ゲームの世界は悪魔と共に
ワタクシは、鍋で毒々しい色をした液体を沸騰させながら、鏡に聞きます。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは、だあれ?」
鏡が、ぐにゃりと歪み考え込みます。
「ふむ。それは難しい質問だな。候補としては、魔王ニルナ・サンヴァーラ、女王ゼノヴィア・アステーリ、ストークムス王妃……」
ガッシャーン!
ワタクシは無限に、世界中の美女の名前を言い始めた魔法の鏡に、渾身の拳を叩き込みました。
「ぐおおおお」
鏡が悶絶します。
「察せ! 空気を読め、馬鹿鏡め! 誰が、世界の見たこともない絶世の美女たちの名前を言えといったのよ」
苦しそうなうめき声をあげながら、割れた破片が、復元していきます。
魔法の鏡のように話すことをできますが、映すのは、黒髪ロングの目つきのきつい自分の姿のみ。
「せめて、相手の姿を映しなさい。レアか、ダブルレアか、スーパーレアか、ウルトラレアかの区別もつかないでしょうが!」
「レア? ウルトラレア???」
鏡が、私の言葉に困惑します。
なにを困惑しているのでしょうか。
ガチャをやって、出てきたキャラのイラストを眺めるのが、ソシャゲの一般常識です。
一喜一憂してこそのゲーム。
「まったくゲームのナビゲーターとして二流ですわ」
「いや、私はナビゲーターなどでは……。とにかく、そういうことではないのだな。では、もう一度チャンスを」
鏡が懇願するように言ってきたので、気をなおして、もう一度白雪姫をオマージュして言いました。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは、だあれ?」
魔法の鏡は普通の鏡のようにワタクシの姿を映し出しました。
「あなた様です!」
ガッシャーン!
私は、再度鏡を殴りつけました。
「ぐおおおお、な、なぜ? 叩くのだ?」
「ワタクシが世界一の美女のわけないでしょう。全くなにもわかっていない」
「で、ではだれだというのだ?」
「世界一の美女はエレノア様です」
選択肢は、一つしかないのに、どうして間違えるというのか。
馬鹿すぎて話になりません。
「あんな小娘より、あなたの方が断然綺麗」
ガシャーン!
私は限界を超えて握りしめた拳で、鏡を殴り飛ばしました。
「ぐおおおお」
妄言を吐き続ける鏡には、鉄拳制裁です。
本当に全く、なんにもわかっていません。
「せっかくゲームの世界に転生できたのです。推しを推さずしてなにが人生ですか」
「何度も言うが、この世界はあなたがいうゲームの世界などではなく」
「黙りなさい」
「はい……」
高圧的に言うと、鏡がしゅんとして黙りました。
なにごとも、初めの躾が大事です。
どちらが主か見せつける必要があります。
「まったく、魔法の鏡だというのに、まともに白雪姫ごっごもできないなんて」
「私はその、白雪姫とやらも知らないのだが」
「まあ、いいでしょう。白雪姫ごっごも飽きました」
悪女といえば、白雪姫の継母だと思い、練習してみましたが、魔法の鏡がこのていたらく。全く練習になりません。
ワタクシが先程から話しかけている鏡は、実は悪魔。
なんとワタクシは魔導書を元に、悪魔界の扉を開き、悪魔の召喚に成功しました。
名前もないとのことなので、その悪魔にミラーと名付けました。
鏡の悪魔なので、安直な発想です。
そして、どうして白雪姫ごっこなどをして、時間を潰しているかというと。
「ところで、ミラー。あなたは録画魔術は開発できたのですか?」
召喚したら、寿命と引き換えにどんな願いもかなえてやるというので、早速、この世界にない映像を保存する機械をお願いしました。なぜなら、推しを映し堪能するために必要だからです。
元々ワタクシはただの女子高生。スマートフォンなどを異世界で作れるわけもなく、悪魔にお願いしたのですが。
「いや、それはまだだが」
「悪魔なのに情けないですわよ」
なんでも願いを叶えると言ったのに、初めの願いすら叶えられない悪魔。
使い物になりません。
せっかく鏡なので、推しの姿を映し出し、録画し何度も見ようと思っていたのに。
「だいたいあなたはなにができるのですか?」
「なんでもというのは撤回する。どうやらあなたは普通の奴とは発想が違うようだ。上手く叶えられるかわからないから、とりあえずちょっといろいろ言ってはもらえないか。先ほどは寿命の半分と言ったが、十年分にまけるので」
なるほど、こちらの寿命がどのくらいかわかりませんが、80年ぐらいだとして、今15歳なので、6回ぐらいはお願いできるかもしれません。
まあ、多くはありませんので、よく考える必要があります。
私は熟考の末に、願いを言いました。
「それなら、エレノア様の眉の形を2mm修正してくださいませ」
「はっ?」
悪魔の鏡はぐにゃりと傾いたまま固まります。
しばらくしてから、鏡が確認してきました。
「寿命を10年いただくと言っているのだぞ。自分のですらない眉の形を変えるのに10年の寿命を使うというのか?」
「はい! もちろんですわ」
「いやいやいやいやいやいや、おかしいであろう」
「なにがおかしいというのですか?」
なにを疑問に思う必要があるでしょう。
「その女を殺したいとか、ブスにしたいならばまだしも」
ミラーの言葉で、私の怒りが再燃しました。
「そんなことをしたら、あなたをぶち殺しますわよ」
ワタクシは、再び拳を握りしめます。
「うおおおお、いや絶対しないが、しないぞ。ただ、その女を美人にするため、たった眉を2mm修正するためだけに自分の寿命を使う女がどこにいるというのか」
「はい。ここにいますわ!」
推しが魅力的になるのであれば、お小遣いはもらった瞬間全額投資です。
課金に悔いなどありません。
支払うものが、お金でなく、魂であっても違いはありません。
「悪魔の私がいうのもあれだが、どう考えてもおかしいだろう」
「おかしくはありません。エレノア様が幸せになるのであれば、ワタクシ魂を捧げる所存です」
ワタクシがやっていたのは、『魂を捧げられる推しに出会える』をコンセプトに作られたソーシャルゲーム『ソウルハイラブ』。
実際捧げられるということは、なんという幸福でしょう。
さすがはゲームの世界です。
ワタクシは、うんうん、頷きながら前世のことを思い出します。
「前世では、どの推しに魂を捧げられるか掲示板で語ったものです」
「お前のようにおかしなやつが他にもいたと」
「ゲームは何万人ものユーザーに愛されていました!」
「一人二人などではなく、何万だと!? お前の前世はどうなっているのだ」
鏡がカタカタと震えています。
「悪魔の私が震えている。これが根源たる恐怖なのか」
「なにを言っているのですか。それでエレノア様の眉調整はできるのですか? できないのですか?」
「できるが、いや、ハサミでちょいとやるだけで、10年分も寿命をもらったら、悪魔の沽券にかかわる。とりあえず、今回は三日分でいい」
「少なくて済むのなら、なんでも構いませんわ」
よく分からない理由で得しました。
無理して死にたいわけではないので、ラッキーです。
悪魔がブツブツ言って、何やら魔術を使用いたしました。
「よし、行ったぞ」
「確認できませんわね。こういう時のために、映像魔法がほしかったのですのに」
「す、すまぬ。それは私の不備であるから、できるようになっても寿命はいらぬから、あまり文句をいわないでくれ」
「まあ、そういうことなら、仕方ありませんわね。ん? ということは、しばらくは一緒にいるということですか」
「まあ、そうなるな」
ワタクシは腕を組んで考えます。
「ワタクシ、そんな大きな鏡持ち歩く趣味はありませんわよ」
手鏡ならともかく、姿見を持ちあるような物好きではありません。
「私は人に化けることができる」
「でしたら、執事の恰好でもしていだだけませんこと?」
「わかった」
光と影が舞い、悪魔は鏡から、しゅるりと姿をかえると、スラリとした秀麗な美男子に姿を変えます。
漆黒の髪、深い紫色の瞳がワタクシを見つめてきました。
きざったらしく髪をかき上げます。
「もう少しだけ筋肉がほしいですわね。あとは目つきをもう少し細めでお願いします」
動作がナルシストっぽくてイラっとしたので、注文をつけました。
「それは願いか?」
さっきは沽券にかかわるなどと言っていたのに、ケチ臭い悪魔ですこと。
「あなたの美的センスのなさを指摘しているだけですわ。直したくないのであれば、直さなくてよろしい」
「ぐぬぬぬ」
悪魔は、ああでもない。こうでもないいいながら姿を整えます。
「これでよいか」
先ほどより、筋肉質になり、ワタクシ好みの完璧なイケメン男子が出来上がりました。
「多少不満はありますが、まあ、いいでしょう」
内心は満足しながらも、口ではそんなことを言います。
「生意気な奴だ」
文句を言っていますが、自分でも気に入ったのでしょう。
ポージングをとり、自分に酔いしれています。
なにはともあれ、これで悪魔を連れて歩くことができます。
準備は整ったと言ってもいいのではないでしょうか。
「さて、では張り切って悪役令嬢となりましょうか」
ゲームのメインヒロインであるエレノア様を幸せにするのが、ワタクシの使命です。
ゲームのシナリオは詳細まで、この頭の中……いえ、魂に刻まれています。
さあ、完璧に悪役令嬢を演じきってみせましょう!