魅了大作戦
さて、ようやく城に着きました。
ワタクシは、令嬢。
つまり貴族であるため、城のほとんどのエリアに入ることができます。
王への謁見も、特に申請は必要ありません。
というのも、小さな国であるため、王とワタクシの家系ゼオン一族は、親戚のようなもの。
簡単に言ってしまえば、王も親戚のおじさんです。
ワタクシは、勝手知ったる城の中をドレスを優雅になびかせながら歩いていきます。
王の間の前につくと、ミラーに言いました。
「では、ミラー。あなたはここで待機を」
「ふむ」
「ワタクシが合図で指を鳴らしたら、王を魅了してください」
ミラーが頷きました。
「承知した」
ミラーは世界中どこでも見ることが出きるので大丈夫でしょう。
ワタクシはゆっくり王の間の扉を開けます。
王は寂しげな顔をして、王妃の肖像画を眺めていました。
王妃は随分前に亡くなっているのですが、未だに愛しているようす。
素敵な方です。
ですが、そんなことはワタクシが推し想う気持ちの前には関係ありません。
王妃のことを、忘れてしまうぐらい魅了してしまいましょう。
パチン!
ワタクシはミラーに指を鳴らして指示をおくりました。
これで、王はワタクシに魅了されたはずです。
確認せねば。
王はワタクシに気づくと振り向きました。
「おお、レティセルではないか。どうしたのか?」
ワタクシは、王に微笑みかけます。
「はい。急に王の顔がみたくなりまして、よってみましたの」
ワタクシは、そう言いながら王を観察します。
王は、中年にはなりますが、さすがは、王族だけあって超絶イケメン。
くすんだ赤髪と少しカールしたお髭がダンディです。
ゲームの中でも、おじ様好きのファンがいました。
少し容姿が違いますが、設定も日本語版とは違うためリニューアルされているのでしょう。
細かい点を気にしてはいけません。
「わざわざワシに会いにきてくれたのか」
王は、なんだか、うるときています。
魅了の魔術が効き始めているのではないでしょうか。
ワタクシは、手に持っていたものを王に見せます。
「お茶菓子も持ってまいりました」
毒々しい紫色をしたクッキーです。
ミラーと会話しながら、鍋で煮込んでいた物を煮詰めて固めてみました。
色は悪いですが、台所にあった食材で作ったので、毒はないはずです。
毒見はしていません。
悪役令嬢らしく、王に食べさせてから、ワタクシは食べたいと思います。
「なんとわざわざ」
そんな内面は少しも気づかず、王は感激しています。
「王妃様がなくなられて久しいですから、お寂しいのですわね。ワタクシでよければいつでもお相手いたしますわ」
王を窓際にある椅子に促し座らせてから、ワタクシも隣に座りました。
王の話す思い出話を、微笑みを浮かべながらゆったりと聞きます。
試しに、そっと手を触れてみます。
王の頬が赤みを帯びます。
悪魔の魅了の効果は、完璧のようです。
ワタクシは顔には出さずに、ほくそ笑みました。
◇ ◇ ◇
王の間を出た後、次の対象である第二王子ハルーの元に向かいます。
ミラーが聞いてきます。
「おい? 今日、全員やってしまうのか」
「もちろんですわ。こういうものは一気にやるに限ります。次の標的は、第二王子のハルーです」
第二王子のハルーは、ワタクシよりーつしたになります。
パーティーなどでは、よくあっていますが、個人的に訪れるのは初めてです。
「では、さきほどと同様におねがいしますわ」
「……承知した」
渋々、ミラーが頷きます。
連続使用はきついのかもしれません。
とはいえ、ミラーを気遣って、計画を滞らせるわけにはいきません。
ワタクシは、ドアをノックして、部屋に入ります。
「失礼しますわ」
ハルーは熱心に、机に向かって勉強していました。
パチン!
ちゃんとハルーがいることを確認してから、ミラーに合図を送りました。
これで、魅了されたはずです。
音に気付いたハルーがゆっくりと、振り向きます。
ワタクシと目が合うと、椅子から転げ落ちそうになるほど驚きました。
「レ、レティセル。てっきりメイドが来たのかと……」
「ああ、すみません。近くまで来たもので、何をされていましたか?」
「兄に負けないように、勉学に勤しんでいたところだ」
「そ、それは、申し訳ありません。では、また後日に」
ワタクシは謙虚な姿勢をみせ、出て行こうとします。
「いや、せっかく来てくれたのだ。ちょうど俺も休憩しようと思っていたところだ」
追い出されることもなく、席に案内されました。
ハルーも目の前の席に座ります。
向き合って座ると、ずいぶんとそわそわ落ち着きなさそうにワタクシの顔を見てきます。
うまく魅了がかかったのでしょう。
「ところでレティセル。君は、兄のところには行ったのか?」
「いえ? 今日はアディーラ兄様には、用がありませんから」
「レティセルは、兄が気にならないのか?」
気になる?
そんなわけありません。
「アディーラ兄様には、エレノア様がいらっしゃいますから」
エレノア様の隣に並んでいるアディーラ様が好きであって、単体では特に気になることなどありません。
ハルーはワタクシの回答に胸をなでおろしました。
「そ、そうだな。それで俺にはなんの用があって?」
「いえ、特には、少しお顔が見たくなっただけです。ご迷惑でしたか?」
ワタクシは、少し上目遣いをして、心配そうな顔をしてみせます。
「い、いや、迷惑なんて、ことはないぞ」
顔を真っ赤にして動揺しています。
しっかりと魅了の効果が出てきているようです。
努力家で、頭がいいハルーは、いろいろ考えすぎて、不安があるのでしょう。
王妃であるお母様がなくなられていて、甘える対象がいないというのもあるかもしれません。
愛情不足を表すように、自分の赤髪をしきりに撫でています。
「ハルーは頑張り屋ですね」
手が伸びると自然にハルーの頭に触れていました。
頭を撫でてあげると、ハルーの視線がとろりとした甘いものに変わっていきます。
まるで、喉を撫でられた猫のよう。
魅了は完璧のようです。
またしても、ワタクシは内心ほくそ笑みました。
◇ ◇ ◇
ハル―の部屋をあとにして、次の場所を目指します。
歩きながら、ミラーに話しかけます。
「あなたの魅了、なかなかいい効果してますわ」
「あ、ああ」
褒めているのに、なぜかミラーの歯切れが悪いです。
まあ、気にすることでもないので、次の標的である騎士団長キラルがいそうな訓練場へと向かいます。
思った通り、キラルは訓練をしていました。
ワタクシは、前世で、イケメンスポーツ選手に黄色い声をあげていた他の女子の姿を思い出しながら、キラルを呼びました。
「キラル、がんばってくださいませ!」
ワタクシが、声をかけると、気が逸れたのかこちらを見ました。
ゴンッ!
訓練相手の木刀が、キラルの頭を綺麗に打ち付けました。
「まあ、大変ですわ」
ワタクシは、これ幸いと、駆け寄ってキラルを抱き起します。
少し朦朧としていますが、まあ、大丈夫でしょう。
ただ少し瘤になってきていました。
「ミラー、厨房から氷をもらってきてください」
ワタクシは、ミラーに指示します。
「承知した」
ミラーが、一礼すると、厨房にかけていきます。
ワタクシは、他の者に、訓練を続けるように指示をしてから、少し朦朧としているキラルを木陰に連れていき膝枕いたしました。
しばらくするとキラルがうっすら目を開けます。
「レティセル?」
ワタクシに気づいて、慌てて、体を起こそうとする、キラルをおしとどめました。
「まだ、じっとしていてください」
膝枕されていることに気付くと恥ずかしそうにしました。
「すみません。急に声をかけてしまって」
ワタクシはしおらしく言いました。
「気にするな、俺が不甲斐ないだけだ」
「そんなことありませんわ。国のために、これほど真摯に励まれてるなんて素敵ですわよ」
「兄にくらべれば……」
ワタクシは、現世の記憶を探りました。
キラルの兄は、ハーツ。
レインリー最強であり、勇者の称号を得て、魔王討伐の任を受けているはずです。
「あなたが、国を守ってくれているから、ハーツ兄様も安心して、魔王討伐の旅に出られるのです。卑下することはありませんわ」
「レティセルが、そう言ってくれると、そんな気がしてくるよ」
笑みをたたえて、言います。
「ふふふ、お世辞ではありませんよ」
もちろん。しっかりお世辞です。
「レティセルは、今日は、アディーラ王子に会いにきたのか?」
みなさん。アディーラ王子が気になる様子。
「ちょっとしたお使いですわ。それで、キラルの様子が気になって訓練場を見に来ましたの」
「そうだったのか」
キラルの声が弾んでいます。
みなさん第一王子なだけあって、アディーラ王子を意識している様子。
ワタクシはついでに、誘導しておくことにしました。
「アディーラ王子ももっとキラルのようにたくましくなってもらわないといけませんね。しっかり鍛えてくださいね」
いざというときエレノア様を守れないようでは、王子失格です。
エレノア様のために強くなってもらわないといけません。
やはり、女は守ってくれる殿方にクラっとくるものです。
「ああ、任せてくれ!」
キラルが力強く握りしめた拳を、ワタクシがそっと両手で包むように、握りしめました。
「この国の未来は、キラルにかかっていますわ」
キラルの頬が、赤く染まります。
ミラーに合図は送っていませんでしたが、魅了の魔力をかけてくれていたのでしょう。
完全に恋に落ちているのが分かります。
もちろん恋の相手はワタクシです。
計画通りワタクシは、三人を魅了することに成功いたしました。
◇ ◇ ◇
「完璧ですわね」
「まあ、そうだな」
予定通り、三人とも魅了が完了しました。
順調な滑り出しです。
「悪役令嬢として、一歩前進ですわ!」
「悪魔の私がいうのもあれだが、進むべき道はそれで正しいのか?」
「もちろんですわ」
何を疑うことがありましょう。
完全にシナリオ通りです。
不備などなにもありません。
魅了の魔術をミラーに三回使わせたので、寿命が三十年ぐらい縮まったでしょうか。
一応、どのくらい減ったか確認しておきましょうか。
「どのくらい寿命縮まりましたか」
「目的達成時にまとめて徴収するとしよう」
ミラーが答えをはぐらかしました。
ワタクシの寿命が実際どのくらいかも不明ですし、ミラーが、律儀に10年という約束を守っているかもわかりません。
ただそれはワタクシにとっては、有益な情報です。
「つまり、目的達成とは推しの二人が幸せになった時ということでよろしいのかしら」
「まあ、そういうことだな」
ワタクシはにやりと笑います。
「それは、使い放題ということですわね」
「そうなるな。目的達成時に、すべて徴収するから、まあ、だいたいの奴は死ぬな」
「それは、なんの問題もありません」
「ああ、悪魔の私としては、徴収するときに、魂を返してくれと泣きわめいてほしいものだがな」
「そんなことしませんわよ」
推しの為に死ねる。
これほど嬉しいことなどありましょうか。
「それにしても、お前は本当に、悪女だな。小悪魔? もはや、悪魔より悪魔だろう」
「悪役令嬢と言ってくださいまし」
自分の悪役令嬢っぷりに悦にはいってきました。
「これがゲームの強制力ですわ!」
「強制力とかじゃないぞ。そのゲームとやらに寄せにいってるのはお前だぞ」
ミラーが何言っているかわかりません。
ワタクシは間違いなくゲームのシナリオ通りに悪役令嬢になってきています。
ただ今はまだ、皆を悩殺しただけで、処刑するほどの悪ではありません。
二人を幸せな未来に導くためには、確実にワタクシが断罪されなければなりません。
そのためには、さらにワタクシが悪に染まる必要があるということです。
「さて、次の悪事へと参りましょう!」
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