防衛会議
王の一言で、防衛会議が始まりました。
王やお父様がああでもない、こうでもないと議論を交わしていますが、なかなか結論は出ません。
そもそも、レインリーは、軍の規模も小さく、クラウドラを吸収して大国になった魔王国に攻めてこられてはたまらないと、国最強の勇者ハーツを派遣したのでした。
打つ手があるとは思えません。
議論に飽きたワタクシは、現世の知識を思い出しながら、ミラーに愚痴りました。
「サンヴァ―ラが平穏だったころが懐かしいですわ」
サンヴァ―ラが未曾有のアンデット災害に見舞われてから、世界の均衡が崩れました。
以前は心優しく豊かで優秀な軍を抱えていたサンヴァ―ラが、世界の警察をしておりましたが、アンデット災害で国が崩壊しかけました。
アンデット災害が収まり、ようやく立て直しを始めたところで、欲に狩られたアステーリとクラウドラがサンヴァ―ラに攻め入った結果、復活した魔王に返り討ちにあったと聞いています。
「ただの恋愛ゲームでしたのに、剣と魔法のRPGが混ざっているだなんて……」
「何を言っているかわからぬが、多分違うぞ」
元々異世界といえど、モンスターなどもおらず、穏やかな世界でしたのに、魔王が復活し、一気に戦乱の世になってしまったのは、そういうことでしょう。
そうとしか考えられません。
「それにしても、サンヴァ―ラは、なぜクラウドラを手放したのでしょう? 軍隊一つでも派遣すればいいでしょうに」
一度手に入れた国です。
戦争中とはいえ、ちょっとした軍隊でも、派遣しておけば、支配下に置けるはずです。
ミラーが遠い目をしながら、答えてくれました。
「いや、サンヴァ―ラの軍事力が一度壊滅したのは本当のようだ。戦力は海軍を除けば、実質三人しかいないと思われる」
「三人? クラウドラを退けた国の戦力がそんなに少ないわけないでしょう? 海軍は健在だと聞いています」
「ああ、サンヴァーラは昔から海には別の大陸からの襲撃に備え、軍隊を置いておるが、あれは陸では使えぬ。あとは勇者クラスだけで対処しておるようだな」
「勇者クラスとは?」
「一騎当千の力を持つ人間のことだ」
「勇者並みに強いものということですね」
「そうだな。勇者ハーツはどのくらい強かったのだ?」
「よくは知りませんが、聖剣を完璧に使いこなしていたと」
「つまり、全形態使いこなせたということか?」
「詳しくはわかりませんが、そうなりますかね」
現世の記憶を探ってもよくわかりません。
かなり年上のハーツとは、あまり接点がありませんでした。
「ただ、そうなると魔王は近接特化聖剣の勇者ハーツを倒したからな、魔王に近接戦闘で敵うやつはこの世界にまずいないだろう」
「それほどですか?」
悪魔であるはずのミラーが、とんでもない評価をします。
「いまサンヴァーラ城を見ているが、見覚えのあるやつがいる。あれは、吸血王、昔からいる古代種だ。200年ほど前に、最強だった海賊と一緒に暴れまわっていたやつだ」
「魔王の配下には、そんな存在もいるのですか。それにさっき三人と言いましたよね?」
「クラウドラ撃退時に撃ち込まれたら魔法は魔王、吸血王どちらの攻撃でもなさそうだ。となると、最低もう一人は勇者クラスがいると思われる」
魔王、吸血王、さらに未知の勇者並みに強い者。
「とんでもない国ですわね」
「だから、昔からあの国には、なにがあっても手出しするなと言われていたはずだが」
サンヴァーラには、伝承がありました。
他の国の勇者の伝承ではなく、魔王の伝承です。
長く続いた平和で、クラウドラは伝承を忘れてしまったのでしょう。
虎穴に入らなければ虎児を得ずとはいいますが、いるのは虎などではなく魔王。
触らぬ魔王にたたりなしです。
クラウドラは愚かな国です。
ただ魔王に負けた八つ当たりを、レインリーに向けられてはたまったものではありません。
とはいえ、戦争はダメだと諭して止まってくれる侵略者はいません。
……。
まあ、ワタクシは令嬢。
ミラーから教えてもらった状況も、王やお父様達は正しく理解しているようなのでワタクシの出る幕はなさそうです。前世も女子高生なりたて程度の知識しかありませんので、いい案もありません。
国の一大事など、男どもがなんとかするでしょう。
そう思っていると、アディーラ王子が立ち上がり言いました。
「私がクラウドラに討って出よう」
会場が、一瞬静まり返りました。
その後に、拍手喝采が巻き起こります。
確かにもう、無理でもなんでも、誰かが軍を率いて迎え撃つよりありません。
それを国の第一王子がやるというのです。
かっこいいに決まっています。
ワタクシは、茫然とアディーラ王子に見とれていました。
すると、エレノア様が、アディーラ王子に駆け寄ると手を取ります。
「勝ち目がないのに、死にに行くようなものです」
エレノア様は、目に涙を浮かべています。
「ああ、エレノア、わかってくれ。私は国と共に君も守りたいのだ」
「では、私も共に参ります。死ぬときは一緒です」
花が咲き乱れると錯覚するほどの、完璧な二人の世界が展開していました。
「はあああん」
目の前で展開されるメロドラマにクラクラしました。
なんて尊いお二人なんでしょう。
これです!これです!
もう推しからしか、摂取できない栄養というものがあります。
「はっ」
我を忘れていました。
ワタクシは、ブンブンブンと首を振ります。
二人を戦争などにいかせて、死なせる訳にはいきません。
これは恋愛ゲーム。
障害は高ければ、高い方がいいといいましたが戦争はダメです。
二人が、命を失う可能性のある戦争などしている場合ではないのです。
というか、完全に悪役のポジションをクラウドラにとられました。
ワタクシの存在価値がなくなってしまいます!
許すまじ、クラウドラ。
ワタクシは、お二人の前に進み出て、叫ぶようにいいました。
「それは、なりません! 二人はこの国の未来を担うお方、そのような方を失うわけにはいきません!」
アディーラ王子は、話に割り込んで来たワタクシに面食らっていいました。
「レティセル、何を言って」
ワタクシは、動揺しているアディーラ王子を無視していいます。
「アディーラ兄様は、エレノア様と幸せな家庭をお作りください!」
「お姉様!」
エレノア様が、ワタクシに駆け寄り、抱きしめてきました。
お、推しがこの胸の中にいます。
幸甚の極みです。
もう死んでもいい!
「だが、誰が兵を率いて戦うというのか」
アディーラ王子が、ワタクシに聞いてきます。
死んでもいいのであれば、なんだってできます。
体の奥底から無限の魔力が湧き上がって来るのを感じました。
誰が率いるか。
そんなことは、この場で一番強い者です。
それが誰かなんて決まっています!
もちろん悪役令嬢である、このワタクシです!
「ワタクシが、全軍率いて、クラウドラを退けてみせましょう!」
ワタクシは、宣言するようにいいました。
「なんじゃと、ならばワシ自ら出陣する!」
王が叫びました!
「父上などに任せられるか! 出陣するのは、俺だ!」
ハルーも叫びます。
「騎士団長たる俺に決まっているだろう!」
キラルも負けじと叫びます。
さすがは、ワタクシが魅了したお三方。
頼もしい。
ワタクシは、前に出て、クラウドラの方角を指差し叫びました。
「敵はクラウドラですわ! レインリーの底力見せつけてあげましょう!」
この世界を正しく恋愛ゲームにするため。
すべては、推しの幸せのために!
「さあ! 全軍出陣ですわ!」