第十七話 夢想の己
朱魅夜は問う。帰還の願望を、望郷の願いを。
ここにきてから状況が転がるように変わって言っていたため、全く考えた事がなく回答には少々の時間を要したが、それでも回答がないと言う事は無かった。
頭に有るのは、ただ一つの回答。俺────明宮壬空は、
「俺は、未だ帰らない。いや、帰れない」
この回答は一つの決意。帰りたいか、この質問への回答としては少々ずれている気がするが、これが俺の答えだ。
何故か? そんなのは簡単だ。俺は未だここで何もしていない。ただ惰性で勢いに流されただけ。生きる為に一度闘い、不快な事に口を出した。けれどその後始末をしていない。それに、それにミズハと咲良に恩返しが出来ていない。ここ数日間でいくつもの恩が出来てしまった。それを一つも返さずに変えるなど考えられない。
「そうか、じゃあここに残るんだな?」
「応、そうだ」
恩を返して、今日会った二人をどこか安心できるような所に連れて行こう。
あと、ここに俺を連れてきたのであろう少女にも会わなければ。
「分かった、じゃあ本題に入ろう」
そう言うと朱魅夜は一息つき、乗っていた祭壇からひょいと飛び降りる。
流麗な黒髪と着物の裾が、その動きに合わせて大気に靡く。その姿は、やはり、美しいと言えるだろう。
そんな事を考えていると、朱魅夜は話の続きを始めた。
「この‘境界’は厳しい世界だ。弱ければ虐げられ、強ければ成り上がれる。
まぁお前の事だ、成り上がりなんかに興味は無いだろうが、強くなるに越した事は無い。最低限自分の身は自分で守ってもらわねぇとだしな。幸いお前は身体強化系よりも、幻想具現化系の術が得意なようだ。
それなら精神世界でも十分強くなれる。だからこれからはオレがお前は毎晩夢の中で、お前の術の稽古を付けてやる。嬉しく思えや」
「ちょ、ちょっと待った……!!」
一気にまくしたてられ、理解が及ばない。
要するに、どう言う事だ?
「何だ? どう言う事なんだ? 稽古って?」
頭の上に数個の疑問符をのせて、壬空が問う。
その問いに対し、朱魅夜はなんとも簡素な回答を放つ。
「稽古は稽古だ。オレの為にお前を強くしてやるって言ってるんだ。狂喜乱舞しやがれ」
あぁ、そう言う事か。なら、感謝しないと。
「ありがと、朱魅夜。お前ってやっぱ案外優しいんだな」
「ハァ?! 何言ってんだ、バカ。オレはお前に憑いてんだ。お前が死ねばオレも次の憑依先が見付かるまで死んだようなもんなんだ。そうならないためだっつーの!!」
そうは言っても、やっぱりこいつは優しいんだ。俺はそう思う事にする。
さて、稽古を付けると言う事は、まずは同じかそれ以下の場所に降りなければ。
そう思い、壬空は祭壇から飛び降りる。その時、身体強化をしようと右腕から魔力を集めようとするが、集まらない。
ヤバイ、このままだと……
「バ~カ、焦んなよ」
「グフゥッ……!!」
朱魅夜に片手で腹を支えられ、壬空は肺の中に有る空気の大体を盛大に吹き出したした。
朱魅夜の口調は軽いモノだがその手に込められた陽気の量は絶大だった。
そしてその手を軽く振るい、朱魅夜は壬空を地面に振り落とす。
「ギャフン……!!」
更に壬空は悲鳴を上げる。
その心中はこの思いで埋まっていた。『お前は俺を殺す気か……!』と。
そんな思いも露知らず、そして力尽きる壬空に目もくれず、朱魅夜は話を勝手に話を進める。
「嬉しいのは分かるけど、そんなに焦んな。モノには順序ってもんがある。
まずやる事はその場でも出来る」
良く言うよ、等と思いつつも、静かに話を聞く壬空。
基本的にはいい子。今は反抗期なだけで、根はいい子なんだ。と朱魅夜は少しだけ思っていたに違いない。
「想像しろ。強き術を。
幻想しろ。使う自分を。
夢想しろ。打ち勝つ自分を。
第一段階はそれだけだ。解ったか?」
「あぁ、要するに強い力を使って敵に勝つ自分。それを思い浮かべればいいんだな?」
「そう言う事。そしてそれを思い浮かべて目を瞑れ。頭に思い浮かべる状況は絶対にはっきりしたモノだぞ。曖昧じゃあ駄目だ。解ったか?」
「解った。やってみる」
そう言って、壬空は姿勢を正して瞳を閉じる。
気合いを入れて、思い浮かべようとした矢先、朱魅夜が声をかける。
「あっ、言っとくが相手は闘った事がある奴にしろよ。その中でも一番強かった奴な」
「……解った」
気合いを入れていたため、いきなり話しかけられて吃驚した壬空だったが、言われた事を念頭に入れて再び思考を開始する。
思い描くのは、勝利する自分。
使う術は何が良いだろう。‘陽炎’か? いや、アレではあの妖孤に勝ちえなかった。ならば昼間の術だろうか。
強さで言うなればそうだろう。だがアノ術は代償が半端な物ではなかった。乱用する事など出来えないだろう。
……そんな事は今の所どうでもいい事だろう。さぁ、稽古を始めよう。
想像する、すべてを焼き尽くす煉獄の劫火を。
幻想する、使いこなす自身の姿を。
夢想する、敵────妖孤、飛乃の禍々しき妖気にさえも打ち勝つ己の有り様を。
ズキリ、と眼球が痛む。
聴覚は何者の声も聞き入れず、嗅覚はどんな匂いも受け付けず、触覚も、消えて行く。その総てが眼球に集まっていく感覚。
己の存在全てが凝縮されるような不快感。視覚のみが鋭敏に変わり、瞼の裏の血脈の一本一本までもが‘視え’てくる。
「 ───────── 」
不意に全てが、感覚が消えて行く。
異常な程に鋭くなっていた視覚さえ、消えて行く。
それはどこか気分が良い。快感、とでも言おうか、世界に自分以外のモノが居ないと言う孤高なる高揚感。
だが、邪魔ものが居る気がする。うまく擬態しているが、ほんのりと薄い場所がある。それは不快、邪魔なだけに思えてしまう。
消し去らなければ、ただその思いが脳裏を駆け巡る。
そこからは簡単だった。
昼間の光景がまるでビデオか何かのごとく再生されていくのだ。
水鏡、陽炎のようなモノ。焼けつく二つの肉塊。
それはどこか、現実からかけ離れていて、とても本当に有った事なのだとは思えない。
思考がそれた。
そう思った時、朱魅夜の声がした。
「起きろ、壬空。もう良いぞ、お前の術の仕組みは今ので大体解った。お前はもう寝とけ」
その声に反応する暇もなく、壬空の意識は断線した。
全然分量がない……(-_-;)
今回は山場でもないし、なんと言うか……
次回は、ガンバリヤス
と言うか、また今度この十七話は書き換えますのでどうかお許しいただきたいとか思ってたり……(汗