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お父様との対面

 王都中、ありとあらゆるところをまわり金を使いまくりました。

 絵を描いては、金をばらまき指示を出す。

 チャペルに、薔薇の庭園、恋人成就の鐘に、イルミネーション。エトセトラ、エトセトラ。

 いついかなるときでも、恋愛イベントが起こっても大丈夫なように王都中に指示を出しました。

 請求はすべて、城にいくように指示しています。完璧です。

 

「すっかり遅くなってしまいましたわ……」


 ちょっと頑張りすぎたようです。

 なんだか、体がうまく動きません。

 魂が剥がれ落ちていくようで……。


 ふらつく体をミラーが、支えてくれました。


「大丈夫か?」


「ありがとうございます。悪魔様」


「ん? 悪魔様、なんだ急にしおらしくなって」


「いえ、早く家に帰らないと」


 急に、今まで感じていた万能感がなくなり、不安がおしよせてきました。

 急いで、屋敷の中に入ると、お父様が玄関で構えていました。


「こんな遅くまで、作法のレッスンもせずにどこへ行っていたのか」


「す、すみません。お父様」


 どうしてワタクシは、そんなことも無視して、歩きまわっていたのでしょうか。

 いえ、理由を忘れたわけではありません。

 前世の記憶を元に行動していたそれだけです。


 お父様の目が怒りに満ちています。

 いくら、理不尽であってもお父様に文句をいえるわけがなく……。


 お父様が、手を振り上げます。


 パシィ。


 ワタクシの頬に当たる前に、悪魔様が受け止めてくれました。


「ふむ。さすがに父親といえども、私の主をたたくのはいただけないな」


「誰だお前は? 誰に許可を取って、この屋敷にいる?」


 ワタクシの所為で、悪魔様に非難が……。

 なんとか声を絞り出します。


「そ、それは、ワタクシが雇いました」


 父親は、ワタクシの言葉を聞いて、さらに烈火のごとく怒り出しました。


「何を勝手なことをやっているんだ!」


「ごめんなさい」


 ワタクシは反射的に、叩かれると思い頭をおさえます。


 叩かれることはありませんでしたが、わなわなと震えています。


「これだから、あんな小娘に第一王子を取られて」


 アディーラ兄様の婚約相手をエレノア様にとられたことの嫌みを言われます。

 毎日毎日……。


「ワタクシはエレノア様と仲良くしたいだけで……」


 相思相愛のお二人を邪魔などできるはずがありません。ワタクシはただ貴族同士仲良くしたいだけなのに……。


「あんな小娘などと、仲良くする必要はない!」


 全否定されて、心が引き裂かれて、絶望に覆い尽くされていきます。


 誰か助けて。

 

 心の中で唱えても、自分しか聞こえません。

 自分にしか……。


 心が真っ黒に覆われる直前。


 大丈夫ですわ。

 私は、ワタクシですから。


 自分の心が答えました。

 

 現世と前世の魂が混ざり合います。 

 千切れかけていた輪廻の輪が再び繋がるのを感じました。

 記憶がクリアになり、自分自身を取り戻します。


 ワタクシは、胸を張り、すくっと背筋を伸ばします。


 ワタクシは、悪役令嬢。

 誰かに怒られることなど、想定内。

 なんということもありません。


「さあ、行きますわよ。ミラー」


 ミラーに、声をかけ、スタスタと歩き始めました。


「ああ?」


 ミラーが首を傾げながらついてきます。


「おい。どこに行くんだ!」

 

 なにやらわめいている父親らしき男の隣を通り過ぎ、今やワタクシの二つ目の部屋になっている地下の書庫を目指します。


「おい聞いているのか」


 父親がワタクシの肩を掴もうとしました。


「離しなさい」


 ワタクシは父親の手をぞんざいに振りほどきます。


「さあ、今日もエレノア様を堪能せねばいけませんので、あなたに構っている暇はありません!」


 この世界には、映像はありませんが、ワタクシには、二次創作という手段があります。

 画材も山ほど仕入れてきました。

 こんな男に構っている時間は一秒もありません。


「誰に向かってそんな口を聞いている! 俺はお前の父親だぞ」


 喚く男をワタクシは、睨みつけました。


「あなたこそ、誰に向かって口を聞いているのですか。ワタクシはあなたの一人娘です」


 花の女子高生で絶命した絶賛反抗期のワタクシに向かって、父親の分際で口答えするとはいい度胸です。


「臭い息で私に話しかけないでもらえますか」


 父親は、顔を真っ赤にして、詰め寄ってきました。


 つかみかかってきた、父親の手を上体をそらしてかわすと、握りしめた拳を父親のわき腹に叩き込みます。


 みしっ!


 骨のきしむ音がきこえました。


「ぐおおおお」


 父親があまりの痛さに転げ回ります。

 いいざまです。


「こ、こんなことをして許されるとでも、思っているのか?」


 ワタクシは悪役令嬢。

 許されるなど、気にする必要などありません。

 それに。


「ワタクシの推し活を妨げる者は、たとえ父親であろうと許しません!」 


 私はワタクシです。


 魂が極限まで高まり、心がエネルギーを生み出しました。


魔力解放『無限水拡大(ヌン・ヒエログリフ)


 水をはったような魔力が広がっていきます。


「作法などではなく、信じるべきはこの拳のみ。ワタクシは望がままにすべてを『手』に入れてみせます!」


 願いが形をなしていきます。

 放たれた魔力がミラーに吸い込まれていきます。


「なんだ? おおおお」


 ミラーの姿が歪んでいき元の鏡となりました。

 そのまま、さらに鏡に魔力を流し込みます。

 

魔鏡変形「すべての始まり(アトゥムの手)


 鏡がグニャリと形を変えています。

 変形するとミラーは、岩石ほどの大きな手となりました。


 父親が、ワタクシの姿に目を瞠ります。


「なんだ。この魔力は、まさか勇者と同じ」


 溢れんばかりのエネルギーが体の中から溢れてきます。

 目が翡翠の輝きを放っているのが、自分でもわかります。

 バッと、手を前にかざすと、巨大な手が同じように動きます。


「な、なにを」


 巨大な手は、腰を抜かしている父親を掴みあげます。


「さあ、さくりと握りしめてあげましょうか」


 自分の手と連動するように『手』が閉じていきます。

 みしみしと、父親の体が軋んでいくのを感じました。

 

「や、やめてくれ」


 父親の懇願する声が屋敷に響きます。


 いままでの仕打ちが、恨みとなって、心が残虐性を放ちます。


「ふふふ」


 ワタクシは自然と笑っていました。


 父親は恐怖と痛みのあまり気を失いました。

 ワタクシが手を開くと、どさりと父親のからだが床に落ちました。


「はあ、はあ」


 骨は折れない程度に調整しました。

 そのうち目覚めるでしょう。


「さすがにワタクシも父親を殺したりはしませんよ」


 恨んでいても父親は、父親です。

 一線を越えることまではしたくありませんでした。


「うん?」


 それはともかく、自分の目の前に変な手が浮かんでいます。


 我にかえると、自分でも状況がよくわかりません。


 なんでしょうか。この巨大な手は?

 そういえば、ミラーがいません。

 なんだか、ミラーが変形した気もします。


「ミラー?」


「うむ」


 巨大な手がミラーの声で答えます。


「あなたは、魔法の世界でどうして一人ロボット変形みたいなことになっているのですか?」


 手はぐにゃりと姿を変えると、元の人間形態のミラーになりました。


「ロボットというのがわからぬが、私が触媒にしている鏡は、魔導具だ」


「魔導具?」


「こちらの世界での魔法といえば、魔法の術式が組み込まれた道具が変形し、特殊能力や属性魔法を放つことをさす」


「あなたは、今まで普通に魔法使っていたでしょう?」


「あれは魔術、私の力だ。これは私の力ではない」


「というと誰の力ですか?」


 ミラーがワタクシを指差します。


「お前に決まっている」


「ワタクシ?」


 確かに今まで感じたことのない力が体の中にあります。

 きっとこれが魔力なのでしょう。


「これが魔法……。さっきの魔法は、どんな効果があるのですか?」


 ワタクシは、ワクワクして、ミラーに聞きました。


 ようやく、異世界でワタクシも魔法を使えるようになったのです!

 どんな特殊効果があるのでしょうか?

 

「浮遊だな」


 ミラーは、そっけなく言います。


「浮遊? 浮くだけ」


 魔法という割に、効果が残念です。

 というか、しょぼすぎます。

 別にワタクシ自身が浮かべるわけでもなく。

 変な手が浮かぶだけです。

 ドローンでも、浮くぐらいできます。


「なんですか。この魔法?」


「多分、お前の殴り飛ばしたいという気持ちが具現化した魔法だろう」


「なんですか! まるでワタクシが、普段から人を殴っている凶暴な女のような言い方は!」


「まるでではないぞ。お前に召喚されてから、私がどれだけ殴られていると思う」


「あなたは、悪魔だからいいでしょう」

 

「いいわけあるか!」


 なにを怒っているのでしょうか。

 悪魔は人ではないので、人権などあるわけありません。


 ミラーは憤慨してさらに言います。


「それに、どこの世界に父親を殴り倒すために、魔力に目覚めるやつがいるのだ。そもそも父親は、魔力に目覚める前からすでに倒れていたではないか。あれは完全に追い討ちだぞ」


「だって、殴り足りませんでした」


「お前なぁあ!? やっぱり殴りたいだけだろう!」


 しょうがありません。

 悪魔と同様、父親にだって人権はありません。  


「ああ、でも完全に思い出しました」


「何を?」


「前世の記憶を思い出した理由です」


「理由だと?」


「現世のワタクシは、父親の躾にたえられず助けを求めていました。ただ母は平民の出。助けてはくれず、なされるがまま。だから、ワタクシはワタクシに助けを求めたのです」


 誰も助けてくれない。

 だから、ワタクシはワタクシに助けを求めた。

 現世から前世へ。


 絶望を生贄に召喚した自分自身の記憶。


 繋がるはずのない輪廻の輪がぐるりとまわる。

 倫理が反転。

 なりたい自分が今ここにいます。


「さすがはゲームの世界ですわ!」


「だから、違うと言っているだろう」


「うふふふ」


 ワタクシが前世の記憶を取り戻してから、初めにやったのが、ミラーの召喚だったのは正解でした。

 見た目イケメンですし、願いを叶えると寿命を使われますが、なんだかんだワタクシのことを守ってくれます。前世の魂があれば大丈夫ですが、まだ不安定なので助かります。あとは。


「サンドバッグがあるというのはありがたい」


「サンドバッグがなにかわからぬが、絶対いい意味じゃないだろう」


 ワタクシはくすくす笑いました。

 

 安心して、言い争いできる相手がいるといのは、楽しいものです。

 ミラーにそのことを伝えたりはしませんけどね。


 ワタクシが、ミラーと言い争いをしていると、玄関をノックする音が聞こえてきました。


「誰でしょうか?」


 ワタクシが玄関を開けると、王直属の使いの者が立っていました。


「夜分遅くに失礼します。ポーライ様は……」


 使いの者は、床に倒れている父親の姿を見るとぎょっとしました。

 ワタクシは平然と言いました。


「ああ、体調がよろしくないようなので、ねせています」


「こんな玄関口にですか?」


「はい。その通りですわ!」


 使いの者は、ワタクシがあまりに堂々というので、無理やり納得したようでした。


「要件は、寝ている父の代わりに、ワタクシがお受けしますわ」


「は、はい。王より貴族全員、明日城に出頭するようにとのことです」


「全員?」


 全員しかも、緊急とは大事です。


「なにがあったのですか?」


 使者は、絶望したようにいいました。


「我が国の勇者が魔王に倒されました……」

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