第三話 妾は露女である、名前は未だ無い
押し問答から一転、外に出され、薪割りをやらされる事になった壬空は露女に監視されていた。二人きりで森の中、ロマンチックな雰囲気が作られる訳もなく……
此処は、ヒガンノ國の西の果て、私たちの結界の張ってある小さな小さな森の中、
先程問答をした少女達はそう言っていた。
「ハァ……」
その少女は空色の髪と瞳で、口調の丁寧な16,7歳くらいの可愛らしい娘だ。名前はミズハ。
片仮名で良いと思う。
もう一人は小柄で変な口調、でもってしつこい高圧的な13,4歳くらいの奴、露女とミズハが呼んでいから多分、露女で良いだろう。
露女は、起きたばかりの壬空に食ってかかった少女だ。正直に言うと、大嫌い。オブラートに包むと苦手と
言った所だ。
「寒ぃ……」
「おい貴様」
息が白い。
今は夜で、寒いのは当然ではある。
一様、吐いた息で手の指先を温めてはいるが、身体全体で言えばまだまだ寒いままだ。
「おい……」
ついでに此処は今、秋の終わりごろらしい。
秋の終わりという事はもうすぐ冬になるという事だ秋でこれなら冬はもっと寒いのだろう。
此処は森だしこいつ等の家の中には暖炉らしき物もあった、家の中ならそこまで寒くはないだろう。と言うことはだ、今の寒さもあの家に入れさえしてもらえれば暖まれるのだ。
「よし、やるか……」
先程、壬空はミズハに薪割りをやることを条件にして家の中に入れてもらえる事になった。
なんでも家の中に入って早々無礼なことをしでかしたのだという。
扉を開けた事までは覚えているのだが、その直後からの記憶があまりない。その辺りの事を思い出そうとすると背筋に悪寒が走る。と言うか、思い出してはいけないと心のどこかが言っている。
そんな事を考えながら、仰せつかった薪割りを黙々と壬空はこなしていく。
「貴様聞いているのか‼」
カンカンと薪を割る音が響く森の中、何が不満だったのか露女が壬空を怒鳴りつける。
「ん……どうした?」
「どうした? ではないわ‼ 妾が先程より話しかけてやっているであろう、
返事の一つくらいしたらどうじゃ‼」
「だってお前も速く入りたいだろう? 家に」
「そ、それはそうじゃが」
露女が怒鳴りつけるのに対し、いたって冷静に返事を返す壬空。
「話くらい、良いではないか……」
露女は着物に顔を埋め、身体を震わせ始めた。
「ぐっ」
露女は話し方や態度を除けば、案外可愛らしい容姿をしている。
ついでに言うと、壬空はすぐに泣くような幼児などが苦手である。
そして今、露女は(寒さも原因だろうが)顔を隠し、身体を震わせている。
「分かった、話くらい聞くから泣かないでくれ」
結論、壬空は話を聞く事となったのである。
「分かればよいのじゃ、分かれば。それと、妾は泣いてなどおらんぞ」
壬空の言葉を聞いて露女は一秒もしない内に言った。
そこには壬空の予想した涙を流す小柄な少女の顔では無く、ニヤニヤと嗤う道化の貌がありました。
─────思えば、今まで親にも兄妹にも、そして幼馴染みにもこんな遣り口でだまされてきたものだ
「また、か」
壬空の小さな溜め息が虚しく森に木霊する。
虚空に声が溶けていくのと共に、壬空は星の瞬く夜空を見上げるのだった。
■ □ ■
「話くらい、良いではないか……」
彼は、とても面白い。
最初こそあんな事があって驚いたけれど、彼とミズハの話を見聞きしていると興味をそそられる。
その中でも、彼の驚く顔は今まで見てきたどんな者の顔と比べても段違いに可笑しい。
「……くっ、思い出しただけで嗤えてくる」
彼には聞こえない様に小声で、さらに着物の袖で顔を隠す。
身体がプルプル震えて彼に嗤っているのがばれないかがほんの少し不安だ。
「分かった、話くらい聞くから泣かないでくれ」
彼のほんの少しだけ疲れが滲んだ声がする。
良く分からないが話をする事に応じてくれるらしい。
顔を上げるとまた、嗤ってしまった。
なんと言ってもこの顔だ、題名を付けるとしたら茫然と言ったところだろうか。
彼は私を窒息死させたいのだろうか。
面白すぎる。
耐えては見るが、やはり顔に出ているのだろう彼は一つ小さなため息をつく。
────もう少し笑っていたい
どうした事か私は、そんな事を考えてしまっていた。
「分かればよいのじゃ、分かれば。それと、わしは泣いてなどおらんぞ」
この言葉に彼はまた何か新たな顔を見せてくれた。
だけどその顔は何かを思い出している様であまり面白くない。
なんと言うか、彼にはこの場で起こっている事に対しての百面相以外して欲しくない。
「また、か」
そんな事を考えていると、彼は上を向いてしまった。
詰まらない。
「そう言えばお主、名を聞いていなかったな。
と言う事で、妾に名乗れ」
命令口調になっているのはデフォルトだ。
気にしてはいけない。
「はっ、え? 何、名前?」
「そうじゃ、名じゃ」
また、愉快な顔になってくれた。
そう、こんな顔でいてくれるといい。
「そう言えば露女には自己紹介していなかったな、俺は壬空、明宮壬空だ。
で、お前の名前は露女で良いんだよな?」
名前は壬空と言うのか、だが、その後のアケミヤと言うのは氏なのだろうか、ここの辺りではあまり
聞かない。
『む、それは違うぞ。名ではない。
他のモノとの識別の為の銘と言うならばそうかも知れんが正式に妾と言う個体の名前としては違うのじゃ』
一拍おいて答えたためか(たぶん違う)彼はまた素っ頓狂な顔をした。
「は? 名ではあるが名前じゃ無いってどう言う事だ?」
そのまま薪割りをしながら話をしようと思っていたのか、斧を振りかぶった姿勢のまま停止している。
「まぁ、分からずとも無理はない。
妾の言う銘と言うのはある────じゃない。
ミズハの言っていた【魔術】に関する事じゃからな」
「また魔術か、一日で非常識な事に慣れてしまった自分が怖くなってきた」
本日何度目になるだろうか、彼は溜め息を吐きひとり言らしき言葉を呟くと続きを話せとでも言うかのような顔をしていた。
「では次じゃ。
〝露女〟は名前ではないと言うのは理解したじゃろう?」
「まぁ、一応。でもじゃあなんでミズハはそう呼んでいたんだ?」
「それはな、妾が使い魔、その中でも式神と呼ばれるモノだからじゃ」
「式神!?」
「そうじゃ。式神じゃ。
そして式神に中にも格と言うものがあっての、上位のモノならば個としての名もある奴も居るのじゃがな、
妾はもう少しのところでそこに届かないのじゃ。
つまり、この露女と言う名は妾一個体の名ではなく〝露女〟と言う種の式神に刻まれた銘、と言う事じゃ。
理解ったか?」
私の持つ名の意味を教えていると、彼は開いた口が塞がらないとばかりに大きく口をあけた。
「理解ったかと聞いておるのじゃ」
そこらへんの落っこちている小石を拾い彼に向け放り投げる。
私の手を離れた小石は綺麗な放物線を描き────
「アガッ────ぺっぺっ、おまっな、何すんだ!」
────見事、彼の口内に入る
彼は私のその行動に眉間にしわをよせて嫌悪感を露わにした。
────その顔も良いわぁ
私の口角がつり上がる。
「ウフフ」
その私の微笑を見て、彼は少しだけ、後ずさった。
────嗚呼、今日は何て面白い夜なのだろう
私はそう思うと、夜空に輝く星屑を見て、久しく感じる事のなかった感情に心を浸からせていた。
やっぱり説明のような話になったしまいました。
次回はこの雰囲気が一転するような事件が、起こるのでしょうか?
・投稿直後の修正、私は駄目な奴だ……