第五話 陰と陽
月と木々に見守られ、武士の攻撃を避け続けたアケミヤは、反撃の狼煙を、他人の手により揚げられた。
轟音と共に現れた常夜の鬼。
対峙したのは様子のオカシイ旅人の少年。
開戦の合図は、露女の腰が抜け倒れた時の、小枝の折れた音だった。
† † † † †
彼は今、惑い来た首無しの武士と闘っている。
私に笑われていた姿からは想像できないほど荒々しく。
それは、突然の出来事。
いきなり彼が苦しみだしたかと思うと、周囲から妖気が溢れだした。
鳴動し共感する妖気と陰気。
「来ル」その一言の後に一瞬だけ、彼の身体は禍々(マガマガ)しいものに変化した。
だが、周囲に居る妖気の主と私にはそれだけで十分。
彼から流れ出る莫大な陰気。
それは至近距離に居た私の身体を竦ませ、妖気の主を惹き付けた。
『あ、あぁ』
陰気とは陽気の対極。
人間の陰の気は対極である神々の陽の気と惹かれあう。だが、強すぎる陰の気は神でさえも畏怖させ従える。
支配を受ける人間が、式とはいえ神に数えられる私の身体を竦ませるほどの陰気を放っている。
神を従えるほどの気を使う者を、この国の人々は【陰陽師】と呼ぶ。
彼の放つ気はそれに近い。上位の者に使われる身の式神であれ、神なのだ。
陰気だけで私の身体を固めた、それは彼の陰気が私の陽気を大いに上回っている事を示す。
彼は危険だ。
彼は脅威だ。
危険は排除しなければならない。
脅威からは逃げければならない。
本能が私に危機を知らせ、理性が私に行動を迫る。
しかし身体は動かない。竦んだ身体はそのままに、眼だけが彼を追っていく。
「コノ身体モ、捨テタモンジャネエナ」
まだ余裕があるのか、斬撃を避けてなお言葉を口にする。
闘いの中での無機質な声。
口を動かしていても本当に喉からでた声なのか怪しく思える。
彼は、首無しの武士に対して善戦している。
首が無く、怨霊にまで堕ちたとはいえ、彼の武士は名のある将だったのだろう周囲の小鬼の行動を見れば分かる。
彼等は生前よりあの武士に仕えていたのだろう。同じような防具を付け、後方で主の闘いを負ける事はあり得ないとでも言いたげに見ている。
だが、そうなれば妙なのは彼、明宮壬空だ。
昨日今日来たばかりで常識がどうのこうの言っていた人間が、非日常の象徴、魔物の巣窟である常夜から来た者に対し善戦している。
それはあり得てはならない下剋上。
常夜より来るものは全てにおいて、神域に片足以上漬けている者達だ。
どうした事か、これではミズハが、
ミズハがまた────
† † † † † †
刻は丑三つを過ぎ、もうすぐ丑寅へと変わる。
月光を反射し、怪しく輝く長刀は、動いた軌跡に残像を残す。
興奮し、嗤うオレは命を狩る凶刃を避け続ける。
「コノ身体モ、捨テタモンジャネエナ」
振るわれ続ける凶刃を避けたのは、もう十回になっただろうか、この身体は想定以上の動きをする。
数発位は当てられるかとも思ったが全ての攻撃を避けきった。
昔のオレの力までとは言わないが、それに近いモノを感じてしまう。
アノ親父も良い仕事をするものだ。
「今ですっ‼ 夜行様‼」
襲い来る袈裟がけの一閃。
的確な外野の声と共に目前の武士(夜行と言うらしい)が切りかかる。
‘壬空’が闘っていたなら死んでいただろう。
だが────
「遅え」
意識をしての紙一重の回避。
世を騒がせてもおかしくないほどの実力を誇っていたオレと闘っているのだ。
こんな動きでは遅い。
「手前の力、こんなもんなのか?」
感覚が慣れてき始めた。
陽気が強くなっていくのに合わせて、オレの姿に近ずいて行く。
────右腕の術式が、始動する
突如走る激痛。
「はッ手前は一体どっちの味方だ」
あの女は何がしたいのだ。
いきなりオレの世界に入ってくるわ、オレのモノに術式を刻むわ、オレを出させるかと思えば引っこめと言う。
だがまぁ、面白い。
やらせてみるが良い。
あの餓鬼にどの程度の事が出来るかは分からない。
「待ってろよ、低俗な怪」
陽気が溢れたことで変化し始めた身体が戻り出す。
「道化役者の、登場だ」
意識は堕ちた。
《おい糞野郎。お前一体何もんだ》
《オレか? オレは鬼だ》
《そうかい、で、いきなり来て俺に何をしろと?》
《行けば分かる》
《……いま言う気は?》
《無えよ》
良く知らない奴との会話。
身体は赤く、額には角がついていた。
もう俺は大概の事では驚かないのだろう。
頭の痛い事だ。
────右腕がイタイ
痛みに引き摺られるように意識が戻る。
重い瞼が開かれて、
「は?」
その先には、非常識がいた。
数秒間の思考停止。
────右腕が疼く
だが、止まる事は許されなかった。
疼いた右腕は非常識へと向けられ、そこから何かが放たれた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
場所は、私の私室。
観ているのは戦闘。
はじめて会った現世から来た彼は、いったい何者なのだろう。
突き出た右腕から伸び続ける魔術式。
壬空から放たれたそれは夜行の右腕を絡め捕り、引き千切った。
「彼、凄いわね」
真夜中の家の中で、私の独白は木霊した。
刻は丑三つ、役者は揃い、狂言、芝居の幕は上がる。
さぁさぁ皆々様、笑い涙するこの物語を、ご存分に御愉しみを。
戦争描写が稚拙です。
これでは今後が思いやられます。
こんなではありますが、これからも愛想を尽かさないで頂けたら幸いです。