もっと一緒にいたいと思ってるの」
「じゃあこのクレハのダンサーになってくれるんですか?」
ちょっと何言ってるかわかんない。これでも恥ずかしい気持ちをぐっと堪えて感謝したのに。
「なってあげるわよ。どうせクレハのことなんだからつまらないなんて思う暇もないくらいに楽しいことなんでしょ?」
「このクレハにかかれば…造作もないことです…」
少しだけど元気になったその顔はぎこちない笑顔で、珍しくも可愛いクレハを見れたと思えば良かったと言えるかな?
「クレハ様!セナ様!まだですか!?この見習いにどうかご慈悲をください!」
いきなりセシリアがドアを叩いて叫んでくるからクレハがびくっとしながら布団に籠り始めた。
せっかく話をもう少しで聞けそうだったのに空気の読めない子だ…私もクレハに空気読めないとか言われてた気がするのを思い出して。どうやって追い出そうかとセシリアの方に行く。
***
〈ギン〉
迫る斬撃は重く、一撃一撃に気持ちを込められた殺気すら感じるレオの攻撃を斧でひたすらに防いでいく。
どっちかと言えば普通立場逆だろって思うが、今のレオにはそれほどの気迫があった。
「稽古…付き合ってくれるんじゃなかったの?」
「正確に言えば俺が勝ったら話を聞かせてくれってやつだな」
レオを探しても結局すれ違いになるだろって思って城門の辺りで適当に待っていたら真面目に走り込みしてるレオを見つけて話そうにも「この後素振りをするから」とか言ってずっと真顔でいるこいつこええって思いながらも俺なりに勝てると見込んで賭けを申し込んだら受けてくれた…んだがな。
「そんな捨て身みたいな攻撃していいのかよ?」
「ギンは反撃出来てないみたいだけど?」
いつもの弱弱しい態度はどこへ行ったのやら。俺が攻撃を仕掛けても剣を使わずに紙一重で避けてすぐに形勢が変わってレオの攻撃が迫りくる。
普段のレオと違うと言えば剣だけに頼った戦い方をしてこないのも正直しんどい。
剣だけではなく格闘も織り交ぜて、蹴りもしっかりとした威力で放ってくる。ジャルダンとの稽古がきっかけなのか。それとも単純に自分で考えたのかは知らんが、これは人間用の戦い方だろ。
これだけはしないと決めていたが使うときが来たか…。
「後ろにクレハもいるからって気合入ってんなあ!」
「っ!?」
一瞬だけでいい。その一瞬に俺の唯一と言っていい力でごり押しして剣を弾き飛ばす。ただこいつは格闘技も仕掛けていたからここで油断することなく、その勢いのまま体当たりをかまして体ごと吹き飛ばせば地面に倒れたこいつに斧を向けて…。
「俺の勝ちだ」
「ギン…それは卑怯だよ」
「稽古なんだろ?動揺した時点でお前の負けだよ」
俺も卑怯だと思うが仕方ないだろ。今のレオに俺が勝てないと思ったんだから。
こいつも成長してるんだなと思うと案外勇者っていうのは本当なのかもしれないな。
「それで?どうしたんだよ?」
「別に…って言っても聞くんだろうね」
「賭けは俺の勝ち、文句あるか?」
「本当に別にだよ。クレハさんに振られただけだから」
「そうか…そうか…?」
俺には分からん。クレハに振られるとクレハは部屋に閉じこもるのか?むしろ俺やセナが心配しすぎだっただけなのか?
たまには一日くらいそういう日があってもいいとは確かに思うが。クレハが外に出ないなんてことを想像してなかっただけにレオが傷付いてクレハが休んでるだけと思うと納得はする。
それでも呼びかけにも応えないまま部屋に閉じこもるか?
「まぁ、元々がクレハだからな。レオも振られるかもとは思ってたんだろ?」
「もちろん。ただそれでも少し時間が欲しいかな。ちゃんと旅にもついて行くし心配しなくても大丈夫だよ」
「じゃあ今日は一緒に飲みにでもいくか?しばらく城の上品なもんばっかで胸焼けしちまいそうだぜ。たまには庶民の味を思い出さないとな」
「あはは。言い方が少しクレハさんに似てるね」
似てるか?まぁ、聖女とか庶民とかそういうものに執着してそうなところが似てると言えば似てるのか?
こいつの場合盲目すぎてなんでもクレハに結び付けてるんじゃとちょっと疑うくらいに今日は強かった…。
「参考までに聞くけど、その戦い方を続けるつもりか?」
「相手によるけど。そうだねもう少しで何か掴めそうな気がするよ」
もっと強くなるってことか。だったら俺もこいつに置いて行かれないようにしないといけないか?あのクレハがいれば争いなんて基本盗賊か何か…いや盗賊も懐柔してたなあいつ。まぁ何が起こるかわからないならやって損はないか。
「美人がいる酒場に連れってやるよ!」
「あはは。クレハさんよりも奇麗なのかな」
わりとこいつは重症かもしれん。
***
〈セシリア〉
クレハ様が部屋に籠られて三日経とうとしています。そして解決策は何もないのではと思いつつも戦士ギン様が勇者レオン様を連れて帰ってこられたのは三日も経っております。
「あんた今までなにしてたの?レオンはどうだったの?」
「クレハに振られたから傷心中でレオンを慰めてたら…酔っぱらわねえから酔わせるまで酒場を転々と巡ってた…」
「馬鹿なの?てかそのレオンはどこにいるのよ?」
「いや、わりい!勇者とその戦士ってことで持て囃されちまってよ!振られたんならしょうがねえだろ?」
「…そもそもクレハは振ってないって言ってたわよ?」
「お?」
どういう話なのかは分かりませんがどうやら誤解が生んだ悲劇だったようです。この見習いに出来ることはありますでしょうかクレハ様…。
「それも気になるが…そいつはどうしたんだ?」
ギン様が私、見習いのセシリアを指さしてきました。どうしたと言われても私は言葉を出すこともできず…。
「むー!むー!」
「うるさいから縛ったのよ…この子自由にしておくとクレハのドアを叩きまくるから」
「せ、聖女なんだよな?一応」
「見習いなんだからいいでしょ?この子もクレハの真似して見習いを自称してるんだし」
あぁ…なんとお労しいことでしょう。この見習い今すぐにでも駆けつけない気持ちでいっぱいだと言うのにあまりにも無力です。
そういえばクレハ様はいついかなる時も堂々としていました!こうなればこの見習いもクレハ様のようになって助けるべきです!
私は縛られた縄が身体を締め上げるのを感じながらもヒールと心で唱えて地面をはいずりながらも今クレハ様の元へ行きます。
「もうなんなのよこの子!」
「凄い根性だな…逸材だぞセナ!こいつは戦士になるべきかもしれん!」
「違うわよ!こういうのは狂信て言うのよ!パラシフィリア教会怖いわ!」
もうパラシフィリア教会のことは諦めました!しかし今救わねばならない光の大聖女クレハ様を私の手で少しでも癒してあげなければ!
あ、ギン様。運んでくださるんですか?
あれ?元の椅子に座らされました…。
「むー!むー!」
「せめて口の縄解いてやらねえか?痛々しすぎるだろ?」
「解いてもいいけど話し相手はあんたがしなさいよ?あとクレハが教えたのか知らないけどその子トイレしないみたいよ」
「飯は?」
「さすがにそれは必要ね」
まるでこの見習いをペットか何かだと思ってませんか二人とも?まぁいいです。ギン様が縄を解いてくれました!
「この聖女見習いのセシリア!今すぐにでも光の大聖女クレハ様をお助けしないといけません!今すぐ!今すぐにでも―むー!むー!」
ギン様何故ですか。何故縄を再度口にするのですか!?




